北蒲原郡

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新潟県北蒲原郡の範囲(緑:聖籠町 水色:後に他郡から編入した区域 薄黄:後に他郡に編入された区域)

北蒲原郡(きたかんばらぐん)は、新潟県

人口14,025人、面積37.58km²、人口密度373人/km²。(2019年7月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、以下の区域にあたる。

歴史[編集]

郡発足までの沿革[編集]

  • 慶応4年
  • 明治元年
  • 明治2年
  • 明治3年
    • 3月7日1870年4月7日) - 新潟県(第2次)の管轄となる。
    • 7月 - 越後国内で大規模な領地替えが行われ、後の本郡内は新潟県・新発田藩領・村上藩領・黒川藩領・三日市藩領に再編される(管轄は上表参照)。
  • 明治4年
  • 明治初年(12町635村)
    • 網代浜が起立。
    • 水原町が水原村東組・水原村西組・水原村中組に分村。のちに水原町東組・水原町西組・水原村町組にそれぞれ改称(時期不明)。
    • 五十公野村が下町・鍛冶分・上町・小路村・外城村に分村。
    • 里飯野新田のうち幕府領が東飯野新田、新発田藩領が西飯野新田に分村。里飯野新田地先が起立。
    • 本田村のうち新発田藩領の一部が本田村・本田分郷、残部が本田新渡・本田池之端新渡に分立。
    • 堀田村のうち旗本領が下堀田村、新発田藩領が上堀田村に分村。
    • 福永新村が福永新村新田に改称。
  • 明治8年(1875年)(10町626村)
    • 下町・鍛冶分・上町・小路村・外城村が合併して五十公野村となる。
    • 上板山村・下板山村が合併して板山村となる。
    • 高関村新田・中曽根新村新田が高関村(現・新発田市)に、中目村ノ内が中目村(現・新発田市)に、石橋新村が荒川村に、大谷内請新田が大谷内新田(現・新潟市)に、館村新田が館村(現・新発田市)にそれぞれ合併。
  • 明治9年(1876年)(9町620村)
    • 新発田城下のうち士族居住地が新発田本村、町人町が新発田村に分村。
    • 東高畑新田・西高畑新田・白通新田が合併して三賀新田となる。
    • 上金田村が里村に、小荒川村が中条町に、橋本村が牧島村に、西蓑口村ノ内・蓑口村が西蓑口村に、下楯新村が下寺内村にそれぞれ合併。
    • 濁川興野が名目所村に、内島見興野が木崎村に、内島見西興野が早通村に、内島見上興野が鳥屋村にそれぞれ改称。
  • 明治10年(1877年)(7町603村)
    • 則持村・乙次則持村が合併して乙次村となる。
    • 下興野上新田新料・下興野上新田古料・市島請新田が合併して嘉山村となる。
    • 水原町東組・水原町西組・水原村町組が合併して水原町となる。
    • 砂押新田が金沢村に、吉浦村ノ内が吉浦村に、須走村新田が須走村に、天神堂新田が天神堂村に、天王新田新田が天王新田に、樫谷村が坪穴村に、入江端村が黒川町に、大木原新田が鳥瀬新田に、丸山新田が飯塚村(現・新発田市)に、灰塚村が境新村に、石塚村が深町村に、本田分郷・本田新渡・本田池之端新渡が本田村にそれぞれ合併。
    • 佐々木新田が藤寄村に、佐々木上新田が笠郷村に、佐々木下新田が横井村にそれぞれ改称。
  • 明治11年(1878年) - 下興野新田が葛塚村に改称。

郡発足以降の沿革[編集]

  • 明治12年(1879年)(7町602村)
    • 4月9日 - 郡区町村編制法の新潟県での施行により、新潟県蒲原郡のうち7町603村に行政区画としての北蒲原郡が発足。郡役所が新発田本村に設置。
    • 会津新村新田が六野瀬村・保田村・渡場村に合併。
    • 土地亀新田下組が下土地亀新田に、土地亀新田上組が上土地亀新田にそれぞれ改称。
    • 下記の同名村が改称される。
  • 明治13年(1880年)(21町602村)
    • 水原町が15町[14]に分町。
  • 明治14年(1881年)(21町591村)
    • 新崎新田の枝郷より須戸新田村が起立。
    • 太田興野新田および太田興野・太田上興野のうち幕府領が合併して太田古屋村となる。
    • 太田上興野新田および太田興野・太田上興野のうち新発田藩領が合併して太田上古屋村となる。
    • 山飯野新田が浦木村に改称。
  • 明治15年(1882年)(21町590村)
    • このころまでに内沼新田地先が内沼に合併。
    • 土橋新村新田が土橋村に改称。
  • 明治16年(1883年)(7町595村)
    • 大月興野新田・大月興野が合併して大月村となる。
    • 水原15町が合併して水原町となる。
    • 境目新村新田が横山町村に、宮内村ノ内が西宮内村に、東飯野新田・西飯野新田が里飯野村にそれぞれ合併。
    • 内沼が内沼村に、万代新田が万代村に、樋ノ入が樋ノ入村に、里飯野新田地先が内沼新村にそれぞれ改称。
  • 明治17年(1884年)(7町601村)
    • 天王新田地先・新川が合併して新川村となる。
    • 沖村新田が東沖村新田・西沖村新田に、沖山新村新田が南沖山新村新田・北沖山新村新田に、関口新村新田が上関口新村新田・下関口新村新田に、西野新村新田が上西野新村新田・下西野新村新田に、蔵野新村新田が上蔵野新村新田・下蔵野新村新田に、牧野新村新田のうち旧・幕府領が中牧野新村新田に、旧・会津藩領が上牧野新村新田・下牧野新村新田にそれぞれ分村。
  • 明治18年(1885年)(8町595村)
    • 金屋新村が金屋村に、三椡が三椡村に、中之通が本田村に、地蔵堂村・松木新村が乙村にそれぞれ合併。
    • 新発田村が新発田町に、鳥穴が鳥穴村に、下早通が下早通村にそれぞれ改称。
  • 明治19年(1886年)(8町582村)
    • 八田新村新田・猿田新村新田が合併して八田村となる。
    • 飯島・飯島新田新田・飯島新田地先が合併して砂山村となる。
    • 二枚橋・蓮潟興野が合併して蓮野村となる。
    • 駒林村新田が駒林村、太田上興野新田地先・太田興野新田地先が太田古屋村に、天王が新川村に、大月興野新田地先・大月が大月村に、狭潟新田が二本松新田に、赤橋新田が浦新田、田貝村新田が田貝村にそれぞれ合併。
    • 別行が別行村に改称。
  • 明治20年(1887年)(8町575村)
    • 住田新村・長崎新村・滝尾村が合併して住田村となる。
    • 榎船渡村新田が榎船渡村に、坂井新村新田が坂井村に、松田新村が上今泉村に、中居新村が上中山村に、山崎新村が下山田村にそれぞれ合併。
    • 福永新村新田が福永新村に、浦ノ入が浦ノ入村にそれぞれ改称。
  • 明治21年(1888年)(8町574村)
    • 内沼新村が内沼村に合併。
    • 新鼻新田が新鼻村に、新鼻三囲が新鼻新田にそれぞれ改称。

町村制以降の沿革[編集]

  • 明治39年(1906年)4月1日(4町32村)
    • 聖籠村・蓮野村・蓮潟村および藤井村の一部(藤寄)が合併し、改めて聖籠村が発足。
    • 島崎村・鳥屋村・笹山村および藤井村の一部(横井・笠柳)が合併して木崎村が発足。
  • 大正12年(1923年3月31日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年6月30日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和15年(1940年8月1日 - 鴻沼村が新発田町に編入。(4町31村)
  • 昭和18年(1943年5月1日 - 猿橋村が新発田町に編入。(4町30村)
  • 昭和22年(1947年1月1日 - 新発田町が市制施行して新発田市となり、郡より離脱。(3町30村)
  • 昭和29年(1954年
    • 4月5日 - 松ヶ崎浜村が新潟市に編入。(3町29村)
    • 11月1日 - 南浜村・濁川村が新潟市に編入。(3町27村)
  • 昭和30年(1955年
    • 3月31日(4町15村)
      • 聖籠村・亀代村が合併し、改めて聖籠村が発足。
      • 紫雲寺村・松塚村の一部(藤塚浜)が合併して紫雲寺町が発足。
      • 松塚村の残部(村松浜)が築地村に編入。
      • 中浦村・本田村が合併して福島村が発足。
      • 五十公野村・松浦村・米倉村・赤谷村・川東村・菅谷村が新発田市に編入。
      • 葛塚町・木崎村・岡方村が合併して豊栄町が発足。
    • 4月15日 - 水原町・堀越村・分田村が合併し、改めて水原町が発足。(4町13村)
    • 7月1日 - 福島村が改称して豊浦村となる。
    • 7月20日 - 加治村・金塚村が合併して加治川村が発足。(4町12村)
    • 10月20日 - 加治川村の一部(上城塚・下城塚・塩津・弥彦岡)が中条町に編入。
  • 昭和31年(1956年
    • 3月1日 - 加治川村の一部(早道場・三日市・上小松・下小松・上館・新屋敷・新保小路・金津・茗荷谷・下中・下今泉・館野小路)が新発田市に編入。
    • 9月30日(4町10村)
      • 笹岡村・神山村が合併して笹神村が発足。
      • 中条町・乙村が合併し、改めて中条町が発足。
  • 昭和33年(1958年10月10日 - 笹神村の一部(天神堂・千原)が水原町に編入。
  • 昭和34年(1959年
    • 4月10日 - 佐々木村が新発田市に編入。(4町9村)
    • 7月22日 - 長浦村が豊栄町に編入。(4町8村)
  • 昭和35年(1960年)4月1日 - 安田村が町制施行して安田町となる。(5町7村)
  • 昭和42年(1967年)1月1日 - 築地村が中条町に編入。(5町6村)
  • 昭和45年(1970年11月1日 - 豊栄町が市制施行して豊栄市となり、郡より離脱。(4町6村)
  • 昭和48年(1973年)11月1日 - 豊浦村が町制施行して豊浦町となる。(5町5村)
  • 昭和52年(1977年8月1日 - 聖籠村が町制施行して聖籠町となる。(6町4村)
  • 平成15年(2003年7月7日 - 豊浦町が新発田市に編入。(5町4村)
  • 平成16年(2004年)4月1日 - 水原町・安田町・京ヶ瀬村・笹神村が合併して阿賀野市となり、郡より離脱。(3町2村)
  • 平成17年(2005年
    • 5月1日 - 紫雲寺町・加治川村が新発田市に編入。(2町1村)
    • 9月1日 - 中条町・黒川村が合併して胎内市が発足し、郡より離脱。(1町)

行政[編集]

  • 歴代郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治12年(1879年)4月9日
大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注[編集]

  1. ^ 小松は1956年東蒲原郡から編入。
  2. ^ これらの地域は2005年中蒲原郡から新潟市に編入後、2007年に北区となったため。
  3. ^ これらの地域は1889年に東蒲原郡に編入。
  4. ^ 領主から年貢免除の特権を与えられた土地。
  5. ^ 中目村の一部として記載。
  6. ^ a b c d 「旧高旧領取調帳」には記載なし。
  7. ^ 水原村東組、水原村西組、水原村中組に分かれて記載。東組・西組が幕府領、中組が旗本領。
  8. ^ 記載は中ノ目新田に含む。
  9. ^ 記載は新発田町村。
  10. ^ 下町、鍛冶分、上町、小路村、外城村に分かれて記載。
  11. ^ a b 記載は真野原新田に含む。
  12. ^ 本田村之内、本田村、本田分郷に分かれて記載。本田村之内は幕府領(水原代官所)・旗本領(溝口双渓)、本田村・本田分郷は新発田藩領。
  13. ^ 浦村、浦村ノ内に分かれて記載。
  14. ^ 古畑町、横町、上町、中町、下町、南新町、北新町、袖ノ葉町、東雲町、新々町、砂押町、柳町、和泉町、諏訪町、外城町。
  15. ^ a b 真野原外新田と次第浜の未開発地。江戸時代から存在するが、「旧領旧高取調帳」には記載なし。本項では便宜的に村数には数えない。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

先代:
蒲原郡
行政区の変遷
1879年 -
次代:
(現存)