東蒲原郡

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新潟県東蒲原郡の範囲(緑:阿賀町 薄緑:後に他郡から編入した区域 薄黄:後に他郡に編入された区域)

東蒲原郡(ひがしかんばらぐん)は、新潟県

人口12,266人、面積952.88km²、人口密度12.9人/km²。(2014年2月1日、推計人口

以下の1町を含む。

概要[編集]

この地は長く会津領であったことから廃藩置県当初は会津地方を管轄した若松県、そののちは福島県に属していた。

しかし、福島県内で県中央に位置する安積郡郡山町)への県庁移転問題が大論争となったことで事態が変化した。県北の福島町に県庁を留める代わりに福島から最も遠い東蒲原郡が新潟県に編入されることになったのである。その妥協案に従い、1886年(明治19年)に東蒲原郡は新潟県に編入、旧越後国に戻る形となった。

郡域[編集]

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、以下の区域にあたる。

歴史[編集]

郡発足までの沿革[編集]

野村、広沢新田村、払川村、九島村、高清水村、野中村、太田村、小山村、芹田村、小杉村、高出村、栃堀村、広瀬村、鍵取新田村、室谷村、八田蟹村、漆沢村、小手茂村、黒谷村、相高島村、明谷沢村、粟瀬村、安用村、押手村、大尾村、柴倉村、土井村、東山村、牧野村、東岐村、石畑村、津川町、平堀村、天満村、花立村、倉平村、焼山村、田沢村、福取村、八ツ田村、鹿瀬村、向鹿瀬村、水沢村、当麻村、菱潟村、船渡村、麦生野村、馬取村、新渡村、実川村、西村、角島村、京瀬村、大牧村、小花地村、谷沢村、白崎村、川口村、吉津村、岩谷村、五十島村、取上村、石戸村、長谷村、熊渡村、石間村、佐取村、小松村、五十沢村、細越村
  • 明治9年(1876年
    • 8月21日 - 第2次府県統合により福島県の管轄となる。
    • 菱渡村・麦馬渡村が合併して豊田村となる。(33村)

郡発足以降の沿革[編集]

  • 明治12年(1879年1月27日 - 郡区町村編制法の福島県での施行により、福島県蒲原郡に行政区画としての東蒲原郡が発足。郡役所を津川町に設置。
  • 明治19年(1886年5月27日 - 新潟県の管轄となる。
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により以下の町村が発足。(1町11村)
    • 津川町(単独町制)
    • 両鹿瀬村 ← 鹿瀬村、向鹿瀬村
    • 日出谷村(単独村制)
    • 豊実村 ← 豊田村、実川村
    • 小川村 ← 常浪村、三郷村、栄山村、鳥井村
    • 上条村 ← 払川村、九島村、両郷村、小出村
    • 西川村 ← 日野川村、豊川村、広谷村、神谷村
    • 東川村 ← 東山村、三方村、小手茂村、七名村、三宝分村、大倉村
    • 揚川村 ← 西村、谷花村、清川村
    • 三川村 ← 岩津村、内川村、白川村および北蒲原郡岡沢村、行地村、新谷村
    • 綱木村 ← 北蒲原郡綱木村、古岐村、中ノ沢新田
    • 下条村 ← 上戸谷渡村、小石取村、五十島村
  • 明治30年(1897年1月1日 - 新潟県で郡制を施行。
  • 明治41年(1908年9月1日 - 三川村・綱木村が合併し、改めて三川村が発足。(1町10村)
  • 大正12年(1923年3月31日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年6月30日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和29年(1954年12月1日 - 上条村・西川村・東川村が合併して上川村が発足。(1町8村)
  • 昭和30年(1955年
    • 1月15日(1町5村)
      • 津川町・小川村および揚川村の一部(西・清川)が合併し、改めて津川町が発足。
      • 三川村および下条村の一部(五十島・上戸谷渡および小石取の一部)、揚川村の一部(谷花)が合併し、改めて三川村が発足。
      • 下条村の一部(小石取の一部)が五泉市に編入。
    • 4月1日 - 両鹿瀬村・豊実村・日出谷村が合併して鹿実谷村が発足。(1町3村)
  • 昭和31年(1956年
  • 平成17年(2005年)4月1日 - 津川町・鹿瀬町・上川村・三川村が合併して阿賀町が発足。(1町)

脚注[編集]

  1. ^ これらの地域は1889年北蒲原郡から編入。
  2. ^ 1956年に北蒲原郡に編入。
  3. ^ 1955年に五泉市に編入。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

先代:
蒲原郡
行政区の変遷
1879年 -
次代:
(現存)