国鉄ホキ800形貨車

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国鉄ホキ800形貨車
国鉄ホキ800形オホキ864(2010年4月10日撮影)
国鉄ホキ800形ホキ864
(2010年4月10日撮影)
基本情報
製造所 長野工場、東急車輛製造、他
製造年 1958年(昭和33年)
製造数 1,078両
主要諸元
車体色
軌間 1,067 mm
全長 12,800mm、13,300 mm
全幅 2,742 mm
全高 2,900 mm
荷重 30 t
実容積 18 m3
自重 18.1 t
換算両数 積車 5.0
換算両数 空車 1.8
台車 TR41C、TR225
軸距 9,200 mm
最高速度 75 km/h
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国鉄ホキ800形貨車(こくてつホキ800がたかしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が1958年(昭和33年)から製作した 30 t 積の貨車ホッパ車)である。

ホキ800形は国鉄が1957年(昭和32年)から製作したホキ700形の改良型で、本稿ではそのホキ700形、および新幹線向けに国鉄が製作した931形についても併せて記述する。

概要[編集]

砕石(バラスト)散布用のホッパ車である。営業用貨車の形式を称するが、実態は事業用軌道保守用)車両である。

形式別詳説[編集]

ホキ700形[編集]

ホキ700形ホキ746

1957年(昭和32年)から1959年(昭和34年)にかけて、国鉄長野工場にて55両(ホキ700 - ホキ754)が製作された。

記号番号表記は特殊標記符号「オ」(全長が12m をこえるホッパ車)を前置し「ホキ」と標記する。

軌道の外側に砕石を散布可能な構造として開発された。

前期形(ホキ700 - ホキ734)と、後期形(ホキ735 - ホキ754)の2種類に大別できる。試作的要素の強い前期形は、全車昭和34年度貨車整備工事改造(1959年(昭和34年)8月8日通達)により、上部扉開閉軸及び軸受けを改造し、上部扉口に砂利案内を新設する工事を受けた。

塗色は、寸法関係は全長は12,800mm、全幅は2,742mm、全高は2,900mm、軸距は9,200mm、実容積は18.0m3、自重は17.0t、換算両数は積車4.5、空車1.8、台車は、ベッテンドルフ式のTR41Cであった。

1986年(昭和61年)度に形式消滅となった。

ホキ800形[編集]

1958年(昭和33年)から1974年(昭和49年)にかけて国鉄長野・浜松郡山の各工場と東急車輛製造三菱重工業日立製作所汽車製造[注釈 1]日本車輌製造川崎重工業で1,066両(ホキ800 - ホキ1760、ホキ1773 - ホキ1877)が製作された。

また、1967年(昭和42年)度に新幹線用の931形貨車から12両が改造(後述)の上でホキ800形に編入された。番号の新旧対照は次の通り[1]

931-7・18 - 22・29・32 - 34・54 → ホキ1761 - 1772

記号番号表記は特殊標記符号「オ」(全長が12m をこえるホッパ車)を前置し「ホキ」と標記する。

ホキ700形は軌道の外側1方向のみ砕石散布が可能な構造であったが、保線効率向上の見地からホキ800形ではこれを改良し、軌道の内側・外側・遠近の3方向に砕石を散布可能な構造としている。この他の寸法関係はホキ700形と同一であり台車はTR41Cである。ホキ1773以降はデッキが広くなり、全長が500mm延長され、台車もTR225に変更された。

1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化に際して旅客6社(JR北海道JR東日本JR東海JR西日本JR四国JR九州)に車籍が承継され、引き続き保線・工事用途に使用されている。

2015年(平成27年)4月1日現在ではJR北海道24両・JR東日本162両・JR西日本61両の合計247両が在籍する[2]。JR東海・JR四国・JR九州が保有していた車両はすべて除籍された。

派生形式[編集]

新幹線931形貨車[編集]

新幹線の軌道敷内にバラストを散布するための車両で、1962年(昭和37年)から1977年(昭和52年)にかけて 126両 (1 - 126) が製作された。開業前の付番規則では3000形だった。車体の仕様はホキ800形と同一で、台車のみ標準軌間用の専用品を装備する。

台車は製作年次による仕様の変更があり、1964年(昭和39年)までに製作された車両 (1 - 63) は枕バネに重ね板バネを用いた TR8000 形を、1970年(昭和45年)以降に製作された車両 (64 - 126) は軸受を密封形コロ軸受に変更した TR8006・TR8006B形 を装備する。各台車の仕様は軌間の相違を除き、在来線用のTR41形(前期車)およびTR209形(後期車)に相当する。

当初、東海道新幹線開業に伴い1964年(昭和39年)までに国鉄浜松工場で63両 (1 - 63) を製作した。初期の60両 (1 - 60) は開業前の形式付番規則により3000形として完成し、931形 (1 - 60) に改称している。

以降も新幹線の延伸とともに追加製作され、新大阪以西の山陽新幹線延伸工事に伴い1970年(昭和45年)に15両 (64 - 78) 1973年(昭和48年)に38両 (79 - 116) を製作した。1973年(昭和48年)製の一部(12両)は後年に東北新幹線工事用として転用され、1977年(昭和52年)には東海道新幹線区間用の増備車として 10両 (117 - 126) が製作された。これらは川崎重工業の製作である。

1967年(昭和42年)には3両が936形(軌道敷内散水用タンク車)に改造され、12両が在来線用貨車ホキ300形と台車を交換してホキ800形に編入改造されている。

1987年の国鉄分割民営化に際しては、東海道新幹線用としてJR東海に60両が、山陽新幹線用としてJR西日本に35両が承継された。それぞれ自社管理の新幹線区間において、引き続き軌道保守用として使用された。JR東海の所有車は1993年(平成5年)に車籍を抹消され、以降は車籍のない機械扱いとして夜間の作業に使用される。JR西日本の所有車は2002年(平成14年)に車籍を抹消されたが、残存している。

譲渡車・同形車[編集]

本形式は国鉄・JR各社のみならず、各地の私鉄に譲渡された車両が存在する。一部の事業体では同一設計で製作された車両を保有しており、共に保線工事などに使用されている。

本形式の譲渡車および同形車の使用歴を有する事業体を以下に示す。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 以上の民間4社は順に協三工業舞鶴重工業、若松車両、鉄道車輌工業とのグループ製作であり、実製作もこれら4社の手による。

出典[編集]

  1. ^ 『ドクターイエロー&East-i 新幹線事業車両徹底ガイド』ISBN 9784802202299 p.87。
  2. ^ 交友社鉄道ファン』2015年7月号 「JR旅客会社の車両配置表」

参考文献[編集]

  • 電気車研究会 『鉄道ピクトリアル
    • 梶山 正文 「ファンの見た新幹線貨車」- 1994年4月号 No.589 p. 54 - 57
  • イカロス出版 『 j-train 』
    • 澤内 一晃 「現有私鉄貨車総覧」- 2008年秋季号 Vol.31 p. 74 - 75
  • 交友社『鉄道ファン
    • 2009年7月号 No.579
  • 秀和システム 高橋政士・松本正司『貨物列車 機関車と貨車の分類と歴史がわかる本』
  • ネコ・パブリッシング 吉岡心平『RM LIBRARY 152 無蓋ホッパ車のすべて(下)』 p. 31 - 41

関連項目[編集]