オデッセイの夜明け作戦

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オデッセイの夜明け作戦
リビア飛行禁止空域
USS Barry (DDG-52) launching a Tomahawk missile in support of Operation Odyssey Dawn.jpg
バリーから発射されるトマホークミサイル(2011年3月19日)
2011年3月19日 -
場所 リビア
衝突した勢力
アメリカ合衆国の旗 アメリカ リビアの旗 リビア
指揮官
アメリカ合衆国の旗 バラク・オバマ大統領

アメリカ合衆国の旗 サミュエル・ロックリア海軍大将
アメリカ合衆国の旗 カーター・ハム陸軍大将

リビアの旗 ムアンマル・アル=カッザーフィー
戦力
11 隻[1]
  • ミサイル駆逐艦 2隻
  • 強襲揚陸艦 1隻
  • ドック型揚陸艦 1隻
  • 指揮管制艦 1隻
  • 潜水艦 3隻[2]
不明
被害者数
F-15E 1機 (事故により墜落。搭乗員は救出[3]) 市民48人死亡、150人負傷(政府発表)[4]

オデッセイの夜明け作戦(オデッセイのよあけさくせん、英語:Operation Odyssey Dawn)は、リビア上空の飛行禁止区域設定を実行するため、アメリカ合衆国が行った軍事作戦名[5]。飛行禁止空域は2011年リビア内戦の最中にムアンマル・アル=カッザーフィー率いる政府軍の反カダフィ勢力に対する空爆を防ぐ目的で提案され、2011年3月17日に国際連合安全保障理事会において国際連合安全保障理事会決議1973が採択された。

なお同戦闘におけるイギリスの作戦名はエラミー作戦、カナダはモバイル作戦、フランスはアルマッタン作戦英語版である。

目次

展開部隊[編集]

軍事行動[編集]

2011年3月19日、アメリカ軍最初の攻撃としてリビア首都トリポリや西部ミスラタの近郊など沿岸部の計20カ所のリビア軍防空・通信施設を標的に[6]、計114発のトマホークミサイルを発射した[5][7]。この行動はリビアの防空施設を破壊し、飛行禁止区域を確保するための航空機の飛行を容易にする目的でおこなわれた[6]フランス空軍は攻撃作戦の第一陣として4機の戦闘機を投入してベンガジ郊外2地点で市民の脅威となっているカダフィ軍の戦車4輌を撃破している[8][9]

2011年3月20日、リビア時間0233時ごろトリポリでは継続的な対空砲火が確認された[10]。3機のB2爆撃機が40発の爆弾をリビア国内の飛行場に投下した[11]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]