新幹線911形ディーゼル機関車

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新幹線911形ディーゼル機関車
新幹線911形ディーゼル機関車(1985年9月25日)
新幹線911形ディーゼル機関車(1985年9月25日)
基本情報
運用者 日本国有鉄道
東海旅客鉄道
製造所 日本車輌製造
製造年 1964年
製造数 3両
廃車 1995年
主要諸元
軸配置 B-B-B
軌間 1,435 mm(標準軌
全長 19,400 mm
全幅 3,350 mm
全高 4,490 mm
運転整備重量 90.00 t
台車 両端 DT8001 中間 DT8002
動力伝達方式 液体式
機関 DML61Z
機関出力 1,100 PS (1,500 rpm) × 2基
変速機 DW2B × 2基
駆動方式 歯車減速および推進軸
歯車比 1:2.386
制御方式 機関回転数および推進軸。非重連。電磁および電磁空気式制御
制動装置 SEAA空気ブレーキ、バネブレーキ
保安装置 ATC
最高速度 160 km/h
最大引張力 27,000 kg
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911形は、日本国有鉄道(国鉄)が1964年昭和39年)の東海道新幹線開業時に、新幹線電車救援用として製造した液体式ディーゼル機関車である。日本車輌製造で3両が製造された。

1号機 (911-1) と3号機 (911-3) は国鉄時代に廃車され、1987年国鉄分割民営化時には、2号機 (911-2) 1両のみが東海旅客鉄道(JR東海)に引き継がれた。

概要[ソースを編集]

911形ディーゼル機関車のサイドビュー

DD51形をベースとして、箱型両運転台構造の車体、6動軸駆動に改めたもので、新幹線の事業用車共通の青20号警戒色黄5号の塗装(全体が青で、運転台窓下から側面にかけて太く短い黄色の帯)となっている。前面は非貫通で、後のEF66形DD54形などに似た、力強さを感じさせる半流線型のデザインであった。

エンジンは先行車の1号機ではDD51形と同じDML61S (1,000PS/1,500rpm) ×2が使用されたが、量産車の2・3号機では余裕を持たせるため、中期DD51形のDML61Z (1,100PS/1,500rpm) ×2に変更され出力が強化された。液体変速機は初期型DD51形と同じDW2であるが、使用目的によって引張力と速度を2段に切り替えられるように、高速段 (160km/h) と低速段 (92km/h) の副変速機を付加したDW2Bを搭載し6軸の車輪を駆動する。救援の際の後続列車のダイヤへの影響を減らすべく、最高速度は160km/hと高く設定されており、また、20勾配において16両編成の満員電車に相当する引き出しが可能となっている。

連結器は工事車両の牽引も考えられていたので、新幹線用密着連結器と並形自動連結器の双頭連結器を装備していた。列車救援を念頭において製造されているので、牽引される電車予備灯電源を供給するためのディーゼル発電装置を搭載している。

当時の世界最速のディーゼル機関車であり、山陽新幹線開業時、新大阪駅 - 岡山駅間を1時間で走破し、平均速度165km/hのディーゼル機関車世界速度記録を樹立した。

運用[ソースを編集]

前述のように故障電車の救援用として製造されたが、幸いにもこの目的で使用されることはなく(列車密度等の面から、故障等で立ち往生した列車の救援は本形式を使用するのではなく、前後の列車を使用して行うような措置になったため)、自力走行できない軌道検測車921形0番台を160km/hで牽引する運用についたが、新型検測車922形10番台が導入されると921形0番台は予備車となり[1]、922形10番台の検査入場中の検測や、工事列車の牽引に活用された。

国鉄分割民営化時にJR東海に継承された2号機は1995年に廃車となったが、以降はJR東海浜松工場保管され、工場の一般公開時(新幹線なるほど発見デー)に展示されていた。

新製時には鉄道ファン1964年11月号の表紙も飾っている。

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ 『東海道 山陽新幹線二十年史』日本国有鉄道新幹線総局、1985年、p.918