連接台車

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一般的な線区での連接台車の例(小田急50000形電車
低速急曲線線区での連接台車の例(江ノ島電鉄300形電車
日本以外での連接台車の例(ドイツ鉄道ET423型電車)

連接台車(れんせつだいしゃ)とは、鉄道車両において車体間に設置して2つの車体を支える台車を言う。

定義[編集]

連節車を実現する一手法であり、2つの車体の間に設けられた鉄道車両の台車を指す。日本工業規格(JIS)では、「2個の車体の一端を1個の台車で支持し連結している車両」を「連接車」と規定している。このため話し言葉では区別できないが「連接車」と「連節車」の表記を区別している。連節車は運用中に分離可能な連結器を使わずに、半永久的、直接的に車体同士を関節構造で接続した列車のこと全般である。関節車と称している事例も存在する[1]。したがって連接車は連節車の一部と言えるが、連接台車を採用している列車を連接車、連接台車を用いない列車を連節車と表記する場合が多い[2]

まとめると「連接台車を用いる」列車は「連接車」「連節車」「関節車」のいずれも使えるが、「連接台車を用いない」列車は「連節車」か「関節車」を用いるべきとなる。

近年はLRVを中心に台車を持たない「浮き車体」と「単一台車付き車体」を直接に連節したり、「単一台車付き車体」同士を直接に連節している。これらは車体間接続に全く台車を介在させない「連節車」である。

特徴[編集]

長所[編集]

  1. 2車体が連結器を介さず、台車によって直接つながるため、横方向の複合振動が起きず乗り心地が良い。近年はダンパーが発達したため、ボギー車でも容易にヨーを抑えられるが、逆に言えば連接式にすれば車体間ダンパやヨーダンパを省略(簡略)できる場合が多い。
  2. ボギー台車より台車の総数が減少すること、及び台車間隔が同じなら中間車のオーバーハング部分の車体が省略されるので編成全体の軽量化に貢献する。(どの条件でも連接台車を使えば軽量化できるというわけではない。後述の「短所」を参照。)
  3. 連接部は車体に前後方向のオーバーハングが無く、曲線通過時に外側へ車体のはみ出しが少ない[3]。(内側は台車間距離に依存するため"連接車である"ことは影響しない[脚注 1]
  4. 上記と同じ理由でオーバーハング部分の遠心力による横揺れの激しい(乗り心地が悪い)の座席が無くなる。[4]
  5. 上2つと同じ理由で貫通幌のねじれが少なくなるので痛みにくく[5]、急カーブがある路線でも安全な貫通路の確保ができる。[脚注 2][6]
  6. 騒音源となりやすい台車が車体端にあるため、車端ドアだけでデッキ部を設けなくとも静粛性が向上する[7]
  7. 台車と車体のマウント部を車体間の隙間を利用して高い位置に設定することができ、車体のロールセンタを上げ、ロールを少なくすることで乗り心地を向上し、尚且つ高速走行時の安定性が向上する。(特に車体傾斜式車両における自然振り子式の問題であった振れ遅れをこれで抑えられる。[8]
  8. 台車数が減ることで総重量が台車分減少しているにもかかわらず、1軸当たりの軸重が上がることで軸受の摩擦が下がるため走行抵抗が小さくなる。

短所[編集]

  1. 個々の車両を必要に応じて増結・解結する事が困難で、編成の自由度が下がり、修理工場に入れる際にも編成全部を一度に入れねばならず長い工場が必要になる他、脱線事故の際に復旧作業に手間がかかる。。[9]
  2. 動力分散型車両では、同一両数では車軸数が少ない分、可能な最大の編成出力が制限される。(ただし、気動車の全軸駆動はほぼなく、電車も全M車編成は少数なので、実際は台車数が少なくなることで駆動輪まで足りなくなることはあまりない[脚注 3]。)
  3. 重量を負担する台車と車軸が少なくなるため、台車と車軸軌道活荷重#列車荷重(鉄道)が集中し、台車が減って軽量化した分を差し引いても1軸当たりの軸重は上昇するので、軸重を同じにするなら車体自体の重量もボギー式車両より小さくしなければならない[脚注 4][10]。輸送量が低下する。(ただし、付随車や動力車でも分散式の場合は集中式の機関車に比べ圧倒的に軸重が低いので、これが問題になるのは元々分散式の車両しか走らないような鉄道の場合である。)

結局、「連接台車」を用いることで、必然的に乗り心地の悪い部分をカットしてレールに沿うように列車自体が小型になるため軽量化されたわけで、いきなり通常のボギー車の台車を外して連結部分に連接台車を取り付けても軽量化編成として運航できるわけではない。

なお、更に台車数を減らす方法として1車体に付き台車を1(真下)か0(前後の車体で支える)だけつけて、これらの車体同士を「連節」させて支え合わせる(無論、永久連結が前提になる。)方法があり、ただ「全体の重量を軽くする」というだけなら、こちらの方がより効率的になる(後述)。

補足:台車数を減らす目的での別解[編集]

(分かりやすさのため日本の超低床型路面電車のリトルダンサーの該当タイプを例に上げる)

2車体のとき「単一台車付き車体」同士を「連節」すれば台車数は2つで済む。(タイプC2
3車体の場合は「単一台車付き車体」同士3台の連節でもいい(タイプL)が、「単一台車付き車体」の間に「フローティング(浮き)車体」を「連節」すると台車数は2つのままで済む。[脚注 5][11]タイプA3とU系列
フローティング車体同士を連節すると中央部が垂れ下がってしまうので、3両以上の場合で全車連節する場合は車体の数を奇数にし、奇数両目に台車がある車体を置いて支える。(タイプA5

車体数「 n 」に対して、通常ボギー型は「 2n 」、連接台車を使用する場合は「 n+1 」だけ台車が必要だが、上記のC2方式なら「 n 」、A3方式なら「 2n/3(ただし n は3の倍数)、A5方式の場合は「(n+1)/2(ただし n は奇数)」 となり、いずれの場合も「連接台車」を使うより台車数が減るので、ただ台車を減らすだけならば優位性がある。

無論、台車数が大幅に減少するため、前述の連接台車の短所で挙げられた問題はさらに激しくなり、さらに車体連結部分の真下に台車がないことから、連接台車の長所のうち軸重向上による走行抵抗以外はなくなる[脚注 6]ため。極めて軽量かつ短い車体の車両向けであり、世界的にもこのタイプの車両は元々は連接台車を使っていたような車両のうち、路面電車のようにあまり高速で走らない1車体当たりが長さ12m未満の車両[脚注 7]を置き換えるような形で広まっている。

採用例[編集]

曲線通過時に外側へ車体のはみ出しが少ないため、過去に急曲線が多い路面電車、欧州の地下鉄車両などで採用が多かった。現在の技術水準では、路面電車を除く鉄道車両において、おおむね長さが12mから18mの中型で軽量な車体の連節に用いられる。

ヨーロッパ[編集]

欧州では、1932年に試作され、翌年から営業運転を始めている電気式気動車のフリーゲンダー・ハンブルガーが試作機といくつかの量産形式が連接台車を使用しており(通常ボギー車もあった)、これに影響を受けた各国の高速気動車列車に連接台車を使用したものがいくつかある。(「アメリカ」のパイオニア・ゼファー、満鉄のジテの付随車など) 電車では、1936年に登場したイタリア国鉄ETR200型特急電車が本格的な高速電車として初の連接台車を採用し、試験走行で203km/時を記録した。この電車は、ばね上装荷の電動機を持つ、いわゆるカルダン駆動を採用した点でも画期的であった。その後、セッテベッロとして名高いETR300型に発展し、これはユニット間だけ変則的に連接台車を採用している。このほか、スペイン国鉄には1軸連接台車を採用したタルゴ (Talgo)と呼ばれる高速運転用の低床式客車1950年から運転されている。その他、IC3423形タレントのように、優等、通勤、ローカル向けと用途を問わず連接構造を採用する例が多かった。

フランス国鉄の高速鉄道車両TGVの客車間に採用されている。ただし世界的に見ても採用しているのはTGVなどを製造するアルストム社系の車両に限られ、特に高速性能に有利とは見なされていない。

なお、連接台車を1軸にして連結部分に設置し、超低床式にする構造の車両もあり、この方式の1992年に試作1994年から量産されたオーストリアのUFLは床面高さが18㎝[脚注 8]を実現した他、2006~2013年にフランスやイタリアなどで営業運転を始めたゴムタイヤトラムのトランスロール[12]が25㎝ほどである[13]

北アメリカ[編集]

アメリカ合衆国では1934年に登場したディーゼルエンジン駆動のパイオニア・ゼファーを筆頭にM-10000など、いくつかの高速気動車編成が連接台車を採用した。 電車では1941年に登場したシカゴ北海岸線のエレクトロライナーが連接台車とWN駆動による高性能電車だった。 客車でもサザンパシフィック鉄道がサンフランシスコ・ロサンゼルス間の特急「コースト・デイライト」に使用した客車は連接構造だが、やや特殊で通常の座席車が2両づつの連接車が3ユニット、食堂車関係が3両連接車1ユニット編成に組み込まれ、一部の座席車や荷物車は通常のボギー車まで含まれていた[14]

また、現代アメリカ鉄道の象徴といえるコンテナ輸送用貨車のダブルスタックトレインに連接構造が多用される。コンテナ長の国際規格は40フィート(約12.2m)と短いので二段積みし、輸送効率を上げる。コンテナ輸送は貨車の増解結によらずコンテナの積み込みだけで輸送量を変えるので連接台車は合理的である。ただし二階建客車は車体が長く重いので連接台車を用いていない。

日本[編集]

日本の鉄道では連接台車の採用は少なく、特に気動車での利用が皆無に近い[脚注 9]

なお、過去の日本の鉄道輸送(特に貨物)では多層建て列車のように途中で編成を併結・分割させることや、輸送力に応じて適時車両を増結するため、増解結の融通が利かない事も問題であったが、昨今の列車では固定編成かユニット編成の増結で運用される例が多く、これが連接台車を採用しない決定的な理由ではない。

日本における最初の採用例は、1934年の京阪電気鉄道「びわこ」号60型とされている。この車両は路線の都合上[脚注 10]路面電車に近い規模(10m級車体2両の連接)であったが、1941年に通常の電車規模(16m級車体2両、1944年からは中間付随車つきで合計全長が45mに拡大。)の西日本鉄道500形(鉄道線)で採用されたが、これ以外は1950年代中頃までは鉄道法で営業している所でも江ノ島電鉄300形のように路面電車規模の車両に使用されていた。

1957年に小田急電鉄で特急型であるロマンスカー3000形に連接台車を使用し[脚注 11][15]、翌年には近畿日本鉄道でも特急型のビスタカー10000系の付随車ユニットにこれを採用するなど、普通サイズの電車にも使用されるようになったが、その後も路面電車系の軽量な車両に使用される方が多く、この2系列を除くと普通電車サイズの車両は前述の西鉄500形と規模がだいぶ小さくなるが一応急行車だった福井鉄道200形電車(2車体3台車)程度で、あまり大型の電車の連接車は私鉄では広まっていない。 逆に路面電車クラスの小型車両では、50~60年代ごろから一部の私鉄で軌道線やそれに準じた路線の車両をこれに統一しようとしていた例があり、前述の江ノ島電鉄の他、名古屋鉄道西日本鉄道軌道線(名鉄豊川線除外)、札幌市電広島電鉄、などで一時期新造車を連接車のみにしていた時期がある[脚注 12]

近年においては上記私鉄のうち、優等列車向けの車両では近鉄ビスタカーの場合は3代目に当たる30000系からは通常のボギー電車になっているが、小田急電鉄のロマンスカーの場合は以後も10000系まで連接車の増備が続き、JR東海と共通仕様で作る以上連接構造にできなかった20000形(1991年)より通常ボギー車タイプの車両も混じるようになったが、2005年製造の50000形電車「VSE」も連接車が使われるなど、連接車と通常ボギー車が混在している。 小型車両では利用客の減少や路線の縮小で単行車のみになった札幌市電と、軌道線自体を廃止した名古屋鉄道や西日本鉄道では現存車はないが、江ノ島電鉄と広島電鉄の他、廃止された路線からの連接車を継承した筑豊電気鉄道(西鉄より継承)や福井鉄道(名鉄より継承)などの他、1999年から2001年にかけて玉電時代の旧式車を整理し、車両を連接車のデハ300形で統一した東京急行電鉄世田谷線などが連接車率の多い鉄道である。

一方、国鉄では国鉄では振り子式車両試験車として製作された591系試験電車が横圧軽減対策の実験も兼ねて自己操舵方式の連接台車を採用していたが、この方式に問題があったため実験は中止され、連接台車が要らなくなったことで後に通常のボギー車に改造されている。

JRでも、1992年東日本旅客鉄道(JR東日本)が新幹線952形・953形電車日本貨物鉄道(JR貨物)もJR貨物ワ100形貨車を試作したが、双方とも試作のまま終わり、JR東日本は2002年にも通勤形電車E993系「ACトレイン」に車輪に電動機を直結したDDM方式と併せて連接構造を採用し、こちらは2007年から2010年までの予定で「ACトレイン」の成果を受けたE331系量産先行車が京葉線で営業運転を兼ねた試験まで行われたが、2014年に廃車された。

結局、国鉄→JRは長年にわたり断続的に幾つかの試験をした結果、本格採用しなかった。


なお、私鉄における日本国内における営業用貨車での連接台車使用例として太平洋石炭販売輸送のセキ6000形(国鉄の同名形式とは別物)が存在する。

連接台車使用車両リスト(製造年or連接式に改造年)[編集]

日本[編集]

電車[編集]

国鉄[脚注 13]
591系試験電車(1970年)
JR東日本[脚注 14]
新幹線952形・953形(1992年)
E331系(2006年)
江ノ島電鉄
300形(1956年)
500形(初代)(1956年)
1000形・1100形・1200形・1500形(1979~1986年)
2000形(1990年)
10形(1997年)
20形(2002年)
500形(2代目)(2005年)
小田急電鉄
3000形(初代)(1957年)
3100形(1963年)
7000形(1980年)
10000形(1987年)
50000形(2005年)
鹿児島市交通局
700形(1966年)
京阪電気鉄道
60型電車(1934年)
近畿日本鉄道
10000系(1958年)[脚注 15]
10100系(1959年)
札幌市電
A800形(1963年)
A810形(1964年)
A820形(1964年)
A830形(1965年)
仙台市電
モハ300(1955年)
筑豊電気鉄道
3000形(1988年)
東京急行電鉄
デハ200形(1955年)[脚注 16]
デハ300形(1999年)
東武鉄道
200形(軌道)(1954年)
名古屋市交通局
2600形(1941年)
3000形(1944年)
2700形(1946年)
名古屋鉄道
モ400形(2代)(1952年)
モ880形(1980年)
モ770形(1987年)
西日本鉄道
500形(鉄道線)(1942年)
北九州線1000形、福岡市内線1001形・1101形・1201形・1301形(1953~1964年)
331形(1957年)
広島電鉄
宮島線1040形(1957年)
70形(1959年)[脚注 17]
2500形・3100形(1961年)
3500形(1880年)
3700形(1984年)
3900形(1990年)
3950形(1997年)
福井鉄道
福井鉄道200形(1960年)
160形(1968年)
福島交通
福島交通デハ5000形(初代)(1963年)
三重交通
モ4400形(1959年)[脚注 18]

貨車・事業用車[編集]

日本貨物鉄道
ワ100形(1992年)[脚注 19]
小田急電鉄
イヘ901(1959年)
太平洋石炭販売輸送
セキ6000形(1966年)

脚注[編集]

  1. ^ 例として小田急電鉄50000系中間車はホイールベース(≒車体長)が13.8mだが、同系列の先頭車両や通常ボギー車である30000形や60000形もホイールベースは13.8mであり、車体長の違いはあくまでオーバーハング分によるものである。
  2. ^ 例として、札幌市電や東急世田谷線では非連接構造の電車は貫通路が設けられなかったり、江ノ島電鉄にいたっては連結車(2軸ボギー車同士の連結)の200形に初めて貫通路を設けてみた所、危険があったため閉鎖した事例がある。
  3. ^ 例えば小田急ロマンスカーの連接車達はほとんどが全体の1/3が付随台車(50000形に至っては3/11が付随台車)であるなど、むしろ車軸数には余裕がある状態である。
  4. ^ 小田急電鉄の3100系は最初10両編成の計画であったが、軸重軽減のため台車数に対し軽い中間車(平均18.42t、先頭車は28.40t)が増える11両編成に変更している、
  5. ^ ただし、このフローティング車体をつけてしまうとバランスの関係上両端車体の台車を編成中央よりにつけるか両端車体の小型化(運転台に特化)の必要がある。前者は低床式に不利になり、後者は運転台と客室の段差が生じる問題がある。
  6. ^ 一応C2・A3方式なら連接台車式と違い2or3両単位で自由に増解結できるが、後述のように増解結しない路面電車に多くつかわれるので意義は薄い。
  7. ^ 連接台車の場合もそうだが編成長の上限は駅などの有効長の都合などで決まるため、個々の車体が短くなれば両数を増やせばいいだけなので編成全体ではタイプA5は5両固定編成で全長18mと一般の私鉄電車1両並みの長さがある。また、別メーカーの車両だがA5方式のように車両をつないだ広島電鉄5000形電車が5車体合計で全長30.5mと、軌道運転規則第46条の編成全長上限30mを越えた特例編成となっている。。
  8. ^ 参考までにフローティング車体式の場合、(車両によりある程度の差はあるが)コンビーノが30㎝ほど、リトルダンサーが33㎝~38㎝ほどである。
  9. ^ キハ391は「連節車」だが、連接台車ではなく「通常ボギー台車の中間車が前後の単一台車付き車体を支える」という構造。
  10. ^ 大半が専用軌道だが、路面電車として開業された区間があったので車両限界をそちらに合わせる必要があった。
  11. ^ これは当時の小田急電鉄の山本利三郎がスペインのタルゴの連接構造へ関心を持ったことが一因だとされている
  12. ^ ただし、札幌市電は最後の連接車であるA830形を65年に製造後、20年近く車両の新造を中断し再開後は単行車のみ製造。広島電鉄は連接車と合わせて単行車も製造しており、5000形からは連節車を増備している。
  13. ^ 試験的なもので量産されてない
  14. ^ 試験的なもので量産されてない、E331系は営業運転はしていた。
  15. ^ 連接台車は付随車編成のみ
  16. ^ 連接台車は1軸
  17. ^ 西ドイツからの譲渡車
  18. ^ 762mm軌間の車両
  19. ^ 試験的なもので量産されてない

出典[編集]

  1. ^ 1935年の鉄道省内での業務研究資料において、「関節式新電車ニ就イテ」と題する構想が発表されている。(福原 (2008) p.167
  2. ^ 前橋(2008) p.27図2
  3. ^ 前橋(2008) p.26
  4. ^ 生方・諸河(2012) p.87
  5. ^ 生方・諸河(2012) p.87
  6. ^ 代田(2007) p.23
  7. ^ 宮本(2012) p.32
  8. ^ 生方・諸河(2012) p.70-71
  9. ^ 生方・諸河(2012) p.87
  10. ^ 生方・諸河(2012) p.123
  11. ^ 神谷(2012)p.35・37
  12. ^ 神谷(2012)p.45
  13. ^ トランスロール-三井物産プラントシステム株式会社、>事業内容>交通分野>交通分野取り扱い商品>国内交通プロジェクト。
  14. ^ Southern Pacific Daylight Train 99
  15. ^ 青田 (2009) p.137

参考文献[編集]

関連項目[編集]