シャイアン族

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シャイアン(-ぞく、Cheyenne)とは、アメリカ合衆国インディアン部族の一つ。ワイオミング州の州都シャイアンはシャイアン族に因んでいる。

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文化・歴史[編集]

もともと、今で言うワイオミング州からコロラド州までの平原地帯を領域とし、ティピーを使ってバッファローなど野生動物を追う、移動型の狩猟生活を営んでいた典型的な平原の騎馬民族である。

主体としてはワイオミング周辺を領域とした「北シャイアン族」と、オクラホマ周辺を領域とした「南シャイアン族」の二大支族に分かれていた。

現在も同盟関係にあるダコタ・スー族が彼等を「わからぬ言葉を使う人」と呼んだのが訛ってシャイアンと呼ばれるようになった。彼等自身の自称は「我ら同胞」を意味する「Tsetsêhestâhese」、または「Dzitsi'stäs」。言語学ではアルゴンキン語族に属する。スー族とシャイアンの例に漏れず、平原のインディアン部族はそれぞれ独自の言語を持っていて、会話が成立し難いため、平原の部族は独自の「指言葉(手話)」を発達させていた。言葉を口にせずとも、これで対話ができた。

シャイアン族とスー族はブラックヒルズなどをめぐり敵対関係にあったが、後に北方シャイアンはダコタ・スー族と同盟関係になり、リトルビッグホーンの戦いではダコタ・ラコタのスー族と、同じく同盟関係にあったアラパホー族の連合軍が、カスター中佐率いる第七騎兵隊を壊滅させた。

シャイアン族の「太陽の踊り」(1909年)

部族の強制移住[編集]

ヴォーヘヘベ酋長(ダル・ナイフ)

1868年のアメリカ政府との「ララミー条約」で、シャイアン族全部族員はオクラホマ保留地に強制収用され、インディアン管理局によって狩猟を禁じられ、食料の配給をごまかされて飢餓に陥った。

1878年、南北シャイアン族のうち、北方シャイアン族のヴォーヘヘベ(「朝の星」という意味。スー族は「タミラペスニ=ダル・ナイフ」と呼んだ)酋長とオコホモザーケタ(「小さい狼=リトル・ウルフ」)酋長が、ワイオミングの故郷に向け絶望的な逃亡を行った。この逸話は映画「シャイアン」の題材となった。彼らに続く者たちが本来のワイオミングに保留地を認めさせ、現在、北方シャイアン族はワイオミングに、南方シャイアン族はオクラホマに保留地を得ることとなった。

有名人[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]