大宮総合車両センター

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大宮総合車両センター
大宮総合車両センター(2007年5月26日イベント開催時)
大宮総合車両センター(2007年5月26日イベント開催時)
基本情報
鉄道事業者 東日本旅客鉄道
帰属組織 大宮支社
所属略号 宮オオ
整備済み車両略号 大宮総合車セ、OM
配置両数
電車 259両
合計 259両
備考 2017年4月現在のデータ[1]
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大宮総合車両センター(おおみやそうごうしゃりょうセンター)は、埼玉県さいたま市大宮区錦町にある東日本旅客鉄道(JR東日本)大宮支社の鉄道工場である。日本貨物鉄道(JR貨物)大宮車両所が構内にあるほか、下部組織としてさいたま市北区に車両基地の東大宮センターが存在する。

概要[編集]

大宮工場においての台車組立作業

大宮駅に隣接し、日本鉄道時代の1894年(明治27年)に設立された歴史を持つ。長く「大宮工場」と呼ばれてきたが、2004年(平成16年)6月1日に現名称に変更した。検査、修繕、改造済み車両の車体に記される略号は、名称変更前が「大宮工」または「OM」、変更後は「大宮総合車セ」または「OM」である。所属車両は東大宮操車場構内にある大宮総合車両センター東大宮センターに配置されている。

同一組織内にあった旧国鉄大宮工場機関車部門が、分割民営化後は組織上日本貨物鉄道(JR貨物)大宮車両所として独立したが、敷地は隣接している。以前は鉄道工場専業であったが、2006年(平成18年)3月18日より東大宮操車場構内に車両検査科管轄の東大宮センターを新設し、高崎車両センター小山車両センター配置車の一部を転属させて車両配置が始まり、車両基地としての役割も持つようになった。また、車両解体も行っていたが、解体作業は長野総合車両センターに移転し、解体留置線跡地には2007年(平成19年)10月14日鉄道博物館が開館した。

組織としては総務科、生産管理科、車両検査科、品質管理科、設計技術科、台車・輪軸技術センターなどの部署のほか、関連会社のJR東日本テクノロジー大宮支店が置かれ、車両検査科は東大宮センターを管轄するほか、車両の構内試運転などを担当している。また、東大宮センターにもJR東日本テクノロジー大宮支店東大宮派出が置かれる。

毎年5月の第4土曜日には、一般公開イベントである「鉄道のまち大宮 鉄道ふれあいフェア」が開催される。

歴史[編集]

工場開設当初の主な業務は客車貨車の修繕・補修であり、徐々に蒸気機関車の製造も進められた。昭和戦後になると電化の進展により、用途廃止となった蒸気機関車が大宮工場でも数多く解体された。

電気機関車電車はメーカー製造が多く、解体のほか再び修繕や改造の業務が多くなった。民営化以降、自社内の車両製造は新津車両製作所で行われるようになり(後に買収・子会社化した株式会社総合車両製作所に統合され、同社の新津事業所となっている)、車両解体業務も長野総合車両センターに移管されるなど、工場規模は徐々に縮小されている。

開設以降工場労働者が周辺に居住することで、旧大宮市は「鉄道の町」として発展した。工場正門に面する線路西側、現在の桜木町には工員や関係者・鉄道職員が暮らすようになり、工場周辺は国鉄企業城下町となった。特に現在の桜木町3丁目付近に国鉄が職員住宅[2]病院・寮などの厚生施設を建設し、ひとつの町を形成していた(民営化後にこれらの施設はマンション式の集合住宅に集約され、跡地は市営桜木駐車場となっている)。

また、当時は近隣住民の長男は家業の農業を継ぎ、次男以下が大宮工場に勤務することが珍しくなかった。後年には鉄道出身者から大宮市議会議員が何人も輩出しており、大宮と鉄道は密接に関係している。

維持に人手を要す機関車と大量の貨車が淘汰されたことで、現在では最盛期に比べて工場規模・労働者数も減少しており、工場用地や職員住宅などは逐次他用途に転換されている。敷地内の鉄道博物館開設もその一環である。


保存車両[編集]

センターの敷地沿いの道路(通称・工機部前通り)は、「レールウェイガーデンプロムナード」として整備され、徒歩で鉄道博物館へ向かう利用者のために3か所のビュースポットと、外壁にJR東日本の保有車両の写真と解説パネルが設置されている。

D51 187
センター正面玄関横のビュースポットに保存展示[6]されている。大宮工場で新製されたD51形の第1号機であり、準鉄道記念物の指定を受けている。現在では、トンネルの中を走るイメージを持つ屋根に覆われて展示している。
EF63 13・EF60 47(茶色塗装)・EF58 154(青大将塗装)・EF15 168
センター内に運転台のみのカットボディが4台並べて展示されていたが、EF58 154とEF15 168はビュースポットとして当センター前の道路に移設[7]された。またEF58 154については、スポーク車輪が横に置かれ、ナンバープレートをコンクリートに埋め込んだモニュメントもあわせて展示されており、一般公開日には運転台が開放される。
キハ391-1
片エンド側運転席部分のみカットモデルとしてセンター内に保存されている。以前は編成全体が保存されていたが、片エンド運転席部分以外は、2015年2月に解体された。

センター内に2013年現在留置されている車両を下記に示す。

ED62 17
1996年に運用廃止後2002年に除籍されるまで篠ノ井総合鉄道部(現・塩尻機関区篠ノ井派出)に在籍した2両のうち1両。晩年の貨物更新色から標準色に塗り直され、JR貨物大宮車両所北に留置されている。
クハ209-7
2012年10月より、脱線復旧訓練所の訓練用車両として使用中。

下記の車両は2013年現在新幹線高架下に留置されている車両である。保存状態が悪く、長年一般公開に出されていない車両もある。

EF15 192
2017年6月現在、一部の部品が撤去された状態で保存されている。
EF80 36
常磐線水戸線用交直両用電気機関車。毎年開催される一般公開でよく展示される車両であった。
2017年6月現在、一部の部品が撤去された状態で保存されている。
クモハ300-4
301系唯一の現存車であった。
2017年6月現在、座席など一部の部品が撤去された状態で保存されている
344号供奉車
1933年3月に当工場で製造。1986年の除籍後から保存されている。
オハ35 2001
オハ35 1に電気暖房を取り付けたことで2000番台を名乗る。元々C58 239と共に岩手県盛岡市の県営交通公園に静態保存されていたが、C58 239の復活に伴い同所に移送された。今後の処遇については不明。

過去に保存・留置された車両[編集]

スハフ42 2071
  • 1998年まで所在。
スハフ42 2174
2011年まで所在。
ED16 4
  • 1996年まで所在。
EF58 65
  • 1998年まで所在。1980年宇都宮運転所で廃車後関東鉄道学園の教材として使用されていたが、閉校により他の車両とともに1987年に大宮工場へ移動。広島工場で取付けられた左右一体型のつらら切りが特徴。
EF58 125
  • 2001年解体。
EF65 59
  • 2006年解体。
クモハ40054

2007年5月より青梅鉄道公園に展示されている。

モハ113・112-1506
元国府津車両センター配置K48編成の2・3号車に組み込まれていた電動車ユニット。所属表記も「横コツ」から「宮オオ」に変更されており、2006年と2007年の一般公開時では休憩所代わりとして使用された。部品取りや社員教育機材として使用された後、2011年に解体。
EF81 24
JR貨物富山機関区配置で同機関区に保留車扱いで在籍。2005年よりJR貨物大宮車両所寄りの車庫に留置されており、ナンバーブロックが削りとられ、車体の腐食が著しかった。現在は解体され現存していない(解体時期不明)。
ED16 10
2015年2月解体。
EF60 510[8]
2016年12月解体。
EF58 93
「青大将」塗装[9]に塗り直されていた。
2016年12月解体。
ソ301
2両新造された橋げた架設用の超大型操重車で、もう1両のソ300は現在横川の碓氷峠鉄道文化むらに保存展示。
2016年12月解体。

下記は過去に当センター内に保存もしくは留置されていた車両で、2013年現在鉄道博物館に展示されている車両である。

クモハ40074
ED17 1
ED40 10
EF58 89(茶色塗装・前面ひさし付き)
DD13 1(茶色塗装)
クハ103-713
  • 2005年11月22日廃車。元京葉電車区302編成の先頭車で、所属表記が「千ケヨ」から「宮オオ」に変更され、「部品撤去禁止 この車両は保存車両です」という貼り紙が掲示されていた。センター北の解体線跡に留置されていたが、2007年5月19日に車体を半分に切断されたうえで鉄道博物館内に搬入され、現在では館内のラーニングゾーン1Fの「駅構内ラボ」にて駅構内の業務体験に使用されている。

東大宮センター[編集]

大宮総合車両センター東大宮センター(おおみやそうごうしゃりょうセンターひがしおおみやセンター・地図)は、JR東日本東北本線(宇都宮線土呂 - 東大宮間の東大宮操車場構内に存在する大宮総合車両センター管轄の車両基地である。所在地は埼玉県さいたま市北区本郷町(敷地の一部は同市見沼区東大宮3丁目)。その管轄部署から「大宮総合車両センター車両検査科東大宮センター」とも呼ばれる。現在では西日本旅客鉄道(JR西日本)の後藤総合車両所出雲支所とともに、JRでは数少ない特急形車両専門の車両基地となっている。

東大宮操車場は、東北・常磐・高崎・上信越線方面の中長距離旅客列車および通勤電車の滞泊整備や仕業検査を従来から担当していた尾久客車区(現・尾久車両センター)が、列車増発によって対応しきれなくなっていたため、国鉄時代に新設された。分割民営化後は、構内に東京・大宮総合訓練センターが設置されたほか、検修職場として小山車両センター東大宮派出所が存在していた。当初は「尾久客車区東大宮派出所」という名称だったが、2001年の大宮支社発足に伴い小山電車区の下部組織となり同電車区東大宮派出所となった後、2006年3月18日の組織変更で当センターの下部組織とされ、東大宮センターに改称された。この際、高崎車両センターと小山車両センター配置車の一部が転入し、新たに車両配置区となった。また、同操車場は廃車予定車両の疎開回送や転用などで改造工事を受ける車両などの一時留置基地ともなることもあり、浦和電車区(現・さいたま車両センター)配置の209系勝田車両センター配置の415系などが同操車場北東側に留置された時期もあった。

土呂駅と東大宮駅の間にあるが、東北本線の線路から直接分岐するのではなく、大宮駅構内から単線の専用線が延びており、土呂駅の先で本線から離れて行く(大宮駅から土呂駅までは三線)。「成田エクスプレス」など、新宿方面からの列車や、武蔵野線から大宮駅に直通する「むさしの」「しもうさ」は、大宮駅構内の配線が、ホーム(11番線)で折り返しできない構造であるため、大宮到着の後、専用線で東大宮センターまで回送され、折り返している。

配置車両の車体に記される略号[編集]

  • 宮オオ」…大宮支社を意味する「」と、大宮の電略オオ」から構成される。

歴史[編集]

  • 1967年(昭和42年)12月 - 設置工事開始。
  • 1969年(昭和44年)4月 - 尾久客車区東大宮派出として暫定使用開始(収容能力300両)。
  • 1972年(昭和47年)3月 - 回送線の使用開始。
  • 1973年(昭和48年)7月 - 全面使用開始(配置400両・収容能力550両)。
  • 2001年(平成13年)4月 - 大宮支社が設立。それに伴い管轄が小山電車区に変更となり、小山電車区東大宮派出所となる。
  • 2006年(平成18年)3月 - 管轄が当センター車両検査科に変更され、それに伴い大宮総合車両センター東大宮センターとなる。高崎車両センターの185系9本と183系3本、ならびに小山車両センターの189系「彩野」編成1本が転入し、同センター配置となる。

配置車両[編集]

2017年4月1日現在の配置車両は以下の通り[1][10]。 以下に示す車両は全て電車である。現在の配置車両はすべて特急形車両である。

電車 気動車 機関車 客車 貨車 合計
259両 0両 0両 0両 0両 259両
185系0番台(A編成)
185系0番台(A編成)
185系200番台(OM編成)
185系200番台(OM編成)
251系
251系
253系1000番台
253系1000番台
651系1000番台
651系1000番台
209系改造の訓練車
209系改造の訓練車
103系改造の訓練車2008年
103系改造の訓練車
2008年

185系0番台・200番台 (157両)

  • 編成番号A1・A3・A5 - A8の10両編成6本、C1 - C6の5両編成6本、OM04・OM08・OM09の7両編成3本、B2の8両編成1本、B3 - B6・OM03の6両編成5本、B7・C7の4両編成2本計157両が配置されている。
  • A編成とC1 - C6編成は、特急踊り子」、「湘南ライナー」、「おはようライナー新宿」で定期運用される。
  • OM編成は特急「踊り子」、「湘南ライナー」、「ホームライナー小田原」で定期運用される。なお、「踊り子」ではC編成と連結した12両編成で運転する列車も存在する。
  • B3 - B5編成はATCを搭載しているため、特急「はまかいじ」の運用が可能である。
  • 臨時快速「ムーンライトながら」では4両編成と6両編成を連結した10両編成で運用される。
  • OM編成は高崎車両センターに配置されていたが、2006年3月18日に当センターへ転入した。
  • OM08編成は157系電車を模した塗装であったが、2015年3月にストライプ塗装に変更されている。
  • OM03編成は80系電車を模した「湘南色」だった。2013年3月16日のダイヤ改正により、サロ185を抜き取られ、A・B・C編成と同一の塗装に塗り替えられた。
  • 2013年3月16日、A・B・C編成が田町車両センターから当センターに転入した。これにより、OM編成はグリーン車連結位置の変更と方向転換を行った。この結果、185系は全車が当センターに集結することとなった。
  • 現在は185系0番台登場当初のストライプ塗装に変更されつつある。2016年3月ダイヤ改正より、「スワローあかぎ」、「あかぎ」からの運用から撤退した。

251系 (40両)

  • 編成番号RE1 - RE4の10両編成4本計40両が配置されている。
  • スーパービュー踊り子」を中心に運用される。
  • 2013年3月16日、田町車両センターから転入した。

253系1000番台 (12両)

  • 編成番号OM-N01・OM-N02編成の6両編成2本が配置されている。
  • 成田エクスプレス」で運用されていた253系200番台に、東武鉄道への直通運転対応工事等を施工したもの。小山車両センター配置の485系に代わり、2011年6月4日[11]より「日光」「きぬがわ」への運用を開始した。

651系1000番台 (46両)

  • 編成番号OM201 - OM206の7両編成6本、OM302の4両編成1本が配置されている。
  • 2013年度に交流機器を使用停止して1000番台となり、勝田車両センターから転入した。
  • 2014年3月ダイヤ改正から特急「スワローあかぎ」、特急「あかぎ」、特急「草津」で定期運用されている。
  • 4両編成のOM301編成は、伊豆クレイルに改造され国府津車両センターへ転出した。
  • 2015年3月ダイヤ改正で離脱していた4両編成OM303編成が2017年7月20日に廃車となった。

この他にクモヤ143-21や総合訓練センターの209系電車改造の訓練車2両編成(車籍はなく機械扱い)[12]も構内で見ることができる。なお以前は103系電車改造の訓練車が使用されていたが、209系改造車の導入に伴い2009年3月に解体された。

過去の配置車両[編集]

183系1000番台
183系1000番台

183系・189系

脚注[編集]

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  1. ^ a b 交友社鉄道ファン』2017年7月号 「JR旅客会社の車両配置表」
  2. ^ 鉄道省から国鉄へと変わった後も、これらの住宅はそのまま「官舎」と呼ばれていた。
  3. ^ 電気車研究会鉄道ピクトリアル』2006年11月号「上野駅をめぐる線路配線 今昔」p.51
  4. ^ a b c d 河出書房新社『日本鉄道会社の歴史』p.86
  5. ^ 「逓信省告示第174号」『官報』1907年3月25日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ ED40 10もここに展示されていたが、鉄道博物館での展示ためここから移動している。
  7. ^ 運転台への入室は不可。
  8. ^ 1986年2月3日廃車。
  9. ^ 上部淡緑色(淡緑5号)に下部黄色(黄1号
  10. ^ ジェー・アール・アール編『JR電車編成表』2017夏 ジェー・アール・アール、交通新聞社、2017年、p.64-67。ISBN 9784330787176
  11. ^ 当初は4月16日に運用を開始する予定だったが、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)によって運用開始が延期となった。
  12. ^ 2008年3月27日に長野総合車両センターから甲種輸送により到着。種車は元ウラ37編成のモハ209・208-76。(参考 - 交友社「鉄道ファン」2008年6月号 p.183 )

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度54分46.9秒 東経139度37分17秒 / 北緯35.913028度 東経139.62139度 / 35.913028; 139.62139