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ディーゼル機関車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ディーゼル機関車(ディーゼルきかんしゃ、英語:diesel locomotive, 略語:DL)は、ディーゼルエンジンを動力源とする機関車のことである。

初期はディーゼルエンジンのトルクを機械的に動輪に伝える方式が試みられ、1912年にエンジンと動輪に直結する方式でドイツで実験車(試作車)が製作されたが失敗作となり、その後に他の機械式でも各国で失敗作となり、1930年代や1940年代ころからディーゼルエンジンで発電し得られた電力で電気モーターを回す方式、すなわちディーゼル・エレクトリック(英語:diesel-electric)方式でようやく実用化に成功し世界に広まった歴史があり世界的にはディーゼル・エレクトリック方式の機関車が主流であるが、日本では独特の事情があり液体変速機を用いた方式が主流となった。

非電化区間が多い国々・地域(ロシアオーストラリアアメリカアラスカカナダ 等々)では重要な機関車である。それらの国々では、全長が数キロメートルにおよぶ貨物列車を牽引することがあり[注釈 1]、大型で大出力のディーゼル機関車が使われている。

概説

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次の3種類がある。「気動車・ディーゼル機関車の動力伝達方式」も参照のこと。

種類
  • 機械式 - マニュアルトランスミッションの自動車同様、ディーゼルエンジンの出力をクラッチで断続し、ギアボックスの歯車の組み合わせを変え、必要な駆動力を得る機関車。推進軸と最終減速機で動力を伝達する点が自動車と同様であるが、差動装置は必要なく、代わりに逆転機を持つ。
  • ディーゼルエレクトリック方式 - ディーゼルエンジンで発電機を回すことで得た電力により、電動機で駆動する、いわば発電所を積んだ電気機関車。ディーゼルエレクトリック方式が正式用語だが、ディーゼル機関車について説明している文脈と明らかな場合だけは国内(だけ)は"電気式"と略すことがある(世界的にはそういう略し方はしない。普通の電気鉄道と非常にまぎらわしくなるため。)。なお、これに二次電池回生ブレーキを付加した場合は、ハイブリッド機関車の一種となる。
  • 液体変速機式 - ディーゼルエンジンの出力をトルクコンバータとギアを組み合わせた液体変速機を介して変速し、動輪に伝えることで駆動力を得る機関車。変速機の部分が機械式と異なり、さらに逆転機、推進軸、最終減速機を持つ。明らかにディーゼル機関車について説明していると分かる文脈では"液体式"と略され、ディーゼル機関車という用語と組み合わせる場合は「液体式ディーゼル機関車」という。

歴史

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世界的な歴史

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ディーゼル機関車以前

ディーゼルエンジンは1897年ドイツで発明されている。またディーゼルエンジン以外の内燃機関は電気機関車よりも早く、19世紀半ばごろに開発された。しかし、内燃機関は蒸気機関電気モーターと異なり、回転数に関わらず発生トルクがほぼ一定である特性があるため、発進から加速に移行する速度域で大きな力を必要とする鉄道車両に内燃機関を用いる場合、トルクを増大させる装置を別に必要とする。これが枷となり、鉄道車両への導入には長い年月を要した。

ディーゼル機関車の歴史
Ge-1形ロシア語版
ソ連運輸省TE1形英語版は、第二次世界大戦中にアメリカからレンドリース法で供与されたアルコRSD-1形ディーゼル機関車リバースエンジニアリングして量産したディーゼル車である。

世界で初めてディーゼルエンジンを鉄道車両用に用いてディーゼル機関車を製作しようとしたのもやはりドイツで、1912年プロイセン州州営鉄道向けに最初のディーゼル機関車が製作された。これはディーゼルズルツァー・クローゼ式熱機関車(Diesel-Sulzer-Klose-Thermolokomotive)と呼ばれ、ディーゼルエンジンと動輪直結するお粗末な方式であったので、使い物にならず、起動には空気圧縮機を使用せねばならず、牽引力や速度も十分に出ず、クランクシャフトシリンダーの破損も相次ぎ、凄まじい轟音も発して苦情も多く、2年後の1914年に廃車され失敗に終わった。

1924年にはロシア鉄道向けに大型機のGe-1形ロシア語版が製造された。2017年以降、サンクトペテルブルクの鉄道博物館で静態保存されており、現存する最古のディーゼル機関車となっている。

1929年、ディーゼルエンジンを動力としてコンプレッサーで圧縮空気を作り、その空気を使いシリンダー・主連棒・連結棒で車輪を駆動する方式の機関車(すなわち、蒸気機関車の蒸気の代わりに圧縮空気を用いたもの。蒸気機関車の構成要素も参照。)がドイツ国鉄(現ドイツ鉄道)向けに製造され、V3201という形式を与えられたが、本格的な実用化には至らなかった。また、蒸気機関車は発進時の発生トルクは高いが、取り扱いはディーゼル機関車の方が優れているため、両者の長所を生かすべく、蒸気機関とディーゼルエンジンを搭載したキトソン=スティル蒸気ディーゼル機関車(Kitson-Still Steam-Diesel Locomotive)も製造されたが、出力と経済性で蒸気機関車を超えることができず開発が放棄された。

その後、機械式・電気式・液体式の動力伝達機構の開発が進められ、これにより1930年代から電気式ディーゼル機関車が米国などで本格的に実用化された[1]1950年代からドイツが大型の液体変速機を開発し1960年代以降は2,000 PS級のエンジンを搭載した機関車が多数製造されるようになり、幹線での列車牽引に多く使用されるようになった[1]

21世紀に世界各国の非電化路線で用いられている内燃機関車の多くはディーゼル機関車である。国によっては5,000 PSを超える出力をもつ機関車もある。動力伝達機構としては、運転や保守が容易で伝達効率に,優れる電気式が主流である[2]。この方式が主流となっているアメリカ合衆国の鉄道では、運転台を一か所にまとめた形態が多い。

ディーゼルエンジンから排出される硫黄酸化物窒素酸化物粒子状物質環境問題の主因とされることから、EUやアメリカの基準では2015年以降に製造されたディーゼルエンジンには触媒などを用いて改善が求められた[3]。また、環境負荷の少ないとされてきた鉄道車両にもエネルギー効率の向上が求められつつある。発電機電動機交流化、コンピューター制御の大幅な採用等、技術革新の成果を取り入れて改良が進められつつある[4]

アメリカのディーゼル機関車

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アメリカ合衆国では1935年にディーゼル機関車が1両ボルチモア・アンド・オハイオ鉄道に、2両がサンタフェ鉄道に納入された[5]

アメリカおいては第二次世界大戦の終わりまでにディーゼル機関車は実証済みのものと見なされ、動力形式の標準となり、蒸気機関車に急速に取って代わり始めた。アメリカでは、それまで使われていた40,000両の蒸気機関車の代わりに使われることになり、約27,000両のディーゼル機関車が使われ、その台数で4万両の蒸気機関車よりも多くの輸送業務を十分にこなす状態になっていった[5]

アメリカのディーゼル機関車の型式

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初期
  • EMC EA/EB - Electro‑Motive Corporation 製の初期旅客用ディーゼル機関車モデル。A1A‑A1A 軸配置、合計 1,800 hp。Baltimore and Ohio Railroad 向けに 1937–1938 年に製造された。
  • EMC E1 - Electro‑Motive Corporation 製で ATSF(Atchison, Topeka and Santa Fe Railway)向けに 1937–1938 年に導入された旅客用。
EMD SD 系
  • EMD SD7 - 1500 hp、1951–1953 年製造。C‑C 軸配置
  • EMD SD24 - 2400 hp、1958–1963 年。16‑567D3 エンジン搭載
  • EMD SD35 - 2500 hp、1964–1966 年に生産された 6軸ディーゼル機関車
  • EMD SDP35 - 上述のSD35の旅客用版であり、客車用設備が付随する
EMD F 系
  • EMD F3
  • EMD F7
  • EMD F9 - 1750 hp。1953–1960年製の代表的なFユニットカブディーゼル機関車(F‑unit cab diesel locomotive)
ALCO 系

ALCOのものは型式がかなり多いので、英語版では一覧が作成されている。en:List of ALCO diesel locomotivesを参照のこと。


ドイツ国内のディーゼル機関車

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ドイツ国内史

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ディーゼル機関車以前

ドイツ国内ではディーゼル機関車の前に、ディーゼル式の気動車が先に本格的に実用化された。

1933年にはドイツでディーゼルエンジンの気動車による真に目覚ましい成果が得られ[5]、2両編成の流線形ディーゼル・エレクトリック列車「フリーゲンデ・ハンブルガー」(Fliegende Hamburger)が、2基の400馬力ディーゼルエンジンを搭載し、ベルリンハンブルクの間で平均時速124 km/h(77 mph)のダイヤで運行を開始した[5]。1939年までには、この種の列車がドイツの主要都市のほとんどを相互に結び、平均時速 134.1 km/h(83.3 mph)の運行ダイヤが組まれるようになっていた[5]

ディーゼル機関車の歴史

1935年に、ドイツの企業 Krauss‑Maffei、MAN、Voith の3社が協力して「V 140」というディーゼル油圧機関車を製造した。これはドイツで初めての"ディーゼル油圧機関車"とされており、のちにドイツ鉄道で油圧伝達方式が広く採用されるきっかけとなった。 第二次世界大戦後にシリーズ生産が本格化し、戦後の復興期から1950年代にかけて、西ドイツ国鉄(Deutsche Bundesbahn)が蒸気機関車の置換え用、非電化区間の牽引用として各種ディーゼル機関車の開発・導入を進めた。

1952年に登場した V 80 形ディーゼル機関車は、西ドイツ国鉄で本線用ディーゼル機関車として初の「液体式(ディーゼル‑油圧 式)」と位置づけられている。10両が製造され、1968年以降は280形と分類が変わった。

ドイツのディーゼル機関車の型式

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  • Kleinlokomotive - Kleinlokomotiveは1930年代からドイツ国営鉄道(DRG)で運用された軽量の入換用機関車で、多くがディーゼルエンジンを動力源としたディーゼル機関車であった。
  • プロイセン邦有鉄道VT 101 - VT 103英語版
  • DB Class V 65 / Class 265 - 1956年に製造された中型ディーゼル油圧機関車で、軽貨物や入換作業に用いられた
  • DB Class V 80(後の Class 280) - DB Class V 80(後の Class 280)
  • DB Class V 160 - 1960年代に開発された主力ディーゼル油圧機関車
  • DB Class V 162 / Class 217 - V 160 の発展型として 1965–1968 年に製造された
  • DB Class V 210 - ガスタービン補助エンジンを持つ高速ディーゼル機関車であり、主に客車列車向けとして設計された
  • フリーゲンダー・ハンブルガー

ソ連・ロシアのディーゼル機関車

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ソ連・ロシアでは、初期段階で外国製のものの輸入と国産化が進められた。まずドイツで1924年に設計されMAN社製のディーゼルエンジンを搭載したディーゼル・エレクトリック機関車「E el-2」が1925年にソ連に輸入された。

日本国内のディーゼル機関車

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日本の鉄道では、蒸気機関車に続いて、ガソリン灯油などを燃料とする小型の内燃機関車が一部で用いられた実績があった[6]

日本の製造業の黎明期にあたる1904年(明治37年)に大阪府福岡鉄工所焼玉エンジンを使用した国産初の内燃機関車を製造、実用化したのが始まりであるが、"福岡式石油発動機関車"は出力がたいへん低く、保守も煩雑だったため鉄道省での導入は見送られた。 鉄道省は後の本格的な国産化を目指し、ドイツからDC11形DC10形を同時発注する形でサンプル輸入し、別々の時期に届いた[注 1]。しかし、この時代のディーゼル機関車は黎明期の製品ゆえ出力や信頼性が低く、本格的に蒸気機関車を置き換えるまでには至らなかった。

本格的に導入が始まるのは戦後になってからで、国鉄では1953年DD50形導入がその契機となる。その後車両メーカーや国鉄により様々な機関車が開発・試作された。

国鉄DE10形ディーゼル機関車JR貨物所属時代)


そして、1958年に製造が始まった入換え用のDD13形1958年 - 1967年、398両製造)や1968年に製造が始まったDE10形1966年 - 1978年、708両)、1968年に製造が始まった本線用のDD51形1962年 - 1978年、649両)で実用化に成功し大量増備に至った。

1980年代以降、電化の進展や機関車による客車列車・貨物列車の削減、初期に製作された車両の老朽化で、日本におけるディーゼル機関車の稼働数は減少傾向になった。

駆動方式選択の日本独特の事情

当初は構造が簡易な機械式が試みられたが、その後はディーゼル・エレクトリック方式(diesel-electric、電気式ディーゼル機関車)が採用された。ディーゼルエレクトリックは出力制御が他の形式より簡便であったが、発電機と主電動機の重量で軸重が大きくなりがちで、軌道負担力が小さくその強化が追いつかなかった当時の日本の国鉄にとっては使い勝手が悪かったことや、当時の日本の技術では高出力化にも限度があり、液体式の技術が向上したことで電気式は採用されなくなり、液体式が標準となっていった。しかし1990年代以降老朽化が顕在化した液体式のDD51形の置き換えでは、半導体技術が発展したことと、機関車用大容量液体式変速機の開発が久しく行われておらず困難であること[注 2]などから、再び電気式の採用となった。

外形

外形は、諸外国と異なり、貨車の入換など運転方向の切り替えに便利な凸型が主であるが、一部には箱型もある。特殊用途のものを除いて、両側に(両方向に対応した)運転室がある。

なお、現在でもディーゼル機関車は非電化区間の旅客輸送、貨物輸送、甲種輸送などで幅広く活躍しており、JR貨物からは貨物駅周辺の環境に配慮し同社初の入換用ハイブリッド式ディーゼル機関車のHD300形が導入されるなど、短距離牽引でありながら重要な役割をもつものもある。

日本で使用されている主なディーゼル機関車の形式

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液体式

この節は日本国有鉄道(国鉄)、JRに所属する(した)車両である。

電気式
機械式

税法上の扱い

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日本国内では国税庁通達(2020年時点で有効なのは、昭和63年10月6日付通達「鉄道事業及び軌道業を営む者の有する固定資産の分類と個々の資産の耐用年数について」[7])で鉄道車両についての固定資産としての耐用年数を規定しているが、ここでは「電気または蒸気機関車」が18年、「電車」が13年と規定されているのに対し、内燃機関を用いる「内燃動車」は、機関車、内燃客車(気動車)がともに該当するものとされ、その期間は11年で、他の動力車に比して短い。

ディーゼル機関車が登場する作品

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1930年代から1970年代にかけてのアメリカの映画テレビドラマには、EMC/EMD製のEユニットFユニットを嚆矢とする、いわゆるドッグノーズタイプのキャブ・ユニットが数多く登場している。

イギリスの低学年の児童向け絵本シリーズ『汽車のえほん』には、当初蒸気機関車を脅かす悪役としてディーゼル機関車が登場する。物語が執筆された1950年代から1960年代のイギリス国鉄のディーゼル機関車が低性能で信頼性が低かったこと、無煙化運動によって蒸気機関車を淘汰していたことを「性格が悪い」と表現したようである。

3D版『きかんしゃやえもん』では蒸気機関車を処分しようとする悪役として登場している。原作絵本でのディーゼル機関車はモブキャラクターで、悪役は主に電気機関車レールバスだった。

烈車戦隊トッキュウジャー』では最古参のサポート用烈車ディーゼルレッシャーとして登場する。なお、合体形態のディーゼルオーは特定の武器を持たず、肉弾戦を得意とするパワーファイターとして描かれており、戦隊ロボとしては珍しく、キックが必殺技。ディーゼルといえばハイパワーのイメージを印象付けている。


脚注

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注釈
  1. ^ アメリカ鉄道協会(AAR)の報告では、貨物列車の「Class I」の全長の中央値(median)は 5,300 feet(約 1.6 km)であり、「Class I」の10% は全長が9,600 feet(約 2.9 km)を超えるというデータがある。[1]
  1. ^ 両形式は同時に発注されたが、納期の都合で輸入時期にずれが生じた。
  2. ^ アメリカのディーゼル機関車のほぼすべてが電気式であるのも、大出力に耐える液体式変速機の開発が困難であることに起因する。
出典
  1. ^ a b 交通ブックス『電気機関車とディーゼル機関車(改訂版)』p.79
  2. ^ 交通ブックス『電気機関車とディーゼル機関車(改訂版)』p.82
  3. ^ Reducing harmful emissions from diesel locomotives” (英語). projects.research-and-innovation.ec.europa.eu (2017年). 2025年2月5日閲覧。
  4. ^ 交通ブックス『電気機関車とディーゼル機関車(改訂版)』p.83
  5. ^ a b c d e Diesel traction”. 2025年12月12日閲覧。
  6. ^ 1918年新夕張第二坑で使用されたガソリン機関車『夕張』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 国税庁pdfリンク 鉄道事業及び軌道業を営む者の有する固定資産の分類と個々の資産の耐用年数について(昭和63年10月6日)

関連項目

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外部リンク

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