ジム・ラヴェル

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ジム・ラヴェル
Jim Lovell
NASA所属宇宙飛行士
現況 引退
誕生 1928年3月25日(86歳)
オハイオ州クリーブランド
他の職業 テストパイロット
階級 アメリカ海軍大佐
選抜試験 1962年NASA選抜試験
ミッション ジェミニ7号
ジェミニ12号
アポロ8号
アポロ13号
記章 Gemini VII patch.png Gemini 12 insignia.png Apollo-8-patch.png Apollo 13-insignia.png

ジム・ラヴェルジェームズ・アーサー・ラヴェル・ジュニア、James Arthur Lovell, Jr.、1928年3月25日 - )はアメリカ合衆国宇宙飛行士、海軍軍人。

途中で起きた事故により着陸を断念したアポロ13号船長として知られる。

1928年、アメリカ合衆国のオハイオ州生まれ。ウィスコンシン大学を卒業し海軍兵学校へ進む。1952年海軍に入り朝鮮戦争に出征、その後テスト・パイロットを4年間こなした。その後に宇宙飛行士となる。宇宙飛行士としての経歴は後述する。

宇宙飛行士としての経歴[編集]

宇宙飛行計画マーキュリー計画に立候補するが、宇宙飛行士の第1期生としては健康診査で落選し、第2期生として1962年に選ばれた。つづくジェミニ計画で2度の宇宙飛行を経験し、さらにアポロ計画でも2度の宇宙飛行を経験する。ただし、月着陸が予定されていたアポロ13号では、事故が起きたため月面に足跡を残す事は果たせなかった。

ジェミニ7号[編集]

アメリカ人初の宇宙遊泳を果たしたジェミニ4号の補助要員を経験し、1965年12月にフランク・ボーマンと共にジェミニ7号で初めて宇宙に飛び立つ。そこでジェミニ6-A号とのランデブーに成功した。

12月4日にラヴェルとボーマンの乗ったジェミニ7号が打ち上げられ、それを追って12月15日ウォルター・シラートーマス・スタッフォードが乗ったジェミニ6-A号が打ち上げられた。同時に4人が宇宙に滞在したのは初めての事である。

ランデブーに成功したが、すべてが順調だったとは言えない。宇宙での滞在が11日目を迎えた時に、いくつかのスラスターが噴射しなくなった。さらに翌日には燃料電池の電力が低下した。このような不具合があったものの14日目に地球帰還した。

ジェミニ12号[編集]

ラヴェルの2度目の宇宙飛行はジェミニ12号であり、これはジェミニ計画の最後の飛行でもあった。アジェナ標的機とのランデブーとドッキングが目的である。バズ・オルドリンとのこの飛行を、目的達成で無事に終えた。

ランデブー用のレーダーが故障して手動でのドッキングを行なう、アジェナ衛星の噴射装置が故障して高度を上げられないなど、細かな問題が起きた飛行であった。それでも宇宙遊泳やいくつかの科学実験を成功させ、5日間の飛行を終えて地球帰還している。

アポロ8号[編集]

月着陸を目標とするアポロ計画で2度目の有人飛行となるアポロ8号でラヴェルは3度目の宇宙飛行を迎える。1968年12月の事である。司令船操縦士として人類初の月軌道周回をこなした。

実はアポロ8号の乗組員(船長ボーマン/司令船操縦士ラヴェル/月着陸船操縦士ウィリアム・アンダース)が乗る事になっていたのはアポロ9号であった。本来の計画では、アポロ8号で司令船と月着陸船のドッキングなどを確かめ(Dミッション)、アポロ9号で月周回軌道へ投入する(Eミッション)はずであった。ところが月着陸船の製造が予定よりも遅れており、月への競争相手ソ連の動向などもあって、順序が逆になったのである。

12月21日にアポロ8号は打ち上げられ、3日後には月の重力圏に入り月を周回する軌道に入った。乗組員の3人は、約20時間で月周回軌道を10周をして人類で初めて月の裏側を観測し、地球が月の地平線を昇る姿を人類で初めて目撃したのであった。

地球への帰路につくための噴射を行なった12月25日にラヴェルは、「聞いてくれ。サンタクロースがいたんだ。」と管制室に対して通信した。また同じく地球への帰路で乗組員3人が聖書創世記を朗読した。このためにNASAは訴訟を起こされた。

アポロ13号[編集]

映画『アポロ13』でも描かれたアポロ13号は、船長ラヴェル/司令船操縦士ジャック・スワイガート/月着陸船操縦士フレッド・ヘイズを乗せて1970年4月11日に打ち上げられた。ラヴェルの4度目で最後の宇宙飛行である。しかし途中で機械船に爆発が起き、月着陸を断念どころか生きて地球へ戻れるかもわからない状態に陥った。

打ち上げから2日後の4月13日、地球から月に向かう行程をおよそ5分の4ほど進んだところで事故が起きた。機械船の液体酸素タンクが爆発したのである。乗組員の呼吸だけでなくコンピュータなどの電源にも必要な酸素がほとんど失われた。機械を冷やすための冷却水不足にも悩まされ、さらには定員二人の月着陸船に三人が乗船することによって二酸化炭素が増加、二酸化炭素中毒による生命危機の事態にもなった。

電源を極力落としたり、司令船でなく月着陸船で過ごすなどして地球へ無事に戻ることが出来た。

スカイラブ計画が始まるまで、ラヴェルが人類の中でいちばん長い時間を宇宙空間で過ごした人間であった。

その他[編集]

外部リンク[編集]