JR九州キハ200系気動車

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JR九州キハ200系気動車
キハ200-1015(シーサイドライナー用)
キハ200-1015(シーサイドライナー用)
編成 2両編成(キハ200形)
両運転台付単行車(キハ220形)
最高速度 110km/h
車両定員 52(席)+70(立)=122名(0番台)
56(席)+70(立)=126名(1000番台)
最大寸法
(長・幅・高)
21,300×2,994×4,050(mm)
機関出力 DMF13HZA 331kW(450PS)×1
駆動装置 液体式
台車 ロールゴム式ボルスタレス台車
DT600K・TR600K
円錐積層ゴム式ボルスタレス台車
DT600KA・TR600KA(キハ220形)
制動方式 電気指令式空気ブレーキ
直通予備ブレーキ付き)
排気ブレーキ
保安装置 ATS-SK形
製造メーカー 新潟鐵工所
日本車輌製造
九州旅客鉄道小倉工場
備考
Wikipedia laurier W.png
第32回(1992年
ローレル賞受賞車両

キハ200系気動車(キハ200けいきどうしゃ)は、九州旅客鉄道(JR九州)の一般形気動車[注 1]日本国有鉄道(国鉄)時代に製造され筑豊地区に集中配置された、キハ66形・キハ67形の後継的存在に当たる。

1991年平成3年)に開発され、JR九州の地方路線用大型気動車として現在まで増備されている。

製造・配置[編集]

まず片運転台で2両編成のキハ200形0番台・1000番台が、1991年(平成3年)に直方気動車区(現・筑豊篠栗鉄道事業部)に配置され、筑豊本線篠栗線快速列車に投入された[注 2]。この際、車体色に因んで「赤い快速」の列車愛称が命名された。その後、1992年(平成4年)7月15日改正で指宿枕崎線の快速「なのはな」用として同番台が投入され、1994年(平成6年)3月1日改正では大村線経由で佐世保 - 長崎間を運行する快速「シーサイドライナー」にも投入された。

1997年(平成9年)には、豊肥本線熊本近郊の輸送改善を目的に増備が再開された。この際従来の0番台・1000番台に代わりワンマン運転対応の100番台・1100番台、および両運転台のキハ220形1100番台が登場し、一部は三角線鹿児島本線普通列車でも使用された。また、同年夏にはキハ200形のトイレなし・ロングシート仕様である500番台・1500番台およびキハ220形1500番台が香椎線に投入された。

1999年(平成11年)10月に豊肥本線熊本 - 肥後大津電化にともない、豊肥本線熊本口で運用されていた車両は、阿蘇地方や香椎線、筑豊・篠栗線に転用された。ただし、豊肥本線の電化区間と非電化区間との直通列車には引き続きキハ200形が運用されている列車がある。

2001年(平成13年)に篠栗線・筑豊本線福北ゆたか線)電化により筑豊地区配属車は長崎、鹿児島、大分などに転属し、大村線や豊肥本線・久大本線のローカル運用に使用されるようになった。その後、2003年(平成15年)3月に香椎線からキハ200系は全面撤退し、大分地区や指宿枕崎線へ転用された。

また、鹿児島地区では2004年(平成16年)の九州新幹線開業にあわせ、キハ220-1102の車両中間部に展望スペースを設けた指定席車両を連結した特別快速「なのはなDX」に改造、リニューアルされた車両が登場した。

2006年(平成18年)には、転換クロスシートとロングシートを折衷し、車体をマイナーチェンジしたキハ220形200番台が増備され、同年7月29日から大分地区で運行を開始した。

構造[編集]

TR600KA台車
運転席

車体は普通鋼製20m車体で、片側3箇所にステップ付きの両開き扉を設置しており、前面は貫通扉を設けた構造となっている。ブレーキシステムを電気指令式とし、自動空気ブレーキの在来車両との併結は考慮していないため、連結器電車と同じ密着式のものを採用している。

室内構造は番台により異なるため、「個別形式」の節で記述する。冷房装置は、バス用の機関直結式(デンソー製パッケージクーラー)のものを使用している。

また旧来の旅客用気動車では、入力軸と出力軸の回転を合わせる事が難しい等の技術的課題があり、直結段での変速は主流でなかった。 本形式においては凹凸形のクラッチ(爪クラッチ)と軸の回転制御を組み合わせ、直結段を2段とした新型液体式変速機を採用している。さらに331kW(450ps)の高出力エンジンを搭載し、キハ40系に代表される在来型気動車に比べて走行性能を向上させている。また、この変速機は自動・手動を切り替えることができる。営業運転での最高速度は110km/hである。

車体塗装[編集]

車体デザインは水戸岡鋭治率いるドーンデザイン研究所が手がけており、基本的には赤色一色で客用ドアのみステンレス無塗装の銀色である。長崎地区の車両は、青一色に客用ドアを赤色として側窓の下等に「SEA SIDE LINER」のロゴが標記されている。鹿児島地区の車両は製造当初は他地域と同じ赤色であったが、1995年(平成7年)にキハ200-7・5007が「いぶすきキャンペーン」の一環として黄色一色に客用ドアを赤色と同じ、ステンレス無塗装の銀色として側窓の下等に「NANOHANA」のロゴを入れたものに変更され、1997年から他の車両も順次同じ色に塗り替えられた。

鹿児島地区の車両のうち特別快速「なのはなDX」用のキハ220-1102は車体に表記されているロゴが他の車両と異なっている[注 3]

個別形式[編集]

キハ200系気動車には、片運転台車キハ200形、両運転台車キハ220形の2形式がある。本節では製造順に記述する。

キハ200形[編集]

0番台・1000番台[編集]

篠栗・筑豊本線時代のキハ200-1以下6両 キハ200-7
篠栗・筑豊本線時代のキハ200-1以下6両
キハ200-7

1991年から製造されている基本番台で、トイレ付きの0番台とトイレなしの1000番台の2両で1本の編成を組成する。座席は転換クロスシート(車端部および客用扉寄りは固定式、以下他の転換クロスシート車も同様)である。最初に投入された筑豊本線・篠栗線からは撤退し、大村線(同線から長崎本線および佐世保線乗り入れ)・豊肥本線・久大本線・指宿枕崎線で使用されている。

15編成が製造された。このうち、1007は1993年(平成5年)8月6日日豊本線竜ヶ水駅構内で豪雨による土石流によって、1011は2003年3月31日に大村線川棚駅 - 小串郷駅間で発生した踏切障害に伴う脱線事故によって廃車された[注 4]

登場時はワンマン運転に対応していなかったが、2000年(平成12年)までに全車がワンマン運転対応とされ、その際にレシップ運賃表示器も設置された。さらに乗客への視認性を高めるため2006年末より「優先席」表示がされたシート枕カバー(白色)が装着されている。

なお長崎地区での本系列の検査等による車両不足時にはキハ220形を代わりに連結することがある他、大分鉄道事業部所属(旧長崎所属 元SSL色)のキハ200-11+キハ200-5011の編成が貸し出されることがある[注 5]。また、キハ200-14+キハ200-1014はハウステンボス色となっている[1]。これらの他にも一時期NTTや龍馬伝などのラッピングを施した車両があったほか、2011年8月からキハ200-13+キハ200-1013の編成がV・ファーレン長崎のラッピングを纏っている。

2010年3月にはキハ220-208とキハ220-209の2両が長崎地区へ転属したため、代わりにキハ200-5+キハ200-1005の編成が大分地区へ転属した。転属後もしばらくは赤色にはならず、シーサイドライナーカラーのまま豊肥本線、久大本線で運用されていたが、後に赤色に変更された。

2014年3月にはキハ200-6+キハ200-1006がロングシート化改造を受け、車番もキハ200-556+キハ200-1556へ改番された。原番に+550を足す形となっている。

キハ200-14+キハ200-1014 ・ハウステンボス色

5000番台[編集]

キハ200-5007 キハ200-5007 車内
キハ200-5007
キハ200-5007 車内
キハ200-5011 キハ200-5011 車内
キハ200-5011
キハ200-5011 車内

災害・事故廃車となった1007, 1011の代替として5007と5011の2両が製造された。車両番号の末尾が代替元と揃っている。基本仕様は1000番台に準ずるが、座席は1番と2番のAB席が存在せず車椅子スペースとなっており、5011は客室内の蛍光灯カバーが廃止されており、カラースキーム、フローリングなどは100・1100番台に基づいており、ほか乗務員室の構造が大きく異なっている[注 6]

100番台・1100番台[編集]

キハ200形 100番台・1100番台 キハ200-1103 車内
キハ200形 100番台・1100番台
キハ200-1103 車内

1997年に豊肥本線向けとして製造された車両である。トイレ付きの100番台とトイレなしの1100番台の2両で1本の編成を構成する。車内は0番台・1000番台と同様の転換クロスシートで、当初からワンマン運転に対応した構造となっている。同時期に落成した813系200番台と同様に、製作コスト削減のためトイレ部分の小窓が省略されたほか、客室内の蛍光灯カバーが廃止されている。また客室ドア内側がステンレス無塗装から長崎地区と同様の赤色に変更されている。

2010年現在、豊肥本線・久大本線等で使用されている。

500番台・1500番台[編集]

キハ200-1502 車内
キハ200-1502
車内

1997年に香椎線向けに3編成が製造された車両である。500番台と1500番台の2両で1本の編成を構成し、ワンマン運転に対応している。運用線区が距離の短い通勤通学路線であることから座席はすべてロングシートとなっている。落成時点ではトイレが設けられていなかった。

筑豊篠栗鉄道事業部(博多運用)に配置されたが、2003年3月15日のダイヤ改正で香椎線から撤退し、鹿児島車両センターに転属。現在は指宿枕崎線で使用されている。鹿児島に転属後、同年内に500番台にトイレを設置し、さらに乗客への視認性を高めるため、2006年末より「優先席」表示がされたシート枕カバー(白色)が装着されている。

キハ220形[編集]

1100番台[編集]

キハ220-1102(なのはなDX) キハ220-1101
キハ220-1102(なのはなDX)
キハ220-1101

1997年に熊本地区向けに2両製造された転換クロスシートの両運転台車。ワンマン運転対応で単行および増結用として久大本線・豊肥本線・指宿枕崎線・肥薩線で使用された。1102は2004年に「なのはなDX」の指定席車として使用するため、座席が回転クロスシートに改造された[注 7]。また中央の乗降扉を廃止し、一枚窓の展望スペースとしている。1101は2007年度にトイレ設置改造がなされた。また、トイレ設置部分の窓は埋められたが、200番台のようなロゴは貼り付けられていない。これらの改造によって登場時の原形を保つ車両は消滅した。その後1101は2009年に長崎運輸センターに転属し、大分地区での運用はなくなった[2]。長崎に転入後もしばらく車体塗装は変更されなかったが、2011年3月にSSL塗色とされた。[3]単行運転は行われず、通常はキハ200形の佐世保寄りに連結されて3両編成で運用されている。何らかのトラブルでキハ200形が使用不能になった場合は代わりに連結されて2両編成になることもある。

有田陶器市の際は上有田寄りに連結されて長崎 - 上有田間で運転されることがある。以前は、キハ58-716・キハ28-2444+キハ66・67の編成で運転されていたが、キハ58-716・キハ28-2444の廃車後はキハ220形+キハ200形で運転されている。

1102は「なのはなDX」の廃止後、塗装を「なのはなDX」専用塗装から赤色に変更され、所属表記も変更の上熊本車両センターに回送された。現在では主に、肥薩線の八代~人吉~吉松間の普通列車として運用されている。ただし、車体中央の展望スペースはそのまま残されている[4]

1500番台[編集]

キハ220-1503 キハ220-1503 車内(トイレ設置前)
キハ220-1503
キハ220-1503 車内(トイレ設置前)

1997年にキハ200形500・1500番台と同時に香椎線向けとして4両製造されたロングシートの両運転台車である。ワンマン運転対応。2003年にキハ200形とともに香椎線から撤退、大分車両センター(当時は豊肥久大車両センター)に転属した。2008年3月までに、1503と1504に1100番台 (1101) と同じ車椅子対応トイレ設置工事が施工された。2009年10月1日からダイヤ改正により717系の置き換わりに、1500番台が日豊本線で運用が開始された。

200番台[編集]

キハ220-202
キハ220-208(2010年2月10日)

2006年7月29日から豊肥本線大分 - 肥後大津間と、鹿児島本線鳥栖 - 久留米間および久大本線久留米 - 大分間に投入されたワンマン運転対応の両運転台車で、9両 (201 - 209) が製造され、大分鉄道事業部に配置された。

前面・側面の行先表示器は従来の字幕式に代わり、バス用のLED式表示器を流用したものに変更されている。先頭車前面の表示器が大型化され、屋根から突出している。また側面の表示器も大型化され、その下の客室窓の縦寸法が縮小されている。

車内は転換クロスシートとロングシートの折衷(セミクロスシート)で、バリアフリー対応トイレと車椅子スペースが設けられている。運転席上部と中央ドア上部の箇所に液晶モニタが2台ずつ設置され、行先や路線図、乗車時の注意等が表示される。窓ガラス紫外線カットの「UV96」でカーテン等は省略されている。車内のカラースキームは白を基調としている。 同時に台車にも小変更が行われ、本区分番台では従来の増備車よりも低床構造とされている。

なお、機能面では本区分番台よりエンジンはコモンレール式電子制御燃料噴射装置を搭載したコマツ製SA6D140HE-2(450ps/2,100rpm)に変更され、排出ガスのクリーン化が図られている。

加えてエンジン・変速装置ともに冷却装置が強化されており、山岳路線での使用も多い運用実態を反映した仕様となっている[注 8]

2009年8月には増備車3両 (210, 211, 212) が新製され、大分鉄道事業部に配置された。このグループよりATS-DKも搭載しているが、現時点ではDKを使う路線を走行しないため無効にされている。車内は、車いすスペースに携帯用スロープと介助者用の折りたたみ式座席が設置され、優先席付近のつり革と優先席両側の持ち手が分かりやすいように黄色に着色されている。さらに、出入口のステップが黄色に着色されたうえ、ドア枠上部に赤色LEDが設置され開閉時に点滅するようになっているなど、バリアフリー化が一層進んだ車両になった。また、運転席と客室の間にある開閉式の仕切り板の高さが高くなっている[注 9]

赤色のキハ220-209を増結したキハ200系

キハ220-208の車体塗装は2010年1月に長崎鉄道事業部配置車と同一の青色ベースに変更され、3月に長崎運輸センターに転属した。また、同時に209も長崎へ転属した。このため代わりにキハ200-5+200-1005がシーサイドライナー色のまま大分へ転属した[5]。長崎地区では1101と同じく単行運転は行われておらず、主にラッシュ時にキハ200形の長崎寄りに連結されて3両で運転されている。209は転属当初は赤色のままだったが、2010年8月に小倉工場に入場した際に208同様の青色に塗り替えられた。1101とは運用が分離されている。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 車内設備や性能面など、基本設計に着目すれば近郊形とされるが[6]、近郊形は国鉄・JRの新性能電車独自の概念であり、気動車については厳密な意味で近郊形に分類される車両ではないことと(近郊形車両#気動車を参照)、通勤形や近郊形として製作された車両あっても電車とは異なり、運用上の区別が明確でなく、慣例的に一般形のカテゴリに括られ[7][8]通勤形と近郊形も広義では一般形の一種であるため(一般形車両 (鉄道)も参照)、本項では一般形とする。
  2. ^ 1991年増備車には日本車両製造で鋼体・部品製造、JR九州小倉工場ノックダウン生産された車両がある。
  3. ^ 2009年の検査入場でキハ200-9・キハ200-1009は共通ロゴに戻された。同時に併結相手を指定せず0・1000番台であればどの編成とでも組むように変更された。
  4. ^ 相方を失ったキハ200-11は長崎ゆめ総体開催時等に増結用として使用され、他のキハ200系2両と運用を組み、3両編成で運転されたことがある。
  5. ^ 上述のとおり、キハ200-11はかつては長崎運輸センター所属の車両であった(大分転属時に塗色を赤に変更している)。また、長崎所属の車両がワンマン化工事に伴って車両が不足した際には、当時、筑豊篠栗鉄道事業部に在籍していたキハ200-4+キハ200-1004の編成が貸し出されていたこともあった。
  6. ^ 5007は7とともに黄色の「なのはな」塗装の第一号となり、かつ本系列初の塗装変更車である。
  7. ^ ただし、席配置と窓割りは一致していない。
  8. ^ 本区分番台の投入により、大分地区のキハ31形は筑豊地区に転用された。
  9. ^ この増備車の投入により、日豊本線大分 - 南延岡間で運転されていた717系電車を使用する列車が、キハ220形(1500番台・200番台共通)での運転に置き換えられた。
[ヘルプ]

出典[編集]

  1. ^ キハ200-14+キハ200-1014がハウステンボス色に”. 『鉄道ファン』鉄道ニュース(交友社) (2011年2月2日). 2012年11月26日閲覧。
  2. ^ キハ220-1101が長崎運輸センターへ転属”. 『鉄道ファン』鉄道ニュース(交友社) (2009年3月15日). 2012年11月25日閲覧。
  3. ^ キハ220-1101がシーサイドライナー色に”. 『鉄道ファン』鉄道ニュース(交友社) (2011年3月3日). 2012年11月25日閲覧。
  4. ^ キハ220-1102が熊本へ”. 『鉄道ファン』鉄道ニュース(交友社) (2011年9月30日). 2012年11月25日閲覧。
  5. ^ キハ220-208が「シーサイドライナー」色に”. 『鉄道ファン』鉄道ニュース(交友社) (2010年2月10日). 2012年11月25日閲覧。
  6. ^ 『JR全車両ハンドブック2009』 ネコ・パブリッシング、2009年、489頁。ISBN 978-4777008360
  7. ^ 『平成型車両 厳選140形式』 講談社2011年、114頁。ISBN 978-4062171816
  8. ^ 石井幸孝 『キハ47物語』 JTBパブリッシングJTBキャンブックス〉、2009年、36-37頁。ISBN 978-4533074271

外部リンク[編集]

関連項目[編集]