ドリス・レッシング

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ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年: 2007年
受賞部門: ノーベル文学賞
受賞理由: 女性の経験を叙事詩的に描いた。懐疑と激情、予見力をもって、分裂する現代社会を吟味し、題材にしたこと
文学
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ドリス・メイ・レッシングDoris May Lessing,1919年10月22日 - )はイギリス人作家。2007年にノーベル文学賞を受賞した。

[編集] 来歴

1919年10月22日ペルシャ(現・イラン)で、父アルフレッドと母エミリーの娘として生まれる。両者ともにイギリス人(イングランド)である。この時の名前はドリス・メイ・テイラー

ドリスが生まれる前に、父アルフレッドは第1次世界大戦に従軍中に片足を失ったが、入院中にロイヤルフリー病院で後に結婚することになるエミリー看護師と出会った。その後、職を求めてペルシャに移住し、ペルシャ帝国銀行に勤めた。その後、1000エーカーの土地を購入すると、トウモロコシの栽培をするために、1925年に南ローデシア(現ジンバブエ)に移住した。しかし、農業は上手くいかなかった。

ドリスは、サリズベリー(現ハラレカトリック系の女学校であるドミニカ女子高等学校に入学するが、13歳で学校を離れ、以後独学を続けた。15歳で家も離れると、メイドとして働き始めた。この時、雇い主からもらった政治や社会学の本を読み始め、作家活動を開始した。電話技師に転職すると、すぐにフランク・ウィスドムと結婚。1943年に離婚するまでに2人の子供をもうけた。1945年にドイツ人移民ゴットフリート・レッシングと再婚し一男をもうけるが、1949年に離婚した。現在の「レッシング」という姓はこの夫のものである。

1949年にイギリスに息子と共に渡り、翌1950年に自身初の著書「草は歌っている」(The Grass is Singing)を出版。

1962年に「黄金のノート」(The Golden Notebook)を出版。

2007年ノーベル文学賞受賞。ノーベル文学賞では歴代最高齢の受賞者となった。受賞理由は、「女性の経験を叙事詩的に描いた。懐疑と激情、予見力をもって、分裂する現代社会を吟味し、題材にしたこと」( "that epicist of the female experience, who with scepticism, fire and visionary power has subjected a divided civilisation to scrutiny".)。

[編集] 主な著作

  • 草は歌っている(1950年)
  • 暴力の子供たち(六部作、1952年-1969年)
  • 黄金のノート(1962年)
  • 生存者の回想(1974年)
  • アルゴ座のカノープス(五部作、1979年-1983年)
  • アフガニスタンの風(1988年)
  • ラブ・アゲイン(1996年)
  • 夕映えの道―よき隣人の日記(2003年)

[編集] 受賞歴

  • サマーセット・モーム賞(1954年)
  • ノーベル文学賞(2007年)