西蒲原郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
日本 > 中部地方 > 新潟県 > 西蒲原郡
新潟県西蒲原郡の範囲(緑:弥彦村 水色:後に他郡から編入した区域)

西蒲原郡(にしかんばらぐん)は、新潟県

人口8,041人、面積25.17km²、人口密度319人/km²。(2017年5月1日、推計人口

以下の1村を含む。

郡域[編集]

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1村のほか、以下の区域にあたる。

歴史[編集]

郡発足までの沿革[編集]

  • 慶応4年
  • 明治元年
  • 明治2年
  • 明治3年
    • 3月7日1870年4月7日) - 新潟県(第2次)の管轄となる。
    • 7月 - 越後国内で大規模な領地替えが行われ、高崎藩領・三根山藩領・与板藩領を除く全域が新潟県の管轄となる。ただし、三根山藩領のうち3村(平野村・五ヶ浜村・福井村)は新潟県の管轄となった。
    • 10月29日(1870年11月22日) - 三根山藩が改称して峰岡藩となる。
  • 明治4年
  • 明治初年 - 松崎村外新田が松崎村に改称。
  • 明治8年(1875年) - 大谷外新田が稲島村に合併。(2町357村)
  • 明治9年(1876年) - 五野上村新田が五野上村に、市左衛門受が又新村にそれぞれ合併。(2町355村)
  • 明治10年(1877年)(2町348村)
    • 藤野木村古料・藤野木村新料が合併して藤野木村となる。
    • 大倉興野村・大倉新田・山王興野村・山王新田が松橋村の一部(枝郷居宿)と合併して天麟村となる。
    • 笠木村請が笠木村に、尺子木村が川崎郷屋村に、日出潟十三ヶ村受が三王淵村・小牧村・中川村・次新村・小中川村・小古津新村・勘新村・四ツ屋村・大船渡村・二階堂村・又新村・真木村・道上村にそれぞれ合併。

郡発足以降の沿革[編集]

  • 明治12年(1879年)(2町355村)
    • 4月9日 - 郡区町村編制法の新潟県での施行により、新潟県蒲原郡のうち2町350村に行政区画としての西蒲原郡が発足。郡役所を巻村に設置。
    • 三島郡真木山村の所属郡が本郡に変更。
    • 天麟村が山王村・山王新田・大倉村・大倉新田・居宿村に分村。
    • 木場村・黒鳥村の境界付近の集落より小平方分が起立。
    • 鳥原村の一部より寺地村が起立。
    • 小見郷屋村受が碇下新田に改称。
    • 2ヶ所ずつ存在した泉村、太田村、中野村、長島村、船越村、中村が下泉村(現・新潟市)、上泉村(現・弥彦村)、西太田村(現・燕市吉田西太田)、東太田村(現・燕市東太田)、下中野村(現・燕市)、上中野村(現・新潟市)、東長島村(現・新潟市南区東長嶋)、西長島村(現・新潟市西蒲区西長島)、東船越村(現・新潟市西蒲区東船越)、西船越村(現・新潟市西蒲区西船越)、東中村(現・新潟市西蒲区東中)、西中村(現・新潟市西蒲区西中)にそれぞれ改称。
  • 明治13年(1880年) - 富出村外新田が曽根村に合併。(2町354村)
  • 明治15年(1882年) - 花見新田村の一部が花見村に、道上村ノ内が道上村にそれぞれ合併。(2町353村)
  • 明治16年(1883年) - 上河原村外新田が上河原村に、花見新田村が花見村に合併。(2町351村)
  • 明治17年(1884年) - 嵐潟新田が水沢新田村に合併。(2町350村)
  • 明治18年(1885年) - 味方新田が味方村に合併。(2町349村)
  • 明治19年(1886年)(2町335村)
    • 兵左衛門新田・清左衛門新田・田巻新田・碇下新田が合併して早潟村となる。
    • 高山村外新田・新通村古新田が合併して新通村となる。
    • 国上村新田が国上村に、中島村新田が中島村に、喜津村外新田が下粟生津村に、大島村が吉田村に、梅田村が高畑村に、水沢新田村受が水沢新田村に、玉幸新田が上泉村に、半間新田が矢作村に、渡辺新田が大戸村に、与五左衛門新田が花見村にそれぞれ合併。
  • 明治20年(1887年) - 治田新田が下中野村に合併。(2町334村)

町村制以降の沿革[編集]

  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により以下の町村が発足。特記以外は現・新潟市。(2町77村)
  • 明治39年(1906年)4月1日 - 秋津村・曲通村・中合村が合併して月潟村が発足。(3町32村)
  • 大正12年(1923年3月31日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正13年(1924年)1月1日 - 吉田村が町制施行して吉田町となる。(4町31村)
  • 大正15年(1926年6月30日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和2年(1927年10月1日 - 太田村が燕町に編入。(4町30村)
  • 昭和3年(1928年)10月1日 - 内野村が町制施行して内野町となる。(5町29村)
  • 昭和5年(1930年12月1日 - 曽根村が町制施行して曽根町となる。(6町28村)
  • 昭和23年(1948年7月1日 - 黒埼村が中蒲原郡曽野木村の一部(合子ケ作・楚川新田)を編入。
  • 昭和24年(1949年)4月1日 - 巻町が漆山村の一部(赤鏥)を編入。
  • 昭和26年(1951年)4月1日 - 弥彦村の一部(浜首および矢作の一部)が吉田町に編入。
  • 昭和29年(1954年
    • 3月31日 - 燕町・松長村・小中川村・小池村が合併して燕市が発足し、郡より離脱。(5町25村)
    • 7月7日 - 小吉村・道上村が燕市の一部(羽黒・姥島・真木)と合併して中之口村が発足。(5町24村)
    • 11月1日 - 坂井輪村が新潟市に編入。(5町23村)
    • 11月3日(5町19村)
      • 吉田町・米納津村・粟生津村が合併し、改めて吉田町が発足。
      • 地蔵堂町・国上村・島上村が合併して分水町が発足。
  • 昭和30年(1955年
    • 1月1日 - 巻町・峰岡村・浦浜村・松野尾村・角田村・漆山村が合併し、改めて巻町が発足。(5町14村)
    • 3月31日(5町11村)
      • 岩室村・間瀬村が合併し、改めて岩室村が発足。
      • 四ツ合村・大原村が合併して潟東村が発足。
      • 曽根町・鎧郷村が合併して西川町が発足。
    • 7月10日 - 西川町の一部(中郷屋・葉萱場・割前・羽田・東汰上)が巻町に編入。
  • 昭和32年(1957年
    • 7月5日 - 分水町が三島郡大河津村の一部(野中才・五千石・大川津)を編入。
    • 7月15日 - 分水町の一部(溝・溝古新)が吉田町に編入。
  • 昭和35年(1960年
    • 1月11日 - 内野町が新潟市に編入。(4町11村)
    • 1月20日 - 岩室村・和納村が合併し、改めて岩室村が発足。(4町10村)
    • 4月1日 - 岩室村の一部(下和納・安尻)が巻町、一部(本町)が吉田町に編入。
  • 昭和36年(1961年
    • 6月1日 - 赤塚村・中野小屋村が新潟市に編入。(4町8村)
    • 6月10日 - 西川町・升潟村が合併し、改めて西川町が発足。(4町7村)
  • 昭和48年(1973年2月1日 - 黒埼村が町制施行して黒埼町となる。(5町6村)
  • 平成13年(2001年)1月1日 - 黒埼町が新潟市に編入。(4町6村)
  • 平成17年(2005年
    • 3月21日 - 西川町・味方村・岩室村・潟東村・月潟村・中之口村が新潟市に編入。(3町1村)
    • 10月10日 - 巻町が新潟市に編入。(2町1村)
  • 平成18年(2006年3月20日 - 分水町・吉田町が燕市と合併し、改めて燕市が発足。(1村)

脚注[編集]

  1. ^ 野中才・五千石・大川津は1957年三島郡から編入。
  2. ^ 間瀬は1896年に三島郡から編入。
  3. ^ 領主から年貢免除の特権を与えられた土地。
  4. ^ a b その後の変遷は不明。本項では便宜的に村数に数えない。
  5. ^ 舟戸村、兵蔵新田、弥五右衛門新田に分かれて記載。
  6. ^ a b エビは魚偏に分。
  7. ^ 大潟・田潟・鎧潟の干拓地。「旧高旧領取調帳」には記載なし。本項では便宜的に村数に数えない。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

先代:
蒲原郡
行政区の変遷
1879年 -
次代:
(現存)