三島郡 (新潟県)

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新潟県三島郡の範囲(緑:出雲崎町 水色:後に他郡から編入した区域 薄黄:後に他郡に編入された区域)

三島郡(さんとうぐん)は、新潟県越後国)の。ここでは前身にあたる三東郡(さんとうぐん)についても記述する。

人口4,333人、面積44.38km²、人口密度97.6人/km²。(2017年10月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、以下の区域にあたる。

歴史[編集]

古代から近世まで[編集]

三島郡の地域はかつては古志郡の一部であったが、中世信濃川左岸が分離して山東郡(さんとうぐん)と呼ばれるようになり、近世江戸時代)初期には三島郡と表記するようになった。そのため西古志などと呼ばれることもあった。なお、三島郡が古志郡から分離される以前は、現・刈羽郡三島郡(みしまぐん)と呼ばれていた。

近代以降の沿革[編集]

  • 慶応4年
  • 明治元年
  • 明治2年
  • 明治3年
    • 7月 - 村上藩の領地替えにより、8村(上桐村・門新村・黒坂村・五分一村・硲田村・下桐村・敦ヶ曽根村・平野新村新田)が柏崎県、22村が新潟県の管轄となる。
    • 10月22日1870年11月15日) - 長岡藩が廃藩となり、領地が柏崎県の管轄となる。
  • 明治4年
  • 明治初年
    • 西谷新田が西谷村に合併。(4町247村)
    • 与板城下各町が与板を冠称。
    • 牛ヶ頭新田(現・長岡市高寺町および上除町)が南牛ヶ頭新田に改称。
  • 明治5年(1872年) - 東宮本村・西宮本村・西宮本新田が合併して宮本村となる。(4町245村)
  • 明治6年(1873年)(4町243村)
    • 6月10日 - 全域が新潟県の管轄となる。
    • 才津村与右衛門善助組・安田村が合併して才津村となる。
    • 新庄村・長新村が合併して新長村となる。
  • 明治8年(1875年) - 王番田弥兵衛組が王番田村に合併。(4町242村)
  • 明治9年(1876年)(4町238村)
    • 鍛冶新田・深沢村五郎八組・深沢村九左衛門組・深沢村茂兵衛組が合併して深沢村となる。
    • 大日村・大積村が合併して大村となる。
  • 明治10年(1877年)(4町230村)
    • 小木村上組・小木村下組が合併して小木村となる。
    • 稲川新料・稲川古料が合併して稲川村となる。
    • 片貝村古料・片貝村新料が合併して片貝村となる。
    • 高梨村古料・高梨村新料・新屋敷村が合併して高梨村となる。
    • 東川原崎新田・西川原崎新田・遠矢ヶ崎新田・端口新田が合併して当新田となる。
  • 明治12年(1879年)(4町223村)
    • 4月9日 - 郡区町村編制法の新潟県での施行により行政区画としての三島郡が発足。郡役所を与板城下に設置。
    • 真木山村の所属郡が西蒲原郡に変更。
    • 大島村・水梨村・青山村・前島村・青島村の所属郡が古志郡に変更。
    • 古志郡古川新田、西蒲原郡脇川新田の所属郡が本郡に変更。
    • 下条村・下条村佐次兵衛組・沢新田村又市組・沢新田村が合併して沢下条村となる。
    • 与板城下の一部[9]が与板村に編入。
    • 2ヶ所存在した中村、富岡村が北中村(現・長岡市和島中沢)、南中村(現・長岡市与板町南中)、上富岡村(現・長岡市上富岡)、下富岡村(現・長岡市下富岡)にそれぞれ改称。
    • 3ヶ所存在した中条村が上中条村(現・出雲崎町)、中中条村(現・長岡市三島中条)、下中条村(現・長岡市寺泊下中条)にそれぞれ改称。
  • 明治13年(1880年) - 中沢外新田が中沢村に、中中条村が中条村(現・長岡市三島中条)にそれぞれ改称。
  • 明治14年(1881年
    • 五反田新田・白鳥新田が合併して西関原村となる。(4町222村)
    • 才津村利右衛門佐兵衛組が北才津村に改称。
  • 明治16年(1883年) - 駒村新田・牛ヶ頭村が合併して高頭村となる。(4町221村)
  • 明治18年(1885年)(4町213村)
    • 林新田が古志郡土合村に合併。
    • 脇野町新田・大野新田が合併して大野村となる。
    • 上除村八郎右衛門古新田・大矢新田・弓新田・牛ヶ頭新田(現・長岡市上除町)が上除村に、安左衛門新田が岩田村に、来迎寺古新田が来迎寺村にそれぞれ合併。
    • 才津村勘兵衛組が勘兵村に、富安村武右衛門組が石動村に、富安村七郎左衛門組が富安村にそれぞれ改称。
  • 明治19年(1886年
    • 与板城下各町[10]が合併して与板町となる。
    • 東島崎村・西島崎村が合併して島崎村となる。(4町212村)
    • 蔦都新田村が蔦都村に改称。
  • 明治20年(1887年) - 下村古料・下村新料が鳥越村に合併。(4町211村)

町村制以降の沿革[編集]

  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により以下の町村が発足。特記以外は現・長岡市。(4町39村)
  • 明治29年(1896年)4月1日 - 間瀬村の所属郡が西蒲原郡に変更。(4町38村)
  • 明治30年(1897年1月1日 - 新潟県で郡制を施行。
  • 明治34年(1901年11月1日 - 下記の町村の統合が行われる。いずれも新設合併。(4町18村)
  • 明治37年(1904年)4月1日 - 出雲崎町・尼瀬町が合併し、改めて出雲崎町が発足。(3町18村)
  • 大正12年(1923年3月31日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年6月30日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和9年(1934年
    • 4月1日 - 関原村が町制施行して関原町となる。(4町17村)
    • 11月1日 - 脇野町村が町制施行して脇野町となる。(5町16村)
  • 昭和22年(1947年11月3日 - 片貝村が町制施行して片貝町となる。(6町15村)
  • 昭和23年(1948年)4月1日 - 深才村の一部(本大島・岡村古新田および北山古新田の一部)が長岡市に編入。
  • 昭和29年(1954年
    • 5月1日 - 深才村が長岡市に編入。(6町14村)
    • 11月1日 - 日越村・王寺川村が長岡市に編入。(6町12村)
  • 昭和30年(1955年3月31日(7町6村)
    • 脇野町および大津村の一部(蓮花寺・中永・逆谷・上条・気比宮・藤川・宮沢)が合併して三島町が発足。
    • 与板町・黒川村および大津村の一部(槇原・山沢)が合併し、改めて与板町が発足。
    • 桐島村・島田村が合併して和島村が発足。
    • 来迎寺村・岩塚村・塚山村および古志郡石津村が合併して越路町が発足。
    • 片貝町が小千谷市の一部(鴻巣町)を編入。
  • 昭和31年(1956年
    • 3月31日 - 片貝町が小千谷市に編入。(6町6村)
    • 9月30日(6町4村)
      • 宮本村と大積村が合併して二和村が発足。
      • 日吉村の一部(七日市・鳥越)が三島町、残部(雲出)が関原町に分割編入。
  • 昭和32年(1957年
    • 6月20日(6町2村)
      • 出雲崎町・西越村が合併して出雲町が発足。即日出雲崎町に改称。
      • 越路町が刈羽郡千谷沢村の一部(菅沼・小坂・袴沢)を編入。
      • 大河津村の一部(馬越)が与板町、一部(馬越・野中才・五千石・大川津を除く)が寺泊町、残部(野中才・五千石・大川津)が西蒲原郡分水町に分割編入。
    • 10月1日 - 関原町が長岡市に編入。(5町2村)
  • 昭和33年(1958年1月1日 - 和島村が出雲崎町の一部(高畑)を編入。
  • 昭和35年(1960年
    • 4月1日 - 与板町の一部(成沢)が長岡市に編入。
    • 9月1日 - 二和村が長岡市に編入。(5町1村)
  • 平成17年(2005年)4月1日 - 越路町・三島町が長岡市に編入。(3町1村)
  • 平成18年(2006年)1月1日 - 与板町・寺泊町・和島村が長岡市に編入。(1町)

脚注[編集]

  1. ^ 海老島・海老島勇次新田は1889年南蒲原郡へ、岩野・釜ヶ島は1955年古志郡から、千谷沢は1957年刈羽郡から編入。
  2. ^ 1896年西蒲原郡に編入。
  3. ^ 1957年に西蒲原郡に編入。
  4. ^ 領主から年貢免除の特権を与えられた土地。
  5. ^ 尼瀬各町の総称。本項では便宜的に1町として数える。
  6. ^ 出雲崎各町の総称。本項では便宜的に1町として数える。
  7. ^ 東小島谷村、小島谷村金治郎組(幕府領)、西小島谷村(旗本領、寺社領)に分かれて記載。
  8. ^ 与板城下各町の総称。本項では便宜的に1町として数える。
  9. ^ 与板稲荷町、与板片町、与板馬場丁、与板泉丁、与板下丁、与板山ノ上丁、与板上河岸、与板長丁および与板坂下丁、与板宮下丁、与板船戸丁、与板堂前丁、与板下横丁、与板蔵小路の各一部。
  10. ^ 与板上町、与板中町、与板下町、与板安永丁、与板南新町、与板北新町、与板中河岸、与板下河岸、与板中河岸小路、与板下新地、与板坂下丁、与板宮下丁、与板船戸丁、与板堂前丁、与板下横丁、与板蔵小路。

参考文献[編集]

関連項目[編集]