国鉄キハ65形気動車

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キハ65形気動車(キハ65がたきどうしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が製造した急行形気動車(ディーゼル動車)である。

キハ65形気動車
キハ65 11987年撮影
キハ65 1
1987年撮影
主要諸元
最高速度 95km/h(5000番台は110km/h)
車両定員 84
自重 自重約43t 積車約53t
最大寸法
(長・幅・高)
21,300×2,900×4,085mm
台車 ダイレクトマウント空気バネ台車
DT39形動力台車・TR218形付随台車
※キハ65 80 - 86はDT39A形・TR219A形
機関出力 500PS/1600rpm
DML30HSD形×1/両
変速段 変速1段・直結1段 最終減速比3.057
駆動方式 DW4D形液体変速式
※キハ65 80 - 86はDW4F形
制動装置 DARE1電磁自動空気ブレーキ
保安装置 ATS-S
備考 諸元は新製時の値。
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概要[ソースを編集]

開発の経緯[ソースを編集]

国鉄では1961年から急行列車用にキハ58系の大量製造を行った。このグループについては1960年代中期以降、冷房装置の搭載が本格化した。

しかしキハ58系は走行用DMH17Hディーゼルエンジンが低出力であるという根本的問題を抱えており、急勾配線で運用される場合には、走行用エンジンの基数確保と冷房電源供給エンジン搭載スペース確保との相反する制約に伴う、出力不足の問題が顕著となった(国鉄キハ58系気動車#改造による問題点を参照のこと)。

この問題に対応するため、勾配路線のキハ58系急行列車編成に増結してブースター的な役割を与え、なおかつ冷房用電源の問題を解決する目的で、試作車のキハ91形を基本に開発されたのが本形式である。

車体構造[ソースを編集]

基本的にキハ58系の構造を踏襲するが、設計上は同時期に開発・製造された12系客車と共通点が多い。

  • 客室側窓はキハ58系の一段上昇式ではなく、キハ91形と同様に上段下降・下段上昇式のユニット窓とした。
  • 客用扉はキハ91形と同じく1台車2軸駆動の仮想心皿方式空気ばね台車を装着するため、キハ58系と同様に引戸とした場合、枕バネに用いる空気バネの車体側で受け止める座が戸袋と干渉する障害があった。対策として戸袋が不要な折戸や外吊り戸などとする必要があり、本形式ではキハ181系や12系客車と同様に2枚式折戸を採用した。
  • 車両限界をフルに活かすため、車体端部の面取り(絞込み)や雨樋の位置がキハ58系から設計変更された[注 1]
キハ65 34
キハ65 34
キハ65 34の車内
キハ65 34の車内
DT39形動力台車
DT39形動力台車
TR218形付随台車※上記4画像はすべて2007年撮影
TR218形付随台車
※上記4画像はすべて2007年撮影
予讃線 香西 - 鬼無間で2007年録音

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車内設備[ソースを編集]

冷房装置は当初から屋根上にAU13A形分散式冷房装置を7基搭載している。このためベンチレーター設置は省略された。

トイレ洗面所設備は省略された。実際の運用においては、全車にトイレと洗面所を備えたキハ58系との混結が前提であったことによる構造簡略化・軽量化のための措置である。ただし定員はキハ58系と変わらず、空いた空間を活用することでシートピッチが12系客車と同等の1,580mmに拡大された。冷房装置が必ずついていることも相まって、指定席を連結している急行の運用に入る際には本系列が指定席用車両として使用されることが多かった。

主要機器[ソースを編集]

床下に過給器付きの水平対向12気筒30リッターDML30HSDディーゼルエンジン(連続定格出力500PS/1,600rpm・最大出力590PS/2,000rpm)1基と冷房電源装置を設置している[注 2]液体変速機は1段3要素型のDW4形であるため、0~8km/h付近の引張力は3段6要素型変速機を持つキハ58を下回るが、それ以上の速度域や直結段ではその大出力から来る強い引張力が発揮されるようになる。

自車を含め3両分の冷房電源を供給できるディーゼル発電機「4VK型発電セット(4VK型ディーゼルエンジン+DM83A型発電機・ダイハツ製)」1基を搭載した。

台車ディスクブレーキ付きで、2軸駆動のDT39形と付随台車のTR218形(80 - 86はそれぞれDT39A・TR218A)を装着する。これらはキハ90系用DT35形・DT36形・TR205形の系譜に連なる延長リンク形軸箱支持機構を備える仮想心皿式空気バネ台車である。

この台車は1台車2軸駆動化でボルスタが位置的に推進軸に干渉するため、揺れ枕を廃して車体を直接ダイヤフラム空気バネで支え、牽引力は直角クランクピンとボルスタアンカーによるリンク連結を用いて車体に伝達する構造となっている。

なお延長リンク形軸箱支持機構は軸箱について軸方向の支持剛性が低いという問題を抱えており、最高速度95km/hとされた通常の本形式ではそのまま使用されたが、後年電車牽引や機関換装で110 - 120 km/h運転を行うようになった車両ではペデスタルによるウィングバネ式軸箱支持機構を採用した新設計台車枠への新製交換を実施した。

また、ブレーキシステムも台車と同様に2軸駆動機構との干渉を避けるべく台車シリンダー方式が採用された。このためキハ58系のDAE系電磁自動空気ブレーキに中継弁を付加したDARE1中継弁付き電磁自動空気ブレーキが搭載されている。

番号区分[ソースを編集]

試作車両のキハ91系気動車をベースとしながら、1969年から1972年にかけて暖地仕様の0番台(1 - 86)および寒地仕様の500番台(501 - 518)の合計104両が新潟鐵工所富士重工業日本車輌製造で製造された。電化の進展による特急電車の増発で気動車急行列車の減少が予測されたため同時期の他の気動車と同様に製造両数は少ない。

製造次 番台区分 0番台 500番台 予算名目
製造所
1次車 新潟 1 - 4   昭和43年度4次債務
富士 5 - 6  
日車 7 - 10  
2次車 富士 11 - 13 501 - 507 昭和43年度5次債務
3次車 日車 14 - 28   昭和44年度2次債務
4次車 新潟 29 - 40   昭和44年度3次債務
富士 41 - 50  
日車 51 - 63 508 - 513
5次車 日車 64 - 73   昭和45年度1次債務
6次車 日車 74 - 79 514 - 518 昭和45年度2次債務
7次車 日車 80 - 86   昭和46年度本予算


運用[ソースを編集]

国鉄時代[ソースを編集]

すべての車輌が東海信越以西に配置されており、東日本以東には山岳路線を含めて配置されなかった。

当初0番台は、四国・九州地区へ集中投入され、後に西日本地区にも配置され、各地域の急行列車で運用された。

500番台は、当時グリーン車にまで走行用エンジン2基搭載のキロ58形が投入されるほど過酷な運用条件にあった中央本線急行「アルプス」「きそ」(および「八ヶ岳」等の併結列車や大糸線非電化区間の糸魚川駅まで)の冷房化用に松本運転所(現・松本車両センター)ならびに長野運転所(現・長野総合車両センター)に配置された[注 3]。しかし、松本運転所所属分は1975年3月10日国鉄ダイヤ改正で投入列車の165系電車化に伴い、また長野運転所投入分も特急化・電車化で徐々に名古屋機関区(現・名古屋車両区)をはじめ西日本・九州地区に転出となり関西本線山陰本線高山本線などで運用された。

1980年代になると急行列車が大幅に削減されたが、本形式はローカル線普通列車用として多くが転用された。その一例として四国地区では高松運転所に集中配置され急行運用に投入されていたが1986年からキハ185系気動車が新製配置され特急増発の結果、一部車両は徳島気動車区(現・徳島運転所)に転属となり高徳本線・牟岐線・徳島本線の急行・普通列車で運用された。

1987年の国鉄分割民営化の際には、東海旅客鉄道(JR東海)・西日本旅客鉄道(JR西日本)・四国旅客鉄道(JR四国)・九州旅客鉄道(JR九州)の4社に継承された。

分割民営化後[ソースを編集]

多気筒大出力エンジンによる走行性能の余裕を買われ、JR移行前後からジョイフルトレインや特定列車用に特化させる大規模な改造を受けた車両も存在する。しかし、その一方で急行列車の削減や車両の老朽化のほかに、保守・点検の面で本形式の大出力エンジンは必ずしも有利とはいえず、ローカル運用には性能過剰な面もあった。さらにトイレを装備しない点や片運転台のため単行運転ができない点、少数形式で保守部品の調達が困難な点も運用上および整備上の制約となった。これらの背景から比較的早期に淘汰が進み、1990年代後半からは急速に廃車が進行した。

キハ65 36[ソースを編集]

キハ65 36

500番台を含む全104両中、末期まで原型車体を維持し、最後まで籍を所有していたJR九州大分車両センター所属のキハ65 36は1989年に九州旅客鉄道(JR九州)が四国旅客鉄道(JR四国)から譲り受けたもので、JR四国に在籍していた当時に座席がバケット式の固定クロスシートに取り替えられていた。

晩年はトロッコ列車TORO-Q」として久大本線由布院 - 南由布間および由布院 - 大分間をキハ58 569ならびにトロッコ車に改造されたトラ70000形と編成を組み運用されていたが、2009年11月29日運用を終了。その後はキハ58と共に国鉄色に変更[1] され、復活急行シリーズなどの運用に投入されていたが、車両検査の期限切れのため「ファイナルひかり」を最後に2010年8月29日をもって運用離脱となった。その後は2010年10月23日にJR九州大分車両センター構内で開かれたトレインフェスタIn大分でキハ58 569と共に展示され、復活急行シリーズで使われたヘッドマーク撮影会も行われた。

2013年6月5日にキハ58 569と共に小倉総合車両センターへ回送され、同年6月24日付でキハ65 36は廃車、後日解体され、キハ65形は形式消滅した。

なお、500番台の最終在籍車はキハ65 518(ラストナンバー・シーサイドライナー色、JR九州熊本鉄道事業部熊本運輸センター最終配置)で2005年に廃車。

国鉄急行形気動車のうちキハ58形・キハ28形・キロ28形(タイ国鉄向けのみ)は、分割民営化後に余剰老朽化による廃車の一部が海外に譲渡されており、JR西日本からはタイ国鉄およびミャンマー国鉄に、JR東日本からはミャンマー国鉄およびロシア連邦運輸通信省サハリン鉄道局に譲渡されたが、本形式は海外への譲渡車両はなく、四国で保存されている34号車以外は全て国内で解体された。

改造車[ソースを編集]

前述のように国鉄時代末期から大規模な改造を受けた車両が多く存在する。本項では改造施工を行った会社別に解説を行う。

国鉄[ソースを編集]

「ゆぅトピア」 485系「雷鳥」との併結運転
「ゆぅトピア」
485系「雷鳥」との併結運転
ゆぅトピア
1986年に、七尾線直通の不定期特急ゆぅトピア和倉」に使用するため松任工場(現・金沢総合車両所)で改造された2両編成である。グリーン車への格上げにより、形式はキロ65形に改められ、車両番号はトイレ付きが1、トイレなしが1001となった。これは国鉄時代、キハ65形に対する形式番号の変更をともなう唯一の改造例である。
先頭部は、キハ59形アルファコンチネンタルエクスプレス」に準じた形態の高床式の前面展望式に改造、側窓は固定化された。座席もフルリクライニングシートに交換された。
大阪 - 金沢間でエル特急雷鳥」と併結して120km/h走行を行うための装備を設けている点で、485系電車との併結のためジャンパ連結器を装備した上で、密着自動連結器から密着式に、台車がDT39BとTR218Bにそれぞれ交換された。併結時は無動力で牽引され、ブレーキのみ協調した。単独運転時の最高速度は95km/hのままである。塗装は青と白に金の斜線を採用した。
分割民営化時にはJR西日本に承継され、引き続き七尾線直通車として使用されていたが、同線の電化により団体臨時列車用に転用された。その後は、車両故障を起こし1995年3月に廃車された。
  • キハ65 510・71→キロ65 1・1001

JR東海[ソースを編集]

キハ65 5003
関西本線四日市-伊勢鉄道線津間で1993年4月9日録音

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かすが」・「みえ」用改造車
塗装をクリームにオレンジのラインのJR東海色に変更。
1989年に1両が急行「かすが」用にキハ58形とともに座席リクライニングシートに交換し、原番+5000に改番された。
1991年快速「みえ」の一部で110km/h運転を行うため、3両が台車枠を交換しC-DT39C形・C-TR218C形となり、キハ58形とともに室内の座席はリクライニングシートに交換され、5000番台に区分された。このため、5508は3001に再度改番。
2001年キハ75形に置き換えられ、消滅した。
  • キハ65 508→キハ65 5508→キハ65 3001
  • キハ65 504・505・507→キハ65 5001・5002・5003

JR西日本[ソースを編集]

急行「砂丘」用改造車
同列車に運用されるキハ58形やキロハ28形とともに座席をリクライニングシートに交換し、塗装はホワイトとエメラルドに紫系のラインに変更する改造がキハ65 3・42・68・80の4両に施工された。
編成を組むキハ58形が7200番台に改番を行ったのに対し、こちらは改造後も原番号のままであった。1997年に本数削減と運行区間の短縮により急行「つやま」となった際、キハ58形やキロハ28形は引き続き使用されたが、本形式は廃車となった。
ゴールデンエクスプレスアストル
ゴールデンエクスプレス アストル アストル代走による「ゆぅトピア和倉」
ゴールデンエクスプレス アストル
アストル代走による「ゆぅトピア和倉」
前出の「ゆぅトピア」の予備および団体臨時列車用として、1987年に改造されたジョイフルトレインである。形式は「ゆぅトピア」同様キロ65形に改められ、トイレ付きが551、トイレなしが1551に改番された。
基本的な構成や機能は「ゆぅトピア」に準じるが、角に丸みが付けられ、展望室部分の側窓も屋根肩部に達する曲面ガラスを採用した。こちらは団体向け臨時列車に重点を置いたために、中間車に半室ラウンジカーとして、キロ29形[注 4] を挟んでいる点が大きく異なる[注 5]
塗装はゴールドと白に青とピンクの帯が入っていたが、オレンジと白に変更されている。
2006年11月に臨時快速「ありがとうアストル」が金沢 - 猪谷間にて運転され、同年12月に運用を離脱した。
  • キハ65 78・514→キロ65 551・1551
エーデル丹後
エーデル丹後 「北近畿」との併結運転
エーデル丹後
「北近畿」との併結運転
福知山線の電車特急「北近畿[注 6]」との併結運転改造が施工された車両で、1988年鷹取工場で改造された。福知山から宮福鉄道(現在の北近畿タンゴ鉄道宮福線に乗入れる臨時特急「エーデル丹後」として運用された。
展望室部分は角が完全になくなり、側面の窓は階段状の座席に合うように台形にされた。それ以外の部分の窓も座席配置に合わせて拡大され、展望性が向上している。前2車がグリーン車であったのに対し、こちらは普通車であるのが大きく異なるが、特急として運用されるため座席は回転リクライニングシートに交換され、塗装は白にピンクと水色のラインを採用した。
本形式だけで編成を組むため1両にトイレが取り付けられ、車両番号はトイレ付きが601、トイレなしが1601に改番された。
後に中間車を兼ねるシュプール&リゾート用改造車が落成している(詳細は後述)。
北近畿タンゴ鉄道への乗り入れ用として使われた後、「タンゴディスカバリー」(北近畿タンゴ鉄道KTR8000形気動車)に役目を譲り、波動輸送用に転用されたが2010年3月31日付で廃車となった。
  • キハ65 511・512→キハ65 601・1601
シュプール&リゾート
シュプール&リゾート第1編成 シュプール&リゾート第2編成
シュプール&リゾート第1編成
シュプール&リゾート第2編成
冬期の「シュプール号」に使用するため、1989年に改造された車両である。シーズン以外は臨時列車としての使用が考慮され、電車との併結機能も備える。また、多客時は「エーデル丹後」の中間車となることを前提としたため「エーデル丹後」と同様の機器類を搭載するものの、前面は貫通式のままとなっており側窓の拡大も行なわれていない。そのため、新たな番号区分がされた。
前面では、前照灯の移設(元の種別表示窓の部分に3灯)や助士席側窓の拡大が行われており、印象は変化している。
610番台車は冷房電源が取り外された。
2編成4両が本グループに属するが、第2編成となった612・1612の走行装置は改造当初は後述の「エーデル鳥取」と同仕様の712・1712で、1990年の改造により現番号となった。
2010年9月14日に全車が米子に回送され[2]、同年10月15日付で全車廃車となった。
塗装は第1編成が白に水色とライトグリーンのライン、第2編成が白に黄と水色のラインで連結時に統一感が出るように配慮されている。
  • キハ65 81・85→キハ65 611・1611
  • キハ65 513・515→キハ65 712・1712→キハ65 612・1612
エーデル鳥取
エーデル鳥取・展望車
1988年、山陰本線城崎駅(現・城崎温泉駅)以西の非電化区間への直通運転用に改造された車両で、外観は「エーデル丹後」に準じるが、こちらは単独運転をすることとなり、電車連結改造はなされていない。
5両が改造されたが、このうち展望室が取り付けられたのは2両のみで、残りは原形前面のままで中間車代用とされた。また、連結器だけは密着式に取り替えられており、「エーデル丹後」や「シュプール&リゾート」と連結することもある。
エーデル運用消滅後も団体輸送用や余部橋梁観覧の観光列車「あまるべロマン号」で運用されたが、721は2004年に、701・1701は2010年3月31日付で廃車となった。2010年5月20日に711・1711が後藤総合車両所に回送され[3]、同年9月22日付で廃車された。
塗装は白に水色のラインで展望部のみが赤色。車両番号の付番は「エーデル丹後」・「シュプール&リゾート」を踏襲しているが700番台となり、以下の構成となった。
  • 展望室・トイレ付き→701
  • 展望室付き・トイレなし→1701
  • トイレ付き中間車→711
  • トイレなし中間車→1711
  • トイレ付き冷房電源搭載中間車→721
  • キハ65 79・516・501・86・19→キハ65 701・711・721・1701・1711
エーデル北近畿
エーデル北近畿・展望車 エーデル北近畿・原形前面車
エーデル北近畿・展望車
エーデル北近畿・原形前面車
1989年に「エーデル鳥取」の増強と「北近畿」の運転区間延長のために鷹取工場で改造された車両。
塗装は「エーデル鳥取」の塗色を反転したもので、展望室まわりが青、帯が赤を採用した。車体の改造は、「エーデル鳥取」に準じる。
走行機器は全く改造されておらず、最高速度は95km/hのままである。連結器は原形の小型密着自動連結器のまま存置されており、600番台・700番台の各車との連結はできない。そのため、後にキハ58形「砂丘」用と同等の改造を施工した増結用のキハ58 7301を編入しエーデル廃止まで運用された。
車両番号は、以下に示す構成となった。
  • 展望室・トイレ付き→801
  • 展望室付・トイレなし→1801
  • トイレ付き中間車→811・812
  • トイレなし中間車→1811・1812
種車は、同社で保有していたキハ65形すべてを合わせても所要数が足りずに不足分をJR四国から購入[注 7] しており、その中にはトップナンバーの1も含まれる。
「ほくせつライナー」
一時期、座席定員制列車ほくせつライナー」に投入されていた(大阪行きのみ)こともあり、正面運転台真下の愛称表示器部分が容易に変更できるよう、バス汎用品を使用した電動式に改造された。
エーデル運用終了後は、夜行急行「だいせん」に転用され、通常期は3両程度で運用に就いていたが、2004年10月16日のダイヤ改正で「だいせん」が廃止。その後全車が廃車された。
  • キハ65 1・82・5・6・9・76→キハ65 801・811・812・1801・1811・1812

JR四国[ソースを編集]

キハ65 41JR四国標準色
キハ65 41
JR四国標準色
一時期みられた試験塗装
一時期みられた試験塗装
キハ65 69車内
キハ65 69車内
急行用の名残自由席サボ
急行用の名残
自由席サボ
急行用アコモ改善車
快適性向上のため座席をバケットシート化したもので、塗装はJR四国標準色のクリームと水色に変更。39両に改造施工されたが、改番は行われていない。
1998年3月14日のダイヤ改正で「よしの川」がキハ185系に置き換えられたため急行運用は消滅したが、その後も主にキハ58・28とユニットを組む形で普通用として残存した。
編成を組む同社のキハ58・28のうち過去には転換クロスシート・回転クロスシート・回転リクライニングシート設置改造車が存在したほか、2008年時点では一部にロングシート設置改造車があるが、本形式には同種の改造が行われた車両はない。
後継車両の導入により徐々に数を減らしていき、2008年10月をもって定期運転を終了。2009年3月31日付で全車廃車となった。

JR九州[ソースを編集]

キハ65 16JR九州急行色
キハ65 16
JR九州急行色
登場時の「シーサイドライナー」
登場時の「シーサイドライナー」
キハ65 52 シーガイアえびのくまがわ色
キハ65 52 シーガイアえびのくまがわ色
SSL・くまがわ用キハ65 56車内
SSL・くまがわ用
キハ65 56車内
キハ65 36TORO-Q
キハ65 36
TORO-Q
キハ65 8001ふれあいGO
キハ65 8001
ふれあいGO
キハ65 61サウンドエクスプレスひのくに
キハ65 61
サウンドエクスプレスひのくに
シーサイドライナー」・「くまがわ」用改造車
JR九州発足後から「由布」「火の山」「えびの」などで運用される気動車急行用車両は快適性向上のため、キハ58系と共に回転リクライニングシート化もしくは回転クロスシート化改造が15両に施工された。塗装も上半分白色、下半分ベージュ色にオレンジ色の細帯が入る「九州急行色」と呼ばれる専用の物に変更された。
後に「くまがわ」を除く急行廃止でこれらの車両の一部は快速「シーサイドライナー(以下SSL)」にも転用された。
  • 登場当初の「SSL」は黒色に近い濃い青色の塗装を採用したが、早期に「くまがわ」と共通のスカイブルーに変更となりそれぞれのロゴが入る[注 8]
「くまがわ」は特急列車への格上げに伴い、「SSL」は長崎運輸センターに転入したキハ66・67形キハ200系と交代で廃車された。
ゆふいんの森(I世)
1989年に改造。車体は完全に新造のものに取り替え、台車など機器類のみを流用している。そのため、一見で元本形式が種車であることを識別することは困難である。
「ゆふいんの森」は4両編成だが本形式を種車とするものは先頭車のキハ71形2両で、中間車キハ70形2両はキハ58形からの改造となっている。
2003年に速度向上とエンジンの老朽化のために機関換装工事が施工された。詳しくはJR九州キハ71系気動車の項目を参照のこと。
  • キハ65 51・19→キハ71 1・2
台車のみであるが、2015年現在、日常的に運用される最後のキハ65系になっている。
TORO-Q
トロッコ列車の牽引用としてキハ58形と共に改装された。外部は濃緑で列車名のロゴが入る。
相方のキハ58系が元「SSL」車から選ばれたのに対し、本形式は一般車を種車としており内装に相違がある。
種車の36は全国で原型車体を保持し最後まで在籍した車両でJR四国から購入した内の1両である。
2009年11月29日の運転をもって運行を終了。その後は小倉工場(現・小倉総合車両センター)で国鉄色に塗り替えられ、検査切れの2010年8月までイベント列車で運用された。
2013年6月に廃車となり小倉工場へ回送されて解体となり、当形式は消滅した。なお相方のキハ58 569は、その後保留車として小倉工場で保存されていたが、2015年3月に廃車、解体された。

前述のTORO-Q用36のほかにキハ58系とユニットを組む形でジョイフルトレインに改造された車両も存在するが、既に廃車となっている。

サルーンエクスプレス
  • キハ65 502→キハ65 7001
ジョイフルトレイン長崎→ジョイフルトレイン熊本
  • キハ65 12→キハ65 7002
ふれあいGO
  • キハ65 57→キハ65 8001
サウンドエクスプレスひのくに
  • キハ65 61
    • 車番変更なし。1986年改造。1994年一般車再改造。

保存車[ソースを編集]

キハ65 34
JR四国で最後まで運用に就いていた同車は、JR四国から西条市に貸与され四国鉄道文化館に2008年11月23日から2009年1月3日まで展示・公開された。廃車後の同年5月23日多度津工場一般公開時にも展示された。同車はその後も多度津工場で保管されたのち、2014年7月20日からは四国鉄道文化館の南館で保存展示されている。

脚注[ソースを編集]

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注釈[ソースを編集]

  1. ^ なお、雨樋の位置などは同時期に製造されたキロ28形(2309 - 2314・2508 - 2518)もキハ65形と同じ構造に変更されている。
  2. ^ キハ58形(DMH17系エンジン連続定格180PS/1,500rpm×2)と比較しても1.4倍の出力である。
  3. ^ 本形式登場以前の1968年に「アルプス」のキロ58冷房化に際し、4VK冷房用発電装置を搭載したキハ28 1505 - 1510(1971年に2505 - 2510に改番)が投入されていた。このキハ28は、本形式投入後も並行使用され1975年の「アルプス」完全電車化等で、分割民営化までに各地に転出している。
  4. ^ 初代は552で1998年に廃車。直後に2代目として554が追加改造されている。
  5. ^ ただし「ゆぅトピア和倉」運用投入時には、キロ29形には485系との併結機能が未装備のため編成から外される。
  6. ^ 当初は485系、のちに183系電車に改造。
  7. ^ JR四国を廃車となった本形式のうち、6両がJR西日本に、5両がJR九州にそれぞれ譲渡されている。
  8. ^ 「えびの」から「SSL」に転用された際、ほとんどがすぐにSSL色に塗り替えられたが、32のみ「えびの」色で運転され続けた。

出典[ソースを編集]

  1. ^ 観光列車「トロQ」、国鉄カラーで復活 asahi.com 2010年2月1日
  2. ^ キハ65形「シュプール&リゾート」が米子へ - 交友社鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース 2010年9月16日
  3. ^ もと「エーデル鳥取」キハ65が後藤総合車両所へ - 交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース 2010年5月21日

関連項目[ソースを編集]