吉田一郎

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吉田 一郎
よしだ いちろう
生年月日 (1963-11-03) 1963年11月3日(54歳)
出生地 東京都北区
出身校 法政大学社会学部応用経済学科卒業
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際関係学専攻修士課程修了
前職 ジャーナリスト
所属政党 「無所属・無党派」
称号 社会学士(法政大学)
修士国際関係学)(早稲田大学)
公式サイト さいたま市議会議員 吉田一郎

選挙区 北区
当選回数 4回
在任期間 2007年5月1日 - 2013年5月5日
2015年5月1日 -
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吉田 一郎(よしだ いちろう、1963年11月3日 - )は、日本政治家ジャーナリスト埼玉県さいたま市議会議員(4期)。

経歴[編集]

東京都北区赤羽生まれ。大宮市(現・さいたま市北区)育ち。若竹幼稚園卒園[1]大宮市立東大成小学校卒業[1]大宮市立植竹中学校卒業[1]。中学生時代、タモリの「四ヵ国語麻雀」に触発され中国語韓国語の勉強を始めた。香港映画Mr.BOO!』を観て香港に興味を持つ[要出典]1982年埼玉県立上尾高等学校卒業[1]

法政大学社会学部応用経済学科に入学。大学在学中の1985年から1987年にかけて、香港中文大学留学する。アルバイト日本語学校講師をしながら、九龍城砦で生活した[2]。法政大学卒業後、再び香港に渡り、1988年に週刊『香港ポスト[3]』記者となった[2]。月刊『香港通信[4]』編集長・日刊『香港ビジネスポスト』編集長を歴任。その間フリージャーナリストとしても活動。中国返還前後の香港東南アジア諸国等を取材[要出典]雑誌AERA』『SAPIO』等に寄稿。飛び地マニアとして知られており、2008年1月25日、TBSラジオKakiiinにゲスト出演した[5]

1998年にリストラされて香港ポストを退職、1年間は香港の自宅で引きこもっていた[2]早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際関係学専攻修士課程に合格したため、日本に帰国した[6]

2002年7月、世界中の飛び地に関する情報をまとめたサイト「世界飛び地領土研究会」を立ち上げた[7]

2002年10月、浦和市与野市との合併で消滅した大宮市さいたま市からの独立を掲げたサイト「大宮市亡命市役所」を立ち上げ[7]、2003年4月のさいたま市議会議員選挙では落選したが、2007年(平成19年)4月8日のさいたま市議会選挙で初当選した[7]

政歴[編集]

  • 2001年(平成13年)5月27日 さいたま市長選挙(無所属)にて3,377票で落選(8人中7位)。
  • 2003年(平成15年)4月13日 さいたま市議会議員選挙(北区・無所属)にて2,595票で落選(10人中10位)。
  • 2007年(平成19年)4月8日 さいたま市議会議員選挙(北区・無所属)にて5,027票で当選(10人中4位)。
  • 2008年(平成20年)8月28日 さいたま市議会において初めて設置された懲罰特別委員会において、吉田に対する出席停止7日間の懲罰が決定。
  • 2009年(平成21年)
    • 1月30日 再び設置された懲罰特別委員会において出席停止7日間の懲罰が決定。2回目の懲罰となる。
    • 3月19日 無所属議員に本会議での発言権が認められていないことに抗議して、さいたま市議会議員を辞職。自身の辞職によって行われる補欠選挙に立候補を表明。
    • 5月24日 さいたま市議会議員補欠選挙(北区・無所属)にて27,045票で復帰当選(3人中1位)。
  • 2011年(平成23年)4月10日 さいたま市議会議員選挙(北区・無所属)にて13,322票で当選(9人中1位)。
  • 2013年(平成25年)
  • 2015年(平成27年)4月3日 さいたま市議会議員選挙(北区・政治団体「無所属・無党派」)にて無投票当選
  • 2018年(平成30年)
    • 2月20日 文教委員会において市立中央図書館長の答弁に対して「首つって死ね」と発言(下記参照)。
    • 2月28日 3回目の懲罰特別委員会設置。自民党系の2市議団からは辞職勧告決議案が提出された。
    • 3月12日 懲罰委員会において出席停止2日間の懲罰が決定(会期末が16日に迫っていたことから)。議長は「議員に対する市民からの信頼を著しく失墜させた」とコメントした。
    • 3月16日 「議員としてあるまじき暴言」「市議会の品位を著しく汚した」として、市議会全5会派の賛成多数で、さいたま市議会としては初めて辞職勧告決議を可決。

問題となった発言[編集]

  • 2018年(平成30年)2月20日、さいたま市議会文教委員会で質問に答えた市立中央図書館長に向かって「首をつって死ね」と発言し、翌21日の臨時委員会で発言を取り消して謝罪した。「ちゃんとした答弁がないと感じ、かっとなってしまった。非常に不謹慎だった」と釈明したが、さいたま市教育長は「館長は誠実な答弁だった。人権を侵害する発言で、断固抗議する」と発言した[9]3月12日、市議会は懲罰特別委員会を開き、「発言は著しく不適切だ」として、会期終了までの間、吉田を出席停止処分にすることを決めた[10]。3月16日には辞職勧告決議が可決された。

テレビ出演[編集]

著書[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]