フアン・マヌエル・サントス
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| フアン・マヌエル・サントス Juan Manuel Santos |
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| 任期: | 2010年8月7日 – |
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| 副大統領: | アンジェリーノ・ガルゾン (en) |
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| 任期: | 2006年7月19日 – 2009年5月18日 |
| 元首: | アルバロ・ウリベ大統領 |
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| 任期: | 2000年8月7日 – 2002年8月7日 |
| 元首: | アンドレス・アランゴ大統領 |
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| 出生: | 1951年8月10日(61歳) |
| 政党: | 全国統一社会党 |
| 配偶者: | マリア・クレメンシア・ロドリゲス |
フアン・マヌエル・サントス・カルデロン(Juan Manuel Santos Calderón、1951年8月10日 - )はコロンビアの政治家。現在、同国大統領(第57代)。
妻マリア・クレメンシアとの間に2人の息子と1人の娘がいる。
目次 |
生い立ち[編集]
1951年にコロンビアの首都ボゴタに生まれる。父親のエンリケ・モンテホ・サントスはコロンビアの有力紙[1]エル・ティエンポの元編集長。コロンビアの第38代目大統領エドゥアルド・サントスとは血縁者にあたる。
アメリカのカンザス大学に留学し経済学とビジネスを専攻、1973年に卒業。 イギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院やハーバード大学大学院に留学経験があり、公共経営学などを学び帰国後はエル・ティエンポに入社した。
政治家として[編集]
2000年から2002年までは財務大臣を、ウリベ政権下では2006年から2009年まで国防大臣を務めゲリラの掃討に力を入れる。
2010年の大統領選挙に立候補し、6月20日の決選投票で対立候補のアンタナス・モクス元ボゴタ市長を破り当選。8月7日に正式に就任した。就任後すぐの8月11日、ウリベ前政権下で断絶状態となっていた隣国ベネズエラと国交を回復することで合意した[2]が、依然として不安定な状況が続くとみられている[3]。
コロンビア国内での評価[編集]
- メディアからは「大統領就任をプログラムされたサイボーグ」と呼ばれている[1]。
著作[編集]
脚注[編集]
- ^ a b 2010年6月22日発行の読売新聞朝刊より
- ^ “ベネズエラとコロンビア、国交回復で合意” (日本語). 読売新聞. (2010年8月11日) 2010年8月11日閲覧。
- ^ “3週間ぶりに国交回復で合意 コロンビアとベネズエラ” (日本語). 東京新聞. (2010年8月11日) 2010年8月11日閲覧。
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: アルバロ・ウリベ |
第57代:2010 - |
次代: (現職) |