南魚沼郡

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新潟県南魚沼郡の範囲(緑:湯沢町 薄黄:後に他郡に編入された区域)

南魚沼郡(みなみうおぬまぐん)は、新潟県

人口8,044人、面積357.29km²、人口密度22.5人/km²。(2017年5月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、以下の区域にあたる。

  • 南魚沼市
  • 魚沼市の一部(虫野・干溝・板木・原虫野・大浦・大浦新田・十日町・伊勢島・岡新田)

歴史[編集]

郡発足までの沿革[編集]

  • 慶応4年
  • 明治元年
  • 明治2年
  • 明治初年 - 大倉新田・川棚新田が大倉村に合併。(176村)
  • 明治4年
    • 11月20日1871年12月31日) - 第1次府県統合により全域が柏崎県の管轄となる。
    • 奥村新田・蓑和島村が合併して奥村となる。(175村)
  • 明治6年(1873年6月10日 - 全域が新潟県の管轄となる。
  • 明治5年(1872年) - 小栗山本新田・小栗山今新田が小栗山村に合併。(173村)
  • 明治8年(1875年) - 干溝新田が干溝村に、明川新田が山口村にそれぞれ合併。(171村)
  • 明治9年(1876年) - 泉孫新田が泉村に合併。(170村)
  • 明治10年(1878年) - 思川新田が思川村に、中野新田が中野村にそれぞれ合併。(168村)

郡発足以降の沿革[編集]

  • 明治12年(1879年
    • 4月9日 - 郡区町村編制法の新潟県での施行により、魚沼郡のうち168村に行政区画としての南魚沼郡が発足。郡役所を六日町村に設置。
    • 2ヶ所ずつ存在した田中村が南田中村、北田中村にそれぞれ改称(それぞれ現行の大字に継承)。
  • 明治14年(1882年) - 早川村より清水村が分村。(169村)
  • 明治16年(1884年) - 祖師村が上野村に合併。(168村)
  • 明治18年(1886年) - 早川村より一ノ沢村が分村。(169村)
  • 明治20年(1888年) - 鰕島新田が鰕島村に改称。
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により以下の町村が発足。特記以外は現・南魚沼市。(47村)
  • 明治39年(1906年)4月1日(2町16村)
    • 上関村・大沼村・大君田村が合併して石打村が発足。
    • 中目来田村・富実村・吉里村・上島村・栃窪村および大富村の一部(竹俣・竹俣新田・片田村・思川)が塩沢町に編入。
    • 南旭村・長崎村・旭村および三和村の一部(雲桐)が合併して上田村が発足。
    • 小栗山村・余川村・君帰村・欠ノ上村・川窪村・八幡村・美佐島村および大富村の残部(西泉田)・三和村の残部(東泉田・大月)が六日町に編入。
  • 大正12年(1923年3月31日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年6月30日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和25年(1950年)4月1日 - 伊米ヶ崎村の一部(干溝)が北魚沼郡小出町に編入。
  • 昭和29年(1954年5月1日 - 伊米ヶ崎村が北魚沼郡小出町に編入。(2町15村)
  • 昭和30年(1955年)3月31日 - 湯沢村・三国村・三俣村・神立村・土樽村が合併して湯沢町が発足。(3町10村)
  • 昭和31年(1956年
    • 4月1日 - 藪神村・浦佐村・大崎村・東村が合併して大和村(第2次)が発足。(3町7村)
    • 9月1日 - 五十沢村・城内村・大巻村が六日町に編入。(3町4村)
  • 昭和32年(1957年2月1日 - 石打村・上田村が塩沢町に編入。(3町2村)
  • 昭和34年(1959年)11月1日 - 中之島村が塩沢町に編入。(3町1村)
  • 昭和37年(1962年)4月1日 - 大和村が町制施行して大和町となる。(4町)
  • 平成16年(2004年)11月1日 - 六日町・大和町が合併し南魚沼市が発足し、郡より離脱。(2町)
  • 平成17年(2005年10月1日 - 塩沢町が南魚沼市に編入。(1町)

脚注[編集]

  1. ^ 領主から年貢免除の特権を与えられた土地。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

先代:
魚沼郡
行政区の変遷
1879年 -
次代:
(現存)