スーパーひかりモデル

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Camera-photo Upload.svg 画像提供依頼:スーパーひかりモデルのモックアップ画像の画像提供をお願いします。2018年12月

スーパーひかりモデルとは、300系新幹線の開発のために、東海旅客鉄道(JR東海)が製作した、車両モックアップである。書籍によっては、本モックアップも300系と呼んでいる。

100系新幹線をベースにし、一両分を半分に切ったものである。

概要[編集]

日本国有鉄道(国鉄)が100系の「ひかり」よりも速くて優れた「スーパーひかり(のちののぞみ)」の開発のため、260km/h[1]での運転が可能な車両を開発し、東海道・山陽新幹線東北上越新幹線北陸新幹線の一部に乗り入れることを計画していた。しかし、この計画は一旦中止になり、その後、JR東海が引き継いだ。1987年昭和62年)6月日本車両豊川工場で本モックアップが製造され、同月11日から7月31日まで東京駅八重洲南口みどりの窓口前コンコースで展示された。このほか、同年10月31日11月1日の両日に開催された浜松工場の創立75周年記念式典や、1988年(昭和63年)9月23 - 25日滋賀県立文化産業交流会館で開催された「しが産業フェスティバル」、さらに1989年平成元年)3月18日から5月21日静岡市駿府城公園で開催された市制100周年記念事業の地方博覧会SUNPU博'89」のJR東海館でも展示された。その後、本モックアップは解体され、現存していない。

スーパーハイデッカーの仕様で、車窓は長く、屋根まで少し伸びた大型のパノラマウィンドウで、富士山浜名湖などの東海道の美しい景色を満喫できるように開発された。空気抵抗の低減のため、車体の上半分は円筒断面[2]とされた。防音スカートやパンタグラフカバーの採用も検討されていた[3]。座席も快適性を追求して設計され、座席背面には液晶テレビが設置された。各イベントにおいて車内の公開も行われた。通常の座席車以外では、ロビーやビジネス用個室などの車内設備も検討されていた。

しかし、構造や構体の強度など諸々の問題で、実用化が不可能であるということがのちに判明した。前面展望も、バードストライクの問題などから、乗務員からは否定的な意見が出ていたという[4]。結果、最高速度を優先する形で設計は大幅に変更され、300系(9000番台J0編成。のちにJ1編成に改造)の試作車1990年(平成2年)に開発された。

商品化[編集]

JR東海から、本モックアップをデザインしたオレンジカードが限定販売されていた。

プラレールでも1990年から1996年(平成8年)ごろまで、本モックアップをモデルとした「スーパーひかり号」が発売されていた。 通常ラインの製品のほか、運転台を模したコントローラから遠隔操作できる仕様の製品も存在した。

参考文献[編集]

  • 講談社 講談社デラックスカラー百科シリーズNo.23『JR新幹線』(1988年3月25日発行)
  • ネコ・パブリッシング『プラレールのすべて - 生誕40周年記念・完全保存版!』
  • ネコ・パブリッシング『プラレール大図鑑2004〜2005』
  • エイ出版社『新幹線の時代』
  • イカロス出版株式会社『新幹線エクスプローラ』vol.51(2019年春号)、p.99「スーパーひかり構想」。

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 本モックアップが製作された時期には、目標速度が270km/hに引き上げられている。
  2. ^ 円筒断面は、後年500系で採用された(ただし、500系は下半分も円筒状)。
  3. ^ プラレール「ぼくがうんてんする スーパーひかり号」製品パッケージの解説文より。
  4. ^ 『新幹線エクスプローラ』vol.51、p.99。