モンゴロイド

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ハクスリーによる人種区分 (1870年)
ネグロイド人種 コーカソイド人種 オーストラロイド人種 モンゴロイド人種
  モンゴロイド (A)
  モンゴロイド (B)
  モンゴロイド (C)

モンゴロイド (: Mongoloid) は、形態人類学上の「人種[1]概念の一つ。黄色人種モンゴル人種とも言う。

モンゴロイドは、東アジア東南アジア・南北アメリカ大陸太平洋諸島及びアフリカ近辺のマダガスカル島にも分布する。狭義では、アメリンドアイノイドのどちらか一方もしくは両方を別人種とみなして含めない用法もある。

黄色人種の名はヨーロッパ人と比較した際のモンゴロイドの肌の色に由来するが、実際のモンゴロイドの肌の色は、淡黄白色から褐色までかなりの幅がある。ネグロイドやオーストラロイドのような極端に黒い肌はみられない。

近年の人類集団を分類する学説では、各人種の原初の居住地を分類名称とすることが多くなっており、その場合、東アジア並びに東南アジアに居住するモンゴロイドを東ユーラシア人とし、アメリカ大陸で分化したモンゴロイドを南北アメリカ人とする。またオーストラロイドとされたサフール人を含めた旧来の広義のモンゴロイドを全て網羅する定義としては、「環太平洋人」とする説がある[2]。アジアに住む人々はアジア系民族と呼ぶのが一般的であるが、アジア人にはコーカソイドに属するインド・アーリア人やオーストラロイドに属する南インドのドラヴィダ人も含む。

なお、パプアニューギニアやオーストラリアの先住民は、オーストラロイドという別人種に分類される。かつて、オーストラロイドをモンゴロイドの祖先とする考え方があったが、DNA分析により現在では否定されている。ただし先述の通りモンゴロイドとされた東・東南アジア及び南北アメリカ大陸等の集団には遺伝的に近い。

概要[編集]

トマス・ヘンリー・ハクスリーによる様々なモンゴロイドのイラスト。ブリタニカ百科事典第11版 (1903年)。

近年のDNA分析によれば、モンゴロイドはアフリカからアラビア半島インド亜大陸を経由し、ヒマラヤ山脈アラカン山脈以東に移住した人々が、周囲の自然環境により他の「人種」との交流を絶たれ、その結果独自の遺伝的変異及び環境適応を経た結果誕生した「人種」であるとされる。その原初の居住地は、ヒマラヤ山脈及びアラカン山脈よりも東及び北側である。

従来説は次の通り。ただし、DNA分析の結果等から現在は否定されている。

「モンゴロイド」の出現と分化[編集]

アジア人の種類 (1924年)

近隣結合法を用いた斎藤成也による遺伝子DNAの分析、Ingman et al.、篠田謙一らによるミトコンドリアDNAの分析によるモンゴロイドの出現について示す(各地域に住む人々のミトコンドリアDNAやY染色体、或いはヒトの核遺伝子を比較することにより、ヒトの移住の時期・系統・経路が推定出来る)。ただし、特に斎藤はモンゴロイドという名称に異議を唱えている。またヒトは同一種であるため、用いる遺伝子によって異なる結果がでることもあり、小さなクラスターについては特に顕著となる。

20万〜15万年前、アフリカ大陸において現生人類(ホモ・サピエンス)が出現(人類のアフリカ単独起源説)。その後10万年前にはアフリカ大陸の対岸に位置する中東地域に進出し、現在のコーカソイドの前身となる。中東地域に進出した人類は、その後7万〜5万年前にサフール大陸(現在のオセアニア地域)に進出、オーストラロイドの前身となる。さらに、5万〜4万年前には西方では地中海伝いにヨーロッパへ進出する一方、東方ではヒマラヤ山脈を越え東南アジア東アジア方面に進出する。

ヨーロッパに進出したグループは、その後も中東地域および北アフリカ地域との交流が保たれたため、これらの地域の人々の間では遺伝的な差異が生じず、現在でも同じコーカソイド(西ユーラシア人)に分類される。しかし、東南アジア・東アジア方面に進出した人々は、天然の要害であるヒマラヤ山脈・アラカン山脈が障害となり、中東・インド亜大陸の人々との交流を絶たれ、独自の遺伝的変異・環境適応を成し遂げることとなる。これが、後のモンゴロイドである[3]

モンゴロイドはその後、1万4000〜1万2000年前にベーリング地峡(のちのベーリング海峡)を渡りアメリカ大陸に進出。また3000〜2000年前には太平洋の島々にも移住した。

古モンゴロイド[編集]

William White Howells(ハーバード大学人類学教授)によるモンゴロイド区分地図。「Getting Here: The Story of Human Evolution」。[4]

中東地域・インド亜大陸方面から東南アジア方面に進出したと考えられるモンゴロイドを、形態人類学では古モンゴロイドと区分した。

日本列島に到達した縄文人は古モンゴロイドとされる。なお、現在、北米最古の人骨であるケネウィック人は古モンゴロイドと最も類似し、古モンゴロイドの一部は北米にも進出したと考えられている。

古モンゴロイドは、熱帯雨林に適応した結果、低めの身長、薄めのの色、発達した頬骨、鼻梁が高く、両眼視できる視野が広い等の特徴を持つと考えられた。他の、彫の深い顔、二重体毛が多いこと、湿った耳垢、波状の頭髪、等の特徴は新モンゴロイド以外の多くの「人種」と共通する。

新モンゴロイド[編集]

ツングース系民族のモンゴロイド頭骨。ヨハン・フリートリッヒ・ブルーメンバハの著作より(1776年)。

北に向かった古モンゴロイドの子孫、及び中東にそのまま留まった集団の子孫がそれぞれ北上し、東ユーラシアの寒冷地域で独自の適応を遂げた集団が、かつての形態人類学新モンゴロイドとされた人々である。

日本列島に到達した新モンゴロイドが渡来系弥生人で、日本列島全体においては、渡来系弥生人と縄文系弥生人の遺伝子が混ざりその後の日本人が形成されたとする説がある。遺伝子分析の結果,縄文人の遺伝子は日本人の中でもアイヌに強く受け継がれており、本土日本人にはアイヌと比べてその影響が少ないものの、日本列島人(アイヌ人、琉球人、本土人)は皆縄文人の血を受け継いでいるため、現在の東アジア大陸部の主要な集団とは異なる遺伝的構成であるという結果が出ている[6]

新モンゴロイドは、寒冷地域に適合した体質として、比較的体格が大きく、凹凸の少ない顔立ち、蒙古襞(もうこひだ、目頭の襞)、体毛が少ないこと(特に男性ひげの少なさ)などの特徴を持っている。さらに、耳垢が湿ったあめ状ではなく乾燥した粉状となり、耳垢の特徴と同じ遺伝子によるわきがの原因となるアポクリン汗腺が少なく、頭髪が直毛であること、といった特徴がある。

モンゴロイド系とされた人々[編集]

南北アメリカ大陸では、「モンゴロイド」の定着以前に人類は全く存在していなかったとの説が有力である。

モンゴロイドの一部は、フィリピン群島を経て東南アジアから太平洋に漕ぎ出し、イースター島ニュージーランドにまで到達している(今日のポリネシア人、ミクロネシア人)。さらに一部のモンゴロイドは、古代に稲作文化を携えてアフリカマダガスカル東部地域にも居住地域を拡大したとされる。途中のインド洋島嶼部の多くは無人島で、且つアフリカ東部や中近東の陸地伝いには彼らによる移動の痕跡がみられないため、反対方向に向かったラピタ人やポリネシア人と同じく、相当高度な航海技術によって海上ルートを進んだと思われる。

ユーラシア大陸のモンゴロイドは、当初はヒマラヤ山脈以東の太平洋沿岸及びその周辺を居住地域としていた。特に、モンゴル高原を中心とする中央アジア乾燥帯に居住した遊牧民達は生まれながらの騎兵であり、古代から中世の世界においては強大な軍事力を誇った。彼らはこの軍事力を武器に、古代はコーカソイドの居住地域であった中央アジア西域に進出、その後、東ヨーロッパ及び中東・南アジア(インド亜大陸)にも進出した。特にモンゴル帝国はユーラシア大陸の東西に及ぶ巨大な勢力圏を築くに至った。

モンゴロイドの区分[編集]

ユーラシア大陸東部のモンゴロイドは、寒冷適応の程度の軽重によって大きく古モンゴロイド新モンゴロイドに区分されたが、遺伝的に見ると他の集団間の差異に比べて大きな隔たりは存在しない。モンゴル地域・中国東北部・朝鮮半島には新モンゴロイドが比重として圧倒的に多いのに対し、大陸南部や島嶼部へ行く程旧モンゴロイドの比重が高まっているとされた。

現在の人類学では形質研究よりも遺伝子研究が重視されている。遺伝子的には南方系モンゴロイド北方系モンゴロイドと区分する場合もある。

遺伝的な近縁関係から人類集団を分類する近年の学説では、先述の通り、アジアに居住を続けてのちに一部が太平洋諸島・マダガスカル島に移住した東ユーラシア人と、南北アメリカ大陸で分化した南北アメリカ人に、旧来の狭義の「モンゴロイド」が二分されるとする。

下戸遺伝子[編集]

人種ごとのヌクレオチドの相違の数の見積もり、および人種間のNet Nucleotideの相違 。人類遺伝学の宝来聡(国立遺伝学研究所)による。[7]

コーカソイド
(口数=20)
モンゴロイド
(口数=71)
ネグロイド
(口数=10)
コーカソイド 0.0094 0.0012 0.0028
モンゴロイド 0.0128 0.0137 0.0015
ネグロイド 0.0194 0.0203 0.0238
主要な人種間の遺伝の間隔と有効な発散の時間。根井正利ペンシルベニア大学教授による。

[8]

比較 タンパク質
(62位置 )
血液型
(23位置 )
合計
(85位置 )
有効な発散の時間(年)
コーカソイド/モンゴロイド 0.011 0.043 0.019 41000 ± 15000
コーカソイド/ネグロイド 0.030 0.038 0.032 113000 ± 34000
ネグロイド/モンゴロイド 0.031 0.096 0.047 116000 ± 34000
18の人類グループの遺伝的近縁関係を23種類の遺伝子の情報をもとに近隣結合法によって推定した図 (2002年)。斎藤成也国立遺伝学研究所教授による。[9]
斎藤成也国立遺伝学研究所教授による人類の移動とその年代を示した図。[9]
これは図表の再生である。 それは酵素の科学者によってナロパンツ・アッパジ・ラオ (Naropantul Appaji Rao) (ヒンディー語:अप्पाजी राव) なされた。 教授のインド理科大学院。 ラオはインドの先住民であるドラヴィダ人の遺伝学がコーカソイドとモンゴロイドの間にあることを言った。 ラオは29の遺伝の位置を見た。[10]
変動ゲノムワイドパターンから求められる51集団の遺伝的系統樹 インド人・中央アジア人はヨーロッパ人と東アジア人との間に位置している。[11]

近年のDNA分析では、モンゴロイドとその他人種との混血度を検証する手段として、二つ有るアセトアルデヒド脱水素酵素 (ALDH) のうちALDH2の突然変異(下戸遺伝子)をマーカー遺伝子とする方法が知られる。下戸遺伝子とは、ALDH2の487番目(N末端のシグナルペプチド17残基を考慮した場合は504番目に当たる[12])のアミノ酸を決めるコドンがAAGからAAAに変化したものである(Aはアデニン、Gはグアニン)。この遺伝子は2万年程前に突然変異によって生じたとされ、特に新モンゴロイドに特有であり、この遺伝子を持つということは、「新モンゴロイド」であるか、かつて混血がおこったことの証明となる。[3]。篠田謙一によれば、その後のデータの蓄積からALDH2変異型遺伝子の発生は中国南部付近で、中国南部と北部で好まれる酒の違いにも反映されている。全くが飲めない下戸 (Type AA) の人々—すなわち「下戸遺伝子」を二つ持つのは、「モンゴロイド」に類される人々のうちの5%以下である。下戸遺伝子(正しくはALDH2の遺伝子)の持ち主はAAとAGであり、遺伝子頻度についてハーディー・ワインベルクの法則が成立する場合、AAが5%ならAGは2 (10-√5) √5≒35%、AAとAGで約40%になる。AGはAAより強いがGGより弱く、下戸ではないが酒豪でもなく、「モンゴロイド」以外と比較すれば酒に弱い。

筑波大学原田勝二による研究は、日本において九州と東北で下戸遺伝子が少ないという結果を出している[13]

「酒に弱いタイプ」 (Type AG) は「モンゴロイド」のうちの約45%であるので、上記ハーディー・ワインベルクの法則は成立しない。詳細はハーディー・ワインベルクの法則参照。「モンゴロイド」以外コーカソイド(白人)等の人々は、ほとんどが「酒に強いタイプ」 (Type GG) であり、モンゴロイドとの混血の子孫が想定される地域住民で、そうでないタイプが見つかることもある[14]

肥満関連遺伝子[編集]

内臓脂肪を貯め込む倹約遺伝子を他人種より2~4倍高頻度に有しており、肥満症から糖尿病になりやすいとされる[15]

分布[編集]

人類集団の分類の新しい学説で「モンゴロイド」は、先述の通り南北アメリカ人と東ユーラシア人に二分され、太平洋諸島の先住民であるモンゴロイドも東ユーラシア人に分類される。但しアジアでもシベリア極東部北部とその周辺の「モンゴロイド」はこの学説に従えば、東ユーラシア人のほか、南北アメリカ人に属する集団も人口は少数だが古くから居住する。

東ユーラシア[編集]

Meyers Konversations-Lexikon (ドイツ百科事典1885年)
コーカソイド人種
  セム
  ハム
ネグロイド人種
  黒人のアフリカ人
不確か
モンゴロイド人種
  北のモンゴル

北方系新モンゴロイド(北アジア・東アジア)

中央アジア系新モンゴロイド(中央アジア・東アジア)

新モンゴロイド古モンゴロイドの双方の特徴を持つ(アジア各地)

北方系古モンゴロイド(北アジア・東アジア)

南方系古モンゴロイド(東南アジア)

太平洋[編集]

南方系古モンゴロイド

北米の北極圏[編集]

エスキモー家族(1894年)

南北アメリカ大陸[編集]

(詳細はインディアンインディオを参照)

ナワトル語アステカ帝国の、マヤ語マヤ文明の、ケチュア語インカ帝国の公用語の流れをくむ言語であると考えられている。 ゲ・パノ・カリブ語族に属するブラジルトゥピ語は現在でも多くの話者が存在しており、ブラジルの文化的ルーツの一つとして考えられている。 パラグアイなどの隣接するスペイン語地域では、グアラニー語と呼ばれており、これらは方言の違いであると考えられている。

脚注[編集]

  1. ^ 近年では「人種」という分類法は否定されている。詳細は人種を参照。またアフリカ集団内の遺伝子の多様性は他の人種の多様性より大きい。
  2. ^ 斎藤、2002年
  3. ^ 三井誠『人類進化の700万年』
  4. ^ Howells, William W. (1997). Getting here: the story of human evolution. ISBN 0-929590-16-3
  5. ^ Huxley, T.T. (1901). Man's place in nature and other anthropological essays. D. Appleton and Company.
  6. ^ http://www.soken.ac.jp/news_all/2719.html
  7. ^ Satoshi Horai and Kenji Hayasaka. (1990). Intraspecific Nucleotide Sequence Differences in the Major Noncoding Region of Human Mitochondrial DNA. Am. J. Hum. Genet. 46:828-842
  8. ^ Nei, M. (1985). Human Evolution at the Molecular Level. Population Genetics and Molecular Evolution. Japan Sci. Soc. Press, Tokyo. pp. 44-64.
  9. ^ a b 斎藤成也 九州国立博物館 [1]
  10. ^ Rao, N.A. (1998). The Indian Heritage. Universities Press (India) Limited. Page 51. ISBN 8173711283.
  11. ^ Science vol319(22 FEBRUARY 2008)」
  12. ^ Y.Li et. al. (2006)
  13. ^ 原田勝二インタビュー
  14. ^ 『科学朝日』 モンゴロイドの道 朝日選書 (523) より。北方モンゴロイド特有の酒が飲めない下戸遺伝子 日本人: 44%、ハンガリー人: 2%、フィン人: 0% 下戸遺伝子とは、アセトアルデヒド脱水素酵素 (ALDH) の487番目のアミノ酸を決める塩基配列がグアニンからアデニンに変化したもので、モンゴロイド特有の遺伝子であり、コーカソイド(白人)・ネグロイド(黒人)・オーストラロイド(オーストラリア原住民等)には存在しない。よってこの遺伝子を持つということは、黄色人種であるか、黄色人種との混血であることの証明となる[2]
  15. ^ 日本人は肥満に弱い民族!? BMI25以上の肥満症 監修 吉田俊秀(京都市立病院糖尿病代謝内科部長、京都府立医科大学臨床教授 ダイヤモンド社のサイト。2012年11月16日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]