国鉄C56形蒸気機関車160号機

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C56 160
2002年に「SL阿波四国三郎号」として運行されたC56 160(徳島駅にて撮影)。現在のところ、これが平成期の徳島県における唯一の蒸気機関車運転となっている。

C56 160は、西日本旅客鉄道(JR西日本)の京都鉄道博物館(旧梅小路蒸気機関車館)にて動態保存されている蒸気機関車で、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省が製造したC56形蒸気機関車の1両である。SL北びわこ号の牽引機関車でもある。同じ梅小路運転区に所属するC57 1とともに、現在まで一度も廃車(車籍抹消)にならずに車籍を有し続けているSL動態保存車両である。

経歴[編集]

現役時代から動態保存機へ[編集]

1939年(昭和14年)4月20日川崎車輌兵庫工場にて、C56形のラストナンバー機(製造番号 2099)として完成。戦前は津山機関区、戦後鹿児島機関区から横浜機関区を経て、1964年(昭和39年)に上諏訪機関区と移り、その後は小海線飯山線七尾線で活躍した経歴を持つ。上諏訪機関区所属時には、入換用として虎模様のペイントをされて活躍していた時期もある。

1972年(昭和47年)七尾機関区から梅小路運転区へ異動し、他から転属して来た蒸気機関車の搬入に使用されるなどしたが[1]、梅小路蒸気機関車館開館後は特に目立った動きはなかった。

動態保存機としての活躍[編集]

国鉄時代ならびにJR時代初期は全国からの貸出依頼が多く、各地を走行した。

1980年(昭和55年)11月22日には、函館本線小樽駅 - 札幌駅間で「北海道100周年記念号」の牽引機として抜擢されて以降は、走れる路線を選ばないとの特性から全国各地での出張運転に供されるようになった。

JRとなって全国各地で蒸気機関車が復活した後は、1995年(平成7年)8月19日に運転を開始した北陸本線米原駅 - 木ノ本駅間の「SL北びわこ号」をメインに、山口線新山口駅 - 津和野駅間の「SLやまぐち号」でC57 1との重連運転、C57 1牽引不能時の代理牽引機関車など、JR西日本管内にて使用されるほか、JR東日本や四国、樽見鉄道など他社での運転実績がある。四国の路線を中心に、脱線事故のおそれがあるとされている逆機も数多く行ってきたが、無事故の運転を行っている。

1995年8月19日の運転開始当初から2003年(平成15年)8月までは木ノ本駅 - 米原駅間にて、SL北びわこ号を逆機で牽引していたが、特急列車や貨物列車、さらに琵琶湖線からの新快速列車の新規乗り入れなどによってダイヤ上の制限がかけられたことから中止され、回送列車となった。ただし、定期検査明けの試運転では、木ノ本駅 - 米原駅間で逆機で運転される。

2006年(平成18年)、「梅小路の蒸気機関車群と関連施設」として、準鉄道記念物に指定された。

なお、現在の同機の汽笛は、汽笛の鳴りが悪くなったために、2000年代に入ってからは、当機が山口線へ入線される前までにかつて動態保存されていたC58 1のものと交換され使用している。

「SL北びわこ号」や「SLやまぐち号」の牽引運転以外の時期には、梅小路蒸気機関車館にて整備や試運転が行われている。

今後の去就[編集]

本機は、C57 1と同じく製造当初から車籍を保持し続けて活躍を続けてきたが、「SLやまぐち号」でのC57 1が85km/h(最高速度100km/h)と余裕を持った運用をしていたのに対し、C56 160は常に最高速度である75km/hでの過酷な運用(DD51形またはDE10形の補機はあったが)を何度も行ってきたことにより、ボイラーや足回りの老朽化が非常に早く進行してしまった。主だった故障の発生はあまり起きてはいないが、C57 1以上に深刻な状態に脅かされ、JR西日本の頭を悩ませた。

そこでJR西日本は、2017年(平成29年)を目処に、梅小路蒸気機関車館にて「SLスチーム号」として構内運転程度にて動態保存されているD51 200を本線で運用できるように大規模な修理を施し復活させ、「SL北びわこ号」および「SLやまぐち号」(C57 1の代理牽引)の牽引機関車をD51 200に置き換えることを2014年(平成26年)10月17日に発表した[2]。上記以外での臨時列車での牽引機会については不明であるが、今日の実績上からD51 200の本線復帰をもって運用終了とされる可能性があり、今後の当機の動向が注目される。

ただし、貨物用のD51形はカタログ上こそ最高速度85km/hとされているが、実際の速度特性はC56形と大差ない(元々D50形の大マイナーチェンジ車に過ぎない)上、大型機ゆえに同様のトラブルが起きると余計に修理コストがかさむ結果も想定され、即C56 160の車籍抹消につながるかも不透明である[3]。さらに、本機は2016年(平成28年)4月に全般検査を施工・出場しており、D51 200登場後も当分は本線運用が可能な状況であり、場合によっては本機の検査期限が切れるまでの間、3台体制で運用される可能性も無いわけではない。しかし山口線での運用となると、急勾配区間走行がメインとなる故、D51 200では不要になる補機連結が本機運用時には客車の牽引両数によっては必要になるなど、JRにとってはコスト性などで不都合が多く、結果的に山口線の運用からの撤退は免れないとみられる。

運転記録[編集]

「SLやまぐち号」と「SL北びわこ号」以外の臨時列車としての運転記録は以下のとおりである。 客車は基本的に12系客車を牽引する。

脚注[編集]

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  1. ^ 鉄道ファン編集部「梅小路蒸気機関車館が開館」p.22 - p.24 鉄道ファンNo.140 (1972年12月)。
  2. ^ 持続的なSL動態保存の体制の整備について
  3. ^ これまでファンサービスの観点から行ってこなかったが、C56形の負担を減らすのであればディーゼル機関車の方がノッチ上げして出力を上げればよいだけの話で、逆にディーゼル機関車の負担を考えると(蒸気機関車「よりは」新しいとは言っても、DD51形、DE10形とも動態保存機の捻出を念頭に入れていい経年である)軽いC56形の方が有利でもある。
  4. ^ a b 鉄道ジャーナル』第21巻第12号、鉄道ジャーナル社、1987年10月、 93頁。
  5. ^ a b 外山勝彦「鉄道記録帳2002年11月」、『RAIL FAN』第50巻第2号、鉄道友の会、2003年2月1日、 21頁。
  6. ^ “「SL山陰路」運行及び記念事業の実施について” (pdf) (プレスリリース), 島根県地域振興部交通対策課, (2002年10月30日), http://www3.pref.shimane.jp/houdou/files/6BCFE9AF-0A12-4D22-B43C-682749AB51B9.pdf 2012年9月5日閲覧。 
  7. ^ “名古屋のSL実験走行 観覧場所を設置”. CHUNICHI WEB (中日新聞社). (2013年2月15日). http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20130215/CK2013021502000038.html 2013年2月19日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]