オーウェン・D・ヤング

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オーウェン・D・ヤング

オーウェン・D・ヤング(Owen D. Young、1874年10月27日 - 1962年7月11日)は、アメリカ合衆国の財政家、法律家、外交官。ニューヨーク州ハーキマー郡スターク出身。

1919年ゼネラル・エレクトリックから分離する形でRCAを創立し、1929年まで会長を務めた。さらに1922年から1939年までゼネラル・エレクトリックの会長を務めた。その後はNBCの設立を援助した。

第一次世界大戦終結後、ドイツ賠償委員会に参加。ヴェルサイユ条約に基づくドイツの賠償返済を円滑に進めるべく1924年ドーズ案をまとめる。その後、1929年に同委員会議長となり、さらに賠償額を減額したヤング案を成立させた。その功績が評価され、同年にタイムマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。翌1930年にはドイツの賠償金支払いを統括する国際決済銀行を設立。

"マン・オブ・ザ・イヤー"に選ばれたヤングはタイム誌1930年1月6日号の表紙を飾った

その後、1942年から1945年までゼネラル・エレクトリックの会長を再び務める。

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