三江線

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JR logo (west).svg 三江線
石見川本駅に停車中の列車
石見川本駅に停車中の列車
基本情報
通称 江の川鉄道
日本の旗 日本
所在地 島根県広島県
起点 江津駅
終点 三次駅
駅数 35駅
路線記号 F
開業 1930年4月20日
全通 1975年8月31日
所有者 JR logo (west).svg 西日本旅客鉄道
運営者 JR logo (west).svg 西日本旅客鉄道
使用車両 キハ120形
路線諸元
路線距離 108.1 km
軌間 1,067 mm
線路数 全線単線
電化方式 全線非電化
閉塞方式 特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
(江津 - 浜原間)
自動閉塞式(特殊)
(浜原 - 三次間)
最高速度 85 km/h
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三江線(さんこうせん)は、島根県江津市江津駅から広島県三次市三次駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線地方交通線)。2015年に全通40周年を記念して三江線改良利用促進期成同盟会・三江線活性化協議会による公募で決定した「江の川鉄道」の愛称がある[1]2018年(平成30年)3月末をもって全線が廃止される予定となっている(鉄道事業法に基づく廃止届に記載された廃止日は2018年4月1日)[2][3]

概要[編集]

江津駅 - 三次駅間を江の川に沿って結ぶ陰陽連絡路線として、1930年代から長い期間をかけて建設されたが、全通はきわめて遅い1975年で、すでに地域間流動は道路利用に移行していた[4]

三江線は浜原ダムを回避する沢谷駅付近をのぞくと、北方が頂点となる「へ」の字状に流れる江の川に沿って狭い平地を縫うように建設された。そのため、大きく迂回するルート(全線108kmだが、直線距離なら60km足らずである)となり、両都市間の短絡路としては機能していない。また拠点都市間ルートとしても、島根県東部の主要都市である出雲市・松江方面、西部の主要都市である浜田方面と、広島県との連絡にはいずれも迂回路となってしまい、陰陽連絡路線としての機能を果たせるものではなかったという指摘がある。

なお、三江線は民営化後も度々自然災害による不通に見舞われているものの、その都度全線が復旧している(詳しくは後述)。

三次駅をのぞき米子支社浜田鉄道部の管轄である。三次駅は同広島支社三次鉄道部の管轄であり、下り場内信号機が米子支社との境界となっている。

2016年2月4日、米子支社によってラインカラー路線記号の導入が発表され、同月中より順次導入される。ラインカラーは「江の川の色」をイメージする水色()、記号は F [5]

路線データ[編集]

  • 管轄(事業種別):西日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者
  • 区間(営業キロ):江津駅 - 三次駅間 108.1km [6]
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:35(起終点駅含む)
    • 三江線所属駅に限定した場合、山陰本線所属の江津駅と芸備線所属の三次駅が除外され[7]、33駅となる[8]
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式
    • 江津駅 - 浜原駅間 特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
    • 浜原駅 - 三次駅間 自動閉塞式(特殊)
  • 最高速度:
    • 江津駅 - 浜原駅間 65km/h[9](旧三江北線)
    • 浜原駅 - 口羽駅間 85km/h[9](後年鉄道公団が建設した区間なので、最高速度が高い)
    • 口羽駅 - 三次駅間 65km/h[9](旧三江南線)
  • 運転指令所:江津CTCセンター
  • 平均通過人員(人/日)
    • 1987年度:458[10]
    • 2013年度:50[11]
    • 2014年度:50[10]
    • 2015年度:58[12]

歴史[編集]

三江線→三江北線[編集]

  • 1926年(大正15年)9月:起工[13]
  • 1930年昭和5年)4月20日三江線 石見江津駅(現在の江津駅) - 川戸駅間 (13.9km) が開業。川平駅・川戸駅が開業[14]
  • 1931年(昭和6年)5月20日:川戸駅 - 石見川越駅間 (8.4km) が延伸開業。石見川越駅が開業[15]
  • 1934年(昭和9年)11月8日:石見川越駅 - 石見川本駅間 (10.3km) が延伸開業。因原駅・石見川本駅が開業[16]。石見江津 - 石見川本間キハ40000形気動車運行開始[17]
  • 1935年(昭和10年)12月2日:石見川本駅 - 石見簗瀬駅間 (10.1km) が延伸開業。乙原駅・石見簗瀬駅が開業[18]。石見川本 - 石見簗瀬間気動車運転開始[19]
  • 1937年(昭和12年)10月20日:石見簗瀬駅 - 浜原駅間 (7.4km) が延伸開業。粕淵駅・浜原駅が開業[20]。日華事変より延伸工事は中断[13]
  • 1949年(昭和24年)11月15日:田津駅・鹿賀駅が開業[21]
  • 1955年(昭和30年)3月31日:三江南線開業に伴い、三江北線に改称[22][23]
  • 1958年(昭和33年)7月14日:江津本町駅・千金駅・竹駅が開業[23]
  • 1962年(昭和37年)1月1日:木路原駅が開業[23]
  • 1967年(昭和42年)4月1日:明塚駅が開業[23]
  • 1970年(昭和45年)6月1日:石見江津駅が江津駅に改称[23]
  • 1972年(昭和47年)
  • 1973年(昭和48年)12月22日頃:野井仮乗降場が廃止[23]
  • 1974年(昭和49年)
    • 11月30日:蒸気機関車の運行が廃止され無煙化[25]
    • 12月29日:明塚駅 - 浜原駅間が復旧[24]

三江南線[編集]

  • 1936年(昭和11年)8月:三次-作木間着工。まもなく日華事変より工事中断[13]
  • 1955年(昭和30年)3月31日:三江南線 三次駅 - 式敷駅間 (14.7km) が開業[22][6](旅客営業のみ)。尾関山駅・粟屋駅・船佐駅・式敷駅が開業[23]
  • 1956年(昭和31年)7月10日:所木駅・信木駅が開業[23]
  • 1963年(昭和38年)6月30日:式敷駅 - 口羽駅間 (13.7km) が延伸開業[6](旅客営業のみ)。香淀駅・作木口駅・江平駅・口羽駅が開業[23]
  • 1969年(昭和44年)4月25日:長谷仮乗降場が開業[23]

全通以後[編集]

  • 1966年(昭和41年)1月:口羽-浜原間着工[13]
  • 1975年(昭和50年)8月31日:浜原駅 - 口羽駅間 (29.6km) が延伸開業[6][26](旅客営業のみ)し全通。三江北線・三江南線を編入し江津駅 - 三次駅間を三江線に改称[26][23]。沢谷駅・潮駅・石見松原駅・石見都賀駅・宇都井駅・伊賀和志駅が開業[23]。ただし、この時点では信号関係の工事が未完成のため口羽駅構内で線路はつながっておらず、そのため全線直通列車はなく同駅で運転系統は分断されており、直通旅客は同駅で乗り換えが必要だった。
  • 1978年(昭和53年)3月30日:全線直通運転開始[27]
  • 1982年(昭和57年)11月7日:江津駅 - 浜原駅間の貨物営業廃止[28]
  • 1983年(昭和58年)7月23日:集中豪雨で不通。9月12日運転再開[29]
  • 1987年(昭和62年)
    • 3月31日:長谷仮乗降場が駅に変更され、長谷駅開業[23]
    • 4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道が承継。
  • 1989年平成元年)12月16日:江津駅 - 三次駅(構内のぞく)間が米子支社から浜田鉄道部の直轄になる[30]。一部列車でワンマン運転開始[31]
  • 1995年(平成7年)6月1日:キハ120形気動車の運転開始[32]
  • 2006年(平成18年)
  • 2007年(平成19年)6月16日:全線運転再開[35]
  • 2012年(平成24年):10月1日から12月31日にかけて、バスによる増便社会実験実施[36]
  • 2013年(平成25年)
    • 8月1日:豪雨により石見川本駅 - 浜原駅間が土砂流入などで不通。12日運転再開[37]
    • 8月24日:豪雨により全線が不通となる[38]
    • 9月1日:浜原駅 - 三次駅間で運転再開[39][38]
  • 2014年(平成26年)7月19日:全線運転再開[40][41][42]
  • 2016年(平成28年)
    • 2月4日:ラインカラーと路線記号が発表され、同月中に導入[5]
    • 9月1日:JR西日本が国土交通省に対して9月末までに廃止を届け出ると表明。これに対して沿線自治体側からバス路線策定のため廃止時期の延期が要望される[2]
    • 9月30日:JR西日本が国土交通省広島運輸局に対して2018年4月1日を廃止日とする廃止届を提出[3]
  • 2018年(平成30年)
    • 4月1日:全線を廃止予定[3]。JR発足後、100kmを超える鉄道の全線廃止は本州で初となる[43]

廃線[編集]

三江線は開通当時から利用状況は芳しくなかった[44]。全通前の1968年に国鉄諮問委員会が廃止すべき路線として提出した赤字83線にも三江南・北線両方ともリストアップされている。そして1975年に全通したものの既にモータリゼーションの時代に入っていたため優等列車の定期運転が行われたこともなく、全通前・全通後を通して、利用はもっぱら通学利用を中心とした地域住民のローカルな移動需要のみで推移してきた。 同じ島根県内の木次線出雲横田駅 - 備後落合駅間と並んで超閑散路線であるため、たびたび廃線話が上がっていた。

1987年の国鉄民営化の際にも廃止対象路線となっていたが代替道路未整備として外されている[44]

利用者数の減少の要因としては、沿線人口の減少、少子高齢化、マイカー利用の拡大などがある[44]。また通学利用についても、利便性の高いスクールバスが中山間地域から通学する子供を持つ保護者からは支持されている状況があり、沿線のスクールバスの運行本数や運行区間が年々拡大するとともに三江線の利用者は減少の一途をたどっていた[44]

2008年度の1日平均利用客は前年比12%減の全区間合計で約370人(JR西日本米子支社による)に過ぎなかった。2008年度の数字では、三江線の輸送密度(平均通過数量)は83人/日であり、JRの全路線中、東日本旅客鉄道(JR東日本)の岩泉線(49人/日)の次に少ない[45]値である。岩泉線が廃止となった2014年4月以後、2012年度の輸送密度を基にすると、三江線はJRの運行中の路線で最下位となっている。

2010年4月には、JR西日本の社長が会見において、赤字ローカル線のバス転換を打ち出す[46]という発言をすることもあった(どの路線とは言及していない)が、ついに2015年10月16日に廃止に向けての検討を開始したことを広島・島根両県に伝えたことが報じられた[47][48][49]。中国新聞によれば「2017年度の廃止を想定しているとみられる」と報じられた[48]

2016年9月1日、JR西日本は「三江線改良利用促進期成同盟会」の会議で国土交通省に対して9月末までに廃止を届け出ると表明した[43]。2012年度に行われた増便実験ではバス運行により鉄道と併せて通常ダイヤの1.7倍から2倍の運行本数を実施したものの、乗客増は2割程度に留まったことが明らかとなっており、増便は収益増に繋がらないと結論付けられた。JR西日本は、平成26年度の輸送密度は1日当たり50人と会社発足時の約9分の1にまで落ち込んでおり、また、平成18年、25年と二度にわたり大規模災害による長期間運休を余儀なくされ、激甚化する災害リスクの高まりも看過できない状況から廃止を決意した[50]

2016年9月23日、沿線自治体などで組織する三江線改良利用促進期成同盟会の臨時総会が開かれ、第3セクターなどでの存続案では財政負担が重くなることなどを考慮して同線の廃止受け入れを決定[51]。しかし2017年9月末での廃止に対しては沿線自治体側から代替交通手段のバス路線の計画策定には1年半程度必要として廃止時期の延期を求める要望が出された[2]

JR西日本は沿線自治体との会合を経て代替バス路線の計画策定のための廃止時期延期の要望を受け入れ2018年3月末での廃止を判断[2][3]。2016年9月30日にJR西日本が廃止日を2018年4月1日とする廃止届を国土交通省中国運輸局に提出した[3]

沿線概況[編集]

江の川に沿って走行し、全線の中で江の川を7回渡る。そのうち、日本鉄道建設公団が高規格で直線的に建設した浜原駅 - 口羽駅間(1975年開通区間)には3回ある。江の川は宇都井駅付近から作木口駅南方にかけて遡る区間で左岸(南西側)の島根県(邑南町)と右岸(北東側)の広島県(三次市)の県境になっており、駅の前後で左岸に渡る橋がある伊賀和志駅は島根県に挟まれた広島県内の駅となっている。

宇都井駅は山に挟まれた山間部分にトンネルとトンネルを繋ぐ形で架けられた高架上、地上20mにホームがあるという特異な構造であり「ホームが日本一高い場所にある駅」として紹介されることがある[52]

運行形態[編集]

普通列車のみの運転で、全線通しの2往復(うち上り1本目は山陰本線浜田駅まで直通、上り2本目は石見川本駅で乗り継ぎ)のほか、江津駅 - 浜原駅間に3往復(うち1往復は浜田駅発着)、浜原駅 - 三次駅間に2往復、口羽駅 - 三次駅間に1往復の区間運転列車があり、5時間以上運行されない時間帯がある。全列車でワンマン運転を実施している。午前中の上り、午後の下り列車は長谷駅を通過する(時間帯は同駅基準)。

最終列車は江津・三次発19時台である[53]が、以前は20時台や21時台に設定があった 。1980年10月1日改正では、江津駅 - 浜原駅間の始発が朝5時にあり、夜に1往復、石見川本駅折り返しが設定されていた[54]

三次駅9時57分発の424Dは石見川本止まりであるが、運用上は江津行きとなっている[55]。これは、石見川本駅を出ると江津駅まで交換駅がなく、対向列車425Dが石見川本駅に到着する13時41分[53]まで長時間待つためで、石見川本駅に到着後は乗客をすべて降ろし、エンジンが切られ施錠されてホームに滞泊(その間、運転士は駅構内の詰所で休憩)した後に石見川本13時43分発江津行き426Dとなる(時刻は2015年3月14日改正のもの)。なお、この列車は2006年の豪雨災害前は土曜日は浜原行きで、午後に浜原発江津行きとして運行されていた。

車両の夜間滞泊は浜田鉄道部(鉄道部 - 江津駅間に毎日回送列車がある)と浜原駅(2本)、三次駅(1本)で行っている。

かつての三江南線は経費節約のためスタフ閉塞が用いられており、線内を一本の列車が単純に往復するだけという運行形態だった(スタフ閉塞を行っている区間では、その区間内に1本の列車しか入ることができない)。この運行形態は三江線全通後もしばらく続けられ、1978年に三江線がCTC化されるまで旧三江南線の三次駅 - 口羽駅間とそれ以北とで運転系統が完全に分断されていた。

臨時列車[編集]

快速「波子ビーチ」[編集]

1978年から1989年頃までの間、夏期に山陰本線波子駅 - 広島駅(1986・87年度は三次駅)間に当線経由で快速「波子ビーチ」が運転された。主に三次地区の利用者が波子駅付近の海水浴場に出かけることを目的とした列車だったため、口羽駅 - 三次駅間は各駅に、芸備線三次駅 - 広島駅間は主要駅に停車したのに対し、江津駅 - 口羽駅間は無停車(一部駅の運転停車を除く)という特徴的な停車パターンであった。また、1986年は江津駅も通過扱いだった。[56]

急行「江の川」[編集]

1988年から1994年まで臨時列車ではあるが、浜田駅 - 広島駅間を山陰本線・三江線・芸備線経由で運行する急行「江の川」(浜田駅 - 三次駅間は快速扱い)が運行された。紀行作家の宮脇俊三は三江線全通の前に、新幹線連絡列車として浜田駅 - 岡山駅間を山陰本線・三江線・芸備線福塩線山陽本線経由で運行する急行「ごうがわ」を構想しダイヤを作成したが、実際には急行どころか、全通後しばらくは全線を直通する列車すらなかった(『最長片道切符の旅』に記述あり)。「江の川」の運行は、ルートが違うものの宮脇の構想を現実のものとした。

SL江の川[編集]

1992年11月20日 - 23日には、臨時快速として江津駅 - 石見川本駅(最終日のみ口羽駅)間に蒸気機関車C56形160号機牽引の「SL江の川」が運転されたことがある[57]。三江線SL実行委員会が三江線沿線の自然のすばらしさと各町村観光のPRのために企画した列車で、最後尾にディーゼル機関車DE10形)が連結されたこともあった。その後の年も何度か運行されたが、1997年の秋を最後に運転されていない。

三次花火観賞列車[編集]

毎年三次市で行われる三次市民納涼花火まつりでは、花火の打ち上げ会場に近い馬洗川橋梁で長時間停車し、花火を鑑賞する「花火鑑賞列車」が毎年運転されていた[58]。しかし2011年以降は運転されていない。

貸切イベント列車「卑弥呼蔵号」[編集]

2013年3月10日、6月29日に、地元有志らによって三次駅 - 浜原駅間で臨時イベント列車が運転された。これは車内に畳を敷いた簡易お座敷仕様に加え、ボックス席を遮光カーテンで仕切った簡易更衣室を設けコスプレイベントを開催するというものだった[59]

三江線40周年記念列車「江の川号」[編集]

2015年8月30日に、三江線の全通40周年を記念して江津駅 - 三次駅で運転された。この列車にはキハ126系(石見神楽ラッピング編成)が使用され、浜原駅ではキハ120形の神楽ラッピング編成を使用した定期列車との列車交換が設定された。また、浜原駅周辺で様々な記念行事が行われた[60]

使用車両[編集]

現在の車両[編集]

基本的に浜田鉄道部のキハ120形気動車による単行(1両編成)での運転であるが、2016年7月20日修正ダイヤ(基本は2016年3月26日ダイヤ)では、江津駅始発列車と当該の三次駅折り返し列車が2両編成での運転となっている。

キハ120形は 1995年6月1日から運用を開始した[32]

過去の車両[編集]

三江北線では米子機関庫浜田分庫の蒸気機関車が使用されており当初は500形つづいて1070形にかわった[13]。1934年11月8日にキハ40000形[13]2両で石見江津 - 石見川本間の運行を開始[17]。1939年からC12形も使用された。戦後はC12形5両で旅客、混合列車を運転していたが1957年3月からは旅客列車はディーゼルカーに置き換わり、1959年よりC56形が貨物列車に使用された。貨物列車は1974年11月30日限りでDD16形ディーゼル機関車にかわった[13]

三江南線は開業時はキハ20形2両により運行された[13]

1984年頃は基本は2両編成で浜田機関区所属のキハ47、4045、23が中心となり、口羽-三次間、直通の一部は三次運転区のキハ47、40、45、23、20が運用されていた[61]

災害およびその状況[編集]

三江線は山間部を川沿いに通っており、何度か豪雨による災害のため長期不通になっている。

国鉄時代[編集]

1972年7月11日、昭和47年7月豪雨による災害で三江北線 明塚駅 - 粕淵駅間が1974年12月28日まで不通になった[24]。この間の1972年秋頃、損傷した明塚駅 - 粕淵駅間の橋梁の明塚側に野井仮乗降場を設けて、野井仮乗降場 - 粕淵駅間を渡船連絡した[要出典]

1983年7月23日から9月11日にも集中豪雨で不通になった[29]

2006年の豪雨災害[編集]

2006年7月19日、豪雨の影響により沿線38か所で土砂崩れが発生し、全線が運休となり、23日からバスとジャンボタクシーによる代替輸送を開始した[33]。同年10月12日に復旧工事が始まり[62]、12月15日に浜原駅 - 三次駅間が復旧して運転を再開[34]。翌2007年6月16日に江津駅 - 浜原駅間が復旧し、全線で運転を再開した[35]。復旧費用はおよそ15億円。

2013年の豪雨災害[編集]

2013年8月1日の豪雨による土砂流入のため11日まで石見川本駅 - 浜原駅間が不通となり、タクシーで代替輸送していたが[63][64][37]、同月24日には再度の豪雨により島根県川本町因原にある井原川橋梁の一部の橋脚が流失[65]するなど計72箇所に被害が及び全線が不通となった[38]

2013年9月1日には浜原駅 - 三次駅間が復旧[39][38]。残る江津駅 - 浜原駅間は2014年7月19日に復旧した[40][41]。復旧の当日、石見川本駅[41]や、江津駅および三次駅にてセレモニーを開催した[40]。復旧費用はおよそ10億8千万円。

駅一覧[編集]

  • 全列車普通列車。基本的に全駅停車だが、一部の列車は長谷駅を通過する
  • 線路(全線単線) … ◇・∨・∧:列車交換可、|:列車交換不可
駅名 愛称
(神楽演目名)
駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 線路 所在地
江津駅 八十神 - 0.0 西日本旅客鉄道D 山陰本線 島根県 江津市
江津本町駅 恵比寿 1.1 1.1  
千金駅 日本武尊 2.3 3.4  
川平駅 大江山 3.6 7.0  
川戸駅 鈴鹿山 6.9 13.9  
田津駅 羯鼓・切目 5.4 19.3  
石見川越駅 頼政 3.0 22.3  
鹿賀駅 道返し 3.5 25.8  
因原駅 剣舞 3.1 28.9   邑智郡川本町
石見川本駅 八幡 3.7 32.6  
木路原駅 天神 2.0 34.6  
竹駅 鹿島(国譲り) 3.0 37.6   邑智郡美郷町
乙原駅 帯舞 2.2 39.8  
石見簗瀬駅 岩戸 2.9 42.7  
明塚駅 黒塚 2.3 45.0  
粕淵駅 神武 3.1 48.1  
浜原駅 大蛇 2.0 50.1  
沢谷駅 猿丸太夫 3.7 53.8  
潮駅 潮払い 5.8 59.6  
石見松原駅 戻り橋 3.2 62.8  
石見都賀駅 髪掛けの松 5.6 68.4  
宇都井駅 塵倫 6.4 74.8   邑智郡邑南町
伊賀和志駅 鈴合せ 3.4 78.2   広島県三次市
口羽駅 神降し 1.5 79.7   島根県
邑智郡邑南町
江平駅 五龍王 3.6 83.2  
作木口駅 胴の口 1.7 84.9  
香淀駅 羅生門 4.8 89.7   広島県 三次市
式敷駅 滝夜叉姫 3.5 93.3   安芸高田市
信木駅 子持山姥 1.8 95.1  
所木駅 玉藻の前 1.9 97.0  
船佐駅 悪狐伝 1.4 98.4  
長谷駅 鐘馗 2.2 100.6   三次市
粟屋駅 曽我兄弟 2.5 103.1  
尾関山駅 紅葉狩 3.0 106.1  
三次駅 土蜘蛛 2.0 108.1 西日本旅客鉄道:P 芸備線Z 福塩線[* 1]
  1. ^ 福塩線の正式な終点は芸備線塩町駅だが、全列車が三次駅に乗り入れる
  • 有人駅:江津駅(直営駅)・石見川本駅(委託駅)・粕淵駅(委託駅)・三次駅(直営駅)

廃止された駅[編集]

  • 野井仮乗降場(のいかりじょうこうじょう)[66][23]:明塚駅 - 粕淵駅間、1972年に水害で明塚駅 - 浜原駅間が不通になった際に設置され、1973年頃代行バスの運行開始にあわせて廃止。

脚注[編集]

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  1. ^ JR三江線の愛称名を「江の川鉄道」と決定いたしました”. ぶらり三江線WEB. 三江線改良利用促進期成同盟会・三江線活性化協議会. 2015年10月16日閲覧。
  2. ^ a b c d JR西:三江線18年3月末で廃線 - 毎日新聞、2016年9月30日閲覧。
  3. ^ a b c d e JR三江線、18年3月廃止 バス転換計画策定へ 中国新聞、2016年9月30日閲覧。
  4. ^ 小関秀彦監修「乗って残したい・・・赤字ローカル線は今?」(inforest mook)2011年1月15日発行、p.84~p.85。ISBN 978-4-86190-645-9
  5. ^ a b “お客様によりわかりやすく鉄道をご利用いただくために 米子支社エリアに「ラインカラー・路線記号」を導入します!” (プレスリリース), 西日本旅客鉄道, (2016年2月4日), http://www.westjr.co.jp/press/article/2016/02/page_8251.html 2016年2月8日閲覧。 
  6. ^ a b c d 国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』平成18年度版、電気車研究会・鉄道図書刊行会、p.47
  7. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB、1998年。ISBN 978-4-533-02980-6
  8. ^ データで見るJR西日本2015 - 営業線区別キロ程・駅数 (PDF) - 西日本旅客鉄道
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参考文献[編集]

  • 藤井浩三「中国地方ローカル線建設の歩みと蒸機」『蒸気機関車』NO.40、キネマ旬報社

関連項目[編集]

外部リンク[編集]