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* 南部教育事務所(浦和区) |
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* [[埼玉県立文書館]](浦和区) |
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* 県民生活部交通安全課交通事故相談所(浦和区・埼玉県庁内) |
* 県民生活部交通安全課交通事故相談所(浦和区・埼玉県庁内) |
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* 荒川左岸南部下水道事務所(南区) |
* 荒川左岸南部下水道事務所(南区) |
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* 児童養護施設いわつき(岩槻区) |
* 児童養護施設いわつき(岩槻区) |
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* さいたま労働時間等相談センター(浦和区) |
* さいたま労働時間等相談センター(浦和区) |
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=== 県の公社 === |
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* [[埼玉県道路公社]](浦和区) |
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* [[埼玉県住宅供給公社]](浦和区) |
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* [[埼玉県産業振興公社]](大宮区) |
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* [[埼玉県下水道公社]] (桜区) |
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== 国の出先機関 == |
== 国の出先機関 == |
2013年8月31日 (土) 12:07時点における版
さいたまし さいたま市 | |||
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国 | 日本 | ||
地方 | 関東地方 | ||
都道府県 | 埼玉県 | ||
市町村コード | 11100-7 | ||
法人番号 | 2000020111007 | ||
面積 |
217.43km2 | ||
総人口 |
1,347,547人 [編集] (推計人口、2024年4月1日) | ||
人口密度 | 6,198人/km2 | ||
隣接自治体 | 上尾市、川口市、朝霞市、川越市、志木市、戸田市、蓮田市、富士見市、蕨市、春日部市、越谷市、白岡市 | ||
市の木 | ケヤキ | ||
市の花 | サクラソウ | ||
他のシンボル |
市の花木:サクラ 市のマスコット:つなが竜「ヌゥ」 市の愛称:のびのびシティ さいたま市 市の歌:『希望(ゆめ)のまち』 作詞:福原くにこ 作曲:タケカワユキヒデ | ||
さいたま市役所 | |||
市長 | 清水勇人 | ||
所在地 |
〒330-9588 埼玉県さいたま市浦和区常盤六丁目4番4号 | ||
外部リンク | さいたま市 | ||
特記事項 |
さいたま市の旧境界 | ||
ウィキプロジェクト |
さいたま市(さいたまし)は、埼玉県の南部東寄りに位置する、同県の県庁所在地であり、政令指定都市である。
概要
2001年5月1日に浦和、大宮、与野の3市の新設合併により成立した。この合併によって人口100万人以上の市となったことから、さいたま市は2003年4月1日に政令指定都市となり、9つの行政区が設置された。その後、2005年4月1日に岩槻市を編入し、岩槻区が設置されて10区体制となった。
日本で9番目に多くの人口を抱える市であり、新幹線をはじめ周辺各地の鉄道路線が集結する交通の要衝でもある。
市政
- 面積:217.49 km²
- 人口:1,250,120人
- 人口密度:5,748人/km²
(2013年6月1日現在、人口は基本台帳人口による[1])
さいたま市(に相当する地域)の人口の推移 | |||
総務省統計局 国勢調査より |
健康
(2010年9月1日現在)
- 平均年齢:41.94歳(男=40.96歳、女=42.92歳)
インフラ整備の状況
- 都市計画道路整備率:44.5%(平成21年度末)
- 下水道普及率:86.6%(平成21年度末)
地理
さいたま市は、関東地方の中央部に位置する。日本の首都である東京の都心部から北に約20-30 kmの距離にあり、県庁所在都市としては東京に最も近い。埼玉県内においては南部東寄りに位置するが、県内の区分では中央地域とされることが一般的である[2]。
関東平野の中央部に位置するさいたま市には、山地・丘陵といえる地域は存在せず、全域が台地及び低地からなる。海抜が20mを超える地区はきわめて少ない。市の西境に荒川、東寄りに元荒川がそれぞれ北西から南東に流れており、これらに近い市の西側、南側、東側の3方を低地で囲まれる。一方、市の北西側から南東に向かって大宮台地(北足立台地)が伸びており、市の中央部を貫いている。この台地の中にも芝川、綾瀬川、鴻沼川などの中小河川周辺が流れており、台地に挟まれた細い谷底平野を形成している。これらの谷底平野の一部には、江戸時代に干拓される以前は見沼や鴻沼といった沼が存在していた。
気候はケッペンの気候区分に基づけば温暖湿潤気候 (Cfa) に属するが、本州の太平洋側に一般的に見られるように夏季に比べ冬季の降水量が少ない。冬季の降水量の少なさと最低気温の低さは、東京(大手町)や横浜市、千葉市といった近隣の沿岸部諸都市と比べ、より顕著である。アメダスのさいたま観測点(桜区大字宿)における平年値(1981年~2010年の観測結果による)は、年平均気温は14.8℃、年間平均降水量は1346.0mmである。
さいたま市の市域は、東西19.6km、南北19.9kmにわたり、面積は217.49km²である[3]。政令指定都市としては川崎市、堺市に次いで3番目に狭い一方、埼玉県内の市町村としては秩父市に次いで2番目に広い。
東京にほど近いさいたま市は、東京大都市圏における郊外住宅都市としての性質が強い一方、昭和63(1988)年に旧浦和市・大宮市が業務核都市に指定され、平成12(2000)年にさいたま新都心が街開きをして各中央官庁の地方支分部局が東京より移転してくるなど、郊外における一大業務地としての性質も強まりつつある。
交通面でも、東北新幹線と上越新幹線が分岐するほか、多くの在来線の路線も交錯しており、また東北自動車道、東京外環自動車道などの高速道路も通過する首都圏北側の交通の要衝といえる。
土地利用
主要な商業・業務地は浦和駅、さいたま新都心駅、大宮駅といった市内を南北に縦断する東北本線の主要駅周辺のほか、東武野田線の岩槻駅周辺に点在している。これらの主要な主要な商業・業務地や、これらを取り囲むように立地している比較的成立年代の古い住宅地は、多くが大宮台地上にある。一方、東京の郊外に位置する現在のさいたま市域では、関東大震災後や第二次世界大戦後に急激な人口流入が起こり、主として台地上で先行した都市化・宅地化は、その後低地にも急速に伝播した(スプロール現象)。 しかしながら、現在においてもなお、さいたま市においては鉄道駅から離れた地域を中心に農地が多く残るほか、住宅地の中にも小規模な農地が点在する。また、埼玉県内の平野部において広大河川敷を有する荒川周辺や、農地として保全された見沼田圃では、開発が厳しく制限されており、人口のほとんどいない地域も存在している。
河川・湖沼
さいたま市(さいたま地域気象観測所)の気候 | |||||||||||||
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月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
最高気温記録 °C (°F) | 18.7 (65.7) |
25.5 (77.9) |
26.9 (80.4) |
31.2 (88.2) |
34.2 (93.6) |
38.0 (100.4) |
39.3 (102.7) |
38.7 (101.7) |
37.4 (99.3) |
33.1 (91.6) |
26.1 (79) |
25.1 (77.2) |
39.3 (102.7) |
平均最高気温 °C (°F) | 9.4 (48.9) |
10.3 (50.5) |
13.7 (56.7) |
19.2 (66.6) |
23.8 (74.8) |
26.5 (79.7) |
30.5 (86.9) |
31.8 (89.2) |
27.7 (81.9) |
21.9 (71.4) |
16.5 (61.7) |
11.7 (53.1) |
20.3 (68.5) |
日平均気温 °C (°F) | 3.9 (39) |
4.9 (40.8) |
8.4 (47.1) |
13.7 (56.7) |
18.6 (65.5) |
22.0 (71.6) |
25.9 (78.6) |
27.0 (80.6) |
23.2 (73.8) |
17.5 (63.5) |
11.4 (52.5) |
6.2 (43.2) |
15.2 (59.4) |
平均最低気温 °C (°F) | −1.1 (30) |
−0.2 (31.6) |
3.3 (37.9) |
8.4 (47.1) |
13.9 (57) |
18.3 (64.9) |
22.2 (72) |
23.2 (73.8) |
19.5 (67.1) |
13.5 (56.3) |
6.8 (44.2) |
1.2 (34.2) |
10.8 (51.4) |
最低気温記録 °C (°F) | −9.8 (14.4) |
−8.8 (16.2) |
−5.0 (23) |
−2.0 (28.4) |
4.8 (40.6) |
11.5 (52.7) |
14.7 (58.5) |
16.3 (61.3) |
9.5 (49.1) |
3.6 (38.5) |
−2.4 (27.7) |
−6.7 (19.9) |
−9.8 (14.4) |
降水量 mm (inch) | 42.4 (1.669) |
39.6 (1.559) |
88.0 (3.465) |
101.9 (4.012) |
121.4 (4.78) |
144.8 (5.701) |
148.0 (5.827) |
164.0 (6.457) |
202.8 (7.984) |
196.8 (7.748) |
70.9 (2.791) |
45.2 (1.78) |
1,371.3 (53.988) |
平均降水日数 (≥1.0 mm) | 3.8 | 4.6 | 8.7 | 9.0 | 10.0 | 11.6 | 11.8 | 8.8 | 10.8 | 10.0 | 6.7 | 4.4 | 100.8 |
平均月間日照時間 | 201.4 | 186.4 | 186.6 | 187.1 | 185.3 | 128.4 | 152.5 | 181.9 | 135.6 | 135.1 | 156.6 | 181.1 | 2,018 |
出典:気象庁 (平均値:1991年-2020年、極値:1977年-現在)[4][5] |
歴史
さいたま市成立以前については、さいたま市の新設合併や、現さいたま市周辺で行われてきた過去の市町村合併に向けた動きに関するもののみ記載している。それ以外の構成旧市ごとの歴史については、浦和市、大宮市、与野市、岩槻市、またはこれらの市に編入された町村の記事を参照。
沿革
現さいたま市域やその周辺では、第二次世界大戦前から浦和・大宮・与野の合併(官選の宮脇梅吉知事による「大埼玉市構想」など)や、さらに蕨・川口などを含む地域でのさらに大きな規模の合併など、多くの合併構想が提起されてきた。しかし、さいたま市が成立するまでは、そのような構想が実現することはなかった。
1920年代-第二次世界大戦終戦以前
- 1927年(昭和2年) - 宮脇梅吉が埼玉県知事に就任。浦和・大宮・与野の三町と六辻・三橋の二村の合併による一大都市圏構想を打ち出す。当時、埼玉県内で市制を施行したのは川越市だけであった。
- 1931年(昭和6年) - 宮脇梅吉が再び埼玉県知事に就任。日進を加えて三町三村の合併による「大埼玉市構想」として打ち出す。しかし大宮町の負債総額が浦和町を大幅に上回っていたことから浦和町が合併に消極的であったといわれ[6]、合併は実現せず。
- 1933年(昭和8年) - 熊谷・川口が相次いで市制を施行。合併論が再燃する。
- 1934年(昭和9年) - 「埼玉県南水道組合」(後の埼玉県南水道企業団で、現・さいたま市水道局)が設立。後の合併の礎となる。
- 1939年(昭和14年) - 浦和市が、与野・六辻と戸田・蕨等の一市三町六村での合併を呼びかけ。大宮町も、浦和・与野との一市二町での合併案で対抗する。
- 1940年(昭和15年) - 埼玉県が仲裁に入り、大宮案での合併交渉に入る。六辻・日進を加えて一市三町五村での合併で一応の合意。しかし、各論では反対が続出して交渉は打ち切りとなる。
- 1942年(昭和17年) - 与野町で大宮市への合併運動が起きる。
- 1943年(昭和18年) - 埼玉県知事の大津敏男は浦和・大宮・与野との二市一町での合併構想を打ち出す。
終戦-1970年代
- 1953年(昭和28年) - 9月、町村合併促進法が制定される。いわゆる「昭和の大合併」の始まり。
- 1954年(昭和29年) - 2月、埼玉県が県内323市町村を81市町村にまで合併する合併試案を示し、浦和市・大宮市周辺では浦和市・大宮市・与野町・大久保村・土合村の2市1町2村による合併試案が示される。しかし浦和市は大久保村・土合村を編入する合併、大宮市は周辺6村を編入する合併を構想し、この枠組みでの合併は実現せず[7]。11月、与野町が大久保町村に合併を申し込むも、実現せず[8]。
- 1955年(昭和30年) - 1月、浦和市が大久保村・土合村を編入、大宮市が周辺6村(春岡、七里、片柳、植水、馬宮、指扇)を編入。2月、与野町議会に北部を大宮市、南部を浦和市に編入させ、中央部を残存させる案が提出されるも、反対議員や町民が議場を取り囲んで開会できず、与野町はそのまま残存する[9]。
- 1962年(昭和37年) - 浦和市議会が、三市と川口・蕨での五市合併を呼びかけ。第一段階で三市、第二段階で川口・蕨との合併をすると言うものだった。
- 1973年(昭和48年) - 三市の市長が合併に関して初会談。また、北九州市の合併推進派の理論的支柱となった、都市社会学者の磯村英一が、三市について「合併しなければ、背を向け続けるであろう」と警告。
1980年代-さいたま市成立まで
- 1980年(昭和55年)10月 - 県南中央地域の都市間相互のゆるやかな連合を掲げ、浦和市、大宮市、上尾市、与野市、伊奈町の4市1町および埼玉県による「埼玉中枢都市首長会議」が発足。
- 1982年(昭和57年)4月 - 従前の首長会議の名称を「埼玉中枢都市圏首長会議」に変更。
- 1982年(昭和57年)9月 - 「埼玉中枢都市圏構想・基本構想」策定。
- 1985年(昭和60年)12月 - 「埼玉中枢都市圏構想」の名称を「さいたまYOU And Iプラン」(構成4市1町の英表記頭文字を組み合わせた名称)に変更。
- 1990年(平成2年)7月 - 「政令指定都市化」を公約にして、新藤享弘が大宮市長に就任。だが、単独での実現は現実的には無理で、合併による政令指定都市化を目指すものだった。これには与野市長の井原勇も同調した。
- 1991年(平成3年)4月 - 「政令指定都市化」を公約にして、相川宗一が浦和市長に就任。これに難色だった現職の中川健吉を破っての就任であった。
- 1992年(平成4年)4月 - 国土庁が4市1町の圏域を「埼玉中枢都市圏域業務核都市基本構想」として承認。
- 1993年(平成5年)6月 - 旧国鉄操車場跡地に、国の10省庁17機関の移転決定。
- 1993年(平成5年)12月 - 4市1町の強固な連合を目標とした「彩の国YOU And Iプラン」を策定。以後、合併政令指定都市化の動きが活発化する。
- 1995年(平成7年)7月19日 - 上尾市が、浦和市・大宮市・与野市からの合併協議会設置請求に対し拒否回答。
- 1997年(平成9年)12月18日 - 浦和市・大宮市・与野市による任意協議会設置。
- 2000年(平成12年)4月29日 - 3市による法定協議会設置。
- 2000年(平成12年)9月5日 - 合併協定調印式
- 2001年(平成13年)5月1日 - 浦和市、大宮市、与野市が合併し、さいたま市発足。
さいたま市成立-政令市移行
- 2001年(平成13年)7月29日 - 上尾市が、「さいたま市との合併の是非を問う住民投票」を実施し、その結果は「反対(58.3%)」・「賛成(41.7%)」となった。
- 2001年(平成13年)8月6日 - 伊奈町が、「合併協議を断念する」と返答する。
- 2001年(平成13年)8月8日 - 上尾市が、「合併協議を辞退する」と正式に返答する。
- 2002年(平成14年)3月19日 - さいたま市議会が、「政令指定都市の実現に関する意見書」を可決。
- 2002年(平成14年)3月20日 - さいたま市が、埼玉県知事・埼玉県議会に政令指定都市移行促進について要望。
- 2002年(平成14年)6月28日 - 埼玉県議会が、「政令指定都市の指定促進に関する意見書」を可決。
- 2002年(平成14年)8月9日 - さいたま市が、総務大臣に政令の改正(政令指定都市移行)を要望。
- 2002年(平成14年)10月30日 - 政令公布
- 2002年(平成14年)11月20日 - さいたま市議会が、「政令指定都市関連議案(区の設置並びに区の事務所の位置、名称及び所管区域を定める条例案)」を可決。
- 2003年(平成15年)1月26日 - 岩槻市が、「岩槻市の合併に関する住民投票」を実施し、その結果は「さいたま市との合併(52.6%)」・「合併しない(38.8%)」・「春日部市、宮代町、杉戸町、庄和町との合併(8.5%)」となった。
- 2003年(平成15年)2月5日 - これを受けて、岩槻市はさいたま市に対して合併協議を申入れる。
- 2003年(平成15年)2月24日 - さいたま市は、「岩槻市との合併について検討に入る」と返答する。これを受け、岩槻市議会が「さいたま市との任意協議会設置に関する決議案」を可決。
- 2003年(平成15年)3月12日 - さいたま市議会が「岩槻市との任意協議会設置に関する決議案」を可決。
- 2003年(平成15年)4月1日 - 政令指定都市に指定、9つの行政区が発足。
政令市移行後
- 2003年(平成15年)4月21日 - さいたま市・岩槻市合併問題連絡会議設置。
- 2003年(平成15年)7月15日 - さいたま市・岩槻市任意合併協議会設置。
- 2004年(平成16年)6月25日 - 2市による法定協議会設置。
- 2004年(平成16年)8月24日 - 合併協定調印式
- 2005年(平成17年)3月25日 - さいたま新都心へのさいたまタワーの誘致に失敗。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 岩槻市を編入合併し、旧岩槻市の市域を区域とする岩槻区が発足。
- 2009年(平成21年)3月1日 - さいたま市民医療センター開設。
地区
さいたま市は浦和市、大宮市といった人口規模のほぼ同じ市をはじめとする複数の市が対等の地位で合併したという側面が強い。さらに成立してまだ日が浅いことから、市の歴史は旧4市それぞれについて個別に記述されることが多い。
近世の浦和は中山道の宿場町(浦和宿)として、大宮は中山道の宿場町(大宮宿)や武藏一宮氷川神社の門前町として、与野は脇街道の宿場町として誕生、拡大してきた。一方岩槻は岩槻城(岩付城・岩附城)の城下町、および日光御成街道の宿場町として発展してきた。また旧浦和市内には他に、大門(緑区の美園地区)にも日光御成街道の宿場がおかれていた。
旧浦和市は埼玉県庁が置かれて以来、裁判所や県警察、県指定金融機関でもある埼玉銀行の本店や各種政党、メディアの支局など県都としての機能が集積し、埼玉県の行政の中枢として発展した。関東大震災での被害が小さかったことから大正時代以降、東京や神奈川からの移住者が相次いだ旧浦和市は、瑛九や高田誠など多くの画家の活動の舞台でもあり、同時にサッカーの盛んな地としても知られるようになる。また埼玉大学や浦和高校、埼玉県立浦和図書館などの公立教育機関が集中的に設置された旧浦和市は「文教都市」とも言われてきた。現さいたま市の地域の中でも旧浦和地区は最も東京に近く、高度成長期以降武蔵野線や埼京線などの通勤路線が発達したこともあり人口が大幅に伸び、合併前の1990年代後半には埼玉県内最大の人口を擁するに至った。合併後の現在、旧浦和市域単独でも人口が50万人を超えている。
旧大宮市は明治時代の熱心な鉄道誘致により、大宮駅北側に国鉄大宮工場が建てられ、1895年頃(明治30年頃)には南側(旧与野・浦和両市にもまたがる)に大宮機関区(現・大宮運転区)と貨物操車場が設置されるなど、「鉄道の街」と呼ばれるようになった。時代を下った1969年(昭和44年)には大宮駅 - 東大宮駅間に旅客車の車両基地として東大宮操車場(現・大宮総合車両センター東大宮センター)も誕生している。戦後鉄道交通の結節点として多くの企業の支店が置かれ、商業、業務機能が集積し、「県都」、「文教都市」浦和に対し、「商都」、「経済都市」とも言われ、埼玉県の商業の中心地として発展した。また東北・上越新幹線の開業後、両新幹線の沿線では盛岡・新潟と並び、特に新幹線効果を享受した都市として知られる。なお、旧与野市や旧浦和市にもまたがる貨物操車場は1984年に廃止されたが、その跡地は後にさいたま新都心となった。
旧与野市は明治時代初期など浦和、大宮両宿場町よりも栄えていた時期もあり、当時は「大きな買い物は与野でする」とも言われた。その後、県都としての機能が集積した浦和と、交通の要衝として発展した大宮に挟まれた住宅街として発達するが、市内を通る国道17号沿いに、自動車整備・修理工場と、自動車ディーラーが多く建てられたため、「自動車の街」とも呼ばれるようになった。市域の狭さや市内のほぼ全域が鉄道駅至近に位置することもあり、市全域が人口集中地区に含まれ、人口密度は合併前の旧4市の中で最も高かった。近年も、さいたま新都心周辺でのマンション建設などに伴い大きく人口が伸びている。
旧岩槻市はかつての城下町であり、江戸時代にはこの地域の中心的な町であった。埼玉県の県庁は当初城下町の岩槻に置かれる予定であったが、県庁舎に適した建物がなかったことなどから旧浦和県庁を使用することになり、現在に至る。東武野田線・岩槻駅東口を中心としてひな人形を専門とする人形店が集積しており、「人形のまち」として全国的に知られる。東京7号線(埼玉高速鉄道)の延伸が計画(蓮田まで)されており、これはかつて存在した武州鉄道の計画線とほぼ同じルートである。
なお、2001年の合併時には浦和と大宮の関係をアメリカ合衆国のワシントンとニューヨークになぞらえて、「新しい市は、『政治と教育の中心』浦和と『経済の中心』大宮が上手く並存した街にしたい」と言う意見が聞かれた。しかし実際には合併後にも旧浦和市域で積極的な商業開発がなされていたり、旧浦和市中心部以外でもさいたま新都心に国の行政機能の一部が移転されている。
旧市間の関係
さいたま市は浦和と大宮というほぼ同規模の都市の合併を伴って誕生した経緯もあり、しばしば旧市間、特に旧浦和市と旧大宮市の間の軋轢が指摘される。これを含め、旧市間の関係について記述する。
一体の市街地と分散した商業・業務地区
現在さいたま市を構成する旧4市域のうち岩槻市を除く3市は、旧市の中心部同士の距離が近い。1960年(昭和35年)国勢調査において初めて人口集中地区(DID)(人口密度が高いあるいは都市施設等が連続している地域)が定義された時点において、既にこの3市の中心部を含む人口集中地区は互いに接しており、一体の市街地を形成していた。他方で、1960年時点ではこの人口集中地区と、蕨市、川口市、上尾市といった他市町村の人口集中地区とは接していなかった。
現在のさいたま市の区域では昭和55年の調査で当時の浦和市の人口集中地区が、次いで昭和60年に当時の大宮市の人口集中地区がDID人口30万人を超え、合併直前の平成12年調査では浦和市のDID人口が46万7654人、大宮市のDID人口が41万1951人であり、DID人口が40万人を超えているのは県内でこの2都市だけであった(市域全体の人口で浦和市に次ぐ2位であった川口市の平成12年DID人口は39万245人)。このことからもこのエリアが連檐した県内随一の都市構造を有していたことが分かる。
一方で、このような一体的な市街地にあって、浦和、大宮、与野のそれぞれの商業・業務地区は相互に離れている。特に商業・業務地区としての規模の大きい大宮駅周辺地区と浦和駅周辺地区とは、約6kmの距離があり、その間は主に住宅地となっている。
名称問題
浦和市、大宮市、与野市の三市合併に先だって、新しい県庁所在地に相応しい名称ということで公募を行った上で、県名をひらがなにした『さいたま市』に決定した。全国で唯一、ひらがな名称の県庁所在地である。さいたま市の「さ」の字体は、2画目と3画目が連続した字体(「ち」の鏡文字)を正式としており、フォントによっては作字もした上で市報などの活字を全て統一しているが、市民などが住所を表記する際にはどちらでも構わないとしている。
公募から市名選定の過程にあたっては、大宮市が新市名を『大宮市』とすることを再三主張し、公募の実施にも反対した。公募は、3市先行合併後上尾市・伊奈町の合流意志を確認するとした「6・25合意」を公募実施要項にも盛り込むことで実施が合意された[10]。
市名公募の結果は、漢字表記の『埼玉市』が第1位、ひらがな表記の『さいたま市』が第2位というものであった。また合併を構成する各市の名称を用いる案は『大宮市』が第3位、『浦和市』が第6位となったが、大宮市以外の地域からの『大宮市』への応募、浦和市以外の地域からの『浦和市』への応募は少なかった[11]。また、『与野市』は100位以内に入らなかった[12]。
公募後、新市名検討委員会は『埼玉市』(公募1位)・『さいたま市』(2位)・『彩都市』(5位)・『さきたま市』(7位)・『関東市』(37位)の5案を市名候補とした。これを受けて、浦和市・与野市は『さいたま市』を新市名として主張したが、大宮市はこの5案に含まれない『大宮市』(公募3位)をここでも主張した。その後、大宮市は新市の市役所の位置について、「さいたま新都心周辺地域が望ましいとの意見を踏まえ、将来の新市の事務所の位置についての検討や庁舎建設基金を創設を行う」旨[13]を合併協議書に盛り込ませることで、この主張を取り下げた[14]。
『埼玉』の地名は、本来は埼玉郡埼玉村(現在の行田市大字埼玉〈さきたま〉)に由来している。この事から、『埼玉』の由来とは無縁で、北足立郡に属する本地域に位置する市が『埼玉』『さいたま』を称する事には、「僭称地名だ」とする否定的な意見がある[15]。また、行田市から、行田市周辺が将来合併する時に用いる可能性があるからという理由で新しい名称に『埼玉』『さいたま』を使わないで欲しいという要望も出たが、これはすでに浦和市・大宮市・与野市合併協議委員会の新市名発表の後であり、考慮されなかった(なお、さいたま市発足後に合併した旧岩槻市は南埼玉郡に属する)。単に市名をひらがなにする事に対しては、他では以前からあった『いわき市』(福島県)や、同時期に合併が行われた『東かがわ市』『さぬき市』(いずれも香川県)などと共に批判も多い。だが、この『さいたま市』『東かがわ市』以後、全国各地でひらがな名称の市町村や企業が続々と誕生している。なお、中国語などでの表記は『埼玉市』である。
このほか、区名についても、例えば「与野」の地名が消滅したなどの批判がある[16]。
名称選定までの推移 [10][17]
- 1997年(平成9年)
- 12月18日 - 任意協議会「浦和市・大宮市・与野市合併推進協議会」が設置される。
- 1998年(平成10年)
- 1999年(平成11年)
- 2000年(平成12年)
- 1月10日 - 市名の公募が実施される。期限の2月18日までに全国から67,665件、8,580種類の応募がなされる。
- 3月26日 - 新市名検討委員会での検討の結果、『埼玉市』(公募1位)・『さいたま市』(2位)・『彩都市』(5位)・『さきたま市』(7位)・『関東市』(37位)の5案が市名候補として選考され、第2小委員会委員長及び小委員会に報告される。
- 4月4日 - 第22回第2小委員会が開催。浦和市・与野市から『さいたま市』(公募2位)、大宮市から『大宮市』(3位)の2つの市名案が提案される。尚、『大宮市』の名称は、大宮の提案で設置された新市名検討案が提出した市名候補5案にはないものだった。
- 4月11日 - 第23回第2小委員会が開催。『埼玉』などの名称を使用しないで欲しいとする要望書を提出した、行田商工会議所会頭・行田市埼玉地区自治会連合会会長が招聘される。
- 4月17日 - 第25回第2小委員会が開催。新市名を『さいたま市』とすることが合意される。
- 4月24日 - 第21回合併推進協議会が開催。新市名を 『さいたま市』(公募2位)とする旨委員長報告があり、議案が提出。即日議決される。
- 4月29日 - 法定協議会「浦和市・大宮市・与野市合併協議会」が設置される。
市名公募の結果 [12]
応募総数67,665件、うち無効269件
順位 | 市名 | 応募件数 | 順位 | 市名 | 応募件数 |
---|---|---|---|---|---|
1位 | 埼玉市 | 7,117 | 11位 | 浦野宮市 | 920 |
2位 | さいたま市 | 3,821 | 12位 | 和野宮市 | 875 |
3位 | 大宮市 | 3,008 | 13位 | 埼京市 | 827 |
4位 | 彩玉市 | 2,588 | 14位 | 新埼玉市 | 771 |
5位 | 彩都市 | 2,495 | 15位 | 彩の国市 | 685 |
6位 | 浦和市 | 1,821 | 16位 | 大浦野市 | 579 |
7位 | さきたま市 | 1,374 | 17位 | 彩央市 | 506 |
8位 | 大和野市 | 1,131 | 18位 | 宮野浦市 | 488 |
9位 | 彩京市 | 1,025 | 19位 | 氷川市 | 486 |
10位 | 彩市 | 962 | 20位 | 大野浦市 | 479 |
37位 | 関東市 | 217 |
さいたま市役所の位置に関して
旧浦和、大宮、与野市にまたがってさいたま新都心が建設されてからは、さいたま新都心が浦和・大宮両都心に次ぐ「第三極」となっている。さいたま新都心は旧市境上にあり、かつ旧浦和市中心地域よりは旧大宮市中心地域からの方が距離が近いことから大宮市は合併時に、新市の名称を「大宮市」とする主張を取り下げるかわりに新市庁舎のさいたま新都心への建設を主張したが、結局「将来の新市の事務所の位置については、さいたま新都心周辺地域が望ましいとの意見を踏まえ、新市成立後、新市は、交通の事情、他の官公署との関係など、市民の利便性を考慮し、将来の新市の事務所の位置について検討するものとする。」という文章を合併協定書に盛り込むことで玉虫色の妥結がとられた(#名称問題を参照)[18]。さらに合併後の市役所に関しては、新市役所建設までの当面の措置としては3市いずれかの市役所庁舎を使用することとしどの庁舎がふさわしいか合併協議会の3市の議員で視察を行ったうえで決定するという提案が浦和市側からなされた。しかし庁舎の築年数、敷地面積、道路交通のアクセス(3市の市役所で唯一国道17号線に面する)などの点では旧浦和市役所庁舎が他2市より優位であることは視察をせずとも明らかであり、最終的に旧浦和市の市役所庁舎が「当分の間」の新市の市役所本庁舎、旧大宮・旧与野両市の市役所庁舎は「総合支所」に相当する総合行政センター庁舎として使用されることになった。
合併した三市の他にYOU And I(与野・大宮・浦和・上尾・伊奈から頭文字が取られている)構想に組み込まれていた上尾市と伊奈町も合併すると旧大宮市域が新市の地理的な中心に位置することとなることから、大宮市議会は上尾市の合併離脱を取り下げるよう説得を行っていたが上尾市は住民投票により合併離脱に至り、上尾市抜きではさいたま市と地域が連続しない伊奈町は合併を断念した。
なお前掲の合併協定書の文言に関して、たびたび市議会で旧大宮市域選出の議員から「現市役所を使用し続けることは合併協定書の同意を反故にすること」との指摘がなされているが、平成23年度第2回さいたま市庁舎整備検討委員会では「さいたま新都心に(市役所)庁舎を持ってくるという前提で話がなされていたのではないか。」という委員の質問に対しさいたま市庁舎整備検討委員会事務局から「合併協定書をよく読んでもらいたいが、新都心周辺地域と限定しているわけでなく『新都心周辺地域が望ましいとの意見を踏まえ検討する』という表現になっている。(中略)審議会を設置して、まずは、庁舎の位置が問題となっていくと思う。」との回答がなされており、事務局当局は合併協定書の文言が将来の市役所の「さいたま新都心周辺地域」への設置を確約するものではないとの解釈を示している[19]。合併後政令指定都市化に伴い区役所が設けられ、実質的に市内各地における住民サービスの拡充が図られたこともあり、2012年現在も新市役所を建設する計画は一切立てられておらず、2012年11月22日には、現在の市役所本庁舎に対し2014年から15年にかけて耐震補強工事を行う予定がさいたま市から発表された[20]。
前述の宮原土地区画整理事業敷地の一角に北区の区役所が設置されているが、かつて大宮市議会は、ここに大宮市の新しい市役所を建設する計画があったために、新市の市役所として活用する案を推していた。ただしこの場合そもそも現在使用している旧浦和市役所庁舎以上にさいたま新都心からは離れた場所になる。政令指定都市に移行時に建設された北区役所の庁舎はプレハブ造の仮庁舎で業務をしていたが、建設予定地だった場所に北区役所本庁舎を中心とした「プラザノース」が建設され、2008年4月28日に新庁舎での業務を開始した。この北区役所の周辺の土地は長く更地の区画が多かったが、建築物が建つようになりつつある。
埼玉県庁の位置に関して
埼玉県では、明治維新以降度々県庁の位置をめぐる綱引きが行われており、その多くに浦和・大宮が関わってきた。1869年以降県庁が置かれる浦和、交通の要衝であり一時は県庁誘致にも乗り出したことのある大宮、旧城下町であり当初埼玉県庁の設置が予定されていた岩槻と、県庁をめぐる様々な動きの渦中にあった三つの街が、一つの大都市となる珍しい経緯を持つことになった。
- 1869年(明治2年) - 1月、大宮県が誕生。名目上の県庁所在地は大宮宿であったが、実質的な県庁機能は殆どなかった。9月、浦和住民の土地の提供や川口住民の請願により、県庁は浦和宿に置かれることとなり(設置は翌10月)、県名も浦和県に改称。
- 1871年(明治4年) - 7月、廃藩置県により岩槻藩が岩槻県になる。11月、岩槻・浦和・忍の3県が合併して、埼玉県が誕生。太政官は県庁を岩槻町におくよう達したが、県令野村盛秀の巡視の結果、当分の間旧浦和県庁で執務が行われることとなる。(同時に、西部・北部・秩父地方では川越県が品川県を併せて入間県が誕生する。その後1873年(明治6年)6月に入間県は群馬県と合併し熊谷県となる。)
- 1876年(明治9年) - 8月、熊谷県のうち旧入間県部分と埼玉県が合併、現在の埼玉県の領域がほぼ確定する。この際、県庁所在地は浦和宿となった。
- 1886年(明治19年) - 1884年(明治17年)の秩父事件への対応の遅れなどから県庁所在地の偏りの弊害が指摘され、熊谷町への移転運動が浮上。しかし熊谷に支庁を設置することで対応し、県庁は浦和に残る。
- 1890年(明治23年) - 9月25日、勅令により、正式に浦和町が県庁所在地となる。
- 1897年(明治30年) - 12月15日、埼玉県議会が熊谷町への移転建議を可決。しかし、翌1898年(明治31年)1月27日、内務省より「不可」との通知が下る。
- 1948年(昭和23年) - 10月25日、放火により県庁の大部分が焼失すると、その後3日のうちに大宮、熊谷が県庁の誘致に乗り出し、浦和、大宮、熊谷3市の激しい誘致合戦となる。
- 1950年(昭和25年) - 県庁復興対策特別委員会における浦和と大宮の決選投票の結果、県庁の浦和市残留が決定。
鉄道駅に関して
現在のさいたま市内で最初に鉄道駅が開業したのは、県庁所在地駅である浦和駅である。その2年後に、現在の高崎線と東北本線の分岐点として大宮駅が設けられ、その後鉄道工場が開設された。当初は浦和駅・大宮駅ともに東北本線の急行停車駅であったが、昭和初期以降大宮駅が鉄道交通の要衝としての機能を蓄積していく。
1932年に、現在の京浜東北線である「省線(京浜)電車」が赤羽から大宮まで延伸開業すると、電車による高頻度運転の開始と引き換えに東北本線・高崎線の中長距離列車は、普通列車を含め全て浦和駅を通過するようになり、これと前後して大宮駅を起点とする川越線と現在の東武野田線が開業する。戦後もしばらくの間、旧浦和市内には京浜東北線の電車以外は停車せず、当時の浦和駅は埼玉県の代表駅にも拘わらず中長距離列車が停車しない駅として有名であった。また、現さいたま市の市域を通り東西の隣接都市と結ぶ鉄道輸送は、大宮駅を発着する川越線と東武野田線のみが担っていた。なお、この時期の旧与野市内には鉄道駅自体が存在しなかった(与野駅は旧浦和市内に所在)。旧岩槻市内では、武州鉄道が開業。赤羽を目指して建設され、旧岩槻市内と旧浦和市内を南北に貫く形で運行していた。だが、現在の東武野田線の開業や資金難により廃止となった。
1965年に大宮駅に特急列車が停車を開始し、1967年には駅ビルが開業。大宮駅は埼玉県内随一のターミナル駅へと変貌を遂げる。一方、1968年に旅客線の緩急分離による赤羽-大宮間の6線化で、浦和駅に列車線ホームが開設された。これに伴い、朝夕のみ中距離電車が停車を開始し、一往復のみながら急行列車が36年ぶりに停車を再開した。また1973年には、南浦和駅を通るルートで新たな首都圏外郭環状鉄道路線である武蔵野線が開業した。武蔵野線はその後徐々に運行本数を増やし、川越/八高線や東武野田線より速達効果を持つルートとして発達する。
1982年には、東北新幹線・上越新幹線の暫定開業で大宮駅が新幹線の暫定始発駅となり、1985年の上野延伸開業まで東北・上信越方面の玄関口となる一方で、浦和駅にもようやく終日中距離列車が停車するようになった。その後、1985年に浦和駅に停車する特急列車も設定され、2013年4月現在では夜行寝台特急など一部を除く多くの在来線特急、また東北本線・高崎線の快速系統を含む中距離列車全列車が浦和駅・大宮駅の両駅に停車している。2008年度のJR大宮駅の1日平均乗車人員は約24万人で、JR東日本では新宿・池袋・渋谷・横浜・東京・品川・新橋に次ぎ8位を誇っている。現在も、整備新幹線の延伸などにより大宮駅の鉄道拠点としての重要性が増す一方、近年では昭和期に比べ浦和駅の相対的な拠点性が上昇しており、南浦和駅や武蔵浦和駅も通勤列車の一部始発駅として機能するなど、市内の鉄道ネットワークは以前より複雑化している。なお、かつて市内に鉄道駅がなかった旧与野市は、1985年に埼京線が開業したことにより、東京都心への通勤利便性が大幅に向上している。同時に川越線も電化され、埼京線との直通運転により旧与野市と同様な効果がみられる。
なお、先述されている本市成立前から続く旧浦和市と旧大宮市の市域間対立の背景には、こうした鉄道交通の状況が挙げられてきた。国鉄時代より、大宮駅に多くの中長距離列車が停車してきた一方で、旧大宮市内では南端近くにある大宮駅はいわゆる国電区間の終点にもあたる。このため、東京への通勤利便性という観点からは旧大宮市域は旧浦和市域・旧与野市域の京浜東北線・埼京線沿線に比べ人口が増えにくい状況にあった。それは現在でも同様であり、さいたま市の都市計画において、旧浦和市域を中心とする京浜東北線・埼京線地域を優先的に開発しようとする意見と、新幹線停車駅の大宮駅周辺を重点開発しようとする意見が、時として市議会などで対立が見られる。
このように、旧浦和市は東京へのアクセスの利便性を背景に、旧大宮市は東北・上信越方面への広域交通の利便性を背景に発展してきたと言える。新幹線の速度が東京~大宮間で在来線同様の110km/hに制限されることや、JR東日本とJR東海(JR西日本・JR九州も含む)の新幹線が直通運転をしないことなどから、現時点で東京以西の各都市との連絡においては、新幹線の停車自体が旧大宮市にとって決定的なアドバンテージになっていない。また、武蔵野線開業後も都心への直通運転をしない東武野田線は、主に地域のローカル輸送に用いられている。そのような背景もあり、たとえば2001年のさいたま市長選挙では、旧浦和市長の相川宗一が「市内のバス網の整備」などを謳う一方、旧大宮市長の新藤享弘は「大宮発の九州方面行き新幹線の運転・東武野田線大宮発の日光・鬼怒川・会津方面への特急運行」など、大宮駅に始発着・停車する長距離列車の増発を自身の交通政策に挙げていた。選挙の結果は、相川が当選したために新藤の政策が実現することはなかったが、後者に関しては2006年3月より新宿駅発着のJR-東武直通特急が運行を開始し、ルートは異なるもののさいたま市と日光・鬼怒川温泉方面を直通する特急の運行が実現することとなった。なお、この列車は大宮から東武鉄道へ乗り入れる事はなく、栗橋での乗り入れとしている。2013年現在は浦和駅にも停車しており、結果として旧市域間の対立の中で大宮駅の拠点性・利便性を排他的に高めるものではなくなっている。
- 1883年(明治16年) - 8月、日本鉄道により現在の東北本線及び高崎線の一部、上野~熊谷間の鉄道が開通。県庁所在地である浦和に駅が設置される。大宮には駅が設置されなかった。
- 1885年(明治18年) - 3月、大宮に駅が設置される。7月、現在の東北本線の大宮~栗橋間の鉄道が開通。建設にあたり鉄道の分岐点としてさまざまな案が出されその中で浦和・大宮はともに候補として挙げられていた。しかし大宮住民の土地の提供などの誘致運動や鉄道が浦和分岐となることで分岐した北側で経由することになる岩槻の住民による鉄道反対運動(これについては鉄道忌避伝説によるものとの疑いも否定できない)、アメリカ人技師のクロフォードによる大宮案の支持などにより、分岐点案は最終的に大宮と桐生・足利などの機業家の支持を受けた熊谷の2案で争われ、コスト面から大宮に決定した。
- 1894年(明治27年) - 大宮駅に鉄道工場が併設される。
2つのプロサッカーチーム
後述するように、本市は浦和レッドダイヤモンズと大宮アルディージャの二つのプロサッカーチームが本拠地としているが、これは旧浦和市を本拠地とする浦和レッドダイヤモンズと、旧大宮市を本拠地とする大宮アルディージャが自治体合併のために結果として同一市を本拠地としているものであり、たとえば商業地区の街灯に掲げられている応援旗も、旧浦和市内では浦和レッドダイヤモンズの赤い旗のみ、旧大宮市内では大宮アルディージャのオレンジ色の旗のみでその逆は一切見られないなど、同一市とはいえ地域により明確なカラーの違いが認められる。両チームが対戦するさいたまダービーでは、サポーターから相手チームのみならず相手の地区そのものに対する揶揄も飛び出し、スポーツの試合が一種の代理戦争としての側面も持っている(詳しくはさいたまダービーを参照)。
行政区と「区の色」
以下の10区で構成される。「区の色」は市内の小中学生から募集し、区のイメージカラーとして2005年4月に制定された。市の広報誌やポスター等に使用されている。
区名 | 団体コード | 設置 | 地域 | 面積 | 人口 | 世帯数 | 区の色 | 区の花 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
西区 | 11101-5 | 2003年4月1日 | 旧大宮市西部 | 29.14km2 | 84731人 | 34260世帯 | あお | アジサイ |
北区 | 11102-3 | 2003年4月1日 | 旧大宮市北部 | 16.91km2 | 140528人 | 60965世帯 | ふかみどり | 菜の花 |
大宮区 | 11103-1 | 2003年4月1日 | 旧大宮市南部 | 12.75km2 | 109681人 | 49431世帯 | オレンジ | さくら |
見沼区 | 11104-0 | 2003年4月1日 | 旧大宮市東部 | 30.63km2 | 158354人 | 65856世帯 | そらいろ | クマガイソウ |
中央区 | 11105-8 | 2003年4月1日 | 旧与野市 | 8.39km2 | 96526人 | 42128世帯 | バラ色 | バラ |
桜区 | 11106-6 | 2003年4月1日 | 旧浦和市西部 | 18.60km2 | 96715人 | 42352世帯 | さくら色 | サクラソウ |
浦和区 | 11107-4 | 2003年4月1日 | 旧浦和市北部 | 11.51km2 | 145320人 | 62960世帯 | あか | ニチニチソウ |
南区 | 11108-2 | 2003年4月1日 | 旧浦和市南部 | 13.89km2 | 175794人 | 75527世帯 | レモン色 | ヒマワリ |
緑区 | 11109-1 | 2003年4月1日 | 旧浦和市東部 | 26.51km2 | 111213人 | 43396世帯 | みどり | サクラ |
岩槻区 | 11110-4 | 2005年4月1日 | 旧岩槻市 | 49.16km2 | 111095人 | 43393世帯 | やまぶき色 | やまぶき |
※中央区には旧浦和市(上木崎1丁目)・大宮市(錦町・吉敷町2丁目・北袋町1丁目)のうち東北本線線路西側の地区が含まれ(現在の地番は「新都心」)、大宮区には旧浦和市の大原6・7丁目が含まれるなど一部旧市域と異なる地区あり
政治
- 2001年5月27日 - 初の市長選挙。前浦和市長の相川宗一(自由党推薦)が当選。
- 2003年4月13日 - 初の市議会議員一般選挙。議員定数を64に削減。
- 2004年12月26日 - 南区選出議員の市議会議員補欠選挙。
- 2005年5月15日 - 市長選挙。岩槻区選出議員の市議会議員増員選挙。浦和区選出議員の市議会議員補欠選挙。議員定数を71に増加。
- 2007年4月8日 - 市議会議員一般選挙。議員定数を64に削減。
- 2009年5月24日 - 市長選挙。西区・北区選出議員の市議会議員補欠選挙。
- 2011年4月10日 - 市議会議員一般選挙。議員定数を60に削減。
- 2013年5月19日 - 市長選挙。見沼区選出議員の市議会議員補欠選挙。
行政
代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 期・備考 |
---|---|---|---|---|
井原勇 | 2001年5月1日 | 2001年5月26日 | 市長職務執行者 1983年5月1日-2001年4月30日まで与野市長として5期在任 | |
初 | 相川宗一 | 2001年5月27日 | 2005年5月26日 | 1期・1991年5月2日-2001年4月30日まで浦和市長として3期在任(通算4期) |
2 | 2005年5月27日 | 2009年5月26日 | 2期(通算5期) | |
3 | 清水勇人 | 2009年5月27日 | 2013年5月26日 | 1期 |
4 | 2013年5月27日 | 現職 | 2期 |
過去の市長選挙
当落 | 得票数 | 候補者 | 党派 | 市長歴 |
---|---|---|---|---|
当 | 171,876 | 清水勇人 | 無所属 | 現 |
118,362 | 長沼威 | 無所属 | 新 | |
53,513 | 吉田一郎 | 無所属 | 新 | |
24,834 | 大石豊 | 無所属 | 新 |
当落 | 得票数 | 候補者 | 党派 | 市長歴 |
---|---|---|---|---|
当 | 155,966 | 清水勇人 | 無所属 | 新 |
98,816 | 相川宗一 | 無所属 | 現 | |
62,991 | 中森福代 | 無所属 | 新 | |
32,249 | 日下部伸三 | 無所属 | 新 | |
27,448 | 松下裕 | 無所属 | 新 | |
26,397 | 高橋秀明 | 無所属 | 新 |
当落 | 得票数 | 候補者 | 党派 | 市長歴 |
---|---|---|---|---|
当 | 135,553 | 相川宗一 | 無所属 | 現 |
121,735 | 中森福代 | 無所属 | 新 | |
63,880 | 沼田道孝 | 無所属 | 新 |
当落 | 得票数 | 候補者 | 党派 | 市長歴 |
---|---|---|---|---|
当 | 131,822 | 相川宗一 | 無所属 | 新 |
109,552 | 新藤享弘 | 無所属 | 新 | |
49,505 | 岡真智子 | 無所属 | 新 | |
39,323 | 高橋秀明 | 無所属 | 新 | |
21,662 | 沼田道孝 | 無所属 | 新 | |
8,647 | 高瀬広子 | 無所属 | 新 | |
3,377 | 吉田一郎 | 無所属 | 新 | |
2,015 | 山口節生 | 無所属 | 新 |
さいたま市議会
さいたま市議会を参照
国政
県政
本市における県議会の議員定数は15で、行政区ごとに選挙区を区分している。
- 南第3区:西区(定数1)
- 南第4区:北区(定数2)
- 南第5区:大宮区(定数1)
- 南第6区:見沼区(定数2)
- 南第7区:中央区(定数1)
- 南第8区:桜区(定数1)
- 南第9区:浦和区(定数2)
- 南第10区:南区(定数2)
- 南第11区:緑区(定数1)
- 南第12区:岩槻区(定数2)
広報活動
市の一般的な広報活動は、広報課により行われている。同課内には、一般的な広報活動の企画立案や各区ごとの広報活動の取りまとめを行う「広報係」のほか、行政情報の見える化を推進することを主な業務とする「企画推進係」がある。[21]
主な広報媒体として、広報誌『市報さいたま』(毎月1回発行、全戸配布)、テレビ番組『のびのびシティさいたま市』(テレビ埼玉で放送)のほか、ウェブ媒体によるもの(公式サイトおよびメールマガジン)などがあり、このうち『市報さいたま』については視覚障害者向けにカセットテープ版や点字版も制作されている[22]。また、この他にも市議会や市政の個別テーマ・部局・地域ごとの広報が多くなされている。
市のマスコットキャラクターとして、市内の見沼(見沼田んぼ)に伝わる伝承に因んだ「つなが竜ヌゥ」が2007年9月20日に制定された[23]。このキャラクターは一定の条件(要綱・マニュアルに記載)を満たせば営利目的を含めて誰でも使用することができるほか、着ぐるみの貸し出しも行われている[24]。また、埼玉県の自治体のゆるキャラで構成されるゆる玉応援団にも加盟している。
消防
警察
第一方面本部、さいたま市警察部、交通管制センターを併設
その他警察施設
- 交通機動隊(西区)
- 県警察学校(北区)
- 高速道路交通警察隊岩槻分駐隊(岩槻区・東北自動車道岩槻インターチェンジ内)
- 鉄道警察隊(大宮区・大宮駅西口)
- 大宮駅派遣所
- さいたま新都心駅派遣所
- 音楽隊(北区)
- 運転教育課大宮分室(北区)
- 国外運転免許センター(大宮区)
- 機動センター(西区)
- 木崎分庁舎(浦和区)
- 鹿手袋分庁舎(南区)
- 宮原分庁舎(北区)
県の出先機関
- さいたま農林振興センター(浦和区)
- さいたま県土整備事務所(南区)
- 企業局大久保浄水場(桜区)
- 企業局第一水道建設事務所(桜区)
- 中央産業労働センター(浦和区)
- 埼玉県計量検定所(北区)
- 埼玉県創業・ベンチャー支援センター(中央区)
- 埼玉県立職業能力開発センター(北区)
- ヤングキャリアセンター(大宮区)
- 埼玉県動物指導センター南支所(桜区)
- 埼玉県衛生研究所(桜区)
- 中央家畜保健衛生所(北区)
- 中央環境管理事務所(浦和区)
- さいたま県税事務所(浦和区・浦和合同庁舎)(平成24年4月1日、浦和県税事務所と大宮県税事務所が統合し改称)
- 自動車税事務所(大宮区・大宮合同庁舎)(平成24年4月1日、旧大宮県税事務所の一部業務(県民税(利子割、配当割及び株式等譲渡所得割)、県たばこ税、ゴルフ場利用税、軽油引取税及び鉱区税に関する事務を引き継ぎ移転)
- 自動車税事務所大宮支所(西区)(平成24年4月1日、自動車税事務所が大宮合同庁舎へ移転に伴い設置。)
- 埼玉県男女共同参画推進センター(WithYouさいたま)(中央区)
- 競技事務所(大宮区)
- 中央地域創造センター(浦和区)
- パスポートセンター(大宮区)
- 南部教育事務所(浦和区)
- 埼玉県立文書館(浦和区)
- 県民生活部交通安全課交通事故相談所(浦和区・埼玉県庁内)
- 荒川左岸南部下水道事務所(南区)
- 別所沼会館(南区)
- 食肉衛生検査センター(中央区)
- 母子福祉センター(大宮区)
- 埼玉県救急救命士養成所(桜区)
- 産学連携支援センター埼玉(中央区)
- 障害者交流センター(浦和区)
- 児童養護施設いわつき(岩槻区)
- さいたま労働時間等相談センター(浦和区)
県の公社
国の出先機関
- 裁判所
- 法務省
- 厚生労働省
- 財務省
- 警察庁
- 関東管区警察局(さいたま新都心合同庁舎2号館)
- 埼玉県情報通信部(浦和区)
- 岩槻高速道路管理室(岩槻区)
- 関東管区警察局(さいたま新都心合同庁舎2号館)
- 防衛省
- 北関東防衛局(さいたま新都心合同庁舎2号館)
- 陸上自衛隊大宮駐屯地(北区)
- 自衛隊埼玉地方協力本部(浦和区)
- 総務省
- 関東管区行政評価局(さいたま新都心合同庁舎1号館)
- 農林水産省
- 関東農政局(さいたま新都心合同庁舎2号館)
- 消費・安全部地域第一課(浦和区)
- さいたま統計・情報センター(さいたま新都心合同庁舎2号館)
- 経済産業省
- 関東経済産業局(さいたま新都心合同庁舎1号館)
- 関東東北産業保安監督部(さいたま新都心合同庁舎1号館)
- 国土交通省
- 環境省
- 関東地方環境事務所(明治安田生命さいたま新都心ビル(L.A.タワー))
- 人事院
- 関東事務局(さいたま新都心合同庁舎1号館)
経済
産業
- 主な産業
- 第3次産業が中心である。
- 主な企業
- クラリオン
- アイダ設計
- アライヘルメット
- 亜細亜堂
- 安楽亭(安楽亭、七輪房、からくに屋、素材市場、ヴァリエ、素苑、アグリコ、ビーンズ、春秋亭、龍饗)
- イエローサブマリン
- 伊藤製パン(伊藤パン)
- リズム時計工業
- ウエルシア関東 - イオン・ウエルシア・ストアーズのグループ事業
- 栄光(栄光ゼミナール)
- 大川ホールディングス
- 大宮ソフト
- カッパ・クリエイト(かっぱ寿司)
- カルソニックカンセイ
- 北川鉄工所関東工場・東日本サービスセンター
- ゴルフ・ドゥ
- 埼玉高速鉄道
- サイデン化学東京工場・浦和工場
- ジーテクト
- 島忠(島忠、エッサン、ホームズ)
- しまむら(ファッションセンターしまむら、アベイル、バースデイ、シャンブル、思夢樂)
- センコー浦和PDセンター
- 大正製薬大宮工場
- 高田製薬大宮工場
- タムロン
- ドイト(ドイト、タウン・ドイト、ガーデンセンター花ノ木)
- とんでん
- ハイデイ日高(日高屋、来来軒、台南市場、文楽座、本社・大宮区)
- 富士ゼロックス岩槻事業所
- フジノン
- 富士薬品(ドラッグセイムス)
- ボックスグループ(ドキドキ冒険島、スーパーソフトボックス)
- マミーマート
- マミヤ・オーピー
- 三菱マテリアル大宮研究センター
- メディカル・ケア・サービス
- 八木アンテナ
- 安川電機関東ロボットセンタ
- 与野フードセンター(与野フード、ワイバリュー、バリュー・フードガーデン)
- ロッテ中央研究所・浦和工場
- トミゼンフーヅ
- スプリックス(個別指導塾森塾)
- 金融機関
- マスメディア
文化
教育機関
小中学校及び高等学校、特別支援学校等は各区を参照。
- 埼玉大学
- 放送大学学園埼玉学習センター
- 芝浦工業大学大宮校舎
- 浦和大学
- 慶應義塾大学薬学部浦和共立キャンパス(旧共立薬科大学浦和校舎)
- 日本大学法学部大宮校舎(2009年3月に廃止)
- 産業能率大学北関東事業センター
- 目白大学岩槻キャンパス
- 人間総合科学大学
- 国際学院埼玉短期大学
- 浦和大学短期大学部
- 大宮法科大学院大学
公立小学校の飽和問題
人口増加の続くさいたま市では、「過大規模」とされる小学校の多さが指摘されている。2002年の時点では、全国に17校しかなかった「児童数1200名以上の公立小学校」のうち4校がさいたま市で占められており、更に2005年、2006年にはそれが5校に増加した(南区の沼影小、大宮区の三橋小、北区の宮原小・大砂土小、見沼区の大砂土東小)。また一般に「過大規模」とされる31学級以上の小学校も2006年現在で9校(上記に加え南区の辻小、北区の日進小・日進北小、見沼区の春岡小)ある。これに鑑み、さいたま市では教育委員会内に「大規模校教育環境整備推進検討会議」、「大規模校解消プロジェクト会議」が設置され、大規模校の施設改善のあり方・地区の実情に合わせた学校新設・通学区域の見直し等の全市的な取り組みが始められている。また、2007年には南区に「辻南小学校」、2009年には北区に「つばさ小学校」、2012年には緑区に「美園小学校」が開校した。
また、桜区の東日本鉄工・工場跡地に862戸(実際は812戸)のマンションが建設されたが、着工時に開かれた住民説明会では1,000人の児童が増えることが見込まれるという説明があった。だが、市当局は2006年1月20日の審議会でマンションの世帯数から実際の児童数は100人から150人にとどまるだろうという見解を示している。[1]
スポーツ
サッカー
さいたま市は、旧浦和市を中心としてサッカーが盛んな街でもある。現在のさいたま市役所付近に置かれた埼玉県師範学校(現・埼玉大学教育学部)が1937年の全国中等学校蹴球大会(現・全国高等学校サッカー選手権大会)で初優勝し、初めて優勝旗が箱根の山を越えた(かつては関西地方で全国大会が開かれていたため)。以来、1950年代から1970年代にかけて浦和高校・浦和西高校・浦和市立高校・浦和南高校が次々と全国制覇し、サッカー王国・埼玉の名を轟かした。近年ではJリーグに所属の2チーム、浦和レッドダイヤモンズと大宮アルディージャを本拠地に置き、人気を博している。両チームの対戦はさいたまダービーと呼ばれている。
また女子サッカーもなでしこリーグ(旧L・リーグ)所属の浦和レッドダイヤモンズ・レディースのほか、かつてL・リーグに所属し現在は関東女子リーグに加入の浦和本太レディースFCがあり、そのほかにも各年代のチームが男女ともに活動している。
2002年には、FIFAワールドカップの埼玉会場として、日本代表の初戦や準決勝戦など4試合が緑区の埼玉スタジアム2002で行われた。
2007年9月30日にはJR大宮駅の2番線に大宮アルディージャ公式ソング『Vamos Ardija』が、10月1日にはJR浦和駅の1番線に浦和レッズ公式応援歌『Keep On Rising』がそれぞれ発車メロディとして流れることになった。
- 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)
- 日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)
- 関東サッカーリーグ
- さいたまサッカークラブ(関東サッカーリーグ1部所属。J参入を目指している)
- 与野蹴魂会(関東サッカーリーグ2部所属。)
- 埼玉県リーグ
- 浦和レッドダイヤモンズ・アマチュア(1部所属)
- 埼玉県女子サッカーリーグ
- 浦和本太レディースFC(なでしこリーグ参入を目指す女子サッカークラブ)
バスケットボール
バスケットボールについては、bjリーグ所属の埼玉ブロンコスのホームタウンである他、2006年8月26日から9月3日まで、FIBAバスケットボール世界選手権のファイナルラウンドが中央区のさいたまスーパーアリーナにて行われた。
- 日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)
野球
野球も市内で盛んであり、県営や市営の野球場が多数占めている。高校野球においては、1968年に大宮工業高校、2013年に浦和学院高校が選抜高校野球大会優勝を果たしている他、大宮東高校や埼玉栄高校といった強豪校が存在している。社会人野球においても、戦前は大宮町に本拠に置いた「全大宮」が1932年から都市対抗野球大会に5年連続で出場し、1935年・1936年と二年連続で準決勝に進出する活躍で全国にその名を轟かせた。戦後は、浦和市に本拠に置いた日本通運が1964年に埼玉県勢初の都市対抗野球大会優勝を果たし、1994年には日本選手権の優勝を果たした。また、多くのプロ野球選手を輩出している。
- 日本野球機構(参考:日本プロ野球)
- イースタン・リーグ下記の2チームは本拠地を地域内に置いている。
- パシフィック・リーグ
- 日本野球連盟(社会人野球)
スポーツ文学賞
さいたま市は、スポーツが盛んな都市というイメージを生かし、1994年にさいたま市スポーツ文学賞(開始時は「浦和スポーツ文学賞」。現在は終了)を創設した。スポーツを題材とする小説およびエッセイを全国から公募する文学賞で、2010年まで隔年で実施された。また、受賞者の作品をまとめた作品集『SPORTS STORIES』を毎回刊行していた。
スポーツ施設
サッカー
- 埼玉スタジアム2002(浦和レッズホームスタジアム)
- さいたま市浦和駒場スタジアム(浦和レッズホームスタジアム。2006年・2007年は大宮アルディージャ暫定メイン)
- さいたま市大宮公園サッカー場(現・ナックファイブスタジアム大宮、大宮アルディージャホームスタジアム)
野球
- 埼玉県営大宮公園野球場
- さいたま市営浦和球場
- さいたま市営大宮球場
- さいたま市岩槻川通公園野球場(やまぶきスタジアム)
- ロッテ浦和球場(千葉ロッテマリーンズ2軍本拠地球場)
その他
- 大宮競輪場
- 浦和競馬場・ウインズ浦和
- さいたまスーパーアリーナ(埼玉ブロンコスホームアリーナの一つ)
観光
名所・旧跡
- 氷川神社
- 氷川女体神社
- 調神社
- 久伊豆神社
- 慈恩寺(坂東三十三箇所第12番札所)
- 岩槻城址(岩槻城址公園)
- 見沼通船堀(国の史跡に指定)
- 真福寺貝塚(国の史跡に指定)
- 田島ケ原サクラソウ自生地(国の特別天然記念物に指定、秋ヶ瀬公園に隣接)
- 与野の大カヤ(国の天然記念物に指定)
観光スポット
- 大宮公園
- 与野公園
- 別所沼公園
- 鉄道博物館(東京都千代田区の旧交通博物館の移転を受け、2007年10月14日開館)
- 埼玉県立近代美術館
- 埼玉県立歴史と民俗の博物館(大宮公園内)
- さいたま市立博物館
- さいたま市立浦和博物館
- さいたま市立浦和くらしの博物館民家園
- さいたま市立岩槻郷土資料館
- さいたま市立漫画会館
- うらわ美術館
- 彩の国さいたま芸術劇場
- さいたま新都心
- 武蔵浦和ラーメンアカデミー
- さいたま市大宮盆栽美術館
祭事・催事
- 人形のまち岩槻 まちかど雛めぐり - 岩槻駅前の商店街で実施。[25]
- さくら草まつり - 市内にある田島ヶ原(国の特別天然記念物)に自生するサクラソウにちなんで実施。会場はさいたま市役所(東側広場)およびさくら草公園。[26]
- 大盆栽まつり
- ばらまつり
- 浦和うなぎまつり[27]
- 北浦和阿波おどり大会[28]
- さいたま市民まつり(咲いたまつり)
- 岩槻の古式土俵入り(国の重要無形民俗文化財に指定)
- 大正時代まつり - 与野停車場通りで開催。[29]
- コラボさいたま - さいたま商工会議所主催の見本市。
特産品
- 盆栽(北区の土呂駅、大宮公園駅付近には、関東大震災の際に盆栽業者が集団移住した通称「盆栽村」がある。この周辺は、後に住居表示においても盆栽の名前が採用されて「盆栽町」と命名されている。)
- 岩槻人形(ひな人形)(岩槻区の中心部は、古くから「人形の街」として有名。経済産業大臣指定伝統的工芸品)
- 慈姑(緑区は、国内有数の産地として知られている。)
- 葱(岩槻区は「岩槻ねぎ」の産地として知られ、落語の「たらちね」の中に登場している。)
料理
- ウナギの蒲焼(浦和は鰻の蒲焼発祥の地とされており、江戸時代、浦和近郊は沼地が多く、魚釣りなどを楽しむ行楽客に沼地でとれたうなぎを出したのが始まりと言われている。現在でも浦和地区の名物として知られ、2002年から「うなぎまつり」が開催されている。)
- ケーキ(総務庁統計局家計調査年報<1998年〜2000年(平成10年〜12年)平均より>によると、旧浦和市の1世帯当たりの年間ケーキ購入額が全国で1位となったため、埼玉中央青年会議所(埼玉中央JC)が「ケーキのまち・さいたま」を宣言し、ケーキで街おこしをしようと毎年ケーキにちなんだイベントを開催している。)また、パスタの消費量も全国で1位である。
- 豆腐ラーメン (豆腐とひき肉の餡がかかったラーメン。埼玉県のご当地ラーメンとされる。)
交通
鉄道路線
新幹線停車駅:大宮駅
ただし市の都市計画においては双子都市合併とも言える合併の経緯から双方の駅周辺をそれぞれ「都心地区」に指定しており、市の方針としてどちらかの駅周辺が単独で市の中心ということではない[32]。
- 東日本旅客鉄道(JR東日本)
- 埼玉高速鉄道
- 東武鉄道
- 埼玉新都市交通
路線バス
市の全域で民営バスによる運行が行われており、主に南部は国際興業バス、西部は西武バス、北部は東武バスウエストが運行している。公営交通(市営バス)の運行実績はない。乗車方法は後乗り前降り後払い方式で、運賃は整理券方式による区間制である。PASMO・Suica(非接触型IC乗車カード)が利用でき、乗車時に読取機にタッチし、降車時に運賃箱に併設された読取機にタッチして精算する。また、回数券が利用できるバス会社もある(国際興業バスなど)。ただし、100円均一区間(浦和駅周辺など)では、現金以外で支払うと割引が適用されないので、注意が必要である。なお、バス共通カードは、さいたま市内を通るバス路線ではすでに販売・使用を終了しており、手数料無料で払い戻しを行っている。
- 国際興業バス
- コミュニティバス(見沼区役所線、桜区役所線、南区役所線)
- 東武バスウエスト
- コミュニティバス(北区役所線、岩槻区役所線)
- 西武バス
- コミュニティバス(西区役所線)
- 朝日自動車
- ジャパンタローズ(PASMO・Suica・バス共通カードは利用できない。)
さいたま市のコミュニティバスに関してはこちらを参照のこと。
タクシー
タクシーの営業区域は県南中央交通圏で、川口市・鴻巣市・上尾市・戸田市などと同じエリアとなっている。
道路
高速道路・有料道路
一般国道
- 国道16号(西大宮バイパス・新大宮バイパス・東大宮バイパス・岩槻春日部バイパス)
- 国道17号(中山道・与野大宮道路・大宮バイパス・新大宮バイパス・上尾道路)
- 国道122号(蓮田岩槻バイパス)
- 国道298号
- 国道463号(越谷浦和バイパス)
都道府県道
- 主要地方道
- 一般県道
- 埼玉県道103号吉場安行東京線
- 埼玉県道105号さいたま鳩ヶ谷線(日光御成街道)
- 埼玉県道118号北浦和停車場線
- 埼玉県道119号与野停車場線
- 埼玉県道120号上木崎与野停車場線
- 埼玉県道121号大宮停車場大成線
- 埼玉県道144号東大宮停車場線
- 埼玉県道154号蓮田杉戸線
- 埼玉県道155号さいたま武蔵丘陵森林公園自転車道線(荒川自転車道)
- 埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線(旧中山道)
- 埼玉県道165号大谷本郷さいたま線
- 埼玉県道213号曲本さいたま線
- 埼玉県道214号新方須賀さいたま線
- 埼玉県道215号宗岡さいたま線
- 埼玉県道216号上野さいたま線
- 埼玉県道235号大間木蕨線
- 埼玉県道255号足立さいたま自転車道線(芝川自転車道)
- 埼玉県道322号東門前蓮田線
- 埼玉県道324号蒲生岩槻線
- 埼玉県道325号大野島越谷線
- 埼玉県道381号東大門安行立野線
- 埼玉県道382号早瀬さいたま線(実際は戸田市内で完結している)
- 埼玉県道398号大和田停車場線
- 埼玉県道399号岩槻停車場線
姉妹都市・提携都市
- 福島県南会津郡南会津町
- 新潟県南魚沼市
- 群馬県利根郡みなかみ町
- 千葉県鴨川市
- 千葉県南房総市(2008年3月31日をもって友好都市提携を解消・友好関係は継続)
- トルーカ市(メキシコ合衆国)
- 鄭州市(中華人民共和国)
- ハミルトン市(ニュージーランド)
- リッチモンド市(アメリカ合衆国)
- ナナイモ市(ブリティッシュコロンビア州)
- ピッツバーグ市(アメリカ合衆国)
出身有名人
政治家
- 相川宗一 - 元浦和市長、前さいたま市長(浦和区)
- 井原勇 - 元与野市長(中央区)
- 大野緑一郎 - 第37代警視総監
- 小川新一郎 - 衆議院議員
- 片山さつき - 参議院議員
- 新藤享弘 - 元大宮市長(大宮区)
- 中川健吉 - 元浦和市長
- 古川俊治 - 参議院議員(岩槻区)
- 古屋範子 - 衆議院議員(浦和区)
- 武藤博 - 元上福岡市長
文化人
- 赤石路代 - 漫画家
- 石井桃子 - 児童文学
- おかべりか - 漫画家
- 北澤楽天 - 漫画家
- 熊坂出 - 映画監督
- 倉田白羊 - 洋画家
- さとうふみや - 漫画家
- 高田誠 - 洋画家
- たつみや章 - 児童文学
- 田中保 - 洋画家(岩槻区)
- 野口里佳 - 写真家
- ひぐちアサ - 漫画家
- 平野万里 - 歌人(緑区)
- 広瀬光治 - ニットデザイナー(中央区)
- 古谷実 - 漫画家
- 松沢夏樹 - 漫画家
- 水玉螢之丞 - イラストレーター
- 三田完 - 作家
- 矢島信男 - 特撮監督
- 山本容子 - 版画家
- 両澤千晶 - アニメ脚本家
- 両沢和幸 - 脚本家(緑区)
スポーツ
- 阿部敏之 - サッカー(桜区)
- 井出有治 - モータースポーツ、元F1レーサー
- 伊藤華英 - 水泳・競泳
- 犬飼基昭 - サッカー、第11代日本サッカー協会会長、元浦和レッズ社長
- 上野良治 - サッカー(浦和区)
- 内舘秀樹 - サッカー(桜区)
- 大熊清 - サッカー、日本代表コーチ、FC東京プロ化後初代監督(緑区)
- 大島裕行 - 野球
- 大山俊輔 - サッカー(見沼区)
- 小川大二郎 - スノーボード
- 加藤大治郎 - モータースポーツ
- 金澤慎 - サッカー(見沼区)
- 川島永嗣 - サッカー(中央区)
- 北川麻美 - 水泳・競泳(岩槻区)
- 木塚敦志 - 野球(南区)
- 斉藤雅人 - サッカー(緑区)
- 境澤賢一 - 大相撲力士(南区)
- 坂本將貴 - サッカー(緑区)
- 桜井直人 - サッカー(緑区)
- 佐藤摩弥 - オートレーサー
- 城石憲之 - 野球(大宮区)
- 鈴木絵美子 - 水泳・シンクロナイズドスイミング(浦和区)
- 鈴木葉留彦 - 野球
- 反町康治 - サッカー、松本山雅FC監督・北京五輪日本代表監督
- 田口禎則 - サッカー
- 永井良和 - サッカー、浦和レッドダイヤモンズ・レディース監督、ジェフ市原・アルビレックス新潟プロ化後初代監督(浦和区)
- 西野朗 - サッカー、アトランタ五輪日本代表監督
- 長谷川一夫 - 野球
- 平尾博嗣 - 野球(緑区)
- 広瀬治 - サッカー(中央区)
- 星野おさむ - 野球(西区)
- 堀之内聖 - サッカー(緑区)
- 松下信治 - モータースポーツ
- 三浦貴 - 野球(中央区)
- 水沼貴史 - サッカー(浦和区)
- 室井市衛 - サッカー(桜区)
- 山郷のぞみ - サッカー
- 山本山龍太 - 大相撲力士(西区)
- 吉野誠 - 野球(見沼区)
芸能
- 青沼ちあさ - AV女優、グラビアアイドル(岩槻区)
- 新井里美 - 声優(中央区)
- 五十嵐淳子 - 女優
- 樹まり子 - AV女優
- 伊藤さおり(北陽) - お笑いタレント(岩槻区)
- 入山法子 - 女優、ファッションモデル(浦和区)
- 岩本照(ジャニーズJr.) - 俳優
- 河相我聞 - 俳優、タレント
- 菊川怜 - 女優、タレント
- 小嶋陽菜(AKB48) - アイドル、女優
- 佐藤健 - 俳優(岩槻区)
- 三遊亭楽生 - 落語家(岩槻区・旧名は三遊亭楽花生)
- 清水マリ - 声優
- 反町隆史 - 俳優(南区)
- ダイアモンド☆ユカイ - ロックシンガー、俳優(見沼区)
- 高橋由美子 - 女優、タレント(大宮区)
- 竹内結子 - 女優(南区)
- 土田晃之 - お笑いタレント(見沼区)
- 菜々緒 - ファッションモデル(大宮区)
- 萩原健一 - 俳優(中央区)
- 増岡弘 - 声優(岩槻区)
- 松本春姫 - 子役
- 三宅邦子 - 女優(岩槻区)
- 宮野真守 - 声優、俳優(大宮区)
- 向井亜紀 - タレント(西区)
- 吉本多香美 - 女優、タレント
音楽
- akiko - ジャズシンガー
- 天地真理 - 歌手
- 五十嵐隆(Syrup 16g) - 歌手
- 市川由紀乃 - 演歌歌手
- 小柳ゆき - 歌手
- 紗希 - シンガーソングライター
- ザ・バーズ
- SAM(TRF) - ダンサー(岩槻区)
- 沢田知可子 - 歌手(中央区)
- 椎名純平 - シンガーソングライター(浦和区)
- 椎名林檎 - シンガーソングライター(浦和区)
- タケカワユキヒデ - 音楽家(浦和区)
- 中村哲 - 作曲家
- NOKKO - 歌手(桜区)
- 蓜島邦明 - 作曲家
- 日吉ミミ - 歌手
- 吉田美奈子 - ミュージシャン(大宮区)
- 団長(NoGoD) - 歌手(岩槻区)
キャスター・アナウンサー
- 青木裕子 - TBSアナウンサー
- 荒舩美栄 - フリーアナウンサー、元中国放送、テレ玉アナウンサー
- 安蒜豊三 - 東海ラジオアナウンサー
- 小幡章 - テレビ新潟元アナウンサー、現在東北支社長
- 久米宏 - ニュースキャスター、元TBSアナウンサー(浦和区)
- 柴崎行雄 - NHKアナウンサー(大宮区)
- 島津有理子 - NHKアナウンサー
- 清水由美 - メ〜テレアナウンサー
- 東海林のり子 - レポーター、元ニッポン放送アナウンサー
- 鈴木康子 - フリーアナウンサー、元静岡放送アナウンサー
- 辻よしなり - フリーアナウンサー、元テレビ朝日アナウンサー(岩槻区)
- 豊田順子 - 日本テレビアナウンサー(岩槻区)
- 那須洋子 - 静岡第一テレビアナウンサー
- 野崎昌一 - フジテレビ元アナウンサー、現在広報部長
- 蓮見孝之 - TBSアナウンサー
- 初田啓介 - TBSアナウンサー
- 細渕武揚 - ラジオ日本アナウンサー
- 山口豊 - テレビ朝日アナウンサー
- 山元香里 - フリーアナウンサー、元福島テレビアナウンサー
- 吉田涙子 - 文化放送アナウンサー
学者
- 足立和浩 - 哲学者(浦和区)
- 海野和三郎 - 天文学者
- 工藤庸子 - フランス文学者
- 小沼文彦 - ロシア文学者
- 武井武 - 電気化学者(中央区)
- 西角井正慶 - 国文学者(大宮区)
- 原田英生 - 経済学者
- 丸田一 - 情報社会学者
- 村上隆夫 - 倫理学者
その他
- 飯田善彦 - 建築家
- 江村林香 - エアトランセ社長 日本初女性航空会社社長
- 大沢奈留美 - 囲碁女流棋士
- 岡部いさく - 軍事評論家
- 片平敦 - 気象予報士(岩槻区)
- 加藤朋子 - 囲碁女流棋士
- 加藤保男 - 登山家
- 川鍋秋蔵 - 日本交通株式会社創業者(北区)
- 黒田鉄山 - 武術家
- 小林富次郎 - ライオン創業者(中央区)
- 斉藤祐子 - 建築家
- 中野翠 - コラムニスト
- 万波佳奈 - 囲碁女流棋士
- 若田光一 - 宇宙飛行士(北区)
ゆかりのある人物
- 古田晁 - 筑摩書房創業者(旧大宮市)
- 太宰治 - 作家、大宮市大門町(現・さいたま市大宮区大門町)で「人間失格」を書き上げた。
- 池波正太郎 - 作家(旧浦和市)
- 愛川欽也 - 俳優(旧大宮市)
- 黒部進 - 俳優(旧大宮市・在住。)
- 榎本健一 - コメディアン(旧大宮市)
- 萩本欽一 - コメディアン(旧浦和市)
- 梨元勝 - 芸能リポーター(旧与野市)
- 夏木マリ - 女優、歌手(旧大宮市)
- 金田一春彦 - 言語学者(旧浦和市)
- 大西民子 - 歌人(旧大宮市)
- 大村千吉 - 俳優(旧浦和市仲町)
- 野島伸司 - 脚本家(旧浦和市)
- 京極夏彦 - 小説家(旧浦和市)
- 澁澤龍彦 - 作家(旧大宮市)
- 加藤克巳 - 歌人(旧与野市)
- 岡部冬彦 - 漫画家(旧浦和市)
- 沢村忠 - キックボクサー(旧浦和市)
- 佐々木則夫 - サッカー日本女子代表監督(大宮区・在住)
- 市原克也 - AV男優(在住)
- 天夢森流彩 - イラストレーター(在住)
- 土山にう - イラストレーター
名誉市民
※旧市で名誉市民に推挙された人物は、さいたま市名誉市民として自動的に継承されている。
- さいたま市により名誉市民に顕彰された人物
- 旧浦和市により名誉市民に推挙された人物
- 高橋泰雄 - 元浦和市長(初代・第5代)
- 小谷野伝蔵 - 元浦和市長(第2代)
- 長谷川カナ - 俳人・俳号は長谷川かな女
- 松永東 - 元衆議院議長・元文部大臣 元大蔵大臣松永光の養父
- 相川宗次郎 - 元浦和市長(第3代) 元浦和市長・元さいたま市長相川宗一の祖父
- 仲田一信 - 元埼玉県医師会会長
- 本田直一 - 元浦和市長(第10代・第11代)
- 長沼新平 - 童話作家
- 栗原浩 - 元埼玉県知事(第45代~第48代)
- 大沢雄一 - 元埼玉県知事(第43代・第44代)
- 長島恭助 - 元埼玉銀行頭取
- 高田誠 - 洋画家
- 相川曹司 - 元浦和市長(第12代・第13代) 元浦和市長・元さいたま市長相川宗一の実父
- 畑和 - 元埼玉県知事(第49代~第53代)
- 増田三男 - 工芸家(彫金) 人間国宝(重要無形文化財保持者)
- 渡邉武夫 - 洋画家
- 中川健吉 - 元浦和市長(第14代~第17代)
- 旧大宮市により名誉市民に推挙された人物
- 北澤楽天 - 漫画家
- 川島金次 - 元衆議院議員
- 白井助七 - 元大宮町長・大宮駅開業に尽力
- 加藤睦之介 - 元大宮市長(第3代)
- エリザベツ・フローラ・アプタン - 幼児教育者 唯一の外国人名誉市民
- 橋本長三郎 - 元大宮町議会議長・京浜東北線の開業に尽力
- 新藤元吉 - 元埼玉県議会議長・元大宮市長新藤享弘の実父
- 町田武太郎 - 元大宮町助役
- 今井五六 - 元大宮市長(初代・第4代)
- 津川辰政 - 元大宮市長(第5代・第6代)
- 清水虎尾 - 元大宮市長(第7代)
- 宇治田積 - 元大宮町長
- 斎藤祐美 - 元埼玉県議会議長・荒川の治水事業に尽力し、「治水翁」と称される
- 熊田克郎 - 元武蔵野銀行頭取
- 秦明友 - 元大宮市長(第8代~第12代)
- 福永健司 - 元衆議院議長
- 馬橋隆二 - 元大宮市長(第13代~第15代)
- 旧与野市により名誉市民に推挙された人物
- 旧岩槻市により名誉市民に推挙された人物
市民栄誉賞
※旧市で市民栄誉賞に表彰された人物は、さいたま市民栄誉賞受賞者として自動的に継承されている。
- さいたま市により市民栄誉賞に表彰された人物
- 旧大宮市により市民栄誉賞に表彰された人物
- 旧与野市により市民栄誉賞に表彰された人物
その他
- 市外局番は市内全域「048」。市内局番が「6XX」(旧大宮市域)「7XX」(旧岩槻市域)「8XX」(旧浦和市域、旧与野市域)の地域との通話は市内通話料金で利用可能(浦和MA)。「7xx」から始まる市内局番はさいたま市以外も広範囲に使われている。エリアは上尾市、桶川市、北足立郡伊奈町、蓮田市、春日部市はさいたま市内から同一の市内通話料金の課金となっている。
- 上尾市・北足立郡伊奈町との合併も構想されていたが、上尾市では住民投票の結果、合併反対が多く、伊奈町が飛び地となってしまうため計画は頓挫した。その際のプロジェクト愛称名は「さいたまYOU And Iプラン」(構成地域の与野、大宮、浦和、上尾の4市と伊奈町のローマ字表記の頭文字を組み合わせた名称で、後に「彩の国YOU And Iプラン」と改められた)
- 初めて都市名がひらがなで、また初めて内陸県で誕生した政令指定都市である(2007年8月現在唯一)。
- さいたま市の全国地方公共団体コードは11100(検査数字を除く)で、行政区は11101から順に割り当てられる。これに基づいて仮定すると、現在最も新しく発足した岩槻区が11110であるため、仮に新たな行政区が発足(11番目)した場合は11111のゾロ目となる。ちなみに、2006年2月現在実在するゾロ目の団体コードは、静岡県伊豆市の22222だけである。
さいたま市に関わる百選
- 日本さくら名所100選:大宮公園
- 日本の都市公園100選:大宮公園
- 公共建築百選:埼玉県立歴史と民俗の博物館
- 名木百選:与野の大カヤ
- 都市景観100選:盆栽町地区
- 歴史の道百選:見沼通船堀
さいたま市に関わる作品
- 小説など
- 写生紀行(寺田寅彦)
- 寺田寅彦本人が写生のため氷川公園を訪れた時の手記が綴られている。
- 児童文学作品。舞台には作者の石井が幼いころ遊んだ旧浦和町の神社や池が使われている。
- 映画
- 主人公がさいたま市に住んでいる。
- 漫画・アニメ
- 野球漫画。原作者のひぐちアサの出身校である浦和西高校が舞台のモデル(作中では「西浦高校」)。
- ギャグ漫画。作者の古谷実の出身地である旧浦和市及び校舎のみだが出身中学校がモデル(作中では「稲豊市」)。
- サッカー漫画。初期の頃は、主人公が浦和レッズに所属している設定だった。その関係で旧浦和市が舞台だった。
- アニメ作品。見沼区大和田町が舞台。実際の町内の風景がそのまま登場する。
- 天文をテーマにした漫画及びアニメ作品。さいたま市青少年宇宙科学館、さいたま市立東浦和図書館などの施設がモデルとなった(作中では「小杉野市」)。
- 漫画作品。大宮駅東口の周辺に実在した飲食店・ボウリング場や、さいたま市大宮武道館が登場する。
- 山興証券浦和支店を舞台とした株式をテーマとする漫画作品。
脚注
- ^ 埼玉県推計人口
- ^ 県最西部は「秩父地方」と呼ばれ、その東側即ち県中南部にあたる入間地方、比企地方等が「西部地域」と呼ばれることが多いため
- ^ さいたま市統計書(平成24年版)「土地及び気象」」
- ^ “平年値(年・月ごとの値)”. 気象庁. 2024年2月閲覧。
- ^ “観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2024年2月閲覧。
- ^ 『与野の歴史』(1988)228-229頁
- ^ 『与野の歴史』(1988)245-246頁
- ^ 『与野の歴史』(1988)246頁
- ^ 『与野の歴史』(1988)247頁
- ^ a b 2000年4月19日埼玉新聞記事「どこまで本気?「大宮市」 新市名“バーター”で 第2小委員会の主な経過」
- ^ 2000年3月29日埼玉新聞記事「既存市名には抵抗感 県外の投票でも不人気」。なお、『大宮市』の応募の75.2%が大宮市、『浦和市』の応募の70.3%は浦和市から行われたものである。
- ^ a b さいたま市ホームページ 「新市名称公募」結果のお知らせ
- ^ 大宮市は当初「新都心周辺地域とする」との表現を主張、それが浦和市側の反発を招き、「望ましいとの意見を踏まえ」「将来の位置を検討する」との文言が入れられた(2000年4月20日埼玉新聞記事「「さいたま市」へ 痛み分けあった合意」)。
- ^ 2000年4月18日埼玉新聞記事「新市名は「さいたま市」 将来の市役所 位置新都心周辺含め検討」
- ^ 旧足立郡の郡衙は現在のさいたま市内にあったと考えられており、旧郡名に忠実な名称としてはむしろ『足立市』がふさわしいと考えられる。
- ^ 今尾恵介『地図から消えた地名』東京堂出版。市町村合併によって地名が消滅した例としては、他に旧下館市などがある。
- ^ 合併推進協議会報告書
- ^ 平成20年度第1回さいたま市庁舎整備検討委員会資料
- ^ 平成23年度第2回さいたま市庁舎整備検討委員会議事概要
- ^ 毎日新聞2012年11月23日
- ^ 広報課の紹介 - さいたま市(2010年10月21日閲覧)
- ^ さいたま市の主な広報活動 - さいたま市(2010年10月21日閲覧)
- ^ さいたま市長9月定例記者会見 平成19年9月20日(木曜日) (PDF)
- ^ つなが竜ヌゥ - さいたま市(2010年10月21日閲覧)
- ^ 人形のまち岩槻 まちかど雛めぐり - hinameguri.com(2010年11月1日閲覧)
- ^ さくら草まつりをまもなく開催します!(もぎたてさいたま情報) - さいたま観光コンベンションビューロー(2010年4月2日付、同年11月1日閲覧)
- ^ やなせさんコンサートも 浦和うなぎまつり盛況 - MSN産経ニュース(2010年5月29日付、同年11月1日閲覧)
- ^ 踊る阿呆に見る阿呆〜第33回北浦和阿波おどり大会(もぎたてさいたま情報) - さいたま観光コンベンションビューロー(2010年8月27日付、同年11月1日閲覧)
- ^ 与野停車場通り 第19回大正時代まつり(もぎたてさいたま情報) - さいたま観光コンベンションビューロー(2010年10月8日付、同年11月1日閲覧)
- ^ 『JTB時刻表』 JTBパブリッシング、各号[要出典]
- ^ JR東日本 路線図
- ^ 都市整備 〜広域交流・産業活力・地域復興の拠点の形成 (PDF) (都市局概要2009) - さいたま市
- ^ 当初、浦和駅は貨物線にホームがなく通過となっていたが、ホームの設置工事が完了し、2013年3月16日のダイヤ改正より停車駅に追加された。
参考文献
- 『与野の歴史』 与野市総務部市史編さん室 編、与野市、1988年
関連項目
市域にかつて存在した市町村の項目
外部リンク
- さいたま市(公式サイト)
- webS@i's うぇぶさいず - (社)さいたま観光国際協会
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