マイレッド・コリガン・マグワイア

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マイレッド・コリガン(2009年7月)
ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1976年
受賞部門:ノーベル平和賞
受賞理由:北アイルランド平和運動への貢献

マイレッド・コリガン=マグワイア(Mairead Corrigan-Maguire, 1944年1月27日 - )はベティ・ウィリアムズとともに北アイルランド問題の平和的解決に取り組む組織Community of Peace Peopleを設立した人物で、2人は1976年度のノーベル平和賞を受賞した。

経歴[編集]

マイレッド・コリガンはベルファストカトリック教徒の家庭に7人の子供の2番目として生まれた。14歳までカトリックスクールに通い、秘書の職に就いた。

妹であるアン・マグワイアの3人の子供が、イギリス陸軍から逃走を試みたIRA暫定派のダニー・レオンの運転する車に轢き殺されて以降、彼女は平和運動に力を入れるようになった。アン・マグワイアは後に自殺した。

マイレッドはベティ・ウィリアムズとWomen for Peaceを共同設立し、この組織は後にCommunity for Peace Peopleとなった。その月の終わりに、2人は共和党員と政府支持者の内紛の平和的な解決を求めて、35,000人を動員した請願を行った。これらの活動により、マイレッドらは1976年度のノーベル平和賞を受賞した。この受賞は1977年になってから、遡って1976年度の受賞者として表彰する形で決定した[1]。当時、マイレッドは史上最年少のノーベル平和賞受賞者であった[2]

マイレッドは暴力を終わらせる最も効率的な方法は暴力ではなく再教育だと信じていた。しかしこの事業は、Community for Peace Peopleが連合王国支持者を無視して共和主義者・アイルランド民族主義者の側に重点を置いているというカトリックからの異議を大きな理由として、徐々に廃れていった。

1981年、自殺した末の妹アンの夫であったジャッキー・マグワイアと結婚した。マイレッドは3人の義理の子と2人の実子の母親となった。

1990年、ヨハネ23世の1963年の回勅にちなんだパーチェム・イン・テリス賞を受賞した。

2004年、イスラエルの核開発を告発して18年間投獄されたモルデハイ・ヴァヌヌの釈放を祝ってイスラエルを訪れた。

2007年4月、パレスチナビリン (enでの分離壁の建設に対する抗議集会に参加した際、イスラエルの治安部隊が介入し、マイレッドはゴム弾催涙ガスで攻撃され、治療を受けた[3][4][5]

2009年7月には乗船していたガザ支援船が拿捕され、イスラエル当局より国外退去処分を受ける。2010年6月上旬にもガザ地区封鎖に抗議するため、同地区に向かう支援船に乗船していたところを拘束され、再び国外退去処分を受け、10年間は入国禁止となった(ただしマイレッドの弁護人はこれを否定している)。同年9月28日に女性活動家を支援するため訪問団の一員としてイスラエルに入国しようとしたところを空港で拒否され、10月4日にイスラエル最高裁判所より国外退去処分を命じられ、10月5日未明にヨーロッパ向けの便で出国した[6][7]

出典[編集]

  1. ^ The Nobel Peace Prize 1976”. ノーベル財団 (2009年). 2014年10月11日閲覧。 “The Nobel Peace Prize 1976 was awarded jointly to Betty Williams and Mairead Corrigan. Betty Williams and Mairead Corrigan received their Nobel Prize one year later, in 1977.”
  2. ^ 2011年度に32歳で受賞したタワックル・カルマンが記録を更新、その後2014年度の受賞者に決定したマララ・ユスフザイが17歳で最年少となっている。
  3. ^ 2007 hit by a rubber bullet and inhaled tear gas (Israeli report)
  4. ^ 2007 hit by a rubber bullet and inhaled tear gas (Irish report)
  5. ^ 2007 hit by a rubber bullet and inhaled tear gas (her own first-hand account)
  6. ^ “ノーベル平和賞受賞者を国外退去処分…イスラエル” (日本語). 読売新聞. (2010年10月5日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20101005-OYT1T00969.htm 2010年10月5日閲覧。 
  7. ^ “ノーベル平和賞受賞者を国外退去 イスラエル” (日本語). 産経新聞. (2010年10月5日). http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/101005/mds1010051304000-n1.htm 2010年10月5日閲覧。