岡田英弘
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岡田 英弘(おかだ ひでひろ、1931年 - )は日本の歴史家。学術上の専攻はもともと満洲史、モンゴル史で、この分野では世界的に評価を受ける業績を残してきたが、さらに中国史、古代日本史、韓国史など幅広い分野についても精力的に研究、発言し、多くの著作を著している。東京外国語大学名誉教授。東洋文庫専任研究員。
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[編集] 経歴
- 暁星中学校卒業
- 旧制成蹊高等学校高等科理科乙類卒業
- 1953年 - 東京大学文学部東洋史学科卒業
- 1957年 - 『満文老档』の研究で第47回日本学士院賞受賞
- 1958年 - 東京大学大学院満期退学
- 1959年 - フルブライト奨学金によりアメリカ合衆国シアトル市ワシントン大学に留学(~1961年 )。ニコラス・ポッペらに学ぶ[1]。
- 1963年 - ドイツ連邦共和国ボン大学東洋研究所客員研究員
- 1966年 - 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教授
- 1968年 - ワシントン大学客員教授(~1971年 )
- 1973年 - 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授
- 1993年 - 同を停年退官。東京外国語大学名誉教授に
- 1996年 - 常磐大学国際学部教授(~2000年)
- 2002年 - 国際モンゴル学会名誉会員
[編集] 著述の特徴
岡田は、歴史を理論として確立しているのは、ヘロドトスに始まるヨーロッパ史と、司馬遷らに始まる中国史だけであり、両者の歴史観はまったく原理を異にしていること、その他の地域の歴史は、両者いずれかの歴史観による焼き直しであることを主張した[2]。この観点から、両者を単に融合して世界史を記述するのではなく、両者を止揚・昇華させた新たな原理による世界史を構築する必要性を説き、世界史の始まりをモンゴル帝国によるヨーロッパ文明・中国文明の接触に求めている。
また、日本国(倭国)の起源については、近年のシンガポールやマレーシアのような「中国系の移民と、現地住民とのハイブリッド状態である、都市国家の連合体」であると主張。現在の中国人(漢人)自体も「漢文を使う」というだけの共通点があるだけで、起源はさまざまな民族がまじっていることから、「漢王朝末期の衰退がなければ、朝鮮半島も日本列島も『中国文明の一部』になった可能性が高い」とも述べている。
そして岡田は、「漢文は中国語(話されている言葉)とは無関係である、だから古語などではない。もし、古語であれば現代でも痕跡があるはずだが、それすらない」と言う。例えば中国革命の指導者、孫文の右腕である載伝賢は徹底的な古典教育を受け、主要な古典を暗唱できたにも関わらず、意味が解らなかったと告白している。また、魯迅は短編小説「五しょう会(本来は「しょう」は漢字)」の中で、暗誦させられた後、「私には一字も理解できなかった」と告白している。そもそも、漢文には文法が存在しない。つまり、動詞とか名詞という区別もない。「言」という言葉でも、「言う」という動詞なのか、「発言」という名詞なのか、判別する方法がない。また、同じ動詞でも時制がないから、現代形なのか過去形なのか区別が出来ない。さらに、句読点(「、」や「。」のこと)がないから、どこまでが一文か解らない。つまり、全体の意味が解らなければ、一字一句も解らないし、発音も解らない、全くの「書き言葉としての言語」「話されている言葉(中国語)と無縁の言語体系」と結論を出している。
こうした考えに裏打ちされた岡田の歴史著作、特に中国論は特異なものとなっており、日本の歴史学界において同様の立場からの論者はほとんどいない[3]。
私は“群れる”ことができない性質なのを痛感しつつ、学者人生を過ごしてきた。学界では孤立したが、それを苦痛にも、寂しいとも思ったことがない。強がりではなく、どうも私にはそうした神経がないらしい。周囲を恨んだこともない。学界という狭い世界ではなく、メディアに広く求められ認められたことで、私はやりたい学問ができ、主張したいことを主張してこられた。(『正論』平成17年10月号)
と述べているように活動の舞台をマスメディアに求めている。特に近年の中国関係の発言は学術誌には見られない[4]。
その反面、岡田の大局的な歴史観(岡田史観と呼ばれる)に同意する者も少なくなく、根強い支持を得ている。
[編集] 著書
[編集] 単著
- 『倭国:東アジア世界の中で』(中央公論社[中公新書], 1977年)
- 『康熙帝の手紙』(中央公論社[中公新書], 1979年)
- 『チンギス・ハーン:将に将たるの戦略』(集英社, 1986年/朝日新聞社[朝日文庫], 1994年)
- 『世界史の誕生』(筑摩書房, 1992年/ちくま文庫, 1999年)
- 『日本史の誕生:1300年前の外圧が日本を作った』(弓立社, 1994年 ちくま文庫,2008年)
- 『倭国の時代』(朝日新聞社[朝日文庫], 1994年/ちくま文庫,2009年)
- 『台湾の命運:最も親日的な隣国』(弓立社, 1996年)
- 『現代中国と日本』(新書館, 1998年、ワック、2007年)
- 『皇帝たちの中国』 (原書房、1998年、ワック、2006年)
- 『歴史とはなにか』(文藝春秋[文春新書], 2001年)
- 『歴史の読み方:日本史と世界史を統一する』(弓立社, 2001年、ワック 2007年)
- 『モンゴル帝国の興亡』(筑摩書房[ちくま新書], 2001年)
- 『中国文明の歴史』(講談社[講談社現代新書], 2004年)
- 『だれが中国をつくったか:負け惜しみの歴史観』(PHP研究所[PHP新書], 2005年)
- 他に複数の「現代中国論」新版がワックで刊行。
[編集] 共著
- 『世界の中の日本文字—その優れたシステムとはたらき』(橋本萬太郎・川本邦衛・新田春夫・松本昭)弘文堂 1980年
- 『対話起源論』(岸田秀・山極寿一・網野善彦・今村仁司・三浦雅士)新書館 1998年
- 『紫禁城の栄光 明・清全史』(神田信夫・松村潤)講談社学術文庫 2006年
[編集] 共編著
- (護雅夫)『民族の世界史4 中央ユーラシアの世界』(山川出版社, 1990年)
- (樺山紘一・川田順造・山内昌之)『歴史のある文明・歴史のない文明』(筑摩書房, 1992年)
- (宮脇淳子ほか)『清朝とは何か』「別冊環16」藤原書店、 2009年
[編集] 訳書
[編集] その他
- NHKスペシャルで放映の『大モンゴル』(角川書店 1992年)の監修を担当。
[編集] その他
[編集] 脚注
- ^ 『ニコラス・ポッペ回想録』三一書房p.266,p.304.
- ^ また、古代から高い文明を誇ったインドに「歴史」の概念がないことも、岡田の主張のよりどころの一つであった。
- ^ このことは岡田も認識しているようで、『だれが中国をつくったか』(PHP新書)のあとがきで参考文献を挙げるに際し「私以外に、このような中国論を展開する人はいないために、自分自身の著書ばかりであるが、諒とせられんことを請う」と述べ自身と弟子で妻でもある宮脇の著作を紹介している。
- ^ 岡田の公式サイトの論文リストによると皆無である。

