国鉄キハ40系気動車 (2代)

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国鉄キハ40系気動車
キハ40 136 急行「えりも」(1986年)
キハ40 136 急行「えりも」(1986年)
基本情報
運用者 日本国有鉄道
北海道旅客鉄道
東日本旅客鉄道
東海旅客鉄道
西日本旅客鉄道
四国旅客鉄道
九州旅客鉄道
製造所 新潟鐵工所富士重工業
製造年 1977年 - 1982年
製造数 888両
主要諸元
軌間 1,067 mm
最高速度 95 km/h
全長 21,300 mm
全幅 2,900 mm
車体材質 普通鋼
動力伝達方式 液体式
機関 DMF15HSA
機関出力 220 PS
変速機 DW10
制動装置 CLE自動空気ブレーキ
備考 原型車のデータ
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国鉄キハ40系気動車(こくてつキハ40けいきどうしゃ)は、1977年から1982年にかけて日本国有鉄道(国鉄)が製造した気動車(ディーゼル動車)である。

これは国鉄の車両称号規程に則った制式の系列呼称ではないが、同一の設計思想により製造された気動車の形式を便宜的に総称したものである。具体的には、キハ40形(2代)、キハ47形キハ48形の3形式およびこれらの改造により発生した派生形式を指す。

目次

概要[ソースを編集]

1977年から1982年にかけて計888両が製造され、日本全国の非電化路線に投入された。電車に近い車体構造の気動車で、当時の在来気動車に比し、客室設備の改善や走行機器の刷新などが図られている。一方、在来の気動車よりエンジン出力は若干増加したものの重量も増加しており、動力性能はあまり向上していない。

本系列は客用の片引き戸を車端部2か所に設置したキハ40形(両運転台)、キハ48形(片運転台)と、都市近郊向けに両引き戸を車体中央に寄せて2か所に設置した片運転台のキハ47形に大別され、各形式共投入線区の気候に応じた仕様の違いと便所の有無によって番台区分される。国鉄分割民営化後は、JR各社が使用線区の事情に応じた改造を実施し、区分番台が多くなっている。2017年時点でもJR東海を除く旅客鉄道各社が保有し、主に普通列車用として用いているが、近年では事故や災害、地方路線の運用見直しや、新型気動車への置き換えにより、廃車保留車が発生している。

会社別の保有数は以下の通り。

会社 承継数 キハ40形 キハ47形 キハ48形 2016年現在 残存率
JR北海道 157両 137/150 0/7 137両 87%
JR東日本 219両 74/117 23/28 63/74 160両 73%
JR東海 59両 0/14 0/5 0/40 0両 0%
JR西日本 257両 63/63 184/189 2/5 249両 97%
JR四国 53両 11/11 15/42 26両 49%
JR九州 142両 34/36 108/106 142両 100%
合計 887両 327/391 330/370 65/126 722両 81%

※(JR西日本のキハ47形にはキハ41形5両、JR四国のキハ47形にはキロ47形2両を含む)

キハ40系 新造時形式・番台別特徴一覧
運転台 客扉 形式 番台区分 仕向け地 枕バネ デッキ 便所 両数 製造年 メーカー
片開き キハ40形 100 酷寒地 空気 150 50年度3次債務 - 56年度1次債務 新潟
富士
500 寒地 94 50年度2次債務 - 56年度1次債務
2000 暖地 コイル 148 53年度1次債務 - 56年度1次債務
両開き キハ47形 0 暖地 コイル 193 50年度3次債務 - 56年度1次債務 新潟
富士
1000 134 52年度1次債務 - 56年度1次債務
500 寒地 空気 22 52年度1次債務 - 54年度2次債務 新潟
1500 21
片開き キハ48形 0 暖地・準寒地 コイル 6 55年度1次債務 - 56年度本予算 富士
新潟
1000 4
300 酷寒地 空気 4 56年度1次債務 新潟
1300 3
500 寒地 空気 59 53年度1次債務 - 56年度1次債務 新潟
富士
1500 50
  • 酷寒地:北海道、寒地:東北・中部地方および中国地方の北部と山間部

開発の経緯[ソースを編集]

1950年代中期に量産された、国鉄初期の液体式気動車であるキハ10系は、1970年代には老朽化が進行し、特に接客設備面と台車設計の不備が問題となっていた。キハ10系は座席の設計に難があったが、台車の心皿荷重上限が小さく、重両増となる座席の交換や、ロングシート化(定員増=荷重増)が困難で、交換用台車の新製などの改造予算確保より新車製造予算の確保が優先され、1970年代後半まで抜本的な対策が講じられなかった。

一方で1970年代の国鉄は労使紛争が激しく、組合側は労働環境の改善を強く要求していた。その一環として、国鉄車両にも安全対策や整備性の改善が求められ、国鉄ではこの時期に1960年代に設計された量産形式を基本に随所を改良したマイナーチェンジ車を製造していた。本系列もその方針の下にキハ10系のほか、1950年代後半に製造されたキハ55系[注釈 1]キハ20系の老朽化も視野に入れ、それらの代替用として開発された。

諸元[ソースを編集]

本系列は、1974年に開発されたキハ66系をベースにしており、車体や制御回路、変速機、ブレーキ方式などの基本構造は同系を踏襲しているが、搭載機関は同系搭載の12気筒から、基本設計を共通化しつつ6気筒として出力を半分に落とし、当時の国鉄の技術力・予算に見合った設計としている。また、国鉄時代には全国で大規模な車両の配置転換を行っていたことから、暖房ラジエーターなど酷寒地向けを基本として設計された箇所が多く[要出典]、温暖地で寒地向け車両が使用される場合は過剰装備となる[注釈 2]

なお本系列ではそれまでの気動車のように北海道向け車両を別形式とせず、同一形式内での番台区分としたのも特徴である。

車体[ソースを編集]

構造・外観[ソースを編集]

全長21.3 m(車体長20.8 m)、幅2.9 mで既存の急行形気動車同等の大型車体である。酷寒地や海岸沿いでの使用を考慮して[要出典]外板、屋根板、床板には当時の鋼製車両標準の車両用耐候性高張力鋼板 (SPA) を用いて耐久性を向上させている。板厚は例えば同じSPAを使用した201系電車と比較すると、外板厚が2.3 mmに対して国鉄気動車標準の1.6mm、屋根板厚は1.6 mmに対して1.2 mmと薄く、台枠に設けた軽量孔とともに軽量化に配慮している。製造当初の車体塗装は朱色5号(明るい朱色)一色[注釈 3]である。

前頭部形状はキハ66系を踏襲し、踏切事故対策として高運転台化、運転室長さの350 mm拡大、前面の外板の4.5 mm厚への強化、床下前面へのスカートの装着をしている。運転台窓は運転席からの視認性に配慮して側面部に回り込んだパノラミックウィンドウとし、前照灯は前面窓上にRBS-24V形150/50 Wシールドビームが2灯、尾灯は在来形気動車よりも高い位置に40 Wのものが2灯、それぞれ左右に振り分けて設置され、貫通路直上には列車種別表示器が設けられている。この構成は設計年次が近いキユニ28形なども同様で、当時の標準設計であった。側窓は寒地形、暖地形は外はめ式のアルミ合金製2段ユニット窓として工数を削減している。一方、酷寒地形は小型の1段上昇窓で、FRP製窓枠による内窓を組み合わせた二重窓構造とし、冬季の車内保温を図っている。

設備[ソースを編集]

キハ40形、キハ48形は車体両端2か所に1 m幅の片開き扉、キハ47形はやや車中央寄り2か所に1.3 m幅の両開き扉を設けており、いずれもステップ付の半自動扉である。ドアエンジンは両開き式はキハ45形と同じTK106形、片開き式はキハ46形と同じTK105形で、在来車のような半自動式用ではなく自動式用ドアエンジンの指令回路を変更して半自動動作としており、人力での開閉はやや重い。キハ40形、キハ48形の寒地・酷寒地形は客室と出入り台の間に仕切り扉を設けたデッキ付きとし、寒冷時の保温を図った。

運転台は機器配置・座席形状とも人間工学に配慮した構造である。また、投入線区の運用実態に即し、側面にタブレットキャッチャーとその防護板を設け、タブレット閉塞式での通過運転に対応した。客室内壁の化粧板は、在来形気動車に比してやや明るい色調であり、初期の車両は、キハ40形・キハ48形は薄茶色、キハ47形は淡緑色であるが、中期以降の車両は、北海道・本州以南用ともクリーム色となっている。座席はボックスシートを基本としてドア付近にのみロングシートを配したセミクロスシートとした。ボックスシートはシートピッチキハ58系までの急行形車両と同等の1,470 mmとし、一般形気動車として初めて人間工学を採り入れた新形状のものとした。

便所はFRPユニット組み立て式[注釈 4] で、キハ40形は出入り台側から内開き扉、キハ47形・キハ48形は側面の客室側引き戸から出入りする方式とし、水タンクは屋根上搭載の重力給水式として、ポンプや空気配管を不要としている。汚物処理装置は搭載を考慮して機器搭載スペースを確保する準備工事が実施されたが、当初は地方路線の汚物処理施設整備が進んでおらず、便所搭載車は全車が従来通りの垂れ流し式であった。

主要機器[ソースを編集]

(讃岐牟礼駅 - 志度駅、2008年10月18日)

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機関[ソースを編集]

従来のDMH17系機関に代えてDMF15HSA形(連続定格出力220 PS/1,600 rpm、連続定格出力時燃料消費率185 g/PS/h、最大出力250 PS/2000 rpm)を搭載する。この機関は水平シリンダー形の予燃焼室式直列6気筒機関であり、TB11B形排気タービン過給器を装備、補機類はCW750D空気圧縮機、DM99AもしくはDM99B形4kVA交流発電機などで、いずれも歯車駆動としてVベルトを廃している。

この機関は、1963年に開発されたDMF15HS形の派生形であり、排気タービン過給器あり、中間冷却器なしの構成としたものである。

液体変速機・減速機[ソースを編集]

変速・直結各1段のDW10形を装備する。これはキハ65形・キハ66系に搭載されたDW9形をベースにとしたもので、液体変速機の構成は在来標準形のDF115・TC-2形(3段6要素)に対して、DW4形・DW9形やDE10形用のDW6形(2000番台[注釈 5])などと同じ中高速での引張力を確保するとともに、エネルギー損失を抑制した1段3要素となり、クラッチはいずれも湿式多板式で、変速、直結が各3枚、逆転機が8枚の構成となっている。なお、変速と直結の切替は変速機の入力軸と出力軸の回転差を検出して機関の吹き上げ、アイドル指令を出し、最適な回転数で切り替える半自動式とすることでショックのない変速としたほか、変速機の特性の異なる手動変速の在来形気動車との併結に対応している。 変速機油冷却は従来の空冷式から油冷却器による水冷式に変更となっているほか、変速機油は、従来のDF115・TC-2形では軽油を用いていたが、本形式ではエンジンオイルを共用してシール機構の簡略化を図った。また、逆転機を台車に装架するのが困難な2軸駆動車用のDW9の構造を踏襲して逆転機を変速機内に内蔵し、台車側には推進軸の方向転換と最終減速段を受け持つ減速機を装架している。なお減速比は2.995と従来の一般形気動車よりもわずかに大きくされている。

液体変速機の構成の違いにより、起動時の動輪周引張力はキハ20系(定格出力180 PSのDMH17C形機関搭載車。変速機としてDF115A形ないしはTC2A形を搭載)の2,500 kg弱に対して2,400 kg弱と低く、車両重量の増大と相まって「キハ40系=低出力」のイメージを強める一因となっている。一方で、例えば10 km/hではキハ20系の約1,800kgに対し約2,100kg、50km/hでは約600kgに対し約800kgと逆転しており[1]、当初特急・急行形用として開発された変速機の中高速域を重視した特性が表れている。駆動方式は1軸駆動で車両内側よりの第2軸を駆動しており、台車にキハ65形・キハ66系の第2減速機と共通[注釈 6] のGB122形減速機が装架されている。

台車[ソースを編集]

酷寒地形・寒地形は本形式用に新開発のDT44形・TR227形もしくはDT44A形・TR227A形空気ばね台車を採用した。一方、暖地形はコストダウンを優先し、従来からの標準台車であるコイルばね式のDT22D形・TR51C形を採用しているが、台車に逆転器を搭載しなくなった分、側梁を軽量化している。

DT44形・TR227形もしくはDT44A形・TR227A形は枕ばねを空気ばねとしたが、これは寒冷地域でコイルばねの間に雪が詰まって固着してばねが効かなくなる問題があったこと、北海道には地盤の悪い低規格路線が多いこと、軽量化[注釈 7]、構造の簡略化、省力化などを考慮したもので、軸ばねはコイルばねをゴムで被覆したいわゆる「エリゴばね」として、雪咬みを防止している。初期に製造された車両は軸箱支持方式がペデスタル式で、荷重を軸箱直上の軸バネで伝えるDT44形(動力台車)・TR227形(付随台車)であったが、以降は制輪子交換を容易にするため、軸箱支持方式を乾式円筒案内式としたDT44A形・TR227A形に変更された。枕ばねは保守面での制約などから、空気ばねを車体直結とするダイレクトマウント方式ではなく、ボルスタ直下に上揺れ枕を置きその下に空気ばねを挿入するインダイレクト方式(国鉄では165系電車などに広く採用されたDT32・TR69系台車で採用された支持方式)として基本構造をDT32系と共通化しており、空気ばね・ボルスタアンカ・LV4-1形空気ばね自動高さ調整装置などは同系列と同一もしくは一部変更品を使用している。枕ばねを横剛性の高いダイアフラム型空気ばねとして揺れ枕吊りを廃止したことや、ブレーキシリンダの台車装架などにより台車の揺動特性は優秀で、DT22・TR51系コイルばね台車を装着する一般的な急行形気動車を超える乗り心地となった。また、各形式とも制輪子自動スキマ調整器によりブレーキシリンダストローク調整作業を省力化している。

ブレーキ[ソースを編集]

キハ66系と同じく、12系以降の新型客車で実績のあったCL空気ブレーキに電磁弁を加えた「CLE空気ブレーキ装置」(C: 3圧式制御弁付、L: 応荷重装置付、E: 電磁弁付をそれぞれ示す)とした。これは従来型気動車の標準ブレーキ装置であったDA1系自動空気ブレーキのA動作弁に代えて三圧式制御弁 (KU-1B) を使用し、ブレーキ弁によるブレーキ管 (BP) の減圧と並行して各車のC13-4AまたはA14-4電磁弁を制御する、電磁自動空気ブレーキである。このCLEブレーキはDA1系と比較してKU1B制御弁により空気圧指令時のブレーキ応答性が向上し、BPの最大減圧量が1.4kg/cm2から1.8kg/cm2となってブレーキ制御範囲が拡大されたほか、U5A応荷重弁により荷重に応じブレーキシリンダ圧力が自動的に増減される。また、電磁弁の付加により空走・込め時間の短縮による列車衝動の緩和や保ち作用が可能となる、あるいは非常ブレーキ動作時の伝達促進が得られるなど、作動性や操作性、整備性、それに保安性が改善された。床下の制御弁関係はC26Aブレーキ制御装置として1つの機器箱内にユニット化し、電熱ヒーターを装備して凍結防止を図り、加えて直通予備ブレーキ装置と耐雪ブレーキ装置を装備している。なお、DA1系自動空気ブレーキやDAE1系電磁自動空気ブレーキを搭載する在来気動車とも相互に併結可能であるが、DA1系自動空気ブレーキ搭載車との混用の場合、電磁弁が使用不能となるため最大連結両数に制約が生じ、ブレーキの応答性能も低下する。

補器類[ソースを編集]

冷暖房装置[ソースを編集]

暖房はキハ20系の後期製造車やキハ45系温水暖房式から、一部のバスでも採用されている温風暖房式となった[2]。これは、機関冷却水を床下の熱交換器に通し、ここに外気および室内空気を通して温風として車内に循環させる方式である。また、気温が低い時、下り勾配、停車時など、機関の廃熱だけでは冷却水温が上がらない場合には、機関始動用のWH250B形機関予熱器[注釈 8]を使用して機関冷却水を加熱するが、外気温が0度程度までであれば機関予熱器の使用は不要とされている[1]。1両あたり2基搭載された重量125 kg、放熱器水容量14.3 lの熱交換器により暖房能力は公称30,000 kcal/hとなり、従来の軽油燃焼式温風暖房に比して著しく強力な暖房能力を得た[要出典]。また、機器搭載に床下スペースを必要とするが、温水管を車体内に引き通す必要がなく、構造も単純であった。加えて運転室内に自動車用温水暖房装置であるWH33形が運転席側、助士席側に各1基ずつ設置されている[注釈 9]

一方、冷房装置は製造時には設置されず、準備工事も見送られた。当時は地方路線の冷房化は時期尚早であると判断されたほか、本形式のDMF15HSA機関は、DMH17系と比較して2割程度の出力増であるが、車両重量が大型化や事故対策などで増加したため、満足できる走行性能が得られず、そのため、自重増となる発電セットの搭載や機関出力を低下させる直結式冷房装置の搭載が困難であったことも理由である(なお、JR東日本ではキハ48 502、1502にDMF15HSA機関のままAU26J-A機関直結式冷房装置を搭載している)。このことには利用者のみならず、バスとの競合などから冷房付きの新型車を切望していた各鉄道管理局(特に四国や九州などの管理局)の担当者からも失望の声があがった[要出典][注釈 10]

ジャンパ連結器[ソースを編集]

本系列の初回生産グループである昭和50年度3次債務車は、各車間で各種電気信号の伝達を行うために用いるジャンパ連結器として、在来の一般形気動車と共通の制御用KE53形(接点数15)を2個と放送回路用KE66形[注釈 11] を1個、それに電磁自動空気ブレーキ指令用のKE67形[注釈 12] を1個の計4個のジャンパ連結器を実装していた。冷房装置を備えない一般形気動車ではこの4個のジャンパ連結器が、冷房搭載の急行形気動車ではこれに加えて冷房制御用のKE53形1個と高圧電源供給用のKE8形(接点数2)1個が装備される。

しかし、技術の発達に伴って後追いでジャンパ連結器を追加していった結果である、芯線数の少ないジャンパ連結器を多数接続するこの構成は、複数の異なった形式を併結するために必要であったが、増解結作業が煩雑となり、保守上も部品点数が増えて望ましくなかった。このためそれら全てを、本系列の設計の基本となったキハ66系で2両ユニットの連結面間に使用されていた[注釈 13]、新世代の多芯ジャンパ連結器であるKE91形[注釈 14](接点数90)へ集約・置換することが検討され、2回目の生産ロットとなった昭和52年度1次債務車ではその準備工事として、妻面向かって左下に大きな縦長の窪みを設け、将来ここにKE91形を格納する計画とした。

その後、昭和53年度本予算車ではジャンパ連結器格納用の窪みはそのままに、新たに設計されたKE93形[注釈 15] 1個で従来のKE53形2個を置き換えるように計画が変更された。KE93形には在来の気動車との併結を考慮して、KE94形アダプタ[注釈 16] が用意され、これをKE93形にボルトで固定することで、KE53形2個を備える一般形気動車と併結可能としている。

なお、KE53形2個の接点数は合計で30であるため、接点数61のKE93形では多数が空き接点となる。これはKE66・67形相当の信号線の割り当て予約など、将来的な割り当て数の増加を見越して接点数に余裕を持たせたためであり、KE93形をKE94形を併用せずに単独で使用する際には、KE66・67形や冷房用のKE53形1個の接続が不要となる。

過重・低出力と不適切な運用[ソースを編集]

本系列ではあらゆる面で刷新が行われたが、電車並みの丈夫な構造[要出典]と追加装備は重量増加の原因となった。自重36 tから37 t、断熱材補強など酷寒地対策を施した車両は約40 tにも達する[要出典]。本系列による代替の対象となったキハ10系は1機関搭載車で自重が28 tから32 t程度、同様の構成のキハ45形が33.0 tであるのに対しキハ47形0番台が35.5 - 35.6 t(いずれも全長21.3 m、片運転台、トイレ付、両開き2扉、暖地向け)、キハ24形が34.5 tに対しキハ40形100番台が36.8 - 37.6 t(いずれも全長21.3 m、両運転台、トイレ付、片開き2扉、酷寒地向け)であり、これと比較すると1割から2割程度自重が重いことになる。これに対し、搭載機関の連続定格出力は220 PSで動輪周引張力は例えば10 - 55 km/hの速度域では約15 - 45 %高いものである[1]ため、単位重量あたりの出力ではキハ10系とキハ20系の1機関搭載車とおおむね同等、2機関搭載車のキハ51やキハ52などには劣るものであった。

勾配の程度にもよるが登坂時には全出力状態でも従来の気動車同様30 km/hを下回ることも少なくない。本系列(暖地向け車)を使用した普通列車の速度種別設定は「停気F1」で、10パーミル勾配における均衡速度は51 km/hにとどまる。電化区間へ乗り入れる場合は、電車に比べ甚だしく加速力が劣るため足並みが揃わず、ダイヤ組成の障害になった。導入当時の識者[誰?]からは「戦前のキハ42000形ガソリンカーにも劣る低性能車」と批判された。キハ42000は伝達効率が高いものの総括制御のできない機械式変速機を搭載し、しかも車体長が19 m級で車体幅も狭くして軽量化を図っており、そもそもトルク特性の異なるガソリン機関であるなど本系列と設計思想が異なる点が多いが、単位重量あたりの出力や加速性能では実際に本系列を凌駕する。キハ40系の搭載機関出力は竣工の段階で既に不十分であり、この発言も両車を比較することにより本系列の車体重量に対する機関出力の不足を指摘することが目的であった[要出典]

発車時には、全負荷状態でも機関が轟音を立てるばかりでなかなか動き出さず[要出典]、DW10変速機が在来の3段6要素変速機よりも発進時に不利な特性ということもあって、液体変速機を長々と空転させた末に数拍おいて動き出す状態[要出典]であった。中速域においても、変速機の特性を生かすには、同系変速機を搭載するキハ181系やキハ66系などと同様、変速段を使用して65 km/h付近まで5ノッチで引っ張る運転操作が求められたが、通常45 km/hで変速-直結の切替を行なうTC2A・DF115A形変速機搭載の車両と併結した際や、DMH17系機関搭載車の運転に慣れていた運転士が運転する場合には、1段3要素の変速機の特性を活かしきる前に例えば50 km/h程度で直結に切り替えられてしまうと、変速段で約800 kgあった動輪周引張力が直結段では約500 kgとなってしまうなど、性能を出し切れない場面が多く見られた。

DMF15HSの定格時燃料消費率は185 g/PS/hであり、旧来のDMH17系 (190 g/PS/h) と大差なく、後年のDMF14HZA (154 g/PS/h) などの直噴機関と比べると燃費は悪い。また過熱防止のため全出力運転が5分までに制限されるDMH17系と異なり、DMF15HS系は全出力運転の時間制限がなかったため、運行中はほぼ全出力で運転できてしまい、かえって燃料消費量も増加した[要出典]。後にJR東海が機関換装を行った際には、燃費が換装前の71%に改善[3]した事例がある。DMH17系機関を1基搭載する車両の代替は可能であったが、加減速の多い仕業や勾配路線向きの形式は製作されなかった[注釈 17]

新製形式[ソースを編集]

キハ40形[ソースを編集]

片キハ47形とともに本系列の主軸となる両運転台車で、両運転台の直後2か所に片開き扉を装備し、新製時は全車がトイレ付きであった。番台区分に0番台(1 -)が存在しないのは、旧形客車を気動車改造したキハ40形(後にキハ08形に改番)がかつて存在していたためである。

100番台[ソースを編集]

北海道用の酷寒地向けとして1977年上期より製造された、暖地向けのキハ47形とともにキハ40系では最初に就役したグループである。

車体はデッキ付きで、1段上昇式の二重窓、便所、空気バネ台車を装備する。床材は北海道向け従来形式のキハ24形などの鋼板+木材板張りから、1.2 mm厚SPA鋼板と断熱材+リノリウム張りに変更されている。1982年までに150両 (101 - 250) が製造された。

1977年製の16両 (101 - 116) のみ、角型水タンク、4人掛けクロスシート12組[注釈 18]、客室の小窓が両端配置、客室の化粧板が薄茶色、台車は、軸箱支持装置がペデスタル式の空気ばね台車であるDT44・TR227、などの特徴を持つ。1978年以降に製造された117 - 250は設計が変更され、4人掛けクロスシート12組+2人掛クロスシート2席[注釈 19]となったほか、水タンク、窓割り、外気導入ルーバー、スカート形状がキハ40形2000番台一次形車と同様になった。客室の化粧板はクリーム色になり、台車はDT44A・TR227Aに変更された。

1988年に9両 (141 - 149) がキハ400形に改造され、残りの車両も1990年から1995年にワンマン化改造で700番台に改番され、廃区分番台となった。

500番台[ソースを編集]

主に東北地方を対象とした寒地仕様で、1977年末より製造された。デッキ付きで上段下降・下段上昇式のユニット窓と空気ばね台車を装備する。1982年までに94両 (501 - 594) が製造された。

初期に製作された501 - 520はDT44・TR227台車を装備し、車内の化粧板は淡緑色である。521号車以降は窓の配置や座席配置が変更され、車内の化粧板がクリーム色系、台車がDT44A・TR227Aに変更され、スカートの形状も変更された[注釈 20]

520以前の初期車両は譲渡[注釈 21]や淘汰が進み、2016年4月時点では磐越西線及び只見線運用に充てられている郡山総合車両センターの502のみが運用されている[4]

2000番台[ソースを編集]

関東以西の暖地向け仕様で、1979年に製造が開始された。窓は2段上昇式ユニット窓(このため500番台と比べて四隅に丸みがついておらず、車体よりやや奥まっている)、車内の化粧板はクリーム色系で、デッキは装備されていない。当初キハ47形を両運転台式としたキハ41形が計画されていたが、便所と暖房用ダクトの配置が困難であるため、キハ40形500番台に準じた車体で製造されたものであり、このためキハ47形の「両運転台版」という性格も併せ持つこととなった。台車は金属ばねのDT22D・TR51Cである。1982年までに148両 (2001 - 2148) が製造された。本来は暖地仕様だが、一部の車輌が男鹿線、只見線など寒冷地で運用されている例もある。

このうち、1980年製のキハ40 2055 は1983年6月に起きた指宿枕崎線沿線の集中豪雨が原因の事故によって大破し、同年7月付で廃車された。これは国鉄時代の本系列唯一の廃車である。

キハ47形[ソースを編集]

1.3 m幅の両開き扉を車体中央寄り2か所に配置した、いわゆる「近郊形」のレイアウトで、客室窓は2段上昇式ユニット窓、デッキは装備せず、北海道向けの酷寒地仕様も存在しない。キハ40形、キハ48形よりもラッシュ時などの客扱い能力を重視した片運転台車であり、仕向け地とトイレの有無による番台区分がある。車内の化粧板はクリーム色系だが、初期に製造されたキハ47 1 - 16は緑色系である。

0・1000番台[ソースを編集]

暖地向け仕様で、0番台車はキハ40形100番台車とともに1977年上期に製造が開始された。金属バネ台車装備。トイレ付きの0番台車は1983年までに193両 (1 - 193) が、その後1978年から製造が開始されたトイレなしの1000番台車は1982年までに134両 (1001 - 1134) が製造された。この暖地向けキハ47形327両が本系列の最大グループである。

500・1500番台[ソースを編集]

新潟地区向け寒地仕様で、空気ばね台車装備。1978年から1980年にかけてトイレ付きの500番台車22両 (501 - 522) とトイレなしの1500番台車21両 (1501 - 1521) が製造された。本来は寒地仕様だが、国鉄時代に越後線弥彦線の電化に伴い四国や中国、九州など温暖地に転じ、そのまま運用される例もある。

キハ48形[ソースを編集]

キハ40形と同等の車端部片開き2扉配置だが、片運転台であり、便所の有無や耐寒仕様による番台区分があるが、暖地仕様の車両は存在しない。 便所は運転台のない側の車端デッキ寄りに設置されている。

0・1000番台[ソースを編集]

500・1500番台と同一車体・デッキ仕切り付きながら金属ばね台車装備とした準寒地向けで、1981年から1982年にかけて便所付きの0番台車が6両、便所なしの1000番台車が4両製造され、美濃太田 (1 - 3・1001・1002) と敦賀 (4 - 6・1003・1004) に配置された。

敦賀に配属された車両は1991年に小郡(現・下関総合車両所新山口支所)へ転出し、そのうち5・6・1003の3両が2003年に岡山へ転出、6・1003は2010年3月31日付で廃車となった[5]。2016年4月1日時点では、下関から金沢総合車両所富山支所に転属し「花嫁のれん」に改造された4・1004のみが在籍する[4]

300・1300番台[ソースを編集]

北海道向け酷寒地仕様で、1982年にごく少数が製造された。デッキ付き、1段上昇式二重窓の車体構成はキハ46形とも類似する。輸送量が限られた北海道の路線では2両編成以上が必須の片運転台車は使いにくく、便所付きの300番台車は4両 (301 - 304)、便所なしの1300番台車は3両 (1301 - 1303) の製造に留まった。

304と1300番台全車が1988年にキハ480形に改造され、1300番台は廃区分番台となった。また、301 - 303の3両は、JR北海道に承継された後、2012年6月1日のダイヤ改正で札沼線(学園都市線)の一部区間が電化されたため運用から外され、3両ともミャンマー国鉄に売却されて300番台は廃区分となった[6][7][8][9][10][11][12]

500・1500番台[ソースを編集]

キハ40形500番台と同様の寒地仕様車で、1979年より製造が開始され、1982年まで増備された。デッキ付き、上段下降・下段上昇式ユニット窓と空気ばね台車を装備している。便所付きの500番台は59両 (501 - 559)、便所なしの1500番台は50両 (1501 - 1550) が製造された。主に東北地区や飯山線高山本線に投入された。

改造車・派生形式[ソースを編集]

国鉄[ソースを編集]

車齢が若かったこともあり、国鉄時代に本系列に対して行われた改番を伴う改造は、キハ40形1000番台の1例のみである。また、冷房改造は鹿児島地区で実施されたのみに止まっている。

冷房化改造[ソースを編集]

指宿枕崎線で運用する本系列に対し、降灰対策のためバス用独立機関式クーラーのトヨタ2Jと自動車用車内放熱器のRH21を用いたAU34による冷房化を、1986年から1987年にかけてキハ40形5両およびキハ47形10両に実施した。

機関直噴化改造[ソースを編集]

1983年製のキハ37形に搭載したDMF13Sの実績に基づき、本系列のDMF15HSAについても直噴化と電子ガバナ化改造を実施した。試作としまずキハ40 109およびキハ47 47、48、1034が改造され、試験の結果16-20%程度の燃料節減となったため、その後1987年までに北海道配置のキハ40系112両が改造された。

キハ40形1000番台[ソースを編集]

烏山線向けに暖地向け2000番台からトイレを撤去するなどの改造を行ったグループで9両が改造された。1001-1007は国鉄が1986年11月末から翌1987年3月末の間に、1008と1009はJR東日本が1991年1995年に各1両を改造した。改造時期などにより形態には差異がある。

キハ40 1001-10071979年4-5月に宇都宮運転所へ新製配置し烏山線で運用していたキハ40形2000番台(2011-2020[注釈 22])のうち水戸運転所へ転出した3両(2018-2020[注釈 23])を除く7両 (2011-2017) の改造車。改造工事は大宮工場で施行した。トイレの撤去により定員は98名となったが、撤去したトイレ部分の小窓と屋根上の水タンクが存置されていた。塗色は烏山線独自のローカル色(白(クリーム10号)地に緑色(緑14号)でr字様帯模様の2色塗装)に変更されている。国鉄分割民営化にあたり全車JR東日本に承継された。

民営化後の1990年3月に1001-1005と1007の6両はワンマン運転(後乗り前降り)対応改造と座席のロングシート化工事を施行し定員が144名に増加した。同時に車内案内自動放送装置、外部スピーカー、乗降口案内表示器が設置され、客室は旧トイレ部分の小窓をそのまま固定化して座席および網棚、吊手を延長し、ロングシートの中央部の排気管立ち上がり部分には消火器とくず物入れを設置している。更に1995年から1996年にかけて冷房装置 (サブエンジン式AU34) を搭載して網棚上4か所にクーリングユニットを装備し、水タンクとその横にあった通風器が撤去されている。乗降扉の半自動対応改造済み(乗降扉横に押しボタン式のドア開閉装置、ドア開閉時チャイム音)。なお6両とも機関換装は行われていないが、1001、1002、1004、1005の4両は燃料直噴式に改造(DMF15HSA-DI、出力230PS/1600rpm)された。

ワンマン化改造されなかった1006は、1990年3月に耐寒耐雪改造の上で東北地区に転出した。その後2004年に秋田総合車両センターでリニューアル工事が行われ、烏山線に残留した同番台車とは下記のように仕様が大きく異なっている。

キハ40 1008:1991年8月に、高崎運転所のキハ40 2087[注釈 25]を改造[注釈 26]。旧トイレ部に他の客室窓と同様のユニット窓を設けているほか、高崎時代にサブエンジン式のAU34冷房装置が搭載され、水タンク横の通風器が残る他、冷房用に天井にダクトが設けられており床下機器配置も異なる。機関は燃料直噴式へ改造(DMF15HSA-DI、出力230PS/1600rpm)された。

キハ40 1009:1995年12月に水郡線営業所のキハ40 2139[注釈 27]を改造[注釈 28]。1008と同様の冷房化がされており、水タンク横の通風器が残っている他、冷房用に天井にダクトが設けられている。旧トイレ部の窓はトイレ時代の小窓のまま固定化された。また水郡線時代にワンマン化されていたため、外部スピーカーと乗降口案内表示器の位置が他車と異なる。機関は原形のまま。

  • キハ40 2011 - 2017・2087・2139 → 1001 - 1009

JR北海道[ソースを編集]


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北海道旅客鉄道(JR北海道)には、キハ40形100番台150両とキハ48形7両(300番台4両・1300番台3両)の計157両が承継された。全車が酷寒地形で、キハ47形は国鉄時代から配置の事例はない。

キハ48 301 - 303を除くすべての車両には、ワンマン運転対応・機関換装・冷房装置搭載など、線区の事情に応じた改造が実施され、それに伴う改番が行われた。キハ400形・キハ480形を除く各車共通の改造点としては、電磁ブレーキ制御用のKE67形ジャンパ連結器の撤去と、ワンマン運転時および客用扉の半自動扱い時に共通で使用する、KE67形ジャンパ連結器の増設[注釈 29] が挙げられる。

なお、2017年度にローカル線用気動車の量産先行車の製作に着手し、老朽化した本系列を2019年度以降順次置き換えてる方針が発表された[13][14]。また、2016年春をめどに、状態が悪い車両を廃車し、運行本数も削減する予定である[15]

キハ400形・キハ480形[ソースを編集]

(函館本線岩見沢 - 札幌間、1996年9月26日)

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宗谷本線の高速化に向け、急行「宗谷」・「天北」・「利尻」に使用されていた14系客車[16]を置き換えるため、1988年にキハ40形100番台9両、キハ48形300番台1両、1300番台3両の計13両を急行列車用に改造したもの。それぞれ車番はそのまま形式をキハ400形キハ480形に改められ、両形式を総称してキハ400系ともいう。

特急列車が多くダイヤ密度の高い函館本線での高速運転や、宗谷本線の勾配区間での優等列車運用に対応するため、機関をキハ183系550番台・1550番台でも採用されたDMF13HZ (330 PS/2,000 rpm) に、変速機はJR東海キハ85系気動車JR東日本キハ100系気動車などに採用された多段式のN-DW14B形に交換して出力と加速力の向上を図った。結果、名寄駅での増解結作業が増えたにもかかわらず、客車時代よりも約40分のスピードアップとなった。

客室では座席がキハ183系500番台と同等のリクライニングシートへ交換されたが、窓と座席の間隔はほぼ不一致であった。またキハ400は便所を改良し、隣に洗面所も新設している。冷房装置はインバーター式の冷房装置 (N-AU400) を屋根上に1基搭載、その電源となるディーゼル発電機はキハ400形客室内の床上に設けた機器室内に設置し、キハ400形自車とキハ480形へ三相交流220Vを給電する方式とした。このため、キハ480形は単独では冷房装置を使用できない。この改造により、キハ400はトイレの隣の窓1つが洗面所スペースとして埋め込まれ、反対側は発電用機関スペースとなった窓2つ分が同様に埋め込まれてルーバーが増設され、使用列車名をあしらったエンブレム状のロゴが塗装で表現されていた。またキハ480形の種車のうち1両は300番台車であったが、トイレは改造時に撤去されて1300番台と同様の窓に変更されているため、違いは存置された屋根上の水タンクのみだった。定員はキハ400が48名、キハ480形は当初68名だったが、後に飲料水の自動販売機が設置され66名に減少した。

全13両で予備車が少ないため、多客期などはキハ56系やキハ54形などが増結されていた。その後、老朽化したお座敷気動車を置き換えるため、1997年にキハ400形3両がお座敷気動車に改造されて500番台に改番され、代替にはキハ182形が改造の上転用された。急行用として残った10両は、2000年の宗谷本線高速化完成に伴う急行の特急格上げに伴って運用から外され、学園都市線(札沼線)用の一般車(キハ40形330番台・キハ48形1330番台)に再改造されたが、キハ480 304は転用されずに苗穂工場で長期間留置された後、2006年10月6日付で廃車された。

  • キハ40 141 - 149→キハ400-141 - 149
  • キハ48 304・1301 - 1303 → キハ480-304・1301 - 1303


キハ400形500番台[ソースを編集]

老朽化したお座敷気動車キロ29形・キロ59形)を置き換えるために、1997年から1998年にかけて前述のキハ400形3両をお座敷車に改造したものである。同時期に改造されたお座敷車のキハ183系6000番台と同様、一般車と併結して運用することが可能である。

客室を可能な限り広く取るため前位側の出入り台(デッキ)を撤去し、塗装は深い赤と黒のブロックパターンに改められた。客室は床面をかさ上げしてカーペット敷きとし、深さ30cmの掘り炬燵構造としているが、乗客が足を伸ばしてくつろげるよう床面をフラットにすることも可能である。2003年度には冷房装置の交換などの更新改造が実施された。2015年3月31日付で2両(502・503)が廃車され、残った501も2016年11月に解体され、キハ400形は形式消滅した。

  • キハ400-141・142・149 → 501 - 503

キハ40形700番台[ソースを編集]

1990年から1994年にかけてキハ40形100番台にワンマン運転対応工事を行ったもので、キハ400形に改造された9両を除く141両全車が改造された。番号は1次車 (101 - 116) が種車の車両は元番号に725を足した連番、その他の竣工順の付番とされている。

また、17両が都市近郊輸送に対応するため、旧番号時代の1991 - 1992年に座席を2+1人掛けに改造している。番号は次のとおり。

  • キハ40 175・178 - 180・186 - 188・207 - 210・222・226 - 228・249・250 → 802 - 805・813 - 825

後に、機関の換装などにより一部が300・350・400番台に改造されたほか、789は改番前の150号時代の1988年に機関をキハ400形と同じDMF13HZに、変速機をN-DW14Bに換装しているが、番号上は区別されていない。DMF15HSAのまま機関の直噴化改造を施工された車両があり、その車両はエアクリーナーが移設されたため、車体側面の機関用吸気口が塞がれている。循環式汚物処理装置の取り付けが進んでおり、屋上の水タンクを撤去し車内設置に変更した車両も存在する。

JR移行後は、地域色を除き外板色が白地に萌黄色と青の帯に統一されていたが、2010年4月に、釧路運輸車両所所属の777が首都圏色(朱色5号)に変更された[17]

キハ40形300番台[ソースを編集]

1996年に学園都市線(札沼線)の増発のため、同線での運用に対応する改造をキハ40形700番台4両に対して行った[18]

機関はN-DMF13HZB (330 PS/2,000 rpm) に換装され、出力増強が図られた。サービス向上のため機関直結式冷房装置 (N-AU26) やトイレの汚物処理装置を搭載、混雑緩和対策としてシートが2+1人掛けとされ、客室とデッキの間の仕切り壁も撤去されている。客室とデッキの間の仕切り壁が撤去されたことにより車内の保温が困難になるため、ボタン開閉式の半自動ドアを装備している[18]。本番台は全車が苗穂運転所に配置され、同じく同所配置で札沼線(学園都市線)で運用されていたキハ141系気動車と共に、車体地色がライトグレーとなっている。改造時にワンマン設備を外したため、札沼線一部電化後は定期運用がなく団臨用などの予備車扱いになっている。

  • キハ40 702・748・773・782 → 301 - 304

キハ40形400番台[ソースを編集]

1996年に札沼線石狩当別 - 新十津川間のワンマン化と老朽化したキハ53形500番台の置き換えのため、キハ40形700番台2両を改造したものである。

置き換え対象車が、閑散ローカル線での1両運行と降雪時の排雪抵抗増に対応するために改造された2機関車である、本番台も動力装置をそれまでの改造車よりもさらに強化している。機関はほぼ同時期に改造されたキハ143にも搭載されている、標準型の2倍強の出力を持つN-DMF13HZD (450 PS/2,000 rpm) 、変速機を直結2段式のN-DW14Cに換装し、これに合わせて動力台車を2軸駆動に改造してN-DT44Bとした。またデッドマン装置に代えて緊急列車停止装置を搭載した。冷房装置は搭載していない。外観上は客用扉を萌黄色として区別している[19]

  • キハ40 769・770 → 401・402

キハ40形350番台[ソースを編集]

日高本線でキハ40形700番台を置き換えて使用されていたキハ130形が車体構造が原因で早期に老朽化したため、これの置き換えのために1998年から1999年にかけてキハ40形700番台10両を改造して再度投入したもので、愛称は「優駿浪漫」である。

キハ130形時のダイヤを維持するため機関をN-DMF13HZB (330 PS/2,000 rpm) に換装して出力を増強し、落ち葉などによる空転対策のため砂撒き装置を台車に装備している。学園都市線用の300番台とは異なり車内の改造は行わず、冷房装置も搭載されていないが、外板塗装は白地に青とピンクを配した独自のものに改められている。

基本的に日高本線の列車で使用されているが、2015年以降における同線の一部区間不通・バス代行に伴い室蘭本線など近隣線区でも運用されている。

  • キハ40 710・713・717 - 719・728・731・743・753・794 → 351 - 360

キハ40形330番台・キハ48形1330番台[ソースを編集]

2000年の宗谷本線急行の特急格上げに伴い、余剰となったキハ400形・キハ480形を学園都市線に転用するために再改造したものである[18]

通勤・通学用への転用に伴い、711系電車の廃車発生品を用いて座席を全てロングシートとした。また客室・デッキ間の仕切り壁や引戸を撤去し、かわりにボタン開閉式の半自動ドアを装備している。300番台と同様、この両番台も外板色がライトグレーとした。キハ400形は床上の機器室内に設置した電源用機関、その向かい側の洗面所を撤去[20]して客室とし、機器室跡に窓を1か所再設置し洗面所側は窓無しとした。電源装置の撤去により冷房用電源がなくなるため、両番台とも、キハ40形300番台同様の機関直結式冷房装置のN-AU26に交換され[18]、従来、冷房用電源の関係でキハ400形とペアで使用されていた キハ480も単独での運用が可能となった。新たに設置された冷房装置の、圧縮機から屋根上の本体に至る配管と配線は客室内の中央付近の側面を通るため、この部分でロングシートは分断され、約2人分のデッドスペースを生じているほか、キハ400形・キハ480形時の装備であった横引きカーテンのレール覆いや、窓框の縁取りが残されている。

2012年10月27日に学園都市線の桑園駅 - 北海道医療大学駅間の列車がすべて電車に置き換えられて一部の車両が余剰となった。このうち、キハ40 334・335とキハ48 1331 - 1333は海外譲渡のため同年11月下旬から12月上旬にかけて陣屋町駅まで甲種輸送された[21][22][23]

  • キハ400 143 - 148 → キハ40 331 - 336
  • キハ480 1301 - 1303 → キハ48 1331 - 1333

キハ40形1700番台[ソースを編集]

根室本線2524D列車(2010年1月17日 新吉野駅 - 豊頃駅

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後の長期使用を見越し、キハ40形700番台に延命改造を実施したものである。2003年度から11年程度をかけて全車に施行される計画で、2013年4月時点で84両に施行され、このうち、キハ40 1795が函館運転所構内の脱線転覆事故で2007年3月7日に廃車になったため、苗穂運転所に5両、苫小牧運転所に18両、釧路運輸車両所に24両、函館運輸所に20両、旭川運転所に16両の計83両が配置されていた。改造内容は、駆動用機関のN-DMF13HZI (243kW (330 PS)/2,000 rpm) 、液体変速機の直結3段式 (N-DW40) への換装、その他の付随する機器の交換、客室の床材の張替え、天井にある扇風機をラインフローファンに交換、ワンマン運転用機器の更新のほか、屋根上の水タンクの撤去と車内への移設などである。改造車の番号は原番号に1000が加えられている。

函館運輸所の1792と1796が2004年2005年の「大沼バーベキュー号」の動力車として、ナハ29000に合わせた茶色塗装に変更されたが、その後JR北海道標準色に戻っている。2010年4月に、釧路運輸車両所所属の1749と1758が首都圏色(朱色5号)に復元された[24][25]

2016年3月には、江差線道南いさりび鉄道への転換に伴い、9両が同社へ譲渡されている。

「鉄道員(ぽっぽや)」用改造車[ソースを編集]

1999年に映画『鉄道員(ぽっぽや)』の撮影用としてキハ40 764に改装を施した。この車両は作品に登場するキハ12形に似せて側窓の上部をHゴム支持としたいわゆる「バス窓」に、前面のパノラミックウィンドウを平窓に、前照灯を貫通路上部の1灯式に改め、車番も「キハ12 23」(実在したキハ12形の最終番号の次の番号)に書き換えていた。キハ12形により近い外観のキハ22形は既に定期運用がなかったため、キハ40系が改造されたものである。映画撮影の終了後も前照灯をシールドビーム2灯[注釈 30] に改め、ナンバーを本来の番号に書き換えた以外はそのままの姿で使われ、「ぽっぽや号」として観光目的の臨時列車にも充当された。しかし、ブームの終了による集客の低下に伴い保留車となり、側面の改造で車体の老朽化が進み、前照灯と窓の変更により運転環境も悪化していたため、2005年6月24日に気動車の余剰整理を機に廃車された。廃車後は車体が2分割され、一方の先頭部はロケ地の幾寅駅前に保存されている。

JR東日本[ソースを編集]

東日本旅客鉄道(JR東日本)には、キハ40形117両(500番台92両・1000番台7両・2000番台18両)・キハ47形28両(0番台3両・500番台12両・1000番台2両・1500番台11両)・キハ48形74両(500番台41両・1500番台33両)の計219両が承継された。

民営化後の高出力車キハ100系・110系導入により、収容力は大きいが機関出力の小さい40系気動車は比較的平坦でワンマン運転に適さない線区に配置されている。他社に比べて数は少ないが、線区の事情に応じたワンマン運転対応工事や座席の変更の他、冷房装置の搭載、機関の換装も継続的に実施されている。秋田地区の男鹿線用車と新潟地区の羽越・磐越西線で運用される車両には、更新時に混雑対策としてロングシート化とデッキの撤去も実施された。なお、五能線などではキハ40形でデッキの仕切りがある車両とワンマン対応の仕切りが無い車両が混在する。

八戸線で運用されているキハ40 516 - 518とキハ48 539・556 - 559はトイレが撤去され、器材室に変更され、ドアに「器材室」「トイレは他の車両です」と表示されている。形式もしくは番号の変更を伴う改造は、前述のキハ40形1000番台2両とジョイフルトレインへの改造にともなう8両のみであるが、ジョイフルトレイン(イベント用列車)への改造は多く、現在までに8タイプが登場している。

同社では2006年4月までにキハ40形13両とキハ48形2両の計15両が余剰により廃車となっている。2002年に廃車されたキハ40 511は会津鉄道に譲渡の上で展望気動車「風覧望(ふうらんぼう)」(AT-400形401)に改造され、本系列初の譲渡例となった。

2011年3月11日の東日本大震災による津波により、キハ48 502・1512(石巻線女川駅停車中の1639D)[26]、キハ48 552・1544(気仙沼線松岩駅 - 最知駅間の2942D)[26] が流出し大破、廃車になっている[27]

また、女川駅隣接の温泉施設「ゆぽっぽ」に1両(旧キハ40 519)が保存され、車内を畳敷きとした上で休憩室として利用されていたが、こちらも津波で流され大破している[28]

冷房化改造[ソースを編集]

1987年から1988年、および1995年に前述のキハ40形1000番台6両を含む計26両にサブエンジン式のAU34による冷房化改造が実施されている。床下の熱交換器を撤去して冷房装置を搭載するもので、1987年から1988年にかけて改造された車両は室内熱交換器を床下に設置する方式、1995年に改造された車両は荷棚部に室内熱交換器を設置する方式である。その後1995年以降、南秋田運転所、小牛田運輸区、新津運転所の計113両について機関直結式のAU26J-Aによる冷房化改造が実施されている。

機関換装[ソースを編集]

前述の機関直結式AU26J-A冷房装置の設置などと合わせて機関をカミンズ製DMF14HZ (300 PS/2,000 rpm) へ交換する改造が実施されている。なお、JR他社における改造の事例と異なり、液体変速機はDW10のままであり、機関出力を下げて使用されている。

漫遊 → ふるさと[ソースを編集]

1995年に水戸支社でキハ48 534・548およびキハ40 2138をお座敷車に改造したもので、それぞれキロ48 1・2とキロ40 1に改番され、編成としては「漫遊」と命名された。2000年に仙台支社に転出し、「ふるさと」と改称されている。

キロ48 1には「華 (HANA)」、キロ48 2には「風 (FU)」、キロ40 1には「月 (GETSU)」の愛称が付され、車体はそれぞれ日本の伝統色である緑・紫・紅を基本色とし、その下部に金色を配して華やかさを演出している。改造当初はグリーン車であったが、2003年4月に普通車に変更され、キハ40 2501とキハ48 2501・2502に改番された。

2016年8月28日の団臨をもって運用から外された。[1]

リゾートしらかみ「青池」編成 → CRUISING TRAIN[ソースを編集]

1997年3月の秋田新幹線開業に伴い、1990年から五能線で運転されていた50系客車による眺望列車「ノスタルジック・ビュートレイン」に代わる新しいリゾート列車として改造された列車である。2003年の姉妹車「ブナ」編成の登場に伴い、「青池」編成と命名された。

キハ48 533・540・1521・1543を改造したもので、いずれも改造に伴う改番は行われずに原番のままとなっている。1・4号車の533と540は展望ラウンジ付きの座席車(回転リクライニングシート)、2・3号車の1521と1543は6人または4人用の簡易個室車とし、同時に冷房装置 (AU26J-A×2) を搭載、機関をDMF14HZ (300 PS/2,000 rpm) に換装している。外観では、1・4号車の前頭部形状を変更した他全車の側窓を拡大してブロンズガラスの固定窓とし、眺望を存分に楽しめるよう配慮し、これに併せて前照灯をHIDとした。塗装は白神山地の白、日本海の深青をイメージした塗り分けとしている。臨時快速列車「リゾートしらかみ」(秋田駅 - 弘前駅・青森駅)に使用され、2006年3月18日のダイヤ改正を前に3両編成となり、キハ48 1521は「くまげら」編成に転用された。

東北新幹線全線開業に伴う2010年12月4日のダイヤ改正にあわせ、ハイブリッドシステムを搭載した新型リゾートトレイン、HB-E300系4両編成1本が導入された[29] ことにより、現行の「リゾートしらかみ」3編成のうちこの青池編成が置き換えられた[30]。置き換え後、中間車のキハ48 1543は、ダイヤ改正によるリゾートしらかみの4両編成化に伴い「ブナ」(木偏に無と書く「橅」という表記で案内されている。機種依存文字のため、以下カタカナで表記する)用の中間車に改造されてに組み込まれ、残ったキハ48 533・540は2011年に団体臨時列車用の「CRUISING TRAIN」に改称された。外部の列車名ロゴを張り替えた程度で、内外装の改造は行われていない。

リゾートしらかみ「ブナ」編成[ソースを編集]

2002年12月の東北新幹線八戸延伸に伴って展開された「北東北ディスティネーションキャンペーン」に合わせて登場した増備車である。従来の編成と編成両数や設備が異なり、区別するために「ブナ」編成と命名された。従来の「青池」編成が4両編成であるのに対して3両で組成されていたが、後の2010年12月のダイヤ改正で旧「青池」用であったキハ48 1543を「ブナ」用に改造した上で組み込み、4両編成化された。

改造はキハ40形3両を種車として実施されたが、種車が両運転台であるため後位側の運転台を撤去し、その跡にトイレ・洗面所または喫煙室を設置した。これにより形式をキハ48形に変更し、車番を改めた(キハ40 506・507・510 → キハ48 701・702・1701)。外観は「青池」編成の青に対し白神山地の深緑を車体色とし、前頭部の形状も「青池」編成とは異なるイメージのものとした。本編成は、客用扉にドアチャイムを設置する。

リゾートしらかみの他、房総地区や飯山線などでの臨時列車としても運行されたことがあるが、2016年7月15日をもってHB-E300系に置き換えられた。

リゾートしらかみ「くまげら」編成[ソースを編集]

2006年3月18日のダイヤ改正で「リゾートしらかみ」は多彩な観光メニューに対応するため3往復体制となり、これに併せて第3編成として投入されたのがこの「くまげら」編成である。内装と設備は「ブナ」編成と同一であり、本編成も客用扉にドアチャイムを設置する。種車は両先頭車がキハ40形で、中間車は元「青池」編成のキハ48 1521である(キハ40 515・520 → キハ48 703・704)。3両編成であったが、2010年12月のダイヤ改正でキハ48 1503を「くまげら」用に改造した上で組み込み、4両編成化された。

外観はオレンジ色が基調として、「青池」編成と「ブナ」編成を意識した青・緑の帯を入れている。2008年からリゾートしらかみの他、房総地区の臨時列車としても運行されたほか、2009年には盛岡駅 - 仙台駅間の臨時快速「光のページェント号」でも使用されている。

びゅうコースター風っこ[ソースを編集]

びゅうコースター風っこ」は、キハ48形をトロッコ気動車に改造した車両で、仙台支社が2000年から運用を開始した。

従来、仙台支社では貨車を改造したトロッコ車両を保有していたが、運転時の入換作業や保安要員の配置など運行コストの問題があったため、これら貨車編成の置き換え用としてキハ48 547・1541を改造した。改造にともなう改番は実施されておらず、機関をDMF14HZに換装している。

車体側面を大きく開口させ、外気を存分に感じることができるようにするとともに、冬季には寒気対策のために開口部にガラス戸をはめ込んだり、取り付けられたストーブを焚くことができる。また、開口部の下部にはガラス戸を設置し、さらに開放感を高めている。外装は、春から夏に掛けての車窓の自然をイメージした緑(若葉)、青(川・湖)、白(雲)、黄(光)をちりばめた爽やかなものである。車内には、難燃木材を使用した木製座席が設けられ、各ボックスにはテーブルが設置された。天井は骨組みを剥き出しにし、白熱灯を用いてレトロで暖かみのある雰囲気を創り出している。

き・ら・き・らみちのく → リゾートうみねこ[ソースを編集]

き・ら・き・らみちのく」は、2002年12月の東北新幹線八戸駅延伸時に導入されたリゾート列車で、下北・津軽方面への観光輸送を目的としている。キハ48 1505・1506・1534を改造したもので、改番はされていない。列車名は「きらきらみちのく」、車両名は「き・ら・き・らみちのく」であった。

前面と側面の窓は眺望に配慮して拡大し、UVカットガラスの固定式とした。塗色は青森県内各地で開催される「夏祭り」をイメージした赤を基調に窓下を白に塗り分けている。機関をDMF14HZ・変速機をDW19-Rに換装し、冷房装置 (AU26J-A×2) を屋根上に搭載した。車内は、1・3号車 (1505・1506) に2人掛けと1人掛けの回転式リクライニングシートを装備、2人掛けシート設置部は床を100 mmかさ上げしたハイデッキ構造とし、1人掛けシートは眺望に配慮して45度窓側に向けた状態で固定可能であるほか、トイレと洗面所も新設し、客室との間に喫煙室を設置している。2号車 (1534) は座面を畳敷きとしたボックスシートで、背もたれを高くした個室に近い構造となっているほか、前位には、観光用VTRや運転席からの映像を放映することができるモニタを備えた情報コーナーを設けている。

休日を中心に、東北新幹線「はやて」に接続して八戸駅 - 大湊駅間で運転されていたが、2010年11月28日に「き・ら・き・らみちのく」での運行を終了した。また釜石線大船渡線の臨時列車でも使用された。その後、「青森デスティネーションキャンペーン」にあわせて、八戸線沿線の海をコンセプトに、上部はさわやかな「空の青」、下部は太平洋の「深い青」、上部と下部の境目に「水平線から昇る太陽(サンライズ)」イメージした塗装に変更するなどの再改造が行われ、2012年春から八戸線を中心に運行されており、愛称は一般公募により「リゾートうみねこ」となった[31][32]

うみねこ → キハ48形リクライニング車[ソースを編集]

「うみねこ」は、東北新幹線八戸駅延伸を機に、八戸線の観光路線としての活性化を図るために導入された列車である。キハ48 555・1549の座席を回転式リクライニングシートに交換し、トイレを洋式に改装して汚物処理装置を装備したが、冷房装置の搭載や機関の換装は行われず、車体にも手が加えられていない。塗装は、車体中央部を海をイメージした青として本列車のネーミングの元となったウミネコを描き、車端部は太平洋の日の出をイメージした赤として、その間に白と黄のストライプを入れたものとしている。「うみねこ」運行終了に伴って臨時列車に使用されており、JR東日本盛岡支社HPでは「キハ48系リクライニング車」と表記される。 2006年5月3日と2007年9月17日には津軽線の臨時快速「終着駅号」として運行されたほか、三陸鉄道北リアス線経由で宮古駅まで乗り入れたこともある。 2011年4月から八戸線を走るリゾートトレイン「リゾートうみねこ」の運転開始に伴い、同線での「うみねこ」としての定期運行が終了し、同年9月の全般検査の際に車体中央部のウミネコのイラストと文字が消され、前面のヘッドマークも外された。 2012年8月11日 - 19日のお盆期間に、盛岡 - 釜石間の快速「ふるさとの風釜石」として運行され、同年10月からは土曜、日曜、多客期および大人の休日クラブパス使用可能日に新青森 - 大湊間で運行していた「リゾートあすなろ下北1号・2号」に代わって、八戸 - 大湊間の臨時快速「まさかり」として運行された。なお、当時大湊線を走行する車両では唯一の非冷房車であった。 2014年2月23日に臨時快速「まさかり」の運行が終了し、同年6月1日より走行線区と運転時刻はそのまま、臨時快速「なのはな」となり、7月1日から臨時快速「はまなすベイライン」へと改称した。

みのり[ソースを編集]

みのり」は、2008年10月から12月にかけて開催された「仙台・宮城デスティネーションキャンペーン」の一環として、郡山総合車両センターで改造製作された。

2008年10月1日より「リゾートみのり」として仙台駅 - 新庄駅間(東北本線陸羽東線経由)で運転を開始した。「みのり」の愛称は一般公募によるもので、陸羽東線のキーワードである「稲穂」=実りある収穫、「温泉」=実りあるひととき、「紅葉」=実りの秋、そして「実り多い旅にしてほしい」という意味が込められている。

東京方先頭1号車からキハ48 550+キハ48 549+キハ48 546の普通車3両編成で、番号は改造前と同一。

越乃Shu*Kura[ソースを編集]

越乃Shu*Kura」(こしのしゅくら)は、2014年4月 - 6月に開催された「新潟デスティネーションキャンペーン」の一環として、郡山総合車両センターで改造施工された。

2014年5月2日より「越乃Shu*Kura」として高田駅 - 十日町駅間(上越線飯山線経由)で運転を開始した。

キハ48-558+キハ48-1542+キハ40-552の普通車3両編成で、車両番号は改造前と変わっていない。1号車はびゅう旅行商品専用車両となっている。キハ40系列の中で初めて前照灯がLED化され、2016年3月26日ダイヤ改正からの上越線でのATS-P使用開始のため搭載改造を施工した。

JR東海[ソースを編集]

JR東海には、キハ40形14両(500番台2両・2000番台12両)、キハ47形5両(0番台2両・1000番台3両)、キハ48形40両(0番台3両・500番台18両・1000番台2両・1500番台17両)の計59両が承継された。

冷房装置の搭載は1988年に試験的に実施した後、1990年度からは床下搭載型のAU27形とAU28形によって本格的に実施され、1991年度中に全車の改造を完了した。

車体の塗色は1990年頃まで国鉄色である首都圏色(朱色5号)であったが、1990年頃から順次アイボリー地に湘南色(緑とオレンジ)のラインを入れたJR東海色に塗り替えられた。2011年よりキハ40 3005・キハ40 6309・キハ48 3812・キハ48 6812・キハ48 6502の5両は旧国鉄一般形気動車標準色風の塗色になった[33]。最終配置はキハ40 6309のみ美濃太田車両区で、残りの4両は伊勢車両区である。

機関の換装は1989年以降に少数に実施され 1997年度からは本格的に実施され、1999年度までに全車に対して施工を完了した。なお、1997年からの機関換装にあわせて全車を改番している。

ワンマン運転対応は、1991年の東海交通事業城北線開業に伴い同線用に貸し出されたキハ40 2057・2112に実施された後、翌年には武豊線のワンマン化に伴いキハ48形にも実施され、その後ワンマン運転線区の拡大により全所属車の半数以上が改造されたが、キハ47形のワンマン運転対応車はない。

初期の機関換装[ソースを編集]

1989年以降に同社のキハ85系で採用されたカミンズ英国工場製のC-DMF14HZ (350 PS/2,000 rpm) に換装された車両は以下の通り。

キハ40形5000番台[ソースを編集]

紀勢本線用のキハ40形2000番台の機関を換装し冷房装置を搭載したもので、1989年から1990年にかけて6両が改造された。冷房装置はC-AU711Dを2基屋根上に搭載している。番号は原番に3000を加えたものとされたが、1999年度に後述の番号整理に伴って3000番台に再改番された。

  • キハ40 2030 - 2032・2058・2059・2129 → 5030 - 5032・5058・5059・5129 → 3001 - 3003・3005・3306・3010
キハ48形3500番台[ソースを編集]

1992年の武豊線への投入に伴い、東海道本線での運用のためキハ48形500番台の機関をC-DMF14HZに換装して出力増強を図るとともにワンマン運転設備を付加したもので、5両が改造された。番号は原番に3000を加えたものとされたが、後述の番号整理に伴って1999年に3800番台に再改番された。

なお、これらとペアを組むキハ48形1500番台5両(1523・1524・1528 - 1530)にもワンマン運転設備が付加されているが、機関換装は実施されず、改番も行われなかった。

  • キハ48 526・529・531・532・541 → 3526・3529・3531・3532・3541 → 3809・3812・3814・3815・3816

機関換装、ワンマン運転対応と番号整理[ソースを編集]

機関換装は1997年度から再開され、保有される全形式の全車の機関をキハ75形キハ11形300番台で採用されたカミンズ英国工場製のC-DMF14HZB (350 PS/2,000 rpm)HZBに、変速機をキハ85系・キハ75形で採用された新潟コンバータ製C-DW14A(変速1段・直結2段) に換装し、同時に、寒地装備、トイレ、ワンマン運転装備の有無、機関の形式により一定の基準によって分類して改番を行った。暖地向け車は5001(トイレなし車およびキハ40形は6001)から、寒地向け車は5501(トイレなし車は6501)からそれぞれ原番の順に機関換装と同時に改番した。1999年には、以前に機関換装を実施た車両も再度改番しており、C-DMF14HZ搭載車として3000番台に区別した。ワンマン運転対応車両は300を加えてさらに区別された。

概要は以下の通り。

キハ40形[ソースを編集]
3000番台
旧5000番台。C-DMF14HZ搭載。3001 - 3003・3005・3010の5両。このうち一部はJR西日本所属車と番号が重複している。3005は2011年6月8日より旧国鉄一般形気動車標準色風の塗装に塗り替えられている[33]。2015年7月・12月に廃車され、ミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
3300番台
旧5000番台。3000番台のワンマン運転対応車。3306の1両のみ。2015年12月に廃車され、ミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
5500番台
500番台にC-DMF14HZBを搭載。2両 (576・577 → 5501・5502) が改番されたが、後に5502はワンマン運転設備を付加して後述の5800番台に再改番され、5501は2015年12月に廃車され、ミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
5800番台
1999年に5500番台にワンマン運転設備を付加して再改番 (5502 → 5802) したもの。5802の1両のみ。2015年7月に廃車され、ミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
6000番台
2000番台にC-DMF14HZBを搭載。6両 (2057・2111 - 2113・2130・2131 → 6004・6007 - 6009・6011・6012) が改番されたが、全車にワンマン設備を付加して6300番台に再改番され、2000年度に消滅した。
6300番台
1999年から2000年にかけて6000番台にワンマン運転設備を付加[注釈 31] し、再改番 (6304・6307 - 6309・6311・6312)したもの。2015年7月・2016年3月に廃車され、6304を除きミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
キハ47形[ソースを編集]
5000番台
0番台にC-DMF14HZBを搭載した2両 (3・4 → 5001・5002) 。2015年3月に廃車されミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
6000番台
1000番台にC-DMF14HZBを搭載した3両 (1027・1109・1110 → 6001 - 6003) 。2015年3月・4月に廃車されミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
キハ48形[ソースを編集]
3800番台
旧3500番台。改番時点でワンマン対応改造済み。3809・3812・3814 - 3816の5両。3812は2011年4月18日より旧国鉄一般形気動車標準色風の塗装に塗り替えられている[33]。3814は2015年3月に、残る4両は2015年4月・7月・2016年3月に廃車され、いずれもミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
5000番台
0番台にC-DMF14HZBを搭載。3両 (1 - 3 → 5001 - 5003) が改番されたが、後に5002と5003の2両がワンマン運転設備を付加して再改番され、5001は2015年12月に廃車されミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
5300番台
5000番台にワンマン運転設備を付加して再改番したもので、2000年と2003年に1両ずつ (5302・5303)、計2両に実施。2016年3月に廃車され、5302はミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
5500番台
500番台にC-DMF14HZBを搭載。13両 (509 - 514・524・525・527・528・530・542・543 → 5501 - 5508・5510・5511・5513・5517・5518) がこの番台となったが、後に8両がワンマン運転設備を付加して5800番台に再改番されたため、5501・5508・5511・5513・5518の5両が残った。5511・5513は2015年3月に廃車。残る3両は2015年7月・12月に廃車され、いずれもミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
5800番台
1999年から5500番台にワンマン運転設備を付加して再改番したもの。5802 - 5807・5810・5817の8両。2015年4月・7月・2016年3月に廃車され、いずれもミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
6000番台
1000番台にC-DMF14HZBを搭載。2両 (1・2→6001・6002) が改番されたが、後に6002がワンマン運転設備を付加して再改番されたため6001のみとなったが、2015年7月に廃車されミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
6300番台
2000年に6000番台にワンマン運転設備を付加して再改番を実施したもの。6302の1両のみで、2016年3月に廃車されミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
6500番台
1500番台にC-DMF14HZBを搭載。17両 (1515 - 1519・1523 - 1531・1536 - 1538 → 6501 - 6517) がこの番台となったが、後に14両がワンマン運転設備を付加して6800番台に再改番され、6501・6502・6517の3両が残った。2015年7月・12月に廃車され、いずれもミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。
6800番台
1999年から6500番台にワンマン運転設備を付加して再改番したもので、6803 - 6816の14両に対して実施された。うち6806・6807・6811 - 6813の5両は6500番台への改番時点ですでにワンマン運転設備を装備していた。2015年4月・7月・12月・2016年3月に廃車され、6805 - 6807と6811を除きミャンマーへ譲渡。廃区分番台となった。

JR西日本[ソースを編集]

JR西日本には、キハ40形63両(すべて2000番台)、キハ47形189両(0番台108両・500番台3両・1000番台75両・1500番台3両)、キハ48形5両(0番台3両・1000番台2両)の計257両が承継された。これはJR旅客鉄道会社の中で最大である。

形式と番台の変更を伴う改造は、キハ40形・キハ47形の座席のロングシート化による改番とキハ47形の両運転台化によるキハ41形への改形式、イベント用列車への改造に伴うもののみであるが、1989年度よりキハ40形の全車とキハ47形の大半にワンマン運転対応化改造が実施されている。

また、広島支社(下関総合車両所)配属の車両については側面中央上部にLED式の行先表示器の増設が行われ、板式の行先標の使用を終了している。民営化に前後して様々な地域色が登場したが、2009年からは塗装工程の簡略化のため、再び首都圏色(朱色5号) への塗装変更が進んでいる。

冷房化改造[ソースを編集]

1989年度から1995年度にかけて日本電装製のサブエンジン式冷房装置AU34による冷房改造が全車に対して実施されている。床下の暖房用熱交換器を1基撤去してAU34を搭載し、車内荷棚部に室内熱交換器を設置している。

機関換装[ソースを編集]

1994年度から2000年度にかけて機関および液体変速機の換装を実施している。機関はコマツ製SA6D125H-1AもしくはSA6D125HE-1への換装が実施された。機関換装工事実施中は旧機関の車両との併結を考慮し出力を265 PS/2,000 rpmに制限し、換装完了後順次330 PSへ引き上げているが、岡山気動車区所属のキハ40形2000番台の一部と3000番台は、2012年1月時点でも265 PSのまま使用されている。

液体変速機はコマツ製のKTF3335A-1A(変速2段・直結3段、自動式)または新潟コンバータ製TACN-22系(変速1段・直結2段、自動式)へ換装したが、台車が元のままの1軸駆動であり、軸重に対して出力が勝ち過ぎて空転を起こしやすい傾向があり、台車強度の関係から出力を本来の355 PSから330 PSに落としている。また、液体変速機のうちコマツ製のKTF3335A-1A換装車は、105 km/h以上で使用可能な直結3段目はキハ40系の最高速度が95 km/hのため使用されず、実質的には変速2段・直結2段である。

延命40N工事と冷房装置交換[ソースを編集]

1999年度から2009年度にかけて、103系電車113系電車等の国鉄形電車と同様の延命40N工事が実施されているが、改番は行われていない。主な改造内容は、車体外板腐食部張替え、キハ47形の戸袋窓の埋め込み、通風器撤去、側窓を下段固定、上段下降式への交換、化粧板張替え、ドアの半自動装置の電気指令式への変更などである。また、同時もしくはほぼ同時期に冷房装置の機関直結式のWAU201への交換がキハ47形5両を除いて実施されており、床下のAU34の撤去と屋根上へのWAU201の熱交換器の搭載が行われている。

キハ40形3000番台・キハ47形2000・2500・3000・3500番台[ソースを編集]

車内の座席をロングシートに交換したもので、キハ40形は3000番台に、キハ47形は0・1000番台は2000・3000番台に、500・1500番台は2500・3500番台に改番された。1991年から1992年にかけてキハ40形5両とキハ47形27両(2000番台16両、2500番台1両、3000番台9両、3500番台1両)に対して施工され、1996年度にはキハ47形21両(2000番台7両、2500番台2両、3000番台11両、3500番台1両)が追加で改造されたが、こちらはボックスシートを一部残している。

キハ40形は岡山地区に、キハ47形は岡山(吉備線)・米子・山口地区にそれぞれ配置され、いずれもラッシュ時に運用されている。

  • キハ40 2009・2010・2116・2117・2028 → 3001 - 3005
  • キハ47 12・17・23・26・48・67・86・97・98・108・147・154・155・161・162・163・164・166・168・181・186・192・193 → 2001 - 2023
  • キハ47 506 - 508 → 2501 - 2503
  • キハ47 1001・1002・1003・1006・1018・1020・1021・1023・1034・1063・1067・1095・1096・1104・1111・1114 - 1116・1123・1124 → 3001 - 3020
  • キハ47 1506・1508 → 3501・3502


キハ41形[ソースを編集]

1998年の播但線電化に際し、同線のうち非電化で残る寺前駅 - 和田山駅の単行運転用としてキハ47形1000番台に運転台を増設して両運転台化したもの。5両を鷹取工場で改造して福知山電車区豊岡支所に配置し、播但線内や山陰本線豊岡駅 - 浜坂駅間で単行もしくは2両編成で運用している。

増設運転台は種車の車体に新造の切妻前面構体を接合しており、既設運転台と灯具類の設置位置や運転室内配置を揃えた特徴的なものとなっている。増設運転台直後にトイレと水タンクを増設しており、2000番台に付番されている。なお、キハ41 2001のみ増設運転台が豊岡側に位置する。

  • キハ47 1009・1010・1024・1039・1105 → キハ41 2001 - 2005


改造後数年でリニューアル工事を実施したほか、単色化により首都圏色となった。

キハ47形7000番台[ソースを編集]

2005年から観光列車用にキハ47形の内装・外観を改装した車両である。トイレ付き車とトイレなし車で2両編成を組み1両は指定席車として運用されるが、種車と異なりトイレの有無による番台区分はされておらず通番が付与されている。

瀬戸内マリンビュー
2005年10月1日から呉線(瀬戸内さざなみ線)広島駅 - 三原駅間において観光列車「瀬戸内マリンビュー」が運行されるのに伴い、キハ47形2000・3000番台を改造したもの。前面は表示装置や貫通扉が埋め込まれ、船を意識したオールライフブイ (Lifebuoy) が飾られている。側面は運転室側の乗降扉が埋められ、ステップもかさ上げされている。指定席車のキハ47 7001は山側の腰掛に海側を向いてソファーシートが採用されるなど、客室仕様も大幅に変更されている。一方、自由席車のキハ47 7002は乗降扉が一箇所となったほかは基本的に従来どおりである。リニューアル工事も含めた改造費用は8,000万円で、呉線沿線の4自治体三原市竹原市東広島市呉市)が全額を負担している。
2012年に宮島口駅 - 三原駅間で「清盛マリンビュー」として運転された際には、列車のヘッドマークに「大河ドラマ『平清盛』広島県推進協議会」のキャラクター「ひろしま清盛」のイラストを用い、正面右側(運転士側)のオール・ライフブイの代わりに大しゃもじが飾られるなどの意匠変更が行われた。
  • キハ47 2011・3002 → キハ47 7001・7002
みすゞ潮彩 → ○○のはなし
2007年7月1日から山陰本線新下関駅 - 仙崎駅間で運行された観光列車「みすゞ潮彩」用にキハ47形0・1000番台を改造したもの。外装には列車名にもなった童謡詩人金子みすゞの生きた時代にちなんだアール・デコ調の装飾が施され、側面は、指定席車は運転室側の乗降扉が埋められて三角形や八角形の窓がはめ込まれ、海側の窓配置が大幅に変わった一方で、自由席車は海側・山側とも従来どおりである。
指定席車の内装は全席海側を向いた座席となり、客室も大幅に変更されている。一方、自由席車は一般的なキハ47形のリニューアル車の内装とほぼ同じであるが、トイレが洋式に改造されている。改造費用の8,000万円は山陰本線沿線の自治体である下関市長門市が負担した。車番は「瀬戸内マリンビュー」の続番であるが、こちらは前面の貫通扉が存置され一般車との連結も可能である。
2017年1月29日に「みすゞ潮彩」の運行が終了したのち再改造され、同年8月5日より新下関駅 - 東萩駅間を運行する新たな観光列車「○○のはなし」の運行に使用されている[34]。1号車(元自由席車)も2+1列の大型テーブル付きボックスシートに改められて指定席化され、海側の窓が大型化されている。2号車(元指定席車)は座席配置等に大きな変更はないものの、売店スペースがオープンカウンターになり、全体的に木目を強調したデザインに改められている。
  • キハ47 1107・46 → キハ47 7003・7004

花嫁のれん[ソースを編集]

2014年7月7日、キハ48形2両を改造し、七尾線観光列車「花嫁のれん」として2015年10月から運行されることが発表され[35][36]、同年10月3日から運行を開始した。車種はキハ48 4とキハ48 1004で[37]、落成は2015年8月26日である。

ベル・モンターニュ・エ・メール[ソースを編集]

2015年1月22日、キハ40形1両を改造して城端線氷見線にコンセプト列車として北陸デスティネーションキャンペーンまでに運行を開始することが発表され、同年10月10日より運行を開始した[38]。列車名はベル・モンターニュ・エ・メール(愛称:べるもんた)となった[39]、車種はキハ40 2027で、落成は2015年9月10日である。

天空の城 竹田城跡号[ソースを編集]

2015年3月3日、2014年度から播但線ラッピング列車として運行している「天空の城 竹田城跡号」の車内を暖かみのある木目調の床や窓向きの座席にし、観光素材を映し出すモニターを配置するようにリニューアルする事が発表され、3月20日から運転を開始した[40]。車種はキハ40 2007[41]である。

JR四国[ソースを編集]

JR四国には、キハ40形(2000番台)11両とキハ47形42両(0番台19両・500番台5両・1000番台13両・1500番台5両)の計53両が承継された。JR四国では、「伊予灘ものがたり」用改造車を除いて形式と番号の変更を伴う改造や機関換装は実施されていないが、接客設備の改善として1988年に53両全車に対し冷房装置の設置(機関の熱交換器を撤去してS4F給電用機関を設置し、FTUR-300を2基屋根上に搭載)、1989年にキハ40形全車に対してワンマン運転対応設備の設置、トイレの撤去、旧トイレ部分への他の側窓と同型の2段ユニット窓の新設と屋上水タンクの撤去、1993年までにキハ47形のトイレ下に汚物処理装置の取り付けが実施されている。また、2008年2月から、徳島運転所配置のキハ47形2両の車体色が新製時の首都圏色(朱色5号)に変更されている。

簡易電気検測車化改造[ソースを編集]

JR四国は、JR北海道・JR九州と同様に電気検測車を保有しておらず、JR西日本からキヤ191系検測車を借り入れて自社線の信号設備等の検測を行っていた。この検測作業をある程度自社の車両等で行い、借り入れ費用を節減する目的で、1988年にキハ40 2147に検測機器を搭載し、簡易電気検測車に改造した[42]

改造により、車両両端に踏切制御子測定用受電器を、後位側台車にATS地上子測定用車上子をそれぞれ取り付け[42]、車内には測定・記録機器が搭載された。客室設備に変更はなく、営業列車に使用しながらJR四国の各線の信号・踏切機器等の検測を行った。

キロ47形[ソースを編集]

JR四国で運用されていた寒地形[43]のキハ47 501と1501を、2014年7月から予讃線で運転を開始した伊予灘ものがたりに用に改造してキロ47 1401とキロ47 1402としたもの。種車は2両とも2011年3月31日付で廃車され[44]多度津工場で保管されており、改造に際して車籍を復活させている。

キハ47としては2016年3月25日以降、唯一松山運転所に残った車両である。

JR九州[ソースを編集]

JR九州には、キハ40形36両(すべて2000番台)とキハ47形106両(0番台61両・500番台2両・1000番台41両・1500番台2両)の計142両が承継された。2012年にJR四国で廃車されたキハ47形2両(0番台1両・1500番台1両)が譲渡された。廃車は1993年の日豊本線竜ヶ水駅の土石流災害で被災したキハ40形2両のみである。2016年時点で142両を所有し、九州島内各地(長崎地区を除く)で運用している。

本系列に対して初めて冷房改造が行われたのが九州であり、民営化後も1987年から1989年にかけて全車に対して冷房改造が実施された。国鉄時代はバス用の装置を転用したサブエンジン式のAU34、民営化後はAU34を改良したAU600Kを搭載した。また、近年[いつ?]は全車の屋根上の通風器が撤去されている。ワンマン改造は、大多数に対し施行済みであるが、線区の事情に応じて数種の方式がある。また機関出力向上は1990年から数種の方法で行われており、それぞれ新形式または新番台区分となった。

キハ140形・キハ147形[ソースを編集]

篠栗線などのスピードアップ用に機関を換装して出力増強を図ったものである。1990年から1993年にかけてキハ40形9両とキハ47形30両(0番台17両・1000番台13両)が改造され、それぞれ形式をキハ140形とキハ147形に改めたが、番号は原番のままである。1990年に改造したキハ47形7両には新潟鐵工所製のDMF13HZA、4両には神鋼造機製のDMF14HZを試用したが、キハ140形と1991年以降のキハ147形にはコマツ製のSA6D125-HD1(いずれも360 PS/2,000 rpm)を搭載した。また、変速機は新潟・コマツ製機関搭載車には新潟コンバータ製DW14系が、神鋼製機関搭載車には同社製のSCR1.0-4を搭載した(いずれも変速1段・直結2段)が、台車は従来通り1軸駆動のままであり、空転を起こしやすい傾向がある。 なお、神鋼造機製の機関を搭載した車両は、後にコマツ製機関および新潟製変速機に再換装された。

  • キハ40 2039 - 2041・2061・2062・2067・2125・2127 → キハ140(同番)
  • キハ47 49・50・53・54・58・59・61・90・91・104 - 107・182 - 185・1030・1032・1033・1043 - 1045・1055・1057・1058・1068・1069・1081・1125 → キハ147(同番)

2004年には、特急「はやとの風」および観光列車「いさぶろう」・「しんぺい」に使用するための車両が本形式から改造されている。

キハ40形7000番台・キハ47形5000・6000番台[ソースを編集]

機関換装ではなく改造により1997年に出力増強を図った車両を改番したものである。キハ40形2両とキハ47形0番台4両、1000番台4両の計10両が改造され、番号は原番に5000を加えたものとされた。なお、キハ40 7056は1992年に既に改造を実施していたものの未改番であったが、この機会に改番が実施されたものである。

既設のDMF15HSAに対し、電子制御式燃料噴射装置による燃料直噴式への改造、過給器・燃料噴射ポンプの交換などを行い、出力を300 PS/2,000 rpmへ向上させ、機関形式はDMF15HSA-Pに変更されている。変速機はDW10を引き続き使用しているが、登坂・加速性能は従来よりも向上している。改造は10両に留まり、1999年度より新型機関による換装工事に移行し、本番台も2006年度から8000・9000番台へ再改造されている。

  • キハ40 2052・2056 → 7052・7056
  • キハ47 51・57・77・126・1046・1050・1097・1098 → 5051・5057・5077・5126・6046・6050・6097・6098

キハ40形8000・8500番台・キハ47形8000・9000・9500番台[ソースを編集]

1999年からコマツ製SA6D125H-1Aに、2004年以降は排気ガス対策を強化したSA6D125HE-1(いずれも300 PS/2,000 rpm)に機関換装された。変速機は新潟コンバータ製TACN22-1612A(変速1段・直結2段)としたが、キハ40 8103・8126の2両はコマツ製KTF3335A(変速2段・直結3段 自動式)を搭載している。

2006年4月時点では、キハ40形10両とキハ47形0番台14両、500番台1両、1000番台10両、1500番台1両の計36両が改造され、番号はキハ40形に6000を、キハ47形に8000を原番に加えている。2005年に寒地向けキハ47形500番台、1500番台を改造した8500番台・9500番台は、同年度中に全車が3500番台・4500番台に再改造された。

2004年には「いさぶろう」・「しんぺい」用の、2006年には「はやとの風」用の増備車が改造され、本グループに編入されている。2017年にはキハ47 8087および9051に対し「かわせみ やませみ」用の改造を行った。

また、2015年に、キハ47 176を同様に改造して「或る列車」1号車用キロシ47 9176とした(原番+9000)。

また最近[いつ?]では8000番台の一部は、機関交換と同時にトイレ用の水タンクを小型化して床下に移設し臭気抜き・換気装置を設置、不要となった屋根上のタンクを撤去し同時にトイレの窓も埋められている。

  • キハ40 2038・2050・2051・7052・2054・7056・2060・2063・2064・2065・2069・2097・2098・2099 - 2104・2126・2128 → 8038・8050・8051・8052・8054・8056・8063・8064・8069・8097・8098・8099 - 8104・8126・8128
  • キハ47 5051・52・55・56・60・62・70・72・5077・87・88・89・92・119・120・121・123・124・129・133・135・157・159・509・1031・1041・1042・1048・1051・1072・1073・1074・1075・1077・1082・1084・6097・6098・1126・1509 → 8051・8052・8055・8056・8060(指宿のたまて箱仕様)・8062・8070・8072・8077・8087(かわせみ・やませみ仕様)・8088・8089・8092(はやとの風仕様)・8119・8120・8121・8123・8124・8125・8126・8129・8133・8135・8157・8158・8159(いさぶろう・しんぺい仕様)・8509(のちに3509に改造)・9031・9041・9042・9046・9048・9049・9050・9051(かわせみ・やませみ仕様)・9072・9073・9074・9075・9077・9078・9079(指宿のたまて箱仕様)・9082(いさぶろう・しんぺい仕様)・9084・9097・9098・9126・9509(のちに4509に改造)

キハ47形3500・4500番台[ソースを編集]

寒地形の500番台・1500番台および、その機関換装車である8500番台・9500番台を2軸駆動化(従来は1軸駆動)し、500番台・1500番台は同時に8500番台・9500番台と同じコマツ製走行機関・新潟コンバーター製変速機に換装してたもの。2005年に500番台・1500番台各1両、8500番台・9500番台各1両を改造した。番号は原番プラス3000、再改造車は現番マイナス5000(原番に対してはプラス3000)である。2015年にキハ47 1505がトイレ設置、機関換装を含む同様の改造により「或る列車」用2号車のキロシ47 3505となった(原番+2000)。現在は大分車両センターに全車集約されている。

  • キハ47 8509・9509 → 3509・4509 (2軸駆動化改造、現番マイナス5000)
  • キハ47 510・1510 → 3510・4510(2軸駆動化改造+機関換装、現番プラス3000)[注釈 32]


特急「はやとの風」用改造車[ソースを編集]

2004年の九州新幹線鹿児島ルート)部分開業に伴い新設された観光特急「はやとの風」用に、キハ140 2066とキハ147 1045の2両を改造した。車体中央部の窓を床面から屋根にまで達する大きなものに取り替えて展望スペースを設けたほか、座席を回転式リクライニングシートに交換、内装には難燃性の木材を使用している。塗装はロイヤルブラック1色とされ、各所にロゴをちりばめている。その後、「指宿のたまて箱」用改造車と同じく、上下振動の抑制を図るため、台車の枕ばねに減衰力制御弁付きの可変減衰上下動ダンパを、車体に4つの加速度センサーと制御装置をそれぞれ搭載した[45]が、台車そのものは従来のDT22/TR51系のままで、最高速度も従来と変わらず95 km/hである。

2006年には追加でキハ47 8092が改造され、キハ147 1045を方向転換したうえで同車と2両編成を組むようになり、キハ140 2066は多客時の増結用となった。なお、キハ47 8092は指定席用で、内装も従来車に比べて明るい白木仕上げに変更されている。

2012年3月にはキハ140 2066が「指宿のたまて箱」仕様に再改造され、同列車の増結用ならびに両列車の共通予備車となった[46]


「いさぶろう」・「しんぺい」用改造車[ソースを編集]

九州新幹線部分開業に伴い、特急「はやとの風」に接続して肥薩線で運転される観光列車「いさぶろう」・「しんぺい」に使用するため、キハ140 2125を改造したもの。外板塗色は九州新幹線の800系つばめ」にも使用している古代漆色(深赤)で、座席は木製ベンチ風のボックスシートとしている。また、車体中央部に窓を拡大した展望スペースが設けられているのは「はやとの風」用車両と同じであり、尾灯の脇に前照灯を増設したのが外観の相違点として目立つ。その後10月には多客時の増結用としてキハ47 9082が追加で改造されているが、こちらは窓の拡大がされていない。2009年7月には「いさぶろう」「しんぺい」を3両編成で運転するためキハ47 8159にも同様の改造を行った。同車にはバリアフリー対応トイレの設置、車椅子スペースの設置が追加で行われている[47]

2017年11月3日、肥薩線坂本-葉木間の踏切でトレーラーとの衝突事故が発生し、キハ140 2125が損傷を受けた。[48]


「指宿のたまて箱」用改造車[ソースを編集]

2011年の九州新幹線鹿児島ルート全線開通に伴い設定された指宿枕崎線の観光特急列車「指宿のたまて箱」用で、キハ47 8060とキハ47 9079の2両が改造されている。外部塗装は海側(下り方向に向かって左側)側面と前面の海側半分が白色、山側(下り方向に向かって右側)側面と前面の山側半分が黒色としている。車内は回転式リクライニングシートで、一部は窓側を向いた1人掛けで、書棚やベビーサークルなども設置されている。また、沿線の浦島太郎伝説にちなみ、ドアが開いた際には玉手箱の煙に見立てたミストが連結面寄りの噴出口より噴射される[49]。また、レールの継目部の落込みである継目落ちにより発生する上下振動を低減するため、減衰力制御弁付きの可変減衰上下動ダンパを台車の枕ばね(コイルばね)に平行して取付けられていた従来の上下動オイルダンパに代えて装備し、車体に搭載した4つの加速度センサーと制御装置により、検知した上下振動加速度を元に減衰力指令値を計算して、可変減衰上下動ダンパの減衰力を可変させることで上下振動の抑制を図っており[45][注釈 33]

2012年3月には、「はやとの風」用だったキハ140 2066が、再改造のうえ「指宿のたまて箱」用の増結車となった[46]

「かわせみ やませみ」用改造車[ソースを編集]

2017年3月4日に運行を開始した、肥薩線観光特急「かわせみ やませみ」用に、キハ47 8087および、キハ47 9051を改造した[50]。 熊本駅側の1号車(キハ47 8087)は青を基調とした「かわせみ」車両、人吉駅側の2号車(キハ47 9051)は緑を基調とした「やませみ」車両で、車内には885系にも使用されている座席を使った回転リクライニングクロスシートや、景色を眺められるカウンター席と子ども椅子、複数人でも楽しめるようにボックスシートが設置されている[50]。また2号車には通常の座席よりも幅の広い「やませみベンチシート」やソファー席も設置されている[50]。2号車の熊本側にビュッフェ(サービスコーナー)が、1号車の人吉側に多目的トイレと展望コーナーが設置されている[50]。このほか、前照灯が増設され、ドアが片側2箇所から1箇所に削減されたり、車端部にオブジェを設置するなどの改造を行っている[50]が、車番は変更されていない。

キロシ47形「或る列車」用改造車[ソースを編集]

2015年8月8日に運行開始された「JRKYUSHU SWEET TRAIN「或る列車」」用に使用される車両で、2012年にJR四国から譲渡された元徳島運転所所属のキハ47 176とキハ47 1505(いずれも2011年4月30日廃車)を小倉総合車両センターで改造したもので[51]で、形式車番はそれぞれキロシ47 9176、キロシ47 3505となり[51]、キハ40系列で初めて(食堂車)となった。なお、「キロシ」の形式記号は日本国有鉄道(国鉄)時を通じても初の形式記号である。 列車は9176が1号車[52]、3505が2号車である[53]

世界的に著名な鉄道模型愛好家の原信太郎が製作した模型をベースに、原の次男で原鉄道模型博物館副館長である原健人の監修のもと、水戸岡鋭治がデザイン・設計を担当している[54]。改造費用は1両約3億円[55]、2両計で約6億円で[56]、JR九州の社長・青柳俊彦は「ななつ星とほぼ同じ」と[56]、水戸岡は「ちょっとお金を使いすぎてしまった」[57]と発言しており、「指宿のたまて箱」用の車両の改装費用[注釈 34]と比べても高額となった[56][57]

車両前面の列車種別表示器上に前照灯を追加し[58]、乗降扉は各車2箇所から、キロシ47 9176は前位側に1箇所、キロシ47 3505は後位側1箇所に変更し[59]、側面には車外スピーカーを増設した。そのほかの各車の改造内容は以下の通り。

  • キハ47 176 → キロシ47 9176
大分方1号車[52]。定員22人[55]。ATS-DK搭載、トイレ撤去[52]、機関換装[52]・クラッチ交換。キハ47形0番台をベースにトイレを撤去し機関を換装したことでキハ47形9000番台と同様となったため、9000番台(原番プラス9000)の番号が付けられた[52]
  • キハ47 1505 → キロシ47 3505
日田方2号車[53]。定員18名[60]。ATS-DK搭載、トイレ設置[53]、機関換装[53]・クラッチ交換、2軸駆動化改造[53]。キハ47形1500番台をベースにトイレを設置して機関を換装し2軸駆動化したことでキハ47形3500番台と同様となったため、3500番台(原番プラス2000)の番号が付けられた[53]

JRグループ以外への譲渡[ソースを編集]

会津鉄道[ソースを編集]

2002年からJR東日本会津若松運輸区で余剰となっていたキハ40 511を日本宝くじ協会の寄贈による宝くじ号として会津鉄道が譲り受け、新潟トランシスで改造したもので、AT-400形 AT-401として2003年4月に使用開始された。

企画当初には2階建車両も模索されたが、キハ40形からの改造として現実的な一部ハイデッキ構造の展望車となった。同じ新潟トランシスが改造に携わった、JR東日本のキハ40系のジョイフルトレインに通じる雰囲気を持ち、共通の手法や部品も散見される。定員は48名。「風覧望」(ふうらんぼう)の愛称でトロッコ車AT-351(2009年まではAT-301)と2両編成で「お座トロ展望列車」として行楽期を中心に運転されている。

会津若松方となる1エンド側を展望構造に改造しており、戸袋の位置を逆(車端側)にしたうえで客扉を車体中央寄りへ移設、その前位をハイデッキとした。運転台は低い位置に移設され、通路側は上半ガラスのパーティションとなった。前面は2枚の大形平面ガラスで視界を確保しているが、ハイデッキ部はシアターシート(床を階段状にして後方席からの展望を確保する構造)ではなく、1位側には排気管の立ち上がり部がある。

後位は、当初は2人がけのベンチシートと若干の立席スペースを設けていたが、2016年にそれまで連結していたAT-100形お座敷気動車が廃車になったことに伴い、お座敷席に改造した。また、2エンド側の運転台にはほとんど手が入れられておらず、ケースにまとめられた角形の前照灯尾灯が新たに腰部に追加され上部種別幕が埋められた程度で、本来の前照灯もそのままである。客室窓はすべて大型化、固定化されている。トイレは車椅子対応となり、元の窓は埋め込まれた。

JR東日本所有時に冷房装置 (AU26J-A×2) の搭載、屋根上水タンクの撤去などなされているほか、下回りはほぼJR東日本仕様のキハ40形500番台に準ずるが、機関はカミンズ製NH14R形(300 PS/2,000 rpm、JR東日本DMF14HZ形と同等品)に換装された。機関本来の出力は350 PSだが、液体式変速機がDW9形のままであるため300 PSで使用している。定期運行以外では、導入直後に阿武隈急行に入線したことがあるほか、訓練や貸切運転などでは両運転台構造を生かした単行運転もされている。

道南いさりび鉄道[ソースを編集]

2016年3月26日の北海道新幹線開業に伴い江差線が転換された道南いさりび鉄道では、開業時にJR北海道からキハ40形9両(1793、1796、1798、1799、1807、1810、1812、1814、1815)[61] が譲渡された[62]。うち2両(1793[63]、1799[64])は、貸切列車としても用いられる「ながまれ号」用として、塗装変更と内装の改造が行われた[65]

ミャンマー国鉄[ソースを編集]

JR北海道より譲渡されたキハ40系のうち、キハ40形330番台2両とキハ48形1330番台3両が2014年8月24日よりヤンゴン市内の路線で運行されている。[66] 5両編成を組み、冷房も使用している。2013年に竣工したキハ48形のうち、301と302はバゴー~ニャウンカシ―間にて運行されている。[67]

JR東海は2015年3月27日、ミャンマー鉄道省へのキハ40系12両の譲渡[68]を、同年7月22日に41両の譲渡を発表した[69]。 ミャンマーに到着後に順次改造工事を実施し、2015年7月以降順次ヤンゴン市内の路線で運行を開始した[70]

JR東日本は2015年7月17日、7月下旬からミャンマー国鉄への車両譲渡と、車両保守に関する技術支援を実施すると発表した。対象はキハ40形13両、キハ48形6両の合計19両[71]で、第一陣の6両は同年8月にヤンゴンに到着し、9月末より同市内で運行されている。[72]

錦川鉄道[ソースを編集]

2017年3月に烏山線での運用が終了したキハ40形1000番台のうち、キハ40 1009を錦川鉄道が譲り受け、レトロ調に改装し、同年9月16日に運行を開始した[73]

運行路線[ソースを編集]

JR北海道[ソースを編集]

電化区間の割合が低く、輸送量の少ない区間が多数存在する同社では、多くの区間で本系列を普通列車の主力として使用する。キハ54形など、他形式を常用する区間でも臨時の運用に本系列を用いる例や、電化区間でありながら恒常的に使用される函館本線・室蘭本線のような事例もある。同社では、ワンマン運転可能かつ2両以下の短編成に対応できる電車を保有していないため、電化の有無にかかわらず気動車を運用することで、運用コストの最適化を図っている。なお、平成29年に、後継車両であるH100形の導入計画が発表された[74]

2000年7月14日に根室本線尺別駅で発生した脱線転覆事故のため、キハ40 750が2000年7月19日に廃車となった。

同社では、以下の線区で定期運用がある。

JR東日本[ソースを編集]

八戸運輸区[84]
秋田車両センター[86]
郡山総合車両センター[87]
新津運輸区[88]

羽越本線、奥羽本線、信越本線などでは2018年度頃からGV-E400系へ置き換えられる[85]

烏山線での運用[ソースを編集]

キハ40形1000番台の1006以外の8両は改造後一貫して宇都宮運転所に所属し、烏山線で使用されていた。塗装はオリジナルの烏山線色であったが、2011年4月15日に開通88周年を迎える烏山線の「烏山線全線開通88周年記念事業」として1003および1007をそれぞれ2010年12月および2011年4月より旧国鉄一般気動車色(朱色4号+クリーム4号、標準色)に塗装変更され、1004および1005はそれぞれ2012年12月および2013年6月より登場時の塗色である旧国鉄首都圏色(朱色5号)に塗装変更された。これらは何れも郡山総合車両センターで施行している[89][90]

2014年より烏山線に量産試作車が導入されていた蓄電池駆動電車であるEV-E301形電車の量産車導入により、烏山線での運用は2017年3月3日をもって終了し、うち1001・1003・1008・1009の4両は同年4月5日に郡山総合車両センターに回送され[91]、同年4月6日付で廃車[92]、1009は陸送で錦川鉄道に譲渡された[93][73]。1002・1004・1005・1007の4両も同年5月10日に郡山総合車両センターに回送され、同年5月11日付で廃車[92]、1002・1005・1007の3両は那須烏山市の那珂川清流鉄道保存会に譲渡された[94]

東北に転属した1006は、小牛田運輸区新庄運転区を経て1999年から秋田車両センターに配置されている。奥羽本線男鹿線で使用され、2016年1月に塗色を男鹿線色から首都圏色(朱色5号)に変更。それ以降は「国鉄メーク」気動車として五能線などで使用されている[95]

JR西日本[ソースを編集]

JR四国[ソースを編集]

2009年10月の編成両数見直しや1500形の投入によって、2010年3月までに徳島運転所のキハ47形10両(111・116・117・502 - 505・1087・1502・1503)がJR四国では初めて廃車された。2011年には同6両(115・501・1088・1121・1501・1504)が廃車され、同2両(176・1505)がJR九州に譲渡された。2012年には松山運転所のキハ47形3両(172・175・1119)が、2013年には徳島運転所のキハ47形3両(1085・1089・1112)が、2014年には同2両(1090・1132)が廃車された。2016年3月25日のダイヤ改正翌日には、松山運転所所属の車両は伊予灘ものがたりキロ47形2両を除き、全車徳島運転所に転属された。2016年3月には松山運転所のキハ47形1両(1117)と徳島運転所のキハ47形2両(1118・1120)が廃車されている。2016年4月1日時点では徳島運転所にキハ40形(2000番台)11両とキハ47形13両(0番台12両・1000番台1両)、松山運転所にキロ47形2両の計26両が配置され、同年3月27日現在、徳島運転所の車両は高徳線徳島線徳島駅 - 穴吹駅間)、牟岐線鳴門線で運用されている。

以前は牟岐線(阿南以南)や鳴門線では車種独占となっていたが、近年[いつ?]は新型車両の導入やホーム嵩上げの進行により、運用が減っている。キハ47形はワンマン設備が設置されていないことなどから優先的に廃車となり、現在は主に朝夕の通勤時間帯中心の運用である。

2016年3月25日までは予讃線旧線(松山駅-下灘駅-八幡浜駅)と内子線並びに予讃線(内子回り)でも運用されていたが、翌26日からはキハ32系キハ54系に統一され、同区間を走行する車両は伊予灘ものがたりに使用されるキロ47のみとなっている。

JR九州[ソースを編集]

長崎地区ではキハ66系やキハ200系に置き換えられてキハ40系の定期運用は「或る列車」のみとなっている。

筑豊篠栗鉄道事業部直方車両センター

直方運用・日田彦山運用・竹下運用に分かれている。なお筑豊本線の一部運用(若松駅 - 直方駅)は2017年3月3日に終了した。

直方運用・日田彦山運用

直方車両センターに常駐

竹下運用

南福岡車両区竹下車両派出に常駐

唐津鉄道事業部唐津車両センター

長崎鉄道事業部佐世保車両センター

キロシ47形〈或る列車〉運用

熊本鉄道事業部熊本車両センター

大分鉄道事業部大分車両センター

鹿児島鉄道事業部鹿児島車両センター

宮崎総合鉄道事業部宮崎車両センター

会津鉄道[ソースを編集]

運用の詳細は会津浪漫号を参照。

ミャンマー国鉄[ソースを編集]

  • ヤンゴン環状線(全線)
  • ヤンゴン - ピィ線(ヤンゴン中央駅 - ハローガ駅間)
  • バゴー - モーラミャイン線(バゴー駅 - エイビャ駅 - ニャウンカシー駅間)
  • マンダレー - ミッチーナー線(マンダレー駅 - カウリン駅間)
  • マンダレー駅 ‐ モンユワ駅間
  • マンダレー駅 - パコック駅間

かつての運用[ソースを編集]

JR東海[ソースを編集]

2016年3月26日のダイヤ改正にて運用が終了し[124][125]、2016年3月30日に全で廃車された[4]。以前の運用は以下の通り

鈴鹿サーキットでのF1グランプリ開催に伴う臨時列車でも運用実績があり、定期運用では見られない6両編成で運転された。武豊線での運用は1999年に終了し(同時に旧配置の名古屋車両区から美濃太田車両区と伊勢車両区に転属)、全てキハ75形に置き換えられた。名松線では運用されていない。

キハ48 5803と6810は2004年の台風23号による高山本線の線路被害のため打保駅で2年以上孤立したが廃車とはならず、復旧後に搬出されて運用に復帰したもので、車内には「高山本線復帰車両」のプレートが取り付けられた。

2014年4月時点で、美濃太田車両区にキハ40形7両・キハ47形5両・キハ48形24両の計36両が、伊勢車両区にキハ40形7両とキハ48形16両の計23両が配属されていた。59両全車が高山本線紀勢本線などで長距離運用を中心に使用されていた。

2015年より順次キハ25形へ置き換えられた。同年の武豊線直流電化に伴い、同線のキハ25形およびキハ75形を「主に高山線・太多線に転用する」とJR東海が発表した[126]。その後、2013年3月には、2014年度から2015年度にかけてキハ25形の2次車52両を投入し、国鉄時代に製造された当系列を置き換える方針を発表した[127]。太多線の運用はキハ11形と共に2015年3月に、高山本線の運用も2015年6月で終了し、同線ではキハ25形、キハ75形を運用している[128][129]

また、伊勢車両区での検査期限切れ間近な車両との入れ替えのため、2014年12月4日付で美濃太田車両区からキハ48形2両(3812、6809)が、2015年3月21日付で同2両(3809、6810)が転属した[130]。また、キハ40 5501・キハ48 6501、6812(国鉄一般形気動車標準色)が7月4日に回送され[131]、7月6日付で転属した。これにより、2015年7月にキハ48 6812、キハ48 3812、キハ40 3005の国鉄一般形気動車標準色3両での運転も行われた[132]

2016年3月26日のダイヤ改正にて運用が終了し[124][125]、2016年3月30日をもって全廃となった[4]。置き換えられた車両は、ミャンマーへ譲渡された[4][133][134]

2015年3月23日にキハ47・48形の7両(キハ47 5001、5002、6001、6003・キハ48 3814、5511、5513)が名古屋臨海鉄道東港へ回送された[135]。更に、7月7日にはキハ40 6308、6312・キハ48 5501、5508、5804の5両[136] が、7月27日にはキハ40 5802、6307・キハ48 5803、5806、6808の5両が[137]7月29日には、キハ40 6309・キハ48 3815、5810、6517、6815の5両が笠寺に回送され、同日中に東港・東名古屋港を経て、名古屋港大江埠頭に搬送された[138]。この他にも譲渡が行われ、2015年度にはキハ40系46両がミャンマーへ譲渡されている。

登場した映像作品[ソースを編集]

  • センチメンタルジャーニー - 冒頭のオープニング映像で七瀬優が乗車しているシーンとして登場する。
  • 君の名は。 - 主人公の宮水三葉が乗車している列車として国鉄色の車両が登場。
  • 北の国から - 第1回放送で主人公の黒板五郎らが布部駅に向かい下車するシーンで登場。
  • ゆるゆり - アニメ第2期1話で主人公の赤座あかりらが乗車する列車として高岡色の車両が登場。
  • 未確認で進行形 - アニメ12話で主人公の夜ノ森小紅が乗車しているシーンとして登場。
  • サクラクエスト-アニメ1話と5話に間野山線の車両として首都圏色のキハ47が登場。

保存車[ソースを編集]

キハ40 519
女川駅構内の温泉施設「女川温泉ゆぽっぽ」の休憩所として使用されていた。東日本大震災の津波で被災し、解体された。
キハ40 764
映画『鉄道員(ぽっぽや)』撮影用の改造車。廃車後ロケ地の幾寅駅にカットボディが保存されている。
キハ40 1002、1005、1007
那珂川清流鉄道保存会で保存。

脚注[ソースを編集]

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注釈[ソースを編集]

  1. ^ 優等列車向けに導入されたが、冷房化改造が困難なことと車齢が高いことから1970年代後半には大半が普通列車に転用されていた。
  2. ^ 逆に寒冷地で暖地向けの車輌が使用されることもある
  3. ^ 「首都圏色」と呼ばれる塗装。従来の一般形気動車の標準塗装であったクリーム4号朱色4号の2色塗り分けで落成した車両は存在しない。なお、本系列と車体設計が類似するキユニ28形は、1978年10月の「車両塗色および表記基準規定」改正前の1978年2月から3月にかけて落成したキユニ28 1 - 6の6両が規定通り旧標準色の2色塗り分け
  4. ^ 初期製造車のみ化粧板を使用する通常構造
  5. ^ DW6形は日立製の変速機番号1000番台が1段4要素、川崎重工製の変速機番号2000番台が1段3要素。
  6. ^ 減速機支え装置の取り付け方向が推進軸と同じ側ではなく反対側となるため、完全に同一仕様ではない
  7. ^ DT44形が5,510 kg、TR227形が4,690 kg、重量の増したDT44A形でも6,240 kg、TR227A形で5,400 kg
  8. ^ 従来のWH250形をベースに暖房制御用の電気回路を追加したもの
  9. ^ その後の新形気動車では機関の直噴化などで熱効率が向上して機関の発熱が減少したため、温水式暖房を採用する場合、熱源となる機関発熱が減少する下り勾配などで暖房能力が低下する、寒冷地では暖房能力が不足するという問題が発生した。そのため、それらは変速機内装のコンバータブレーキの使用によって温度が上昇した変速機油を補助熱源とすることで下り勾配での暖房能力の不足を補う(直噴機関搭載により機関予熱器を省略したJR東日本キハ100・キハ110系など)、厳寒時の始動用に搭載されている機関予熱器を暖房熱源として常用する(JR北海道キハ150形など。同形式の機関予熱器はキハ40系の暖房用熱交換器の公称能力〔空気と水の温度差50度の時の能力〕と同じ30,000 kcal/hの発熱能力を備える)といった対策をしている。これらは自動車用温水暖房であるが、他社では機関の動作状態に影響されず、しかも構造簡易で確実な動作が得られる軽油燃焼暖房へ回帰した例もある
  10. ^ 連続定格出力150 - 180 PSと非力なDMH17系機関が標準だった国鉄気動車では、バスと同様の機関直結式冷房装置を採用することは困難であり、当初より冷房装置を搭載した特急形気動車では一部車両に大型のディーゼル機関による発電セットを搭載して4 - 5両単位で給電を行うシステムを、後に冷房を追加した急行形気動車で 一部車両にコンパクトな発電ユニットを搭載して3両単位での電力供給を行うシステムを採用しており、本形式のベースとなったキハ66系も同様の冷房システムと当時の近郊形電車と同様の集中式冷房装置を搭載していた
  11. ^ 接点数2。在来の気動車と同様、片栓ジャンパ線を連結面を外から見て左側〔運転台の助手席側〕に、栓受けを右側に装備。
  12. ^ 接点数2。栓受は連結器の胴受の下に設置
  13. ^ キハ66系はキハ66・67形を背中合わせに連結した2両1ユニットであり、分割しての使用やユニットの連結面間の他系列との互換性を考慮する必要がない
  14. ^ 当初、381系電車用として開発。なお、キハ66系の設計の母体となった、新系列気動車のキハ90系キハ181系では、制御方式が大幅に変更されたこともあり、接点数168(大接点4×4+小接点38×4)かつ元空気溜管とブレーキ管を内蔵したKE75形電気連結器を密着自動連結器の直下に取り付け、これ一つで済ませている
  15. ^ キハ183系などに使用されている接点数61の気動車用多心ジャンパ連結器。昭和53年度2次債車までは60ピン接続
  16. ^ KE53形2個分の信号線をKE93形1個に変換接続するための二股アダプタ。KE93形に取り付けて使用。
  17. ^ 古くから国鉄在来線では急勾配線区や冬季の排雪走行に適応する単行運転可能な気動車が不足していたため、高出力車については急行列車の廃止で余剰が予想されるキハ58系の格下げで対応するという方針であったが、キハ58系の需給調整は上手く行われず、適当な代替車が不足し続けた。キハ53形500番台改造投入やキハ54形新製など、単行運転可能な2機関搭載車が導入されたものの、国鉄の財政悪化によってごく一部の地域への導入に留まり、その他の地域では、経年のキハ20系の2機関搭載車であるキハ52形が、同系列の1機関搭載車が淘汰された後も2010年3月まで残存した。たとえばJR西日本が大糸線のキハ52形をキハ40形に置き換える計画を立て、線内で走行試験を行ったが、出力不足で計画は中止されたという事例がある。これらの問題に対応し、JRに現在残存しているキハ40系の多くが300 PS以上の高出力直噴機関に換装、もしくは過給器・燃料噴射系交換などによる既存機関の強化で性能改善を図っているが、出力重量比不足という本系列の構造的な弱点を完全に克服するまでには至っていない
  18. ^ ロングシートを含めた全座席定員は68名
  19. ^ ロングシートを含めた全座席定員は66名
  20. ^ 八戸運輸区の一般車両では客室などのリニューアル工事が行われており、シートは青紫系、壁は白系の色になっている。その他、一部車両がジョイフルトレインに改造されており、八戸運輸区では製造当初の内装を持つキハ40は運用されていない
  21. ^ 511が会津鉄道へ譲渡。
  22. ^ いずれも富士重工宇都宮製作所が製造
  23. ^ その後東北地区へ転出
  24. ^ 座席は延長されず、ゴミ箱が置かれている。
  25. ^ 富士重工製
  26. ^ 改造は宇都宮運転所(もしくは富士重工宇都宮製作所)
  27. ^ 新潟鐵工所
  28. ^ 改造はJR東日本郡山工場
  29. ^ 一般放送回路との区別のため、赤色により識別
  30. ^ 俗に言う「鼻」
  31. ^ 2両は6000番台改番時点で改造済み
  32. ^ 機関換装と同時に2軸駆動化改造を行ったため、8510や9510になった時期は存在しない。
  33. ^ 可変減衰上下動ダンパや制御システムが故障しても、ダンパ自体が通常の上下動ダンパとして動作する
  34. ^ 1両あたり1億円弱[56]

出典[ソースを編集]

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  2. ^ 旧北海道鉄道学園『キハ40系ディーゼル動車』, p. 221.
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  5. ^ 交友社鉄道ファン』2010年7月号(通巻591号)巻末に付属の『JR旅客会社の車両配置表』43頁『JR車両のデータバンク 2009/2010』のコーナーより。
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  15. ^ ご利用の少ない列車や駅の見直しについて (PDF) 北海道旅客鉄道 2015年9月30日
  16. ^ 北海道地区の急行用気動車であるキハ56系は、冷房装置をグリーン車であるキロ26以外装備していなかった。そこで1985年3月改正時に、キハ56系から、全車冷房付きで特急並み接客設備を持ち、夜行急行『利尻』との編成共通化というメリットもある14系客車に変更となっていたが、引き換えとして所要時間が15~20分ほど伸びていた
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参考文献[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]