スカイラブ3号

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スカイラブ3号
徽章
Skylab2-Patch.png
ミッションの情報
ミッション名 スカイラブ3号
質量 CSM: 20,121 kg
乗員数 3名
コールサイン Skylab 3
発射台 ケネディ宇宙センター39番B発射台
打上げ日時 1973年7月28日
11:10:50(UTC)
着陸または着水日時 1973年9月25日
22:19:51 UTC
北緯30度47分 西経120度29分 / 北緯30.783度 西経120.483度 / 30.783; -120.483
ミッション期間 59日/11:09:01
周回数 858周
遠地点 441 km
近地点 423 km
公転周期 93.2分
軌道傾斜角 50.0°
航行距離 ~39,400,000 km
乗員写真
S73-28714.jpg
左からギャリオット、ルーズマ、ビーン
年表
前回 次回
Skylab1-Patch.png スカイラブ2号 Skylab3-Patch.png スカイラブ4号

スカイラブ3号(Skylab 3、SL-3、SLM-2[1])は、スカイラブ計画の2回目の有人ミッションであり、3人の人間をステーションに運んだ。スカイラブ3号という名前は、このミッションに使われた打上げ機に対して使われる場合もある。スカイラブ3号のミッションでは、スカイラブ2号の人類の宇宙滞在日数の記録を塗り替えた。

乗組員[編集]

機長 パイロット サイエンスパイロット
アラン・ビーン, 2度目 ジャック・ルーズマ, 1度目 オーウェン・ギャリオット, 1度目

交代要員[編集]

機長 パイロット サイエンスパイロット
ヴァンス・ブランド ドン・リンド ウィリアム・レノア

支援要員[編集]

ミッションパラメータ[編集]

  • 質量:20,121 kg
  • 最大高度:440 km
  • 距離:39,400,000 km
  • 打上げ機:サターンIB

ドッキング[編集]

  • ドッキング:1973年7月28日19時37分00秒(UTC)
  • ドッキング解除:1973年9月25日11時16分42秒(UTC)
  • ドッキング時間:58日15時間39分42秒

宇宙遊泳[編集]

  • EVA 1(オーウェン・ギャリオット、ジャック・ルーズマ)
  • 開始時間:1973年8月6日17時30分(UTC)
  • 終了時間:1973年8月7日00時01分(UTC)
  • 遊泳時間:6時間31分


  • EVA 2(オーウェン・ギャリオット、ジャック・ルーズマ)
  • 開始時間:1973年8月24日16時24分(UTC)
  • 終了時間:1973年8月24日20時55分(UTC)
  • 遊泳時間:4時間31分


  • EVA 3(アラン・ビーン、オーウェン・ギャリオット)
  • 開始時間:1973年9月22日11時18分(UTC)
  • 終了時間:1973年9月22日13時59分(UTC)
  • 遊泳時間:2時間41分


ミッションハイライト[編集]

スカイラブ・レスキュー用の5人乗りコマンドモジュール
スカイラブ宇宙ステーションを、スカイラブ3号のコマンドモジュールから見た写真
スカイラブに搭載された望遠鏡(ATM:Apollo Telescope Mount)による太陽フレアの写真
宇宙遊泳中のジャック・ルーズマ

打ち上げ後、スカイラブ宇宙ステーションへの接近中にコマンドモジュールのスラスター故障と燃料漏れが発生した。無事にドッキングは出来たものの修理をしないと地球に帰還出来なくなってしまった。 これにより不測の事態に備えて準備されていたスカイラブ・レスキューミッションが実行に移された。これは既に建造されているAS 208ミッション用のサターンIBロケットとCSM 119コマンドモジュール[2] を用いて、バックアップクルーのヴァンス・ブランドとドン・リンドが2人で乗り込み、スカイラブ宇宙ステーションにドッキングして、3人のクルーを連れ帰るというものであった(スカイラブは同時に2機のコマンドモジュールがドッキング可能)。 通常コマンドモジュールは3人乗りであるが、機材収納用ロッカーを取り除いてさらに2人の座席を追加する事で、5人乗りに改造出来た。 事故から7日後の8月4日にはレスキューミッションの打ち上げが9月10日に決定し、クルーのトレーニングと機体の準備が急ピッチでされたが、故障したスラスターを使用しなくても地球に帰還出来る事が判明した為、レスキューミッションが実際に実行される事はなかった。(尚、CSM 119は現在ケネディ宇宙センターのアポロ・サターンVセンターに展示されている。)


スカイラブ宇宙ステーションの打ち上げ時に隕石防護パネル・熱遮蔽シールドが脱落したため、スカイラブ2号のミッションで取り付けた「パラソル」の上にさらに大きな四角い熱遮蔽シートを取り付け、修理を完了した。

スカイラブの全てのミッションでは宇宙空間における人間の生理学的適応能力に関する実験・研究が行われたが、スカイラブ2号の実験結果を受けて、スカイラブ3号では新たな調査項目が追加された。例えば長期間の宇宙滞在における影響を調査する為に、飛行前後の足の筋肉の重さとふくらはぎの太さを測定するする事になっていたが、スカイラブ2号のミッションでは無重力により血液やリンパ液が体の上部に溜まる事で顔のむくみや様々な症状が出る事が分かった。どのように血液やリンパ液が流れるかを調べる為に胴体や関節の太さ測定や、動脈の血流に関するテストが追加された。

またスカイラブのミッション期間はスカイラブ2号の倍(2ヶ月)に延長され、より長期間に渡る人体への影響を調べる事が出来た。


ミッションの徽章[編集]

スカイラブの第2次長期滞在の徽章は、レオナルド・ダ・ヴィンチウィトルウィウス的人体図が、左半分が太陽、右半分が地球の円盤を背にしている図である。これは今回のミッション中に行われる実験(太陽観測)を示している。 宇宙探査機パイオニア10号11号に積んだ金属板に、裸体の男女の線描を載せたことで以前NASAが批判を受けたため、人体図の性器の部分は修正されている。

尚、クルーの夫人達は密かにジョークの徽章(人体図がユニバーサルウーマンに変わり、彼女達のファーストネームが記されている)を作ってコマンドモジュールの機材収納ロッカーに貼り付けており、クルーを驚かせた。

司令船の展示[編集]

グレート・レイクス科学センターに展示されているスカイラブ3号

彼らがステーションを訪れた司令船は、オハイオ州クリーブランドグレート・レイクス科学センターに展示されている。

出典[編集]

  1. ^ Skylab Numbering Fiasco”. Living in Space. William Pogue Official WebSite (2007年). 2009年2月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年2月7日閲覧。
  2. ^ Wade, Mark. "Apollo Rescue CSM". Encyclopedia Astronautica. Retrieved 2009-04-10.