エリック・ハンプトン・ホルダー

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エリック・ハンプトン・ホルダー
Eric Holder
Eric Holder official portrait.jpg
エリック・ホルダー
生年月日 1951年1月21日(63歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク州
ニューヨークブロンクス区
出身校 コロンビア大学
所属政党 民主党

アメリカ合衆国の旗 第82代司法長官
任期 2009年2月3日[1] -
大統領 バラク・オバマ

任期 2001年1月20日 - 2001年2月2日
大統領 ジョージ・W・ブッシュ

任期 1997年 - 2001年
大統領 ビル・クリントン
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エリック・ハンプトン・ホルダー: Eric Himpton Holder, 1951年1月21日 - )は、アメリカ合衆国弁護士政治家裁判官である。コロンビア特別区最高裁判所判事、連邦検事、司法副長官を歴任し、オバマ政権で第82代合衆国司法長官に就任した(史上初の黒人司法長官)。

生い立ち[編集]

エリック・ハンプトン・ホルダーは1951年1月21日にニューヨーク州ニューヨークブロンクス区において誕生した[2]。ホルダーはクイーンズ区の公立学校で10歳まで学んだ。ホルダーは4年生への進級時、優秀学生支援プログラムの対象児童に選ばれた[3]。ホルダーはマンハッタンの名門スタイヴェサント高校へ進み、1969年に卒業した[4]。ホルダーはコロンビア大学へと進学し、1973年にアメリカ史の学士号を取得した。その後、コロンビア大学法科大学院へ進み、1976年に法務博士号を取得した。ホルダーは大学院在学中の1974年夏に、全米黒人地位向上協会法律弁護教育基金で事務員として勤務し、また、1975年夏に、司法省の刑事裁判部で事務員として勤務した[3]

ホルダーは1977年にニューヨーク州で弁護士として認可を受け、1980年にはコロンビア特別区においても弁護士として認可を受けた。

司法省勤務と連邦検事[編集]

エリック・ホルダー(1997年)

大学院卒業後、ホルダーは司法省に勤務した。ホルダーは1976年から1988年まで公職保全局に所属し、裁判弁護士として従事した。ホルダーは司法省在職中、アブスキャム事件に際しておとり捜査で発覚した贈賄事件を扱い、民主党ジョン・ジャンレット連邦下院議員の起訴を支援した[5]

1988年、ロナルド・レーガン大統領はホルダーをコロンビア特別区最高裁判所の陪席判事に任命した[6]。1993年、ホルダーは判事職を退き、ビル・クリントン大統領から受けたコロンビア特別区担当の連邦検事職を受理した。ホルダーはアフリカ系アメリカ人として初めて連邦検事に就任した[7]

ホルダーは連邦検事として、1992年の郵便公社汚職事件を扱い、公金横領などの容疑で起訴された民主党ダン・ロステンコウスキー連邦下院議員の結審を監視した[5]。ホルダーは1997年に司法副長官として指名を受け、連邦検事を退いた。

司法副長官[編集]

省庁間作業部会に司法副長官として出席するホルダー(2000年10月18日)

ホルダーはビル・クリントン政権において、1997年から2001年まで司法副長官を務めた。1997年、クリントン大統領はジェイミー・ガレリック司法副長官の辞任を受けて、後任の司法副長官にホルダーを指名した。同年7月に、ホルダーは満場一致の票決によって上院の承認を受け、司法副長官に着任した[8]

指名承認の公聴会において、ホルダーは死刑制度に対する反対意思を質問された。ホルダーは現行法に従い、司法長官ジャネット・レノに協力する意思を誓うと述べた。そしてホルダーは「私は死刑の賛同者でない。だが私は、議会の求めに応じて、法の下に死刑を執行する意思がある」と述べた[9]。ホルダーはアフリカ系アメリカ人として、初めて司法副長官に就任した[3]

2001年にジョージ・W・ブッシュが大統領に就任した際、司法長官としてジョン・アシュクロフトが上院の承認を受けるまでの10日あまりの間、ホルダーは司法長官代行を務めた[10]

弁護士業[編集]

2001年以降、ホルダーはワシントンD.C.の国際法律事務所コビントン・アンド・バーリングに弁護士として所属した[3]。ホルダーは医薬品企業メルクやアメリカンフットボールリーグNFLの代理人を務めた[2]

司法長官[編集]

ビンラディン容疑者の殺害について、旧日本軍による真珠湾攻撃を指揮した山本五十六連合艦隊司令長官の軍用機を撃墜した作戦と同じだとして、その正当性を強調した。

2012年6月28日、アメリカ合衆国下院は失敗した銃密輸捜査"Operation Fast and Furious"に関する文書の提出を拒んだとして、米国史上初めて議会侮辱罪で告発する決議を可決した[11]

家族[編集]

両親はカリブ海の小国バルバドスからの移民家系であり[12]、父親のエリック・ハンプトン・ホルダー (Eric Himpton Holder, 1905-1970) はセント・ジョセフの出身であった[13]。父親がアメリカに渡ったのは1916年2月24日のことであり、汽船スティーヴン号でニューヨークに上陸した[14]第二次世界大戦中はアメリカ陸軍航空隊に従軍した[15]

母親のマリアム・ホルダー (Miriam Holder) はニュージャージー州の出身であり、マリアムの母方の祖父母がセント・フィリップからの移民であった[15]

ホルダーは産科医のシャロン・マローン (Sharon Malone) と結婚し、子供を3人もうけた[16]。マローンの妹のヴィヴィアン・マローンは、1963年のアラバマ大学黒人入学拒否問題で知られる[17]

注釈[編集]

  1. ^ "Holder becomes attorney general", CNN, February 3, 2009.
  2. ^ a b Johnston, David (2008年11月11日). “The New Team — Profile: Eric H. Holder, Jr.”. New York Times. http://topics.nytimes.com/top/reference/timestopics/people/h/eric_h_holder_jr/index.html 2008年11月19日閲覧。 
  3. ^ a b c d Longstreth, Andrew (2008年6月). “Making History With Obama”. The American Lawyer. 2008年11月18日閲覧。
  4. ^ Tucker-Hamilton, Racine (2004年12月17日). “Video Oral History Interview with Eric H. Holder, Jr.”. The HistoryMakers. 2008年11月18日閲覧。
  5. ^ a b Lewis, Neil A. (1994年6月2日). “Indictment of a Congressman: the Legal Case; Prosecutor No Stranger To Corruption in Politics”. The New York Times. http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9C04E2D9113BF931A35755C0A962958260 2008年11月19日閲覧。 
  6. ^ Memmott, A. James (2008年6月5日). “Obama picks Caroline Kennedy, Holder, Johnson to lead Vice-Presidential candidate search”. Muckety. 2008年6月29日閲覧。
  7. ^ Longstreth, Andrew (2008年6月). “Eric Holder: Duty Calls (PDF)”. The American Lawyer. 2008年11月12日閲覧。
  8. ^ Nominee Confirmed For Deputy Position At the Justice Dept.”. The New York Times (1997年7月18日). 2008年11月15日閲覧。
  9. ^ Lewis, Neil A. (1997年6月14日). “Justice Dept. Nominee Faces Questions but No Strong Opposition”. The New York Times. 2008年11月18日閲覧。
  10. ^ Ashcroft Settles In”. CBS News (2001年2月2日). 2008年6月29日閲覧。
  11. ^ 米司法長官を議会侮辱罪で告発 下院が決議可決、米国史上初” (2012年6月29日). 2012年7月4日閲覧。
  12. ^ Best, Tony (2008年11月16日). “Obama's AG may be Bajan”. Nation Newspaper (Barbados). http://www.nationnews.com/story/347652135987365.php 2008年11月18日閲覧。 
  13. ^ Social Security Death Index [database on-line]”. United States: The Generations Network. 2008年11月19日閲覧。
  14. ^ New York Passenger Lists, 1820-1957 [database on-line]”. United States: The Generations Network (1916年2月24日). 2008年11月19日閲覧。
  15. ^ a b Best, Tony (2008年6月8日). “Obama getting help from Bajan son”. Nation Newspaper. http://www.nationnews.com/story/345695006876384.php 2008年11月11日閲覧。 
  16. ^ Covington & Burling LLP Biographies: Eric H. Holder Jr.”. Covington & Burling LLP (2008年6月15日). 2008年11月18日閲覧。
  17. ^ Holley, Joe (2005年10月14日). “Vivian Malone Jones Dies; Integrated U-Ala.”. Washington Post. http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/10/13/AR2005101302032.html 2008年11月19日閲覧。 

外部リンク[編集]

公職
先代:
マーク・フィリップ
代理
アメリカ合衆国の旗 司法長官
2009年2月3日 - 現在
次代:
現職
先代:
ジャネット・レノ
アメリカ合衆国司法長官
代理
2001年1月20日 - 2001年2月2日
次代:
ジョン・アシュクロフト
先代:
ジェイミー・ガレリック
アメリカ合衆国の旗 司法副長官
1997年 - 2001年
次代:
ラリー・トンプソン