東京総合車両センター

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東京総合車両センター
東エリアの山手線留置線部
東エリアの山手線留置線部
鉄道事業者 東日本旅客鉄道
帰属組織 東京支社
所属略号 東トウ
整備済み車両略号 東京総合車セ、TK
電車配置両数 744両
合計配置両数 744両
備考 2013年4月1日現在のデータ

東京総合車両センター(とうきょうそうごうしゃりょうセンター)は、東京都品川区にある東日本旅客鉄道(JR東日本)の車両基地・車両工場である。同社東京支社の管轄。車両基地の山手電車区と車両工場の大井工場が合併して発足した。

組織体系[編集]

本区[編集]

東エリア[編集]

車両基地部分(旧・山手電車区)は東エリアと呼ばれる。(運転系統としての)山手線で使用されるすべての電車および試験車・事業用車が配置され、日夜定期検査や臨時修繕などが行われている。

地理的には旧大井工場の東側に位置し、東側は東海道本線に、南側は東急大井町線大井町駅に隣接している。大崎駅から入出区線により連絡している。

1967年に建設されたコンクリート製高架を備えた2階建て車両基地であり、階下「下収容線」に22線(1 - 22番線)、高架「上収容線」に23線(31 - 53番線)を備える[1]。1 - 4番線は修繕線であり、その内2・3番線は基地奥の修繕場に繋がり、修2・3番線と称する[1]。修2番線にはリフティングジャッキを[2]、修3番線には車輪転削装置を備える[3]。構内入替に使用される事業用車両(クモヤ143形)は1・4番線に留置されることが多い[2]。5 - 7番線は床下検査用のピット線、8 - 11番線は手洗いによる洗浄線、12番線以降は留置線となっている。

西エリア[編集]

車両工場部分(旧・大井工場)は西エリアと呼ばれる。国鉄時代から、東京地区の電車を専門に、検修・改造などを行っている。構内には御料車庫があり、歴代の皇室用客車が保管(名目上の配置は尾久車両センター)されている。また、各種旧型車両も保管されている(#保存車両を参照)。

現在、東京総合車両センターでは新系列車両(209系・E231系・E233系など)の大部分の検査を受け持っており、設備はこれらの車両のメンテナンスに最適な設備を有している。また、新系列車両は耐久性や耐摩耗性に優れていることから、新保全体系と称する従来の検査体系を簡略化した(各機器毎に検査周期を適正化した)検査体系を実施している。

西エリア内の最も西側には1997年(平成9年)11月に完成した「新系列車両検修西棟」が、東側には2004年(平成16年)12月に完成した「新系列車両検修東棟」が設けられている。これらの検修棟は各車両を1両ごとに分割することなく最大6両(西棟)または最大11両(東棟)とした在姿状態で台車や屋根上機器などの検査が可能な設備となっており、新系列車両を効率的に検査が行えるような設備となっている[4]

田町センター[編集]

2013年3月16日のダイヤ改正より、田町車両センターが廃止になり発足した。 田町車両センター時代の所属略号は、「東チタ」である。これは、東京支社を意味する「東」と、田町を意味する電報略号の「チタ」から構成される。

品川派出所[編集]

品川駅構内にある臨時検査の派出所である。本線営業列車で車両不具合があった場合に検修業務を行っている。

品川駅構内の留置線へは、品川駅からは内回りのみ入区することができる。出区の場合は田町駅へ一度回送され、内回りはそのまま据え付け、外回りは引き上げ線に引き上げたのち、外回りホームに据え付け、それぞれ田町駅始発となる。

なお、品川派出から出区する山手線電車の運行番号は70番台として区別されている(例:1472G列車)。

赤羽派出所[編集]

2007年4月1日に設置された赤羽駅構内にある臨時検査の派出所である。赤羽駅発着列車で車両不具合があった場合に検修業務を行う。業務内容は、車両故障発生時の現場出動と復旧・処置作業、湘南新宿ライン・宇都宮線・高崎線・京浜東北線などの新系列車両添乗による列車状態の把握である。

赤羽駅発着列車に東京総合車両センター所属車両は使われておらず、また近隣に尾久車両センターが所在するが、尾久では基本的に客車の車両基地である為、同じ東京支社管内にあると共に、赤羽駅発着列車使用車両を含む新系列車両の検査を担当している東京総合車両センターの出先機関となっている。東京支社管内での派出所設置は、品川駅・新宿駅・池袋駅・御茶ノ水駅・東京駅・上野駅に続いて7箇所目である。

池袋派出所[編集]

2008年12月14日に旧池袋運転区の検修業務のうち、池袋駅構内にある派出部門を引き継いだ。車両センターの派出所組織は品川駅・赤羽駅に次いで3カ所目である。

沿革[編集]

  • 東エリア
    • 1909年新宿電車庫品川派出所として品川駅構内に開設。
    • 1910年品川電車庫が開設。
    • 1936年品川電車区に名称変更。
    • 1964年:仮称「大崎電車区」として現在地にて着工。
    • 1967年4月3日:現在地に移転。「東洋随一」と謳われた二階建て電車基地が完成、一部使用開始。
    • 1968年10月:全面使用開始。
    • 1985年11月1日:運転士などの運転部門を品川運転区へ分離し、山手電車区に名称変更。略号は「南シナ」から「南ヤテ」に。
    • 1986年3月3日池袋電車区に配置されていた車両が転入、山手線の全車両の所属基地となる。
    • 1987年4月1日国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道東京圏運行本部の管轄となる。略号は「東ヤテ」に。
    • 2004年6月1日:大井工場と合併し「東京総合車両センター」に改称され、略号は「東トウ」に。旧山手電車区側は「東エリア」と呼ばれている。
  • 西エリア
    • 1871年:「新橋工場」として新橋に開設。
    • 1914年:電車の新造・修繕を開始。
    • 1915年:新橋駅から現在地に移転、大井工場と名称を変更。
    • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道に移管。
    • 2004年6月1日:山手電車区と合併し「東京総合車両センター」に改称、旧大井工場側は「西エリア」と呼ばれている。

所属車両の車体に記される略号[編集]

東京総合車両センター 所属略号
  • 東トウ」…2004年6月1日以降(東京支社を意味する「東」と、東京を意味する「トウ」)
  • 東ヤテ」…1987年4月1日以降(東京地域本社→東京支社を意味する「東」と、山手を意味する「ヤテ」)
  • 南ヤテ」…1985年11月1日以降(東京南鉄道管理局を示す「南」と山手を意味する「ヤテ」)
  • 南シナ」…1969年3月1日以降(東京南鉄道管理局を示す「南」と、品川を意味する「シナ」)
  • 東シナ」…開設時(東京鉄道管理局を示す「東」と、品川を意味する「シナ」)

整備済み車両の車体に記される略号[編集]

東京総合車セ」または「TK」。大井工場時代は「大井工」「OY」であった。

所属車両[編集]

2013年4月1日現在の所属車両は以下の通り[5][6]

電車 気動車 機関車 客車 貨車 合計
744両 0両 0両 0両 0両 744両
E231系500番台
  • E231系電車(572両)
    • 500番台11両編成52本(501 - 552編成)が所属している。
      • 500番台は山手線で運用されている車両。
        2011年8月31日までは7号車と10号車に6扉車のサハE230形500番台が組み込まれていたが、2010年2月より4扉車のサハE231形600・4600番台への交換が始まり、2011年9月1日に最後となる501編成の組成変更が行なわれ6扉車は同月中に全車廃車となった。
  • 193系電車(2両)
    • 事業用の電気検測試験車。2両編成1本が所属しているが、保留車となっている。
  • 211系電車(166両)
    • かつて東海道線で使用されていた編成であり現在はすべて保留車である。2013年3月16日ダイヤ改正に伴い元々配置されていた田町車両センター廃止のため転入した。
    • 付属編成は基本編成の東京方に連結され最大15両編成を組んでいたほか、付属編成のみでの単独運転の列車もあった。
    • 1986年から1991年にかけて新製配置され、東海道線東京 - 島田間や伊東線で運用された。2011年11月からE233系への置き換えが進められ、2012年4月23日に定期運用を終了した。
    • 実際は東京総合車両センターに置かれてはおらず、基本10連・付属5連の編成は尾久車両センターなどに疎開留置されており、付随車を抜いて6両および4両となった編成は青森車両センター新潟車両センター下新田信号場などの各車両基地や北長野駅豊野駅酒田駅などに疎開留置されている[7]
  • 157系電車(1両)
    • 157系は当センターにのみの配置で、2013年現在は貴賓車「クロ157-1」のみが残る。2013年3月16日ダイヤ改正に伴い田町車両センター廃止のため転入し、御料車庫に保管されている。1993年以来使用されていない。
    • クロ157-1は運行時には185系に挟まれて使用され、車体の塗装も1985年に185系に合わせて変更されている。

過去の所属車両[編集]

  • 205系電車
    • 103系電車の後継車両で、山手線の主力となっていた。
    • 最後まで在籍していたのは2両(サハ205-45とサハ205-60)で、2010年3月に解体された。
  • E231系電車0番台(10両)
    • B27編成のみが在籍していた。0番台は元中央・総武緩行線用として三鷹車両センターに配置されていた車両で、付随車を抜いた制御車(クハ)・電動車(モハ)6両のみが使用されていた。用途は新津車両製作所で製造された山手線用4扉サハE231形の試運転・配給輸送と、廃車になるサハE230形(6扉車)の長野総合車両センターへの廃車配給輸送で、車両の中間に対象となるサハを4両組み込んで使用する。帯色は従来の黄帯のままであった。6扉車の置き換え完了に伴い再び三鷹車両センターへ転出した。

修繕担当車両[編集]

2013年3月現在の修繕担当車両は次の通り。

入換動車[編集]

旧クモユニ143-2(2007年夏の一般公開時に撮影) 旧クモハ101-170「たんぽぽ」(2006年夏の一般公開時に撮影)
旧クモユニ143-2(2007年夏の一般公開時に撮影)
旧クモハ101-170「たんぽぽ」(2006年夏の一般公開時に撮影)

車籍のない入換動車として、下記の車両が使用されていた。

  • クモユニ143形
    旧クモユニ143-2が塗色変更のうえで使用されていたが、2010年2月に当センター内にて解体された。
  • 101系
    2両編成1本(旧クモハ101-170+旧クモハ100-802)が、車体短縮改造・塗色変更され、「たんぽぽ」という愛称で入換に使用された。2両で17m級電車2両に相当する車体長とするため、旧クモハ100-802は車体が6m短縮されていた。2008年に当センター内で解体され、現存していない。
  • クモニ13形
    所謂40系の17m版であるクモニ13007(車籍なし)が使用されていたが、後継車両の導入後は下記のクモハ12形などと同様に保管状態となっていた。長期にわたる野外留置で車体の腐食が進行し、雨樋なども外れ落ちてしまっていたが、2010年2月に解体されたため現存しない。

保存車両[編集]

クモハ101-902(2005年夏の一般公開時に撮影)
クハ901-1(=後のクハ209-901。2010年夏の一般公開時に撮影)
  • クモハ101-902
    • 国鉄電車のエポックとなった101系の試作車。1957年に大井工場で製造された車両であることから、廃車後は大井工場(西エリア)の正門付近に静態保存されていた。こちらも2007年に鉄道博物館に収蔵・展示されている。
  • マイテ39 11
    • 1930年に大井工場で製造された展望車。青梅鉄道公園で保存されていたが、1987年に搬入され、補修ののち、保管された。こちらも2007年に鉄道博物館に収蔵・展示されている。
  • クモハ12052・12053
    • 1996年まで鶴見線で運用されていた両運転台化改造車である。鶴見線での運用終了後、中原電車区に車籍を残したまま当所(当時は大井工場)の西エリアで保管されていた。クモハ12052については車体を整備し引き続き当所で保管されているが、クモハ12053については2010年2月下旬に解体された。
  • クモヤ90801
    • クモハ12形やクモニ13形などと同様、西エリアで保管されていたが、2010年2月下旬に解体された。
  • クハ209-901
    • JR東日本における「新系列車両」のルーツ。1992年に川崎重工業で落成し、2007年まで営業運転を行っていた。鉄道博物館に収蔵・展示されているクモハ101-902がかつて置かれていた場所に保存されている。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 鉄道ジャーナル』2013年12月号、鉄道ジャーナル社、2013年、p.25
  2. ^ a b 鉄道ジャーナル』2013年12月号、鉄道ジャーナル社、2013年、p.28
  3. ^ 鉄道ジャーナル』2013年12月号、鉄道ジャーナル社、2013年、p.30
  4. ^ 鉄道ジャーナル』2013年12月号、鉄道ジャーナル社、2013年、p.40
  5. ^ 交友社鉄道ファン』2013年7月号「JR旅客会社の車両配置表」
  6. ^ 交通新聞社『JR電車編成表 2013夏』
  7. ^ 疎開留置場所から移動する場合もある。ここで記載の主な留置場所は2012年4月1日現在のデータである

関連項目[編集]