ウィリアム・ハリソン

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ウィリアム・ヘンリー・ハリソン
William Henry Harrison
ウィリアム・ハリソン
任期: 1841年3月4日1841年4月4日
副大統領: ジョン・タイラー

出生: 1773年2月9日
バージニア州
チャールズシティ郡
死去: 1841年4月4日
ワシントンD.C.
政党: ホイッグ党
配偶: アンナ・タシル・シムズ
サイン:

ウィリアム・ヘンリー・ハリソンWilliam Henry Harrison, 1773年2月9日 - 1841年4月4日)は、アメリカ合衆国の軍人、政治家で、第9代アメリカ合衆国大統領である。1811年ティピカヌーの戦いでの勝利で名声を獲得したため、「ティピカヌー」あるいは「オールド・ティピカヌー」の愛称で呼ばれた。

ハリソンは、バージニア州チャールズシティ郡のバークレー・プランテーションで生まれた。ハリソンは他の多くの初期の大統領のように、バージニアのプランテーション所有者だった。彼は68歳で大統領に就任し、在任期間わずか1ヶ月で死去した。彼はアメリカ独立宣言の前に誕生していたため、生まれながらのアメリカ市民でない最後の大統領であった。

目次

[編集] 生い立ちと軍歴

ハリソンはベンジャミン・ハリソンとエリザベス・バセット夫妻の3番目の息子であった。彼の父親は独立宣言への署名者であり、兄のカーター・バセット・ハリソンはヴァージニア州選出下院議員であった。

18歳の時、ハリソンは軍隊に入隊した。

[編集] 初期の政治経歴

[編集] 就任演説

ハリソンが就任宣誓を行なった1841年3月4日は非常に寒く風が強い日だった。しかし彼はコートを着用せず、ほぼ二時間近いアメリカ史上で最長の就任演説を行った。これでハリソンは風邪を引き、それを肺炎へこじらせ、一ヶ月後に死去した。ハリソンは在職中に死去した初の大統領であり、また任期が最短(31日)大統領である。彼の死去に伴い副大統領ジョン・タイラーが大統領に昇格した。

[編集] 家族

ハリソンの息子ジョン・スコット・ハリソンも1853年から1857年までオハイオ州選出下院議員であった。ハリソンの孫、ベンジャミン・ハリソンは1889年に第23代大統領に就任した。長子をベンジャミンと命名するのはハリソン家の伝統だった。ウィリアムとベンジャミンは唯一の祖父と孫で大統領に就任した例である。(父子の組み合わせは二例ある:第2代大統領ジョン・アダムズと第6代大統領ジョン・クィンシー・アダムズ、第41代大統領ジョージ・H・W・ブッシュと第43代大統領ジョージ・W・ブッシュ

[編集] 内閣

職名 氏名 任期
大統領 ウィリアム・ヘンリー・ハリソン 1841
副大統領 ジョン・タイラー 1841
国務長官 ダニエル・ウェブスター 1841
財務長官 トマス・ユーイング 1841
陸軍長官 ジョン・ベル 1841
司法長官 ジョン・クリッテンデン 1841
郵政長官 フランシス・グレンジャー 1841
海軍長官 ジョージ・バジャー 1841


[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ


先代:
マーティン・ヴァン・ビューレン
アメリカ合衆国大統領
1841年3月4日 - 1841年4月4日
次代:
ジョン・タイラー