加藤克巳

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加藤 克巳(かとう かつみ、1915年6月30日 - 2010年5月16日)は、歌人

経歴[編集]

京都府綾部市生まれ。旧制埼玉県立浦和中学校在学中に短歌を作り始め、若山牧水系の歌誌「菁藻」(主宰:髙橋俊人)に入会[1]1933年國學院大學予科入学、1935年、國學院大學国文科進学、折口信夫武田祐吉らの薫陶を受ける。在学中に新芸術派短歌運動に加わり「短歌精神」を創刊。1936年、若手歌人の集まり「四月会」に参加[2]1937年、第一歌集『螺旋階段』を刊行。1938年、國學院大學卒業。

その後応召し、敗戦まで軍隊生活を経験する。戦後は浦和中学校の教諭に復帰。1946年常見千香夫大野誠夫らと「鶏苑」を創刊、近藤芳美宮柊二らと「新歌人集団」を結成[3]1948年より家業である埼玉ミシン工業に勤務し、のち社長、会長。

1949年、「新歌人集団」解散後、「歌人懇話会」を開き、のち「作品研究会」とし、しばらく継承。1953年、「近代」を創刊し、主宰。1963年に「個性」と名を改め、2004年に終刊[4]

1956年、発起人として現代歌人協会を創立、理事を務める(1991年から1994年まで理事長)。1996年宮中歌会始召人。この間、日本現代詩歌文学館振興会常任理事、埼玉県歌人会会長・顧問、埼玉県文化団体連合会理事長・会長・顧問、埼玉文芸懇話会会長、埼玉文芸家集団代表、さいたま文学館運営委員会常任委員、埼玉県立近代美術館協議会委員、埼玉県立自然史博物館協議会委員、与野市教育委員などを歴任。

シュールレアリズムの影響を受けた作風が特徴[5]。門下に、筒井富栄光栄堯夫沖ななも久々湊盈子吉野裕之髙橋みずほなどがいる。

2010年5月16日に心不全のため死去。94歳没。23日、浦和斎場(さいたま市桜区)にて告別式。

受賞歴[編集]

  • 1970年 第4回迢空賞受賞(歌集『球体』その他の業績により)
  • 1973年 埼玉県教育功労賞受賞
  • 1978年 埼玉文化賞(芸術部門)受賞
  • 1979年 藍綬褒章受章(産業振興により)
  • 1986年 勲四等瑞宝章受章(文化功労により)、第9回現代短歌大賞受賞(『加藤克巳全歌集』により)
  • 1989年 与野市民栄誉賞受賞
  • 1994年 埼玉県歌人会大賞受賞(『現代短歌史』その他の業績により)

著書[編集]

歌集[編集]

同 風心社、1969年
同 東京四季出版〈処女歌集全集〉、1980年
同文庫版 短歌新聞社〈短歌新聞社文庫〉、1998年
  • 『エスプリの花』 白玉書房、1953年
  • 『宇宙塵』 ユリイカ、1956年
  • 『球体』 短歌新聞社、1969年
同文庫版 短歌新聞社〈短歌新聞社文庫〉、1993年
  • 『玄青』(自選歌集) 短歌新聞社〈現代歌人叢書〉、1971年
  • 『心庭晩夏』 角川書店、1973年
  • 『青の六月』 短歌新聞社、1977年
  • 『万象ゆれて』 角川書店、1978年
  • 『石は抒情す』 短歌新聞社、1983年
  • 『ルドンの眼』 沖積舎、1986年
  • 『天壇光』 短歌新聞社〈現代短歌全集〉、1987年
  • 『樹下逍遥』 短歌新聞社、1990年
  • 『月は皎く砕けて』 砂子屋書房、1992年
  • 『矩形の森』 砂子屋書房、1999年
  • 『樹液』 砂子屋書房、1999年
  • 『游魂』 砂子屋書房、2000年
  • 『森と太陽と思想』 短歌新聞社、2001年
  • 『春は近きか』 短歌新聞社、2002年
  • 『遠とどろきの』 東京四季出版、2003年
  • 『加藤克巳自選1800首』 角川書店、2004年
  • 『夕やまざくら』 角川書店、2005年
  • 『朝茜』 角川書店、2007年

評論・エッセイ[編集]

  • 『意志と美』 短歌新聞社、1967年
  • 『邂逅の美学』 短歌新聞社、1975年
  • 『熟成と展開』 短歌新聞社、1981年
  • 『新歌人集団』 角川書店、1982年
  • 『釈迢空の秀歌』 短歌新聞社、1987年
  • 『短歌問答』 さきたま出版会、1987年
  • 『旅のこころ、歌のこころ』 砂子屋書房、1988年
  • 『宙空憧憬』 砂子屋書房、1990年
  • 『現代短歌史』 砂子屋書房、1993年
  • 『時はおやみなく』 短歌新聞社、2000年
  • 『詩のこころ、美のこころ』 東京四季出版、2001年
  • 『原郷を恋う心、そして』 砂子屋書房、2001年
  • 『雲と心』 砂子屋書房、2002年
  • 『百、千足る』 東京四季出版、2003年
  • 『古代歌謡』 短歌新聞社、2004年
  • 『おのずからの世界-加藤克巳随談』 角川書店、2008年

その他[編集]

  • 『石百歌』 東京四季出版、1983年
  • 『加藤克巳全歌集』 沖積舎、1985年
  • 加藤克巳短歌集成-加藤克巳著作選』全5巻 沖積舎、1994-97年
  • 『加藤克巳自筆百歌選』 沖積舎、1997年
  • 『克巳かるた』(かるた) 角川学芸出版、2009年
  • 『加藤克巳 晩歌つれづれ』 私家版(加藤正芳編)、2012年

日本国内の歌碑[編集]

  • 第一歌碑 宮城県気仙沼市大島/1976年建立 眼つむれば つねに海鳴りが聞こえきて 清き勇気を 清き勇気を
  • 第二歌碑 京都府綾部市/1984年建立 山もとのかすむあたりの遠じろの由良川うねる神の世のごと
  • 第三歌碑 埼玉県さいたま市南与野駅前公園/1991年建立 永遠は三角耳をふるわせて光にのって走りつづける
  • 第四歌碑 埼玉県さいたま市普門院/2000年建立 希いこめ心に植えしいっぽんの苗すくすくとのびつづけゆく
  • 第五歌碑 岐阜県郡上八幡/2002年建立 太竹のゆるぎなきゆえ高穂先さやらさやらと風をあそばす
  • 第六歌碑 埼玉県久喜市鷲宮神社/2003年建立 ふいにやまとたけるを恋うなるはしきり桜のふぶくただなか
  • 第七歌碑 新潟県佐渡島/2009年建立 日はのぼり日はまた沈むいつのときもわれに凜たり心の一樹

関連文献[編集]

加藤克巳の作品や人物についての主な書籍

  • 加藤克巳著作選・別巻編集委員会編 『加藤克巳論・集成-加藤克巳著作選別巻』 沖積舎、1998年
  • 個性の会編 『抽象の雲-加藤克巳作品鑑賞』 短歌新聞社、1976年
  • 個性の会編 『加藤克巳アルバム』 風心社、1993年
  • 佐藤信弘 『加藤克巳の世界』 潮汐社、1976年
  • 関根明子 『加藤克巳と「善の研究」』 砂子屋書房、2002年 
  • 筒井富栄 『加藤克巳の歌』 雁書館、1992年
  • 光栄堯夫 『加藤克巳論』 沖積舎、1990年
  • 吉村康 『歌壇のピカソ-孤高の歌人・加藤克巳の航跡』 沖積舎、1997年

脚注[編集]

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  1. ^ 浦和中学校時代の作品や髙橋俊人との関係については以下に詳しい。髙橋みずほ「壁の「だるま」-少年克巳の手紙から」『合歓』第42号、2008年10月。
  2. ^ 最年少者として参加。最年長は加藤将之。ほかに佐藤佐太郎、山口茂吉などが参加している。(「略歴」『天壇光』(短歌新聞社、1987年)他による)
  3. ^ 1946年12月25日、加藤克巳、近藤芳美、山田あき、大野誠夫、山本友一、常見千香夫、山形義雄、中野菊夫などによって1回目の会合が持たれ、のちに、宮柊二や香川進、前田透などが加わる。翌年1月から月1回の会合を開き、会員の作品互評や先輩歌人の研究などを行うとともに、「新日光」創刊号(1947年4月)の編集参画、「短歌研究」新人特輯号(同年6月)の責任編集といった活動も行った。しかし、会合は1948年暮れには消滅しており、実質的な活動期間は2年にも満たない。(加藤克巳『新歌人集団』(角川書店、1982年)他による)
  4. ^ 「個性」終刊後、会員の多くは、沖ななもらの「熾」(1993年創刊の「詞法」より2004年に改称)、久々湊盈子らの「合歓」(1992年創刊)、光栄堯夫らの「桜狩」(1985年創刊)に拠った。これらとは別に吉野裕之、髙橋みずほらの「BLEND」(2002年創刊、2007年終刊)がある。
  5. ^ 加藤自身は、たとえば「詩の方法、たとえばシュールレアリズムの方法など学び込んで、私は私なりの作品を作っていった」と語っている(加藤克巳「体験的自由律短歌論」『短歌現代』1986年9月号。)。また、光栄堯夫は、『加藤克巳論』(沖積舎、1990年)において、「加藤克巳とシュールレアリスム(『螺旋階段』から『球体』へ)」の章を設け、加藤克巳とシュールレアリズムについて考察している。加えて、吉野裕之は「短歌におけるキュビズム」(『BLEND』第3号、2003年4月)において、歌集『球体』の作品を素材に短歌におけるキュビズムの可能性について考察している。

外部リンク[編集]