ドリス・レッシング
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
||||||||
| 文学 |
|---|
![]() |
| ポータル |
| 各国の文学 記事総覧 |
| 出版社・文芸雑誌 文学賞 |
| 作家 |
| 詩人・小説家 その他作家 |
ドリス・メイ・レッシング(Doris May Lessing,1919年10月22日 - )はイギリス人作家。2007年にノーベル文学賞を受賞した。
[編集] 来歴
1919年10月22日、ペルシャ(現・イラン)で、父アルフレッドと母エミリーの娘として生まれる。両者ともにイギリス人(イングランド)である。この時の名前はドリス・メイ・テイラー。
ドリスが生まれる前に、父アルフレッドは第1次世界大戦に従軍中に片足を失ったが、入院中にロイヤルフリー病院で後に結婚することになるエミリー看護師と出会った。その後、職を求めてペルシャに移住し、ペルシャ帝国銀行に勤めた。その後、1000エーカーの土地を購入すると、トウモロコシの栽培をするために、1925年に南ローデシア(現ジンバブエ)に移住した。しかし、農業は上手くいかなかった。
ドリスは、サリズベリー(現ハラレ)カトリック系の女学校であるドミニカ女子高等学校に入学するが、13歳で学校を離れ、以後独学を続けた。15歳で家も離れると、メイドとして働き始めた。この時、雇い主からもらった政治や社会学の本を読み始め、作家活動を開始した。電話技師に転職すると、すぐにフランク・ウィスドムと結婚。1943年に離婚するまでに2人の子供をもうけた。1945年にドイツ人移民ゴットフリート・レッシングと再婚し一男をもうけるが、1949年に離婚した。現在の「レッシング」という姓はこの夫のものである。
1949年にイギリスに息子と共に渡り、翌1950年に自身初の著書「草は歌っている」(The Grass is Singing)を出版。
1962年に「黄金のノート」(The Golden Notebook)を出版。
2007年ノーベル文学賞受賞。ノーベル文学賞では歴代最高齢の受賞者となった。受賞理由は、「女性の経験を叙事詩的に描いた。懐疑と激情、予見力をもって、分裂する現代社会を吟味し、題材にしたこと」( "that epicist of the female experience, who with scepticism, fire and visionary power has subjected a divided civilisation to scrutiny".)。
[編集] 主な著作
- 草は歌っている(1950年)
- 暴力の子供たち(六部作、1952年-1969年)
- 黄金のノート(1962年)
- 生存者の回想(1974年)
- アルゴ座のカノープス(五部作、1979年-1983年)
- アフガニスタンの風(1988年)
- ラブ・アゲイン(1996年)
- 夕映えの道―よき隣人の日記(2003年)
[編集] 受賞歴
- サマーセット・モーム賞(1954年)
- ノーベル文学賞(2007年)
|
||||||||


