コーカソイド
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コーカソイド (Caucasoid) はかつての自然人類学における人種概念のひとつ。ドイツの哲学者クリストフ・マイナースが提唱し、人類学者のヨハン・フリードリヒ・ブルーメンバハが5人種説を唱えたことで世界的に広められた。ヨーロッパに住む肌の白い人々を白人、白色人種と称していたが、言語学的な分析や最近のDNA分析の成果により、中東およびインド亜大陸の主要民族、並びに北アフリカの一部民族も、現在では「コーカソイド」に分類されている。「コーカソイド」は、現在では人類のアフリカ単独起源説により単純に肌の色ではなく、遺伝的系統に基づいた人類の多様性のひとつとして分類・定義されるようになってきており、コーカソイドと、白人、白色人種とは必ずしも一致しない。
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[編集] 起源と定義
生物学的には現生人類は一種一亜種であり、全ての人類は生物の種としては全くの同種であり、人種とは現生人類の遺伝的多様性の地域的、個体群的偏りに過ぎず、人種相互に明瞭な境界を有するものではない。アフリカ大陸で誕生した現生人類は、中東地域を経てユーラシア大陸に進出し、東はインド亜大陸から西はイベリア半島まで居住地域を拡大する。コーカソイドはその直系の子孫と言われている。
- 図の遺伝子情報をもとにした近隣結合法で分析された人種の系統は、アフリカ系(ネグロイド)からコーカソイドが分岐し、コーカソイドからオセアニアン(オーストラロイド)・イーストアジアン(モンゴロイド)が分岐、そしてイーストアジアンからネイティブアメリカンが分岐した、と云うものである。
コーカソイドの原初の分布地域は、中東(イラクなどのアラブ諸国)及び南アジア(インド亜大陸)などである。その後、西方では西アジア(トルコやアルメニア)および地中海を中心としたヨーロッパに進出する一方、東方では中央アジアへ進出する。
現在のヨーロッパ系コーカソイドのうち、ギリシャ・イタリア等の地中海諸国のコーカソイドは、アフリカからアラビア半島に移住した人々が中東・西アジアの地中海沿岸の陸路を経て地中海諸国に定住した人々とされているが、フランスから北欧に至る大西洋沿岸(イギリス・東欧を含む)に住むコーカソイドは中央アジアからユーラシア大陸の内陸経由でヨーロッパに定住した人々とされている。
また、大航海時代以降は特にヨーロッパ系コーカソイドが大きく居住地域を拡大した。
コーカソイドは白人、白色人種ともいわれるが、肌の色が白いのはヨーロッパの北方に居住するコーカソイド(ケルト系やゲルマン系、等)であり、スペイン・ポルトガル等のヨーロッパの南方、及び中東・インド亜大陸に住むコーカソイドの肌の色は茶褐色から黒色である。
コーカソイドを白人、白色人種とする定義は、初期の人類学を主導したヨーロッパ人の自己認識に由来する誤りである。初期の人類学では、自分たちとその他の人種とを区別するため、肌の色に注目し、人類を白色人種と有色人種に、その後白色人種・黒色人種・黄色人種に分類した。そして、ヨーロッパ域外のコーカソイドを有色人種、カラードとして定義したため、コーカソイドの中の地中海人種と呼ばれる集団を、イタリアなど南欧圏に居住するキリスト教徒は白人、トルコ及びパレスチナ地方など中近東に居住するムスリムは有色人種と規定するなど、人類学的にも非合理的かつ恣意的な分類概念となった。
また、インド亜大陸の諸民族はそのほとんどがコーカソイドであるが、中近東のコーカソイドと同様有色人種に分類されたため、現在でもインド人をモンゴロイドと誤解する一因となっている。
このような誤解を避けるため、近年の学会では、ネグロイド・コーカソイド・モンゴロイドという分類に代わり、アフリカ人(ネグロイド)、西ユーラシア人(コーカソイド)、サフール人(オーストラロイド)、東ユーラシア人(モンゴロイド)、北アメリカ人、南アメリカ人、という新分類が提唱されている[2]。
[編集] ヨーロッパとの関わり
ヨーロッパとアフリカは、地中海貿易をはじめとして古くから交流が盛んであった。そのため、地中海沿岸の地域ではコーカソイドとネグロイドとの混血が進んでおり、イタリア・ギリシャ・ポルトガル・スペインなどの地中海に隣接するコーカソイドはネグロイドの特徴を受け継いでいるとの考えもある。[要出典]。 しかし、生物学的にはヨーロッパ地中海沿岸部の住民と北アフリカ住民との間には大きな遺伝子的断層が存在しており、近隣性の主張に関しては疑問が持たれる[要出典]。
また、北アフリカが俗に「ホワイトアフリカ」と呼ばれる事からも分かるように、中南部アフリカ(ブラックアフリカ)とは異なった人種的特徴を北アフリカ人は持っている。それはコーカソイド系アラブ人やフェニキア人、古代ギリシャ人など古代から現代に至るまで、多くのコーカソイド系民族が移民を試みているだけでなく、そもそも北アフリカに住んでいた先住民であるベルベル人も地中海人種(コーカソイド)に分類される民族である事に起因している。
東欧ではハンガリー人がモンゴロイド系であるフン族(マジャール人)の子孫であるという俗説が唱えられたが、遺伝子的に否定されている。[3]そもそもフン族は離散集合を繰り返す部族連合体であり、その課程で東欧のスラブ諸族(コーカソイド系)を内包しており、必ずしもモンゴロイド系とは言えない。
ハンガリーという国名からフン族との関連性を主張する声もあるが、「ハンガリー」はオングル河という地名に由来しており、「フン族」との間に特別の因果関係はない。また言語学見地からウラル・アルタイ語族という仮説の語族に属すると考えられた時期もあるが、現在ではウラル語族とアルタイ諸語は全く別の系統とされている。
フィンランド人もハンガリー同様、モンゴロイド起源説が度々唱えられているが、やはり遺伝子学見地から否定されている。
ただし、モンゴル帝国の西進及びムガール帝国の南進によって、東ヨーロッパやロシアの一部及び中央アジア・南アジアがモンゴロイドの支配下に置かれた。その際征服された地域では、コーカソイドとモンゴロイドとの混血が認められる[4]。
[編集] アイヌ民族について
北海道・樺太・千島列島に住むアイヌは、かつては白色人種に分類されることもあったが、その後否定された。モンゴロイドのなかでも、氷河時代の寒冷適応をあまり経ていない旧モンゴロイドとする説が有力である。

