国鉄DD16形ディーゼル機関車

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国鉄DD16形ディーゼル機関車
DD16 11号機
DD16 11号機
基本情報
運用者 日本国有鉄道
製造年 1971年 - 1975年
製造数 65両
主要諸元
軸配置 B-B
軌間 1,067 mm
全長 11,840 mm
全幅 2,805 mm
全高 3,925 mm
機関車重量 48.0 t
台車 DT113H
軸重 12.0 t
動力伝達方式 液体式
機関 V型12気筒ディーゼル機関
61,070cc
DML61S / DML61Z
変速機 DW2A
最高運転速度 75 km/h
定格出力 800ps / 1,330rpm
最大引張力 14,400 kgf
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DD16形ディーゼル機関車(DD16がたディーゼルきかんしゃ)は、1971年に登場した日本国有鉄道(国鉄)の小型液体式ディーゼル機関車である。

製造の背景[編集]

当時、国鉄はディーゼル機関車による無煙化を進めていた。しかし、軌道構造の弱いローカル線簡易線)では軸重が12tに制限されているので、DD13形DE10形は入線できないか、たとえ入線できても大幅な速度制限を受けたため、蒸気機関車C12形C56形が依然として運用される結果になった。そこで、これらの線区に残存した蒸気機関車の置き換え用として、簡易線向け設計のDD16形が開発されることになった。

1971年から1975年にかけて国鉄長野工場(現・長野総合車両センター)・日本車輌製造川崎重工業[1]65両が製造された。

構造[編集]

DT113H形台車

車体はDE10形をさらに短くしたような凸型の外観をしている。エンジンを搭載する側のボンネットが長く、運転室が中心からずれたセミセンターキャブのデザインとし、車体や台車等の軽量化によって運転整備重量48t(軸重12t)を実現している。

車両の一端に大型のエンジンを載せているが、その反対側に重量物を設置してバランスを取ることができないため、運転室を車端に寄せるとともにその床下に燃料タンクを配置し、短いほうのボンネットの中は機器室として機関予熱器、蓄電池箱、制御器箱などを収めて軸重不均衡への対策としている。

台車はDD13形85号以降で用いられたDT113を軽量化したDT113Hを採用した。エンジンは出力不足の初期不調が相次いだDD51形1-19号機に搭載されていたエンジンを載せ替えて余った狭幅クランク軸受けのDML61S機関の出力を1,000psから800psに落とした上で再活用、またはDD51形20号機以降と同じインタークーラー付のDML61Z機関の出力を1,100psから800psに落とした上で搭載している。液体変速機はDD51形と同じDW2Aであるが、使用線区の最高速度等の面から減速比を大きくして搭載した。DW2Aは出力軸を1方向または2方向に出すことが選択可能な設計[2]で、DD51形ではこのうち1軸を使用し1台車を駆動、本形式では2軸を使用し2台車を駆動する。なお本形式開発担当者によれば[2]、本形式にDD51形の改造発生品のDML61Sを流用することを指示したのはディーゼル車両の技術者で後にJR九州初代社長となる石井幸孝である。

なお、投入路線の輸送規模や運用形態も勘案して非重連仕様とされ、簡易線の旅客列車は気動車に置き換えられていたことから基本的には旅客列車での使用は考慮せず、列車暖房用蒸気発生装置 (SG) も搭載されていない。空気ブレーキ装置はセルフラップ式でDE10形とほとんど同じであるが、非重連形であるので、重連用の機器を取り外して使用している。2基ある運転席はDE10形をモデルとした左側マスコンハンドル、右側ブレーキハンドルの操作系であるが、ローカル線での長時間運行も考慮して、操作卓左側が途中から45度手前に折れ曲がった準L字形の本線入換折衷型ともいえる運転台を採用し、乗務員が前方を向きやすいような配慮がなされている。

このDD16形の設計上の特色は、搭載されている機器がDD51形、DD13形、DE10形等と同一のものか、もしくは使用されているものを多少改造して搭載しており、DD16形専用に開発されたものがほとんどないことである。これは、既存の使用実績のある機器を採用することによって製造費の低減化や部品共通化、保守共通化による保守費の抑制を目論むとともに、現場へ導入をもしやすくしたものである(当時、国鉄当局と労働組合の対立が問題化し、新形式導入は労働の増加を意味し、労組側は反対するということで新機種の導入がしづらかった背景がある。例:DE50形

製造番台の区分[編集]

0番台[編集]

鹿児島運転所の62号機(1998年)

1971年から1974年にかけて65両が製造された。製造は7次にわたり、その都度各部にモデルチェンジが行われている。日本全国に配置されたため、DD51形やDE10形同様に寒地向け・暖地向けで仕様に相違点がある。

1号機と2号機は国鉄長野工場で製造されたが、国鉄工場で機関車が製造されるのは実に30年ぶりで戦後初、ディーゼル機関車としては初めてのことであった。運転整備重量は50t(軸重12.5t)である。昭和46年度第3次債務車の11号機以降は、設計変更により運転整備重量が48t(軸重12t)で落成した。昭和48年度第1次債務車の25号機以降は車両番号表記が切り抜き文字からナンバープレートに変更された。

11号機のみが現存する。

300番台[編集]

大糸線で運用される303号機(1991年)

1979年から1983年にかけて、飯山線および大糸線用として、2・5・4・13号の4両が両端に脱着式の単線ラッセル式除雪ヘッドを取り付け可能なタイプに改造され、それぞれ301 - 304号として300番台に区分された。ラッセルヘッドは、DD15形のようにラッセル装置を機関車本体に取り付けると軸重が過大となり、またDE15形の着脱式ラッセルヘッドも軸重が13tと簡易線乗り入れ規格を上回っていたため、ラッセル車キ100形を近代化させたような新設計のボギー式ラッセルヘッド車両を別途製作し、これを機関車本体の前後に連結する方式を採用した。これにより、全長は約36mにも達する。なお、300番台への改造に際し、ラッセルヘッドから機関車本体を遠隔制御するための改造もあわせて行われ、車端部に制御回路を引き通すジャンパ栓が増設された。

この300番台は用途の特殊性から2009年4月1日時点では4両すべてが現存していたが、301は2010年8月19日付[3]で、302は2009年7月1日付でそれぞれ廃車。303は2009年11月25日付で機関車本体のみ八戸臨海鉄道に転籍した。

最後まで現存したのは、富山地域鉄道部富山運転センター所属の304号機(糸魚川運転センター常駐)であった。304号機は単線仕様であり、複線化した線路を除雪することはできない。そのため大糸線糸魚川駅 - 南小谷駅間の除雪を担当している。前日の気象情報で降雪予報が発表されると糸魚川駅 - 南小谷駅間の35.3kmを1往復運転していた。304号機は2015年をもって廃車となり、同年8月に津山まなびの鉄道館に収蔵された[4]

運用[編集]

投入時はC12形、C11形やC56形を置き換え、地方ローカル線の無煙化に貢献したが、1970年代後半から国鉄ではローカル線の貨物輸送廃止を推し進めたため、次第に使用線区も減少していった。そして昭和59年ダイヤ改正以降から、本形式しか入線できない簡易線規格のローカル線の多くが廃線となったため、用途を失ってしまった。また、入換などについても軽軸重仕様が仇となって入換用機関車と比較すると空転しやすい(重量のある貨物列車を引っ張るので入れ替えでは軸重の重いほうが有利になる)上に、操車場自体の縮小および廃止が進められたため、他のディーゼル機関車と同様に大半の車両が国鉄分割民営化前に寿命を残したまま廃車となり、JRへの承継は北海道旅客鉄道(JR北海道)1両、東日本旅客鉄道(JR東日本)4両、西日本旅客鉄道(JR西日本)3両、九州旅客鉄道(JR九州)2両の10両のみであった。一部、無車籍の入換動車となったものもある。

2018年7月現在、車籍のある車両はJR東日本長野総合車両センター所属の11号機のみとなっている[5]。工事列車や臨時列車の牽引に使用されているが、近年は稼働率が低下している。

廃車後[編集]

小倉工場[編集]

JR九州小倉総合車両センターで43号機が工場内の入換動車として使用されていたが、2018年に解体され消滅。車籍はなかった。以前は42号機も使用されていたが、こちらはDE10形に置き換えられた。

大宮総合車両センター[編集]

大宮総合車両センターで使われていた36号機(1994年8月)

JR東日本大宮総合車両センターで、20号機と36号機が工場内の入換動車として使用されていたが、現存しない。塗装は国鉄色の橙色を青に変更したような色であった。車籍は抹消されており、本線上を走行することはできない工場内専用の機械扱いであった。なお、2両とも度々塗色が変更されており、以前は「北斗星」色や「夢空間」色だったことがある。

台湾高速鉄道[編集]

台湾で建設が進められていた台湾高速鉄道(2007年3月2日正式開業)の工事および燕巣総合車両工場での入換用として、上記の大宮総合車両センターで使用されていた20号機が車両番号を変更されることなく譲渡され使用されている。軌間は標準軌に改軌され、車両牽引のため中間連結器を常時装備している。塗装は国鉄色に変更されているが、DE10と同様にボンネット側面に白帯が回っている(一般的なDD16形はボンネット側面の白帯を省略している)。

鉄道総合技術研究所[編集]

鉄道総合技術研究所では国立研究所内で実験・試験を実施する際の車両移動用入換機として7号機が使用されていた。綺麗な状態に整備されており、毎年10月に地元と共同で開催される平兵衛まつりで公開されることもあった。2012年に若桜鉄道に譲渡された[6]

八戸臨海鉄道[編集]

2009年にJR東日本長野総合車両センターに所属していた303号機が譲渡され、車号も変更されることなく貨物列車牽引に使用されている。

若桜鉄道[編集]

2012年に鉄道総合技術研究所より7号機が譲渡され、陸送により若桜駅構内に搬入された。同所に保存されている蒸気機関車C12 167とともに、地域振興の目玉として位置付けられている。走行可能な状態に整備されており、イベント時や運転体験開催時に駅構内を走行することがある。当車にはDML61Z機関とインタークーラーが搭載されている写真がある[2]

保存機[編集]

専用線の同型機[編集]

日本製紙岩国工場DD521(2009年3月)

入換用として、DD16形の同型機を使用している工場や専用線が存在する。

  • DD521
日本製紙岩国工場専用線にて入換運用に充当されている。1976年川崎重工業製(製造番号4011)[7]。車体はDD16形に酷似しているが、運転整備重量は52t(軸重13t)で運転台も3位側にしか設置されていないなど一部仕様に相違点がある。ラサ工業宮古工場にてDD5201として使用後、高崎運輸(熊谷倉賀野)を経て、1999年より現在の所属となった。


  • DS-6
電気化学工業DS-6(2008年10月)
電気化学工業青海工場専用鉄道にて原料や製品の運搬に充当されている[8]。国鉄DD16形の最終増備車落成から約6年後の1980年に川崎重工業で製作された(製造番号4082)[7]55t機。側面の放熱器カバーはDD16形の初期の車両と同様の形態である。また、冷房装置が運転室に設置され[7]、1 - 3位側(機関士が着席する側)の側窓のみ3連窓が2連窓化されているほか、1990年代後半以降に後位側の排気筒が撤去されている[8][9]。同工場製品のセメントや化学品を北陸本線青海駅まで運搬する運用と、原料の石灰石を鉱山から工場まで運搬する運用があり、2008年3月の定期貨物列車運行終了後は主に後者に充当されていた。2018年4月に同工場での運用を終え、横浜港へ陸送の後、タイへ輸出された[10]


脚注[編集]

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  1. ^ 沖田祐作 編『機関車表 国鉄編II 電気機関車・内燃機関車の部』(ネコ・パブリッシング RailMagazine 2008年10月号(No.301)付録CD-ROM)
  2. ^ a b c イカロス出版 季刊Jトレインvol.64(2016年11月)
  3. ^ 交通新聞社『JR電車編成表2011冬』 349p
  4. ^ Facebook晴れの国おかやま鉄道情報(岡山県県民生活交通課)
  5. ^ 「JR旅客各社の車両配置表」『鉄道ファン』2017年7月号、交友社
  6. ^ 走る日待ち遠しい 若桜駅にディーゼル機関車(2012年12月21日付日本海新聞
  7. ^ a b c 川崎重工業株式会社 車両事業本部 編 『蒸気機関車から超高速車両まで 写真で見る兵庫工場90年の鉄道車両製造史』、交友社(翻刻)、1996年、p.85・p.96
  8. ^ a b けいてつ協会『知られざる鉄道』JTB〈JTBキャンブックス〉、1997年5月、2刷。
  9. ^ 岡本憲之『全国鉱山鉄道』JTB〈JTBキャンブックス〉、2001年9月、初版。
  10. ^ 「RAILWAY TOPICS」『鉄道ジャーナル』2018年7月号、鉄道ジャーナル社、101頁。

関連項目[編集]


外部リンク[編集]