やすらぎ (鉄道車両)

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国鉄12系客車 > やすらぎ (鉄道車両)
くつろぎ やすらぎ
くつろぎ
やすらぎ

やすらぎは、日本国有鉄道(国鉄)・東日本旅客鉄道(JR東日本)が1986年から2001年まで保有していた鉄道車両(和式客車)で、ジョイフルトレインと呼ばれる車両の一種である。

本項では、1983年から1999年まで国鉄・JR東日本に在籍していた和式客車の「くつろぎ」についても記述する。

概要[編集]

くつろぎ[編集]

国鉄高崎鉄道管理局1983年に登場させた、車内をお座敷にした和式客車である。いずれの車両も12系客車より改造されており、両端の車両はスロフ12形800番台、中間の車両はオロ12形800番台である。改造は幡生工場が担当した。

各車の愛称は、上州地区の山の名前から採られている。全車両がグリーン車扱いである。

  • 1号車 スロフ12 822(旧スハフ12 109)「赤城
  • 2号車 オロ12 841(旧オハ12 170)「榛名
  • 3号車 オロ12 843(旧オハ12 175)「妙義」- サロン室
  • 4号車 オロ12 842(旧オハ12 176)「浅間」- サロン室
  • 5号車 オロ12 844(旧オハ12 177)「秩父
  • 6号車 スロフ12 821(旧スハフ12 108)「男体

外部塗装デザインは、青20号をベースカラーとし、クリーム10号の帯を幅325mmで1本入れている。

1号車と6号車を除き、便所・洗面所のない側の出入台(デッキ)は閉鎖している。また、3号車と4号車については客室の一部を衝立とアコーディオンカーテンで仕切った上でサロン室とし、この部分の側面窓は横長の固定窓とした。サロン室にはソファーとテーブルを置き、この箇所は化粧板や照明も洋風とした。

それ以外の車両については客室の一端に床の間を設けている。

増備の背景[編集]

「くつろぎ」は、高崎地区を中心とした団体専用列車に運用されていたが、和式客車の需要増加に伴い、1編成では対応しきれなくなった。そこで、和式客車を増備することになり、登場したのが「やすらぎ」である。

車両[編集]

「くつろぎ」同様、いずれの車両も12系客車より改造されており、両端の車両はスロフ12形800番台、中間の車両はオロ12形800番台である。改造は大宮工場が担当した。各車の愛称は、上州地区の川の名前から採られている。全車両がグリーン車扱いである。

  • 1号車 スロフ12 827(旧スハフ12 130) 「神流」- 定員28人・展望サロン
  • 2号車 オロ12 853(旧オハ12 319)「荒川」- 定員36人・サロン室
  • 3号車 オロ12 854(旧オハ12 320)「利根」- 定員36人・サロン室
  • 4号車 オロ12 855(旧オハ12 321)「吾妻」- 定員36人・サロン室
  • 5号車 オロ12 856(旧オハ12 322)「渡良瀬」- 定員36人・サロン室
  • 6号車 スロフ12 828(旧スハフ12 131)「碓氷」- 定員28人・展望サロン

コンセプト・デザイン[編集]

「やすらぎ」専用色となったEF60 19

これまでの和式客車のイメージから脱却し、年代層を問わず広く楽しめる車両とするため、和洋折衷タイプにすることにより、広い年代層の利用を考慮した車両とした。このため、和式客車でありながら洋風のイメージを取り込んだ和洋折衷デザインとすることになり、編成両端には展望サロンを設置することとしたが、既に登場している「江戸」とは一線を画す車両とすることを目標とした。

外部塗装デザインは、クリーム10号をベースカラーとし、青20号赤11号の帯を入れることで、車両の特異性を強調している。

なお、専用機関車としてEF60 19が「やすらぎ」と同色のデザインとなった。

客室[編集]

「やすらぎ」では、お座敷に掘り炬燵構造を採用したが、全面畳敷きにすることも可能な構造としたため、畳の一部は裏側をテーブルとして使用が可能な構造とした。各車両にはビデオプロジェクターとCDカラオケ装置を設置したが、プロジェクター直前の天井灯具については、ビデオが写ると同時に消灯する構造とした。客室内のスピーカーについては、荷物棚にBOSE製のモニタースピーカーを設置した。

車内の出入口引き戸については、全て新幹線0系の廃車発生品を使用した自動ドアに変更したほか、給茶機も全車両に設置した。

先頭車[編集]

両端の1号車と6号車が該当する。

スハフ12形の乗務員室を編成内側に向け、便所・洗面所を撤去した上で車端部から5.85m分を展望室とした。この展望室の中央部の妻窓は幅2m・高さ1.47mという大きな1枚ガラスとしたほか、展望室側面の窓も幅1.53mの窓と幅1.3mの窓2枚(高さはいずれも1.27m)を配置した。これにより、既に登場している「サロンエクスプレス東京」や「江戸」と比較しても遜色のない視界を確保した。展望室にはソファーを11席配し、この区画については完全な洋風とした。

なお、展望室の一角には推進運転のための機器を設置した。展望室の妻窓にはワイパーを設置し、室内側にはデフロスター(くもり取り装置)も装備されており、推進運転時の視界を確保している。

中間車[編集]

中間の2号車から5号車までが該当する。

オハ12形の便所・洗面所側の出入台を残し、反対側のデッキは扉を埋めた上で、サロン室を設けた。 このサロン室は、「くつろぎ」で3号車と4号車設けられたものと同様の設備であるが、「やすらぎ」では中間車全車両に設置された。客室の一部を衝立とで仕切り、通路とはカーテンで仕切ることも可能である。この部分の側面窓は幅2mの固定窓となり、サロン室にソファーとテーブルを置いたのも「くつろぎ」と同様である。

沿革[編集]

EF64 1001に牽引される「くつろぎ」

「やすらぎ」が登場した後の1987年3月、「くつろぎ」は茶色をベースに金色と白の帯を入れたカラーリングに変更された[1]。客室扉脇の白線部分には「1」の一等車を示す文字が入れられた。「やすらぎ」とは違い、特に専用牽引機は指定されていないが、EF55 1の補機役を兼ねて茶色と白帯を配した塗装となったEF64 1001による牽引が慣例となっていた。

大口団体のある際には2編成を連結した12両編成のほか、「やすらぎ」4両と「くつろぎ」4両の8両編成[2]や「くつろぎ」のうち3両を「やすらぎ」と連結して運用することもあった[3]

特筆すべき運用としては、上信電鉄上信線への乗り入れが挙げられる。1984年4月18日には上州富岡駅からの団体輸送に「くつろぎ」使用され、デキ1形電気機関車重連に牽引された。その後、1992年秋には「やすらぎ」が3-4両編成に短縮の上乗り入れを行なっている。また、「くつろぎ」は秩父鉄道へ乗り入れた事が何度かあり、主にデキ500形が牽引した。

碓氷峠鉄道文化むら構内で休憩所として使用されている「くつろぎ」 わたらせ渓谷鐵道「サロン・ド・わたらせ」(元「やすらぎ」)
碓氷峠鉄道文化むら構内で休憩所として使用されている「くつろぎ」
わたらせ渓谷鐵道「サロン・ド・わたらせ」(元「やすらぎ」)

老朽化のため、1999年9月29日限りで「くつろぎ」が運用から離脱し廃車となった。1号車と2号車が碓氷峠鉄道文化むら構内で休憩所として使用されている。また、「やすらぎ」も2001年3月31日限りで運用を離れた[4]が、わたらせ渓谷鐵道に譲渡され、1号車(スロフ12 828)・2号車(オロ12 855?)・6号車(スロフ12 827)が「サロン・ド・わたらせ」わ01形 (828, 855, 827)として、同鉄道の団体専用列車に使用されていたが、これも老朽化のため廃車とされ、いずれも2009年9月と2010年1月にすべてオークションにかけて売却された。わ01-828とわ01-827は桐生市内の昆虫販売店で利用され、わ01-855はみなかみ町の個人が買い取り、レールバスとともに保存している。また、わたらせ渓谷鐵道に譲渡されたものの入籍されなかった「やすらぎ」の3号車(オロ12 854)は、群馬県安中市で料理店として活用され、4号車(オロ12 855)は2分割され、片方が栃木市内の施設で利用されている。オロ12 855の残り半分は栃木市内に放置されていたが、その後は行方不明となっている。

これら「くつろぎ」ならびに「やすらぎ」の後継車両として、485系電車を種車とした「やまなみ」と「せせらぎ」が改造製作された。

注記[編集]

  1. ^ 鉄道ジャーナル』第21巻第10号、鉄道ジャーナル社、1987年8月、 121頁。
  2. ^ 鉄道ファン通巻316号。
  3. ^ 鉄道ダイヤ情報通巻141号p79の輸送番号「高東1201」。
  4. ^ 、2001、「RAILWAY TOPICS - お座敷客車「やすらぎ」が3月に引退」、『鉄道ジャーナル』(通巻414号)、鉄道ジャーナル社、2001年4月 p. 91

参考文献[編集]

  • 鉄道ファン通巻271号(1983年11月号)
  • 鉄道ファン通巻303号(1986年7月号)