鎌倉車両センター

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鎌倉車両センター
基本情報
日本の旗 日本
鉄道事業者 東日本旅客鉄道
帰属組織 横浜支社
所属略号 横クラ
配置両数
電車 1,101両
合計 1,101両
備考 2016年10月1日現在のデータ[1][2]
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鎌倉車両センター(かまくらしゃりょうセンター)は、神奈川県にある東日本旅客鉄道(JR東日本)横浜支社車両基地である。

概要[編集]

元々は大船電車区として発足したが、車両基地および検修部門が大船工場と組織統合され、「鎌倉総合車両所」→「鎌倉総合車両センター」となっていた。統合後は、神奈川県道304号腰越大船線および柏尾川を挟み、車両基地側を「長島地区」、車両工場を「深沢地区」と呼んで区別していた。その後工場機能が廃止され、長島地区が鎌倉車両センターとなった。

組織体系[編集]

本区[編集]

本区の敷地は鎌倉市山崎と藤沢市小塚に跨っている。主な業務は仕業検査交番検査である。大船駅から直接入出区することが可能で、入出区線を大船駅から東海道本線に沿い、柏尾川を渡った先にある。深沢地区(大船工場)とは敷地が離れているため、車両の直接の行き来はできず、大船駅構内で2回スイッチバックする必要があった。

東神奈川派出所[編集]

鎌倉車両センター東神奈川派出所(かまくらしゃりょうセンターひがしかながわはしゅつじょ)は、横浜市神奈川区にある東日本旅客鉄道(JR東日本)の車両基地である。構内には電留線が8本あり、京浜東北線横浜線の車両が留置される。

元々は運転士も所属する東神奈川電車区であったが、組織改正を経て現在に至っている。

橋本派出所[編集]

鎌倉車両センター橋本派出所(かまくらしゃりょうセンターはしもとはしゅつじょ)は、相模原市緑区にある東日本旅客鉄道(JR東日本)の車両基地である。橋本駅の相模原寄りにあり、横浜線の車両が留置される。国鉄のグラウンドとして使用していた敷地に1974年12月ごろ建設された。元々は豊田電車区の所属であったが、横浜支社発足の際に大船電車区に移管となった。

かつては、橋本駅と派出所の間に踏切が存在し、横浜線・相模線の通過と派出所の入出区列車によって「開かずの踏切」と称され、同駅周辺の道路混雑を招く結果となった。後に道路を地下化することによる立体交差化が行われたため、解消されている。

構内には電留線が11本あり、88両を収容することができる。修繕線はなく、交番検査線が2本、洗浄線が1本ある。作業線では日常、検査科による検査や車内清掃などが行われる。

磯子派出所[編集]

鎌倉車両センター磯子派出所(かまくらしゃりょうセンターいそごはしゅつじょ)は、横浜市磯子区にある東日本旅客鉄道(JR東日本)の車両基地である。磯子駅の北東側にあり、11本の留置線がある。

配置車両の車体に記される略号[編集]

横クラ」…横浜支社を意味する「横」と、鎌倉を意味する「クラ」から構成される。

  • 大船電車区時代
    日本国有鉄道(国鉄)東京鉄道管理局「東フナ」→国鉄東京南鉄道管理局「南フナ」→JR東日本東京地域本社「東フナ」→JR東日本横浜支社「横フナ
  • 鎌倉総合車両所、鎌倉総合車両センター時代
    JR東日本横浜支社「横クラ

配置車両[編集]

2016年10月1日現在の配置車両は以下の通り[1][2]。JR東日本の車両基地としては最も配置車両数が多く、唯一1,000両を超えている。

電車 気動車 機関車 客車 貨車 合計
1,101両 0両 0両 0両 0両 1,101両
  • E233系電車(224両)
    • 6000番台で、8両編成 (TcMM'TMM'TTc') 28本が配置されている。2014年2月から、横浜線の205系の置き換え用として順次導入されている。なお、2014年8月20日までに予定されていた全28本が配置されている[3]
    • 横浜線各駅停車快速で運用される。
    • 拡幅車体で定員は205系より約1割増加するため、6扉車は連結されない。

過去の配置車両[編集]

  • 30系電車
    • 元モハ30形の牽引車クモヤ22114・115の2両が配置されていたが、国鉄末期の1987年に廃車。
  • 31系電車
    • 大船電車区開設当初に転入した横須賀線用車両にサロ15000・001(旧サロ37形)が含まれていた。1964年サハ格下げの上、宇都宮運転所に転出。
    • 1960年代の一時期、クモハ12050が配置され、牽引車代用として使用されていた。
    • 1978年にクモハ12051が転入。牽引車代用として使用されたが1986年廃車。
    • コンテナ積載電車の試作車クモヤ22000が牽引車代用として配置されていたが1972年廃車。
  • 32系電車
    • 大船電車区開設当初に転入した横須賀線用車両に5両のサロ45形、2両のクハ47形(サハ48からの改造編入車)、2両のサハ48形が含まれていた。
    • サロ45形は1965年までにサハ格下げの上で身延線、飯田線に転出。
    • クハ47形は2両とも1963年に3扉化改造を受けクハ68210番台となったが、1964年、長岡第二機関区(信越本線用)に転出。
    • サハ48形は2両とも1964年に岡山運転区(宇野・赤穂線用)に転出。
  • 40系電車
    • 1960年代から牽引車代用および大船電車区 - 大船間の職員輸送用としてクモハ40形が配置されていたが、入れ替わりが激しかった。
    • 当初配置された067・077はそれぞれ宇部・小野田線と大糸線に転出。
    • 1979年には054・059・071・074の4両が配置されていたが、054・074は同年10月の国府津運転所開設に伴い同所に転出。
    • 残った059・071が1983年に廃車になるまで職員輸送に使用されていた。
    • 国府津に転出した054・074はJR東日本に継承(074は一旦廃車後車籍復帰)され、職員輸送やイベント用に使用されていたが、現在はそれぞれ青梅鉄道公園と大宮の鉄道博物館で保存されている。
  • 42系電車
    • 大船電車区開設当初に転入した横須賀線用車両に5両のクモハ43形、5両のクモハ53形、6両の流電および合の子流電中間車のサハ48形(サロハ66形からの改造編入車を含む)が含まれていた。
    • いずれも1963年から64年にかけて3扉化改造を受け、それぞれクモハ43形→クモハ51200番台、クモハ53形→クモハ50形、サハ48形→サハ58形と改称されたが、クモハ51200番台、クモハ50形は鶴見事故の被災車50006を除いて1966年までに大糸線、飯田線、宇野・赤穂線等に転出。サハ58形は1966年までに全車宇野・赤穂線に転出した。
    • 鶴見事故の被災車クモハ50006は、同形式の最初の落成車として1963年10月15日に竣工したが、1か月も経たない同年11月9日に鶴見事故に遭遇し大破。同形式で2番目に落成したクモハ50000は1963年11月19日竣工であったため、同形式5両が揃って活躍した期間というのは存在しない。ただし、50006の車籍は1964年9月8日まで残されていた。
  • 50系電車
    • 元クハ65形の救援車クエ28000が配置されていたが、1979年に三鷹電車区に転出した。
  • 72系電車
    • 横須賀線の車両不足対策として、1960年代の一時期モハ72形が3両配置されていたが、比較的短期間で転出した。
    • SM分離運転開始に先立つ訓練運転用として1979年にクモハユ74形3両 (001 - 003) が転入。訓練運転終了後の1980年に001・002の2両は廃車となった。
    • 残ったクモハユ74003は牽引車代用として使用されたが、1981年に廃車。
    • 横須賀線荷電用としてクモニ83008・804・805の3両が配置されたが、83008・804は1978年に長岡運転所に転出。代替として同年、クモユニ74105・106が転入したが、翌1979年には83805を含む3両とも田町電車区に転出した。
    • その後、1980年に83805が再転入し牽引車代用として1987年まで使用されたが、同年、クヤ497-1に改造され転出した。
    • 牽引車としてクモヤ90022が配置されていたが、1979年国府津運転所の開設に伴い、同所に転出。
    • その後、廃車となった職員輸送車クモハ40059・071の代替としてクモヤ90000・001が1983年に転入。国鉄末期の1987年に廃車となるまで職員輸送に活躍した。
  • 70系電車
    • 大船電車区開設当初に転入した横須賀線用車両の中心を占める存在で、最多時にはモハ70形、クハ76形、サロ75形併せて150両以上が配置されたが、鶴見事故で被災し廃車となった3両を除き1968年までに全車地方線区へ転出した。
  • 80系電車
    • 大船電車区開設当初に転入したのは70系編成に混用されたスカ色のサロ85形で、最多時には11両が配置されていたが、70系同様、1968年までに2等車格下げの上、地方線区に転用された。
    • 1961年にはクモユニ81形が転入しているが、一時的なもので、翌1962年には転出している。
    • 同様に1962年には湘南電車に使用されていた編成単位の80系が転入しているが、やはり翌1963年には静岡運転所等に転出している。
  • 253系電車
    • 初代「成田エクスプレス」用の車両で、E259系の導入により全車が「成田エクスプレス」から引退し、多くの車両が廃車となった。
    • 登場当初は3両編成のみであったが、後の増備により基本編成が6両編成になり、付属編成の3両編成とともに使用された。
    • E259系への置き換え後は、6両編成2本が1000番台へ改造されて大宮総合車両センターへ転属、東武鉄道直通特急「日光」などで使用されている。このほか、3両編成2本が長野電鉄に譲渡された。
  • 205系電車
    • 2014年(平成26年)2月から横浜線に前述のE233系電車が投入され、同年8月中に営業運転を終了している。
    • 8両編成 (TcMM'TMM'T'Tc') 配置されていた。2009年(平成21年)に京葉車両センターから転入した1本を除き、2号車は6扉のサハ204形 (T') である。
    • 横浜支社の発足に伴い、1996年(平成8年)12月に蒲田電車区から移管された。

夜間留置[編集]

歴史[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 交友社鉄道ファン』2016年7月号 「JR旅客会社の車両配置表」
  2. ^ a b ジェー・アール・アール編『JR電車編成表』2017冬 ジェー・アール・アール、交通新聞社、2016年、p.86-90。ISBN 9784330737164
  3. ^ 鉄道ジャーナル社「鉄道ジャーナル」2014年12月号「車両基地」記事。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度20分29.4秒 東経139度30分59.2秒 / 北緯35.341500度 東経139.516444度 / 35.341500; 139.516444