ワ族

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20世紀初頭のワ族のビルマでの描写。

ワ族佤族, 拼音: Wǎzú, ビルマ語: ဝလူမ္ယုိး, IPA: wa̰ lùmjóʊ)中国南部から東南アジア北部の山間部に分布するアウストロアジア語族南アジア語族モン・クメール語派少数民族カンボジア人のように皮膚の色は黒い。竹で作った高床住居に住み、男性は黒いターバンで頭を包む。自称を「アワ」といい、近年まで首狩りの風習があった。

分布[編集]

メコン川以西サルウィン川以東の中国雲南省南部とミャンマー北部シャン州ラオス北部に約70万人が住む。1990年の調査では中国内に住居するワ族は約35万人であった。中国内の分布は次の通り。

ワ州連合軍[編集]

1949年、ワ族の居住地に流れ込んだ中国国民党軍がケシの栽培を始めたとされる(異説もあり)が、後にビルマ共産党(BCP)に取って代わられた。中華人民共和国の強力な影響下のもと、ワ族はビルマ共産党の事実上の支配下でケシの栽培に従事した。その後、インド系の上層部と、ワ族・コーカン族を中心とする実力を担保する下部組織とで内部対立が深刻化、下部組織が実力行使で上層部を一斉逮捕・追放した事から1989年に同共産党は瓦解した。(詳細はビルマ共産党を参照)

反乱後、下部組織は分裂し、その一派がワ州連合軍en)を組織した。

1996年、クン・サの停戦合意に伴いモン・タイ軍英語版(MTA)が投降・武装解除し、ワ軍が最大の勢力となった。兵力は2万人を数え、パンカン(en)に司令部を置き、その南のMong Pawkも根拠地である。また、1990年代にミャンマー=タイ国境で活動していた非ビルマ共産党系の民兵組織「ワ民族会議」を吸収合併した事から、MTAの支配地域に隣接する地域に飛び地状に支配地域を保有する。この「飛び地」との連絡を巡って、UWSAと投降前のMTA、そしてミャンマー国軍は激しく衝突した。

BCP同様、背後では中華人民共和国が影響力を行使していると考えられており、装備には中国製の物が多い。制服・制帽なども中国製、もしくは中国製のものを模倣した国産品を使用している。UWSA同様、中国から支援を受けているとされるカチン族のカチン独立軍やコーカン族の全国ミャンマー民主同盟軍でも同様の傾向が見られる(これらに対し、カレン族カレン民族解放軍シャン族の旧シャン州軍諸派(北軍南軍)は旧西側製の装備が用いられている)。

最高司令官はパオ・ユーチャン中国語版: Bao Youxiang、鲍有祥)。指導者にはクン・サの側近であったウェイ・シューカン(第171軍区司令官)、ウェイ・シューインらがいる。将兵の多くはワ族だが、コーカン族シャン族など他の少数民族も参加している。

同軍はワ族及びワ州の自治権確保を要求している。実際においても、1990年代後半にキン・ニュン首相によって、ミャンマー政府との停戦が実現後も武装解除は行われず、同軍の支配地域は実質的にUWSAの自治が行なわれている。なお、現在のミャンマーの行政区分でワ州と呼ばれるは存在しないものの(シャン州の一部)、支配地域はミャンマー政府公認の自治区域となっている。

2012年1月、ミャンマー政府との和平に原則合意した。その一方で、武装解除や兵力削減には応じておらず、ミャンマー政府が発表した「国境警備隊」計画にも反対の姿勢を取った。

2013年現在、ミャンマー政府が親中路線を転換しつつある事から、中国からUWSAに対する軍事援助が再び活発化している。その中には、Mi-17ヘリコプターやTY-90地対空ミサイル(en)等、重装備の供与も含まれているという。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]