吉田涙子

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吉田 涙子(よしだ るいこ、1971年5月8日 - )は、埼玉県さいたま市(旧浦和市)出身[1]文化放送の社員で元アナウンサー。現在は同局の報道スポーツセンター所属の報道記者。

来歴・人物[編集]

身長173センチメートル血液型B型。豊島岡女子学園中学校・高等学校卒業。大妻女子大学文学部卒業。4歳年下の弟がおり、弟も183センチメートルと大きい[2]

名前「涙子」の由来は母親が妊娠した際、出産すると母子共に危険であると告げられたが、母親は出産を決意し、無事に元気な赤ちゃんを産んだ。家族全員が母子共に健康であることに喜びの涙を流したことから、「涙は悲しい時だけに流すものでは無く、嬉しい時にも流せるものである」という意味で「涙子」と名付けた[3]

学生時代はバンドを組んでの活動もしており、本人の好きなローリング・ストーンズのカバーなどをやっていた[4]

オレたちひょうきん族』(フジテレビ)の「ひょうきんアナウンサー」になりたいと思ってアナウンサーを志したという[5]。後に入社する文化放送の番組『とんねるずの二酸化マンガンクラブ』のヘビーリスナーでもあった。学生時代は自宅から駅まで、ウォークマンを聴いて自分の番組に見立てながらDJの練習もしていたという[5]

入社後の初仕事は『伊東四朗のあっぱれ土曜ワイド』そこでパーソナリティの伊東四朗に初めて会った時に思わず「ニン!」と挨拶したという[5]。その後も入社当初は先輩アナの竹内靖夫や伊東四朗がパーソナリティをしていた番組でアシスタントを務めていたが、その後俳優の地井武男、歌手の谷村新司など大物芸能人の出演番組のアシスタントを務めるようになる。この他、文化放送でもかつて番組を担当していたフリーアナウンサーの田中雄介ともヤングタイムの番組で10年近く共演しており、田中とはプライベートで一緒になる機会も少なくない。また、田中の家族とも親交がある[6]

2014年7月より、同局の放送事業局 報道スポーツ センター所属の報道記者。

趣味のイラストは玄人級の腕前といわれる[5]

過去の担当番組[編集]

著書[編集]

エピソード[編集]

  • 最近はかつての後輩アナの遠藤里沙濱本りか石田絵里奈が相次いで退職したこともあってか、遠藤や濱本が担当していた番組を引き継いだり2013年3月いっぱいで退職した石田が当初担当する予定だった番組を彼女が担当するというケースも発生している。しかし、その一方で彼女がメインパーソナリティを担当し長寿番組となっている番組も存在する。
  • 2007年版の文化放送カレンダーでは、リスナー(購入者)からは、アナウンサー23人の中でも評価が高かった。2008年版の文化放送カレンダーでは、プロデューサーを務めた[7]
  • 入社当初、放送内では背が高いため、ガリバー涙子と言われていた[3]。現在では、あまり言われない。
  • 女性としては身長が高いため、学生の頃は後姿から、外国人男性と間違われた事があった[3]
  • インドに造詣がある。また、落語にも造詣が深い(同社の落語ポータルサイト「落語の蔵」のCMナレーションも彼女が務めている)[8]
  • 同姓同名のカメラマン「吉田ルイ子」について、番組トークのネタにしている。
  • Tバックの下着を愛用している(これについてのことを「高田純次 毎日がパラダイス」の「色エロ川柳」でも披露した)[9]

脚注・出典[編集]

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  1. ^ 「大粒の涙子-オフマイク生態図鑑」p.50 など
  2. ^ 「大粒の涙子-オフマイク生態図鑑」p.21
  3. ^ a b c 「大粒の涙子-オフマイク生態図鑑」p.16 - 18
  4. ^ 「大粒の涙子-オフマイク生態図鑑」p.101
  5. ^ a b c d ラジオDEパンチ Vol.1(白夜書房笑芸人」編、2005年)p.58
  6. ^ 「大粒の涙子-オフマイク生態図鑑」p.128 - 130
  7. ^ 2007年10月22日 この秋 一番の冷え込み&アナカレ発売日!! ★佳子”. 文化放送「笑顔でおは天!!」番組公式サイト (2007年10月22日). 2015年12月11日閲覧。
  8. ^ 年忘れ! 浜松町かもめ亭 放送しました!”. 落語の蔵 (2008年12月31日). 2015年12月11日閲覧。
  9. ^ えー?あと2週間?”. 文化放送「高田純次 毎日がパラダイス」番組公式サイト (2011年12月17日). 2015年12月11日閲覧。

外部リンク[編集]