サリン

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サリン[1]
識別情報
CAS登録番号 107-44-8 チェック
PubChem 7871
特性
化学式 C4H10FO2P
モル質量 140.09 g/mol
外観 無色無臭の液体
密度 1.0887 g/cm³ at 25 °C
1.102 g/cm³ at 20 °C
融点

-56 °C, 217 K, -69 °F

沸点

158 °C, 431 K, 316 °F

への溶解度 混和性
危険性
EU分類 特に毒性が高い (T+), 腐食性 (C), 火傷
NFPA 704
NFPA 704.svg
0
4
2
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

サリン (sarin) は、1938年ナチス・ドイツ下で開発された有機リン化合物神経ガスの一種。正式名称、イソプロピルメタンフルオロホスホネート

概要[編集]

サリンという名は、開発に携わったシュラーダー (Schrader)、アンブローズ(Ambros)、リューディガー (Rüdiger)、ファン・デア・リンデ (Van der Linde) の名前を取って名付けられた。合成成分からイソプロピルメタンフルオロホスホネートとも言われる。 VXガスと同じで、コリンエステラーゼ阻害剤として作用する。

本来は有機リン殺虫剤を開発する過程で発見された物質であるが、毒性があまりにも強力で危険なことから、実質的には軍事上の化学兵器以外の用途はない。

1990年代に新興宗教オウム真理教がサリン製造を目的としたプラントを建設して合成に成功し、裁判妨害や社会混乱などを企図した無差別テロ事件を引き起こした。

歴史[編集]

サリンはもともとは1902年にすでに合成されていたが、当初その毒性は知られていなかった。毒性に最初期に着目したのはドイツ軍で、第二次世界大戦中に量産を計画するが、ナチスは敗戦までに7000トン以上の「サリン」を貯蔵していたにもかかわらず、終戦まで一度も使うことはなかった。アドルフ・ヒトラーの側近だったヨーゼフ・ゲッベルスは「サリン」投入を主張した。 しかし、第一次世界大戦で毒ガスによって視神経や脳神経に一過性の障害を負い喉や眼を負傷した経験を持つヒトラーは彼らの進言を全く聞き入れず、「サリン」を戦争やユダヤ人の殺害に使用することはなかった。

オネスト・ジョンの弾頭の内部を見えるようにしたもの。サリンを詰める多数のM139小型化学弾が見える。なお、この写真はデモ用の弾頭で実弾ではない。(1960年頃)
ウサギの入った籠を持ってサリンガスのガス漏れが無いかチェックしている。(1970年撮影)
  • 1950年代:NATOはサリンを標準的な化学兵器に採用した、そして、ソビエト連邦アメリカ合衆国は軍用にサリンを生産した。
  • 1953年:イギリス空軍のロナルド・マディソン二等兵がサリンの実験中に死亡する。
  • 1960年代にロッキーマウンテン兵器工場で大量のサリンを生産している。このサリンは一度も使用されることが無いままロッキーマウンテン兵器工場の倉庫に保管されていた。そして、1970年代になると全て廃棄処分された。

毒性[編集]

殺傷能力が非常に強く、吸収した量によっては数分で症状が現れる[3]。また、呼吸器系からだけでなく皮膚からも吸収されるため、ガスマスクだけではなく対応する防護服を着用しなければ防護できない[4] [5]

経皮毒性の一例を示すと、経皮投与におけるヒトの半数致死量は28 mg/kgである[4]。これは、体重60 kgのヒトが1680 mg(約1.5 mL)のサリンを経皮吸収すると、その半数が死亡するということである。また、皮膚に一滴垂らすだけで確実に死に至るとの記述も存在する[6]

その毒性は神経に障害を起こすものである。自覚症状としては、まず最初に目がチカチカする・視界が暗くなるなどの異常が起こり(瞳孔の収縮による。これは「縮瞳」とよばれる)、ついで涙が止まらなくなったり、くしゃみや鼻水など呼吸系の障害が起きる。呼吸困難を伴うこともある。さらに重度の場合、全身痙攣などを引き起こし、最悪の場合にいたる。50% 致死濃度 (LC50) は、1 m3 あたり 100 mg(1分間)。毒性は、サリンがアセチルコリンエステラーゼ等の活性部位に不可逆的に結合し、アセチルコリンの分解を阻害して神経伝達を麻痺させる作用によるものである[6]

「気体比重は4.86と空気より重く、その場にとどまりやすい」とも言われるが、ありえる濃度は0.3% (3000ppm) 以下であり、そのときの気体比重は1.01でしかなく、ほとんど関係がない。また、化学的に不安定な物質で、熱分解加水分解されやすい[4]。そのため、自然環境中には存在しない。加水分解によってフッ素が水分子の水素原子と結びつき、それが同じ水分子の水酸基と入れ替わることにより、サリンはフッ化水素メチルホスホン酸イソプロピルに変化し、さらに後者はメチルホスホン酸とイソプロピルアルコールに分解する。したがって水源地や浄水場にサリンを投げ込んだところで直ちに加水分解されるほか、活性炭処理やオゾンによる高度浄水処理の工程を通ればほぼ完全に無毒化される。また、塩基性条件下で加水分解が加速されることを利用して、サリンの除染には塩基性水溶液が用いられる[3]

上述した様に、日本ではオウム真理教が製造・使用し、松本サリン事件1994年)と地下鉄サリン事件1995年)では多数の死傷者を出した。これを受けて、政府はサリン等による人身被害の防止に関する法律平成7年4月21日法律第78号)を成立させ、現在では所持や生産などが禁止されている。

自衛隊や警察、海上保安庁の対テロ訓練では、国際テロリストがサリンを散布して多数の死傷者が発生するといった状況が想定されていることが多い。

北朝鮮も製造・所持をしている疑いがある[7][8]。なお、北朝鮮は日本列島を攻撃可能とされるノドンミサイルを保有しており、弾頭に化学兵器類を搭載して発射できるとされる。ただし、熱に弱い性質のサリンを大気圏再突入時の高熱から防ぐ技術を、2009年現在の北朝鮮は持っていないと言われている[9]

イラン・イラク戦争時、イラク軍はイラン軍および自国のクルド人に対し、サリンを使用した。このうちクルド人に対して行なわれたものを、事件の起こった町の名を取って「ハラブジャ事件」と呼ぶ。

症状[編集]

サリンに曝露すると1分と経たずに以下のような症状が出る。曝露量が多い場合には軽症、中等症を飛ばしていきなり重症になり死亡する場合もある。

後遺症[編集]

サリンの被害者にどのような後遺症が残るのか、これについて、医学的見地からの専門的な研究が実施されたのは世界中で唯一、日本における事例だけである。

これは松本サリン事件地下鉄サリン事件の二回にわたる惨事が引き起こされ、両事件で多数の患者が発生しているためで、多数の患者を医学的に追跡調査出来た事例という点で世界的にも他に類を見ないことによる。ただし、両事件では100以上の論文が発表されているものの、新たな知見は見出されなかった。これはすでに神経剤の臨床試験データが数百人分存在するからである。

後遺症には、主に心的外傷後ストレス障害などの心的な物と、目がかすむ、身体がだるい、熱が出るなど軽微な物から、完全に身体を動かせないほどの重度な物までがある。身体的な後遺症の原因は中枢神経系や副交感神経の回復不能な損傷だと言われている。10年以上が経過しても回復が見られない事例が多く、一生涯にわたる障害になると思われる。なお、地下鉄サリン事件で使用されたサリンは不純物が多く含まれているものであり、サリン以外の毒性も影響している可能性がある。

これはサリン以外の神経ガスでも同様の後遺症が残る可能性が高いと言われており、神経ガスの被害者は助かったとしても一生涯にわたる重い障害を背負う可能性が高いことを示している。

有機リン系農薬に見られる遅発神経障害(1~3週間以降)は起こらないとされる。これはサリンの急性毒性が高いためにごく少量で中毒し、アセチルコリンエステラーゼ阻害作用が高い反面、神経毒エステラーゼ阻害作用はそれほど高くない事による。

合成法[編集]

サリンの合成は、有機リン化合物合成における手法を通じて行われる。

具体的には、三塩化リンなどのリン塩化物から亜リン酸トリメチルを合成し、さらにメチルホスホン酸ジメチル・メチルホスホン酸ジクロライドを経てメチルホスホン酸ジフルオリドを得る。これがサリンの最終前駆体となる。

メチルホスホン酸ジフルオリドにイソプロピルアルコールや金属イソプロピル化物を反応させるとサリンが生成する。ただし、サリンそのものは反応性が高い上に漏洩した場合に非常に危険であることから、一般的な化学兵器砲弾爆弾においてはメチルホスホン酸ジフルオリドとイソプロピル化合物を分離状態で同梱しておき、兵器として使用する時に混合する方法が用いられた(バイナリー方式)。イラン・イラク戦争でイラク軍が使用したのもこの方式である。オウム真理教の場合、松本サリン事件では貨物自動車を改造して設置した反応装置を用いて散布され、地下鉄サリン事件ではサリンを有機溶剤に溶解させたものを袋に密閉し、穴をあけて染み出させることによる散布が行われたとされる。

しかし、サリンは合成過程における中間生成物の段階で既に極めて毒性が高く、廃棄物もまた高い毒性を持つ。そのため高度に専門的な知識と技術と設備を持たない者が合成を試みたところで、その合成過程で負傷・死亡する危険性が高い。宗教団体オウム真理教が建造したサリン製造プラントについても、これを見た専門家は「このような溶媒が漏れる雑な装置で合成するのは無謀」と断じている。実際、事件で使用されたサリンも純度の低い比較的毒性の弱いものであった。しかし、オウム真理教に対する査察においてオウム真理教の施設からは三塩化リン・フッ化ナトリウム(メチルホスホン酸ジメチル・メチルホスホン酸ジクロライドからメチルホスホン酸ジフルオリドを合成する段階で使用)などが発見され、それまではあくまで疑惑であったオウム真理教のサリン製造を裏付ける強力な物証となった。

日本では市販の農薬からサリンの合成が誰でも可能であると言われることがある。これは松本サリン事件のマスコミ報道において、「毒ガスの専門家」という触れ込みで度々登場した科学史研究者常石敬一の「有機リン系の農薬を原因とする神経ガスが発生した」「サリンは知識さえ持っていれば簡単に製造できる」などといった誤った発言や、その発言を真に受けたマスコミが事件発生から約1年にわたり被疑者扱いし続けた冤罪の人物(河野義行)を標的とした極めてセンセーショナルなメディアスクラムによって作り出された大きな誤解である。確かにイソプロピルアルコールは工業原料・有機溶剤などとして一般に広く市販されており、前駆体であるリン塩化物についても法規制が敷かれているものの、化学工業や化学実験などで汎用される物質であることから入手が比較的容易なのは事実である。しかし、サリンは熱や水で容易に分解する上、合成段階では極めて不安定になる性質を持つため、サリンに至る製造工程では様々な化学用機材や高度な脱水技術のほか多段階の反応制御・精製技術・温度管理が必要であり、また多くの危険を伴う作業となる。上述した通り、オウム真理教もサリン製造にあたっては、それを目的とした大掛かりなプラントを建造し、化学方面の高度な専門的知識に知悉した信者が携わっている。事件当時のマスコミは「誰でも入手できる農薬と工業用薬品を順序と手際よく混ぜ合わせてゆくだけで、一般市民でもサリンは比較的簡便に大量生産できる」などとも受け取れる様な報道を繰り広げ視聴者・読者の恐怖を煽り立てたが、現実にはそのようなことは有り得ない。

治療薬[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Material Safety Data Sheet -- Lethal Nerve Agent Sarin (GB)”. 103d Congress, 2d Session. United States Senate (1994年5月25日). 2004年11月6日閲覧。
  2. ^ http://webbook.nist.gov/cgi/cbook.cgi?Name=sarin&Units=SI&cMS=on
  3. ^ a b Tempest Publishing 編著 『初動要員のための 生物化学兵器ハンドブック』 小川和久監訳 西恭之訳、啓正社、2000年、78-80頁。ISBN 4-87572-114-5
  4. ^ a b c 神奈川県化学物質安全情報提供システム - サリン
  5. ^ サリン約200mgが服の上から皮膚に付いただけで成人男性が死亡することは、イギリスがロナルド・マディソン二等兵に行った人体実験で証明されている。
  6. ^ a b オウム裁判対策協議会 - Sarinとは
  7. ^ 北朝鮮における対日諸活動警察庁
  8. ^ 平成15年度 機械産業の対外経済活動に与える安全保障関連動向調査報告書(安全保障情報調査編)社団法人 日本機械工業連合会 ・ 財団法人 安全保障貿易情報センター
  9. ^ 中朝国境でサリン検出 北朝鮮から風吹く時に2回 朝日新聞社2009年10月9日

関連項目[編集]