国鉄185系電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
国鉄185系電車
185系0番台田町車両センターC1+A8編成 リバイバルストライプ塗装2013年7月
185系0番台
田町車両センターC1+A8編成 リバイバルストライプ塗装
2013年7月
基本情報
製造所 日本車輌製造川崎重工業近畿車輛東急車輛製造日立製作所
主要諸元
編成 10両編成(0番台・基本編成)
5両編成(0番台・付属編成)
7両編成(200番台)
軌間 1,067mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高運転速度 110km/h[1]
車両定員 編成表を参照
自重 編成表を参照
全長 20,280mm[1](先頭車)
20,000mm(中間車)[1]
車体長 19,850mm(先頭車)[2]
19,500mm(中間車)[2]
全幅 2,946mm[2]
車体幅 2,900mm[1]
全高 4,066mm(集電装置なし)[1]
4,140mm(集電装置付)[1]
車体高 3,650mm(屋根高さ)[2]
車体材質 普通鋼
台車 DT32H(電動台車)[1]
TR69K(付随台車)[1]
主電動機 MT54D[1]
直巻整流子電動機
主電動機出力 120kW
搭載数 8台/1ユニット[1]
駆動方式 カルダン駆動方式
歯車比 17:82=1:4.82[1]
定格速度 52.5km/h[1]
定格引張力 6,690kg[1]
制御装置 CS43A[1]
(電動カム軸接触器式・抵抗制御・直並列組合せ・弱め界磁制御
制動装置 発電ブレーキ併用電磁直通空気ブレーキ (SELD) ・応荷重装置付[1]
直通予備ブレーキ[1]
手ブレーキ(クハ185)[1]
保安装置 ATS-SN
ATS-P
D-ATC(B3 - B5編成)
テンプレートを表示

国鉄185系電車(こくてつ185けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)1981年に運用を開始した特急形直流電車である。国鉄で最後に製造した優等列車用車両でもある。

特急形車両でありながら通勤通学輸送にも対応させる、国鉄として新しい試みで設計と製造されたことが特徴で[3]、首都圏の東海道本線普通列車急行列車に使用されていた[注 1]153系電車の置き換えのために登場した車両である。1982年には高崎線などで使用されていた165系電車を置き換えるために、耐寒耐雪装備や横軽対策[注 2]を施した車両が増備され、1982年までに合計227両が製造された。

1987年分割民営化時に全車両が東日本旅客鉄道(JR東日本)へ承継され、1995年から2002年にかけて全車両の車内外が更新されて特急列車湘南ライナー等を中心に運用されているが、製造後30年以上経過した2014年以降、編成単位で淘汰されている[4]

本項では以下、東海道本線は「東海道線」と表記する。文中で使用する編成記号は編成表に詳述がある。

登場の経緯[編集]

「湘南電車」に使用されていた153系

1970年代の国鉄東海道線は、「湘南電車」として親しまれた80系電車の後継車両として導入された[5]153系が普通列車や急行列車「伊豆」に運用されていた[6][注 1]が、1980年時点で東海道線に運用されていた153系197両のうち160両が製造後19年以上経過して[7]塩害などによる経年劣化が深刻な状況であった。

国鉄東京南鉄道管理局は153系と置換する車両を立案した[8]が、東海道線で使用されている153系は普通列車にも運用されており[注 1]、車両の運用効率を向上して置換車両数を抑制するため、153系と同様に東海道線の通勤用としても供用可能の必要があった[9]。この時点では特急へ格上げは考慮せず、急行「伊豆」の置換を命題に[8]構想した車両仕様は「普通列車に使用できるように両開き扉を2箇所に配置し、デッキ[10]がない転換クロスシート車」であった[8]。該当する特徴を備えた車両として1979年に京阪神地区に投入された117系電車が存在していたが、その後、通勤需要は考慮するがデッキ無しは居住性に問題があると判断され[8]、117系電車を基にしてデッキの設置や客用扉を片開き1,000mm幅に変更するなど置換車両の構想を定めた[11]

車両構想がまとめられたのちに急行「伊豆」を特急列車に格上げしたい意向が営業部門から提示され[9]、新型車両は急行を特急に格上げするための車両として製造し[7]、車両のカラーリングは斬新なものを導入[11]する。185系は国鉄では初めての試みとなる「特急用と通勤用に供用可能」な新型車両として製造された。

車両概説[編集]

本節では、0番台(基本番台)登場当時の仕様を基本として、耐寒耐雪仕様など増備途上での仕様変更は個別に記述する。更新による変更は沿革で後述する。

185系は0番台(基本番台)に10両編成・5両編成が存在し、耐寒耐雪仕様の200番台は7両編成で組成されており、系列中に5形式が存在する。編成は編成表に詳述した。

クハ185形 
編成両端の先頭車となる制御車で、下り向き先頭車 (T'c) が0番台・200番台(耐寒耐雪仕様)、上り向き先頭車(Tc)が100番台・300番台(耐寒耐雪仕様)。0番台・100番台が15両ずつ[12]、200番台・300番台が16両ずつ製造された[13]
モハ184形 
中間電動車 (M') で、室内照明房などのサービス用補助電源装置を搭載する。0番台が31両[14]、200番台が32両製造された[12]
モハ185形 
モハ184形と電動車ユニットを構成する中間電動車 (M) で、集電装置主制御装置を搭載する。便所・洗面所の設備は省略されている。0番台が31両[14]、200番台が32両製造された[12]
サハ185形 
編成中間に組み込まれる付随車で、便所・洗面所の設備は省略されている。0番台のみ7両製造された[15]
サロ185形 
編成中間に組み込まれる付随車(グリーン車)で、乗務員室と車内販売準備室を備える。この形式のみ出入台は片側1箇所のみ。0番台・200番台とも16両ずつ製造された[15]

車体[編集]

クハ185形は車体長19,850mm・全長は20,280mm、それ以外の形式は車体長19,500mm・全長20,000mmで、いずれも車体幅2,900mm・最大幅2,946mmの普通鋼製車体である。車体断面はそれまでの特急形車両とは異なり、117系電車と同様の車体断面とした。

0番台は緑の斜めストライプ3本 200番台は緑の横帯
0番台は緑の斜めストライプ3本
200番台は緑の横帯

塗装は、従来の国鉄の特急形車両はクリーム4号を基本に赤2号の横帯を入れていた[16]が、185系ではそれまでの「横方向の塗り分けとする」考えから脱却し[17]、車体のベース色をクリーム10号とした[16]上で、「伊豆の木々の緑」をイメージした緑14号の帯[16]を右下がり60度の角度で3本配した[17]。帯の幅は向かって左側から1,600mm、800mm、400mm[2]とそれぞれ幅を変え、変化をもたせた[18]軽快なイメージ[17]は当時の国鉄としてきわめて珍しい塗り分け[18]であった。塗装デザインを考慮し、0番台車両は側面の車両番号表示を従来位置から移動[19]して緑色帯と干渉を避けた。200番台は初期に投入され、大宮駅暫定開業だった東北・上越新幹線と接続する上野〜大宮間「新幹線リレー号」としての運用が主目的であることから、基本はクリーム10号で同一だが側面窓下に300mm幅で緑14号の横帯を配した東北上越新幹線200系のデザインに合わせている[19]

先頭部の形状は既存の特急形車両のようなボンネットタイプやドームタイプではなく[17]、117系電車を基本として[17]やわらかな雰囲気を与えるために丸みを持たせ[17]、前面窓の下に緑14号の帯を入れて前面窓を大きく感じさせることを企図した[17]。側面の乗務員室窓下にステンレスの切り文字でJNRマークを配した[19]が、200番台は緑14号の転写式シート[19]で客室側面窓上部に変更された[19]。連結器上に警笛としてタイフォンが設けられているが、0番台はメッシュで200番台はカバーが設けられており外観で識別できる[20]

車体は省力化対策の一環として外板に耐性鋼板を使用し、外板下部400mmと戸袋部分、洗面所周り、トイレ部分などの腐食し易い部位はステンレスを多用して腐食に防止対策し[2]、屋根は布張りではなくウレタン系樹脂塗料を使用した塗り屋根で[1]、雨樋は繊維強化プラスチック(FRP)製とした[2]。乗降用ドア窓のガラスや運転席のガラスは、Hゴムは使用せずにアルミニウム合金やステンレスの押え金取り付け方式で固定してコーキングを施した[2]。0番台は側板の鋼体厚さが普通車で90mm、グリーン車で60mmとなっている[21]が、200番台は鋼体厚さを普通車で95mm、グリーン車で65mmと厚くして断熱効果の向上を図っている[21]

普通車の出入台は2箇所、窓は2個1組のユニット窓 グリーン車の出入台は1箇所、窓も単独窓
普通車の出入台は2箇所、窓は2個1組のユニット窓
グリーン車の出入台は1箇所、窓も単独窓

側面客用扉はグリーン車のサロ185形を除き片側2か所とし[9]、各車両の両端部に出入り台を配置した[22]。扉の開口幅は、従来の特急形車両は700mmが標準のところを1,000mmとして[9]円滑な乗降を図った[9]。側面窓は、従来の特急形車両は固定窓であった[23]が普通列車運用を考慮して開閉式[23][注 3]とし、特急のイメージを維持するため[23]、117系のような2段窓ではなく最大開口部寸法を400mm確保した[注 4]アルミニウム合金製のユニット式1段上昇窓で[23]、開閉を容易にするためバランサーを内蔵させた[23]。グリーン車の外窓枠は、普通車の銀色に対してレモンゴールドに着色した[2]。普通車は726.5mm幅が[16]2個1組のユニット窓で、グリーン車は975mm幅の[17]単独窓である。

内装[編集]

リニューアル前の普通車車内(転換クロスシート装備)(1999年6月)

普通車の配色は、軽快な雰囲気とするために明るい暖色系を基本に[17]、天井はチェック模様[17]、側内張りは布目模様[25]、室内妻板はコルクモザイク模様とし[26]、カーテンは緑の横縞模様とした[26]。グリーン車は落ち着いた雰囲気とするため、側内張り・室内妻板ともにベージュと茶色の革絞模様[26]、窓枠と内帯はレモンゴールドとし[26]、カーテンはベージュを基調とした金色の波模様とした[26]。側面窓を開閉式にしたことに伴い、従来の特急形車両のように横引カーテンだけでは窓を開けた際に問題が生じるため、普通車・グリーン車とも巻き上げカーテンを併設した[23]

出入台との仕切り扉は、従来車両は扉幅は820mmでありながら引き戸の把手の分を引き残すために実質的な有効開口幅は700mmであった[27]が、185系の普通車は、戸柱部分に切り欠きを設けて[27]把手部が入り込むことで実質有効開口幅を770mmに確保し[27]、乗客の流れが円滑になるようにした[27]。扉自体はフットマット式スイッチを使用した自動扉である[24]が、客室扉上部に手動切り替えボタンを装備しており乗務員室のスイッチ装置でも切り替え可能である[27]

従来の特急車両は普通車の座席に簡易リクライニングシートを採用していたが、185系は通勤電車としての使い勝手も考慮し[9]、こげ茶色のモケットを使用した[28]転換クロスシートをシートピッチ910mmで配置した[22]。この座席は117系の座席と同一機構であるが[24]、背ずりの枕部分を分割形として座り心地やメンテナンス性の改善を図ったW-17形である[24]。グリーン車は赤色のモケットを使用したリクライニングシートで[24]キロ182形気動車に使用されているものと同じR-27B形を[24]シートピッチ1,160mmで配置した[17]

クハ185形・モハ184形・サロ185形は車端部にトイレ化粧室を設けた[1]。便所はFRP製のユニットとしたが、完全密封タイプとして便所回りの水がユニットの外にこぼれない設計とすることで腐食防止対策の一環[1]としたが、地上処理施設の関係から汚物処理装置は準備工事のみであった[24]。200番台では妻面に換気用の小窓が設けられている[19]。便所は全て和式である[24]


主要機器[編集]


この音声や映像がうまく視聴できない場合は、Help:音声・動画の再生をご覧ください。

電装品や台車は、基本的に117系で採用したものをそのまま踏襲した[9]

主電動機は出力120kWのMT54D形直流直巻電動機を採用[24]して各電動台車に2台ずつ装架した。主回路制御装置は電動カム軸接触器式の制御装置であるCS43A形である[24]歯車比は17:82 (4.82) で、当時の使用線区は最高速度が110km/hで高速性能に重点を置いても効果が少なく[9]、通勤時の稠密なダイヤに対応するため加減速性能に余裕を持たせる[16]ことから、近郊形電車と同様とした[3]

DT32H形台車に装架されたMT54D形電動機 DT32H形台車
DT32H形台車に装架されたMT54D形電動機
DT32H形台車

台車は、動力台車がDT32H形[24]付随台車がTR69K形で[24]、いずれの台車も既に117系で採用実績のある[29]空気ばね台車である。先頭台車のスノープロウは、0番台は暖地向けとなるため装備していない[18]が、200番台は設けている[30]制動装置は、応荷重装置発電ブレーキ併用電磁直通空気ブレーキ (SELD) を採用した[1]

集電装置は、菱形のPS16形をモハ185形の前位車端部[注 5]に設置した[24]。200番台は、ばねにカバーを設けたPS16J形とした[19]冷房装置は、普通車に通勤時間帯を考慮して[23]通勤車両と同様の集中式冷房装置で冷房能力42,000kcal/hのAU75C形を採用し、グリーン車はラッシュ時でも定員乗車と考えて[23]冷房能力28,000kcal/hのAU71C形集中式冷房装置を搭載した[23]。200番台の2次車[注 6]は普通車の冷房装置を省エネタイプのAU75G形に変更した[19]。117系に続いて新鮮外気取入送風機を採用した[32]

補助電源装置は、国鉄の電車で初採用のブラシレス電動発電機(MG)[33]で出力190kVAのDM106形[24]をモハ184形に搭載した[1]。電動空気圧縮機は、0番台でモハ184形とサハ185形[2]、200番台で横軽対策[注 2]の一環でサロ185形にも搭載した[2]。0番台とサロ185形200番台でMH113B-C2000M形を[24]、モハ184形200番台で誘導電動機を使用したMH3075A-C2000M形を採用した[19]上で除湿装置を付加した[19]

0番台は153系との併結を考慮し、クハ185形は本来のKE96形ジャンパ連結器のほかに、KE64形ジャンパ連結器を2つ装備した[30]。200番台は165系との併結に対応させ、協調継電器箱を165系用に変更した[30]ほか、KE64形ジャンパ連結器の線番号を変更した[30][注 7]

横軽対策[編集]

200番台に施工された横軽対策[注 2]で、前述の点も含めて以下に列記する。

空気ばねパンク装置
横川軽井沢間でEF63形電気機関車に連結時に、空気ばねを脱気する装置を搭載した[30]。空気ばねの復帰を早めるためサロ185形にも電動空気圧縮機を搭載した[2]
車掌弁増設
軽井沢側の先頭車(クハ185形200番台)に増設した[30]
台枠と連結器周りの強化
EF63形電気機関車との連結を考慮した。

沿革[編集]

運用開始・東海道線153系を置き換え[編集]

急行「伊豆」 153系との併結運用
急行「伊豆」
153系との併結運用

1981年1月から順次入線し田町電車区[34]に配置された。同年3月26日より、まず153系の付属編成を置き換える形で運用が開始された[35]が、特急形車両でありながら初運用は普通列車であった[35]。急行「伊豆」は翌々日の同年3月28日から使用された[35]。これらの運用途上では153系と連結して運用されることもあった[11]

同年7月までに0番台の115両が出揃い、同年10月1日からエル特急「踊り子」7往復と、朝夕の普通列車10往復で運用が開始された[31][注 8]が、この時点では特急「あまぎ」に使用されていた183系を「踊り子」3往復に運用していた[36]。153系の運用のうち、普通列車のみの運用は113系が82両製造されて置き換えられている[37]

明るいカラーリングにより新鮮なイメージは利用客に好印象を与えたが、急行の全廃により特急に乗らざるを得なくなり実質的な値上げとする意見[38]に加えて、ピーク時間帯をはずれても2扉クローズドデッキ車の普通列車運用は遅延を招いていた[39]。185系が登場した頃は既に、東海道線で2扉デッキ付き車両による通勤輸送は困難であった。

新幹線リレー号への投入と165系の置き換え[編集]

新幹線リレー号

高崎線で運用されていた165系を置き換えるため、1981年末から185系を63両製造することになった[40]。この時の車両は、置き換えの対象となる165系の運用を考慮して耐寒耐雪装備や横軽対策[注 2]が施され、200番台として区分された[30]。200番台は新前橋電車区に配置され、1982年3月10日から165系の運用に投入を開始し[21][注 9]、急行「あかぎ」で運用を開始[41]、増備とともに急行「ゆけむり」「草津」「軽井沢」や普通列車で運用された[41]。この年の8月16日に特急「白根」4号・5号に200番台が運用されたが[42]、これが200番台で初の特急運用となった[42]

国鉄は東北・上越新幹線の建設を進めていたが、上野から大宮までの区間において用地買収が難航したため、「1982年春に大宮を起点とする暫定開業」を1980年12月に決定していた[40]。この暫定開業時に上野と大宮の間で新幹線連絡専用列車を運行することとなり[40]、この連絡列車にも185系を運用することとしたため200番台は49両が追加製造されることになった[40]会計検査院は「東北新幹線が東京まで乗り入れた場合は185系は余剰となる」と反対したが[43]、「新幹線接続という一体感」のある新車による輸送サービスは最低限必要で新幹線開通後の185系は近距離特急に使用する予定、と説明して会計検査院の理解に半年を要した[43]1982年6月23日の東北新幹線開業と同時に185系200番台を使用した「新幹線リレー号」の運行が開始され[40]、「やまびこ」4往復と「あおば」6往復が設定されて各列車に接続する運行体制であった[40]

同年11月15日の上越新幹線開業から新幹線リレー号は28往復に増発され[44]、同時に特急「谷川」・「白根」・「あかぎ[44]や一部の普通列車にも運用が開始された[44]。普通列車運用では、高崎から軽井沢・中軽井沢までの信越本線普通列車運用に投入されて碓氷峠を越えたことが特筆される[45][注 10]。この冬期に特急「谷川」が石打まで延長運転[42]され、スキー客向けの臨時特急「新雪」にも185系200番台が運用された[46]1983年夏期に特急「そよかぜ」のうち51号・52号が185系200番台で運用された[47]

新特急・湘南ライナーへの運用開始[編集]

1982年から1983年にかけて、田町電車区の全編成に対して循環式汚物処理装置が設置された[48]

新特急「谷川」1985年運用開始 「湘南ライナー」1986年11月から運用開始(2008年撮影)
新特急「谷川」
1985年運用開始
「湘南ライナー」
1986年11月から運用開始
(2008年撮影)

1985年3月14日に東北・上越新幹線が上野まで延伸開業して「新幹線リレー号」は廃止され[44]、「新幹線リレー号」に使用されていた185系は上野発着の急行の特急格上げに使用されることになった[44]東北本線高崎線の特急のうち首都圏近郊を運行範囲とする特急は「新特急」を冠する愛称に変更され[44]、高崎線系統で「新特急谷川」「新特急草津」「新特急あかぎ」、東北本線系統で「新特急なすの」の運行が開始された[44]

田町への転属前に塗装が変更された編成 200番台オリジナル色で「踊り子」に運用される編成 「モントレー踊り子」ヘッドマーク。「M」マークが入っている
田町への転属前に塗装が変更された編成
200番台オリジナル色で「踊り子」に運用される編成
「モントレー踊り子」ヘッドマーク。「M」マークが入っている

余剰となった200番台のうち4編成は新前橋電車区から田町電車区へ転属となり[35]、それまで「踊り子」の一部に使用されていた183系を置き換え[41]、置き換えられた183系は長野運転所へ転属した[49]。田町電車区へ転属した4編成のうち、1編成は転属前に斜めストライプ塗装に変更された[50][注 11]が、その他の3編成は横帯1本の塗装のままで使用されて[50]順次0番台と同様の斜めストライプに変更され[50][注 11]、「踊り子」は全列車が185系によって運行されることになった[49]。それまでクロ157を使用したお召し列車は田町電車区の183系が使用されていたが、田町電車区から183系が転出したことに伴い、185系がクロ157と連結して運用された[51]1986年1月からスキー客専用列車「シュプール号」の運行が開始され「シュプール上越号」は田町電車区の185系B編成が運用された[52]

1986年11月1日のダイヤ改正で着席通勤を目的とした列車として「湘南ライナー」の運行が開始され、田町電車区の185系が運用されるようになった。「湘南ライナー」はその後も順次増発された一方で朝夕の普通列車運用は減少し、夕方下り列車の運用は「湘南ライナー」に置き換えられて消滅した[53]。1987年秋から、新前橋電車区の185系を使用して前橋から伊豆急下田まで直通する特急「モントレー踊り子」が土休日に運行開始された[52][注 12]が、この運用の間合いを利用して、東京と伊東を結ぶエル特急「踊り子」91号・92号にも運用された。

分割民営化後の運用拡大[編集]

新特急「なすの」
新前橋電車区受け持ち時代

1988年3月13日のダイヤ改正で、「新特急なすの」のうち4往復が廃止されたことに伴い「踊り子」増発用に転用され[54]、1988年3月11日付で7両編成の1編成が新前橋電車区から田町電車区へ転属した[13]。このダイヤ改正から、長野から東京への日帰り滞在時間を1時間50分ほど拡大する目的で設定され[55]、上越新幹線と連絡して高崎と長野を結ぶ快速列車「信州リレー号」の運行が開始され[55]、新前橋電車区の185系が運用されることになった[55][注 13]1990年冬期の運行を最後に「モントレー踊り子」は廃止された[52]

1990年3月10日のダイヤ改正で、「湘南新宿ライナー」の増発が行われて田町電車区の185系B編成が運用された。東北本線の「新特急なすの」が1往復を除いて快速列車に格下げとなり[56]、7両編成×2編成が新前橋電車区から田町電車区へ転属した[56]。残った1往復は新宿発着となり、田町電車区の185系による運行に変更されている[57]。この年の春に臨時快速列車「ホリデーむさしの」が新設されて田町電車区の185系B編成が運用された[57]が、この運用の最後に高尾から新宿までの臨時快速列車としても運用された[57]。臨時快速列車「ホリデーむさしの」は、この年の秋以降は富士急行線の河口湖まで運行区間が延長されると同時に167系に置き換えられた[57]1990年8月7日に運行された特急「そよかぜ91号」と、同年8月12日に運行された特急「そよかぜ92号」は田町電車区の185系B編成によって運行された[57]が、この列車で特筆すべき点は、グリーン車に天皇と皇后が乗車した「お召し列車」でありながら[57]、グリーン車以外は一般乗客も利用可能な通常の臨時特急という運行形態であった[57]ことが挙げられる。正確な施工日は不明だが、後年クロ157形は併結される185系200番台に合わせた塗色に変更されたが、クロ157形との公式本線運転は1993年5月13日を最後に行われていない。

田町電車区の185系のうち、B編成は1989年度に中央東線の狭小トンネルに対応したPS24形集電装置に[48]、A6編成は1990年度にPS24形集電装置に[48]、C編成は1990年度に追従性の向上を図ったPS21形集電装置への交換が行われた[48]。2013年度にOM03編成がシングルアームパンタグラフ(PS33)に変更された。

1991年に運行された臨時普通列車「軽井沢リレー」 1991年に運行された臨時普通列車「軽井沢リレー」
1991年に運行された臨時普通列車「軽井沢リレー」

1990年の1月から2月にかけて運行された臨時特急「かいじ」191号・192号は、田町電車区の185系B編成が運用された[57]。1991年3月16日のダイヤ改正からは、東海道線の小田原と熱海の間の区間普通列車に田町電車区の185系C編成が運用された[注 14]。これは分割併合のない列車としては唯一、付属編成が単独運用される列車であった[58]。一方、同年夏に、上越新幹線と連絡して運行する臨時普通列車「軽井沢リレー」の2号・3号に新前橋電車区の185系が運用された[59]

1992年3月14日のダイヤ改正では、「湘南ライナー」の一部が215系に置き換えられた[57]一方、「新特急なすの」が上りのみ1便増発されることになった[59]が、これにあわせて「ホームライナー古河」も田町電車区の185系で運用されるようになった[59]。この年のゴールデンウィークに、八王子・新宿と成田空港を結ぶ臨時特急「ウイング」が田町電車区の185系B編成によって運行された[59]ほか、同年秋からは新宿と日光を結ぶ特急「日光」の運行が開始され、157系と同様のヘッドマークを装着した田町電車区の185系B編成が使用された[59]1993年1月からは「シュプール白馬号」のうち3号・4号に田町電車区の185系B編成が運用された[60]

新特急「あかぎ」
田町所属車

1993年の夏からは、高崎地区から日本海側へ向かう海水浴利用者のために運行された臨時快速列車「青海川」の1・2号に、新前橋電車区の185系が運用されるようになり、185系では初めて日本海沿岸を運行する列車となった[59]。同年12月1日のダイヤ改正からは、新宿発着の「新特急ホームタウン高崎」「新特急あかぎ」が設定され[61]、田町電車区の185系A編成が使用されるようになった[58]。一方で、東海道線の田町電車区の185系C編成が使用されていた普通列車運用は他の形式への変更や廃止が行なわれたため[58]、C編成単独の分割併合のない列車への運用は消滅した[58]。1993年から1994年にかけて、田町電車区のクハ185形とサロ185形は便所が洋式に変更された[62]。この年の「シュプール号」では、「シュプール上越号」のうち2号・3号が田町電車区の185系B編成からグリーン車をはずした6両編成で運行された[60]が、この年から新設された「シュプール草津・万座」は新前橋電車区の185系が運用されることになった[60]。この2列車は大船と新前橋の間を連結して運行する設定となった[60]が、田町電車区の185系と新前橋電車区の185系が連結する運用はこれが初めてである[60][注 15]

シュプール号「フルフル」[編集]

特別塗装車両「フルフル」

1994年度は、スキー専用列車「シュプール号」の運行開始から10周年を記念して「シュプール号」に特別塗装車両を導入[63]し、前橋電車区のS201+S202編成とS215+S216編成の2編成が特別塗装車両に選ばれた[64]。特別塗装はジョン・シェリーが原画を担当し[64]、「列車に乗り込むときから少しでも気分が盛り上がる楽しい列車」になることをねらい、ブルーとホワイトのツートンカラーをベースに、動物たちと人間が一緒にスキーを楽しむというイラストが描かれ[64]、「雪よ、降れ!」という願いと冬や雪への気持ちを「いっぱい」 (="full") 乗せて走る列車という意味を込めて「フルフル」と命名された[63]

この2編成は、1995年1月6日から同年3月27日まで、グリーン車を外した6両編成で[64]「シュプール上越3号・2号」と「シュプール草津・万座」に限定運用された[63]。「シュプール号」運行終了後は、5月までそのままの色で他車に合わせて「フルフル」塗装としたグリーン車[65]を組み込んだ7両編成で通常運用に入った[64]

リニューアル[編集]

1995年以降リニューアルの新前橋所属車 普通車座席リニューアル後 グリーン車座席リニューアル後
1995年以降リニューアルの
新前橋所属車
普通車座席
リニューアル後
グリーン車座席
リニューアル後

1995年9月から1998年11月にかけて、新前橋電車区の200番台に更新工事が行われた[66]。この工事で普通車の座席を回転式リクライニングシートに変更してより特急形らしい設備とした[67]、化粧板の交換や床の塗り床加工、客室ドアをフットマット式からセンサー式へ交換されるなど改装された。[68]。外部塗装デザインはクリーム色をベースに上毛三山をモチーフとした黄色・グレー・赤色のブロックパターンを配し[19]、側面に "EXPRESS 185" のロゴが入っている[69]1999年にグリーン車の座席も交換された[66]

首都圏では1989年以降に土休日のみ運行の「ホリデー快速」が運行されていた[70]が、1995年10月から11月の土休日では初めて「ホリデー特急」が運行された[70]大船奥多摩を結ぶ「ホリデー特急おくたま号」・奥多摩と逗子を結ぶ「ホリデー特急かまくら号」・鎌倉と高尾を結ぶ「ホリデー特急たかお」の3列車が設定され[70]、いずれも田町電車区の185系5両編成が使用された[70]。ヘッドマークは「特急」という文字が入ったものを表示した[70]。同年12月1日のダイヤ改正では、東北新幹線の列車名に「なすの」が新設されることに伴い、田町電車区の185系を使用していた「新特急なすの」は「ホームタウンとちぎ」および「おはようとちぎ」に列車名が変更された[71]

EF63との横軽区間での運用

1996年横浜から横浜線経由で中央東線へ直通する臨時特急「はまかいじ」で運用するため[72]、田町電車区のB3・B4・B5編成は京浜東北線根岸線への入線に対応したATC装置の取り付け改造が行われた[72]。この改造により、該当編成のクハ185形は定員が4名減少した。

1997年9月30日限りで信越本線の横川と軽井沢の区間は廃止となった[73]が、廃止直前まで高崎と軽井沢を結ぶ普通列車として185系が運用され、185系は定期普通列車では最後に碓氷峠を越えた形式となり[74][注 16]、その折り返しに設定された臨時回送列車に使用された185系が最後に碓氷峠を越えた旅客車両となった[76]

153系・165系との連結に対応して設置されていたKE64形ジャンパ連結器は、0番台は全て撤去し[77]、200番台は栓受けのみ残している[77][66]。転落防止用外幌の設置は、田町電車区の車両は2002年に[78]、新前橋電車区の車両は2004年に行われている[66]1996年から1999年にかけて、全編成の先頭車前面の列車番号表示器がLED式に変更された[78][66]

1999年以降リニューアルの田町所属車 サロ185形座席リニューアル後
1999年以降リニューアルの
田町所属車
サロ185形座席
リニューアル後

1998年に田町電車区のサロ185形はバケットタイプの座席への交換が行われた[79]。1999年から2002年にかけて、田町電車区の185系もリニューアル工事が行われ、普通車の座席がリクライニングシートに交換された[78]ほか、化粧板の交換などが行われ[78]、普通車の仕切り扉はマットスイッチ式からセンサー式に変更された[80]。外部塗装デザインは湘南色をあしらったブロックパターンへ変更された[79]

2004年10月15日限りで、高崎線で上り1本だけ残っていた普通列車運用から外れた。その後、JR東日本の車両の検査体制の見直しに伴い[81]、高崎車両センター[注 17]に配置されていた185系は、全車両が2006年3月18日付けで、大宮総合車両センターへ転属となった[81]。この転属後、高崎と横川の間に設定されていた間合い運用の普通列車は185系の運用ではなくなり[82]、以後185系の普通列車は通勤ライナーを除けば東京7:24発の伊東行き(列車番号521M)1本だけとなった[83]

リバイバル塗色[編集]

湘南色塗装のOM03編成 157系塗装のOM08編成
湘南色塗装のOM03編成
157系塗装のOM08編成

2010年9月、吾妻線の優等列車の愛称である「草津」が1960年の運行開始から50周年となること(「草津」の愛称は、長野原線当時の準急列車に初めて冠されたもの)を記念し[84]、大宮総合車両センター配置のOM03編成が80系電車を模した黄かん色緑2号のツートンカラー(湘南色)に塗装変更された[84]。2011年に特急「踊り子」の運転開始30周年記念として、7月14日に全般検査を出場した田町車両センター[注 18]配置のA8編成が、登場当時の斜めストライプ塗装に変更されて登場した[85]

この時点で、既に「157系の塗装[注 19]に変更」という構想はあった[86]が、「群馬県ディスティネーションキャンペーン」の開催などのイベントが相次いでいたためその余裕はなく[86]、実現は2012年に入ってからとなった。キャンペーン終了後に話題性のある列車設定が発案され[86]、2012年2月29日に大宮総合車両センターOM08編成が157系と同様の塗装に変更された上で全般検査から出場して運用開始[87]、3月3日に運行された臨時特急「上州踊り子」「あまぎ」にも使用された[88]。この年の6月に、田町車両センターのC1編成が斜めストライプ塗装に復元され[89]、同年6月23日より運用を開始した[89]

田町車両センターの廃止と淘汰開始[編集]

グリーン車を外した上で塗装変更されたOM03編成 2014年3月15日のダイヤ改正で消滅した普通列車運用(伊東線1635M)
グリーン車を外した上で塗装変更されたOM03編成
2014年3月15日のダイヤ改正で消滅した普通列車運用(伊東線1635M)

2013年3月16日のダイヤ改正では、田町車両センターに配置されている車両がすべて大宮総合車両センターに転属した[90]。これと同時に、改正前から大宮総合車両センターに所属の編成は、グリーン車の連結位置が田町車両センターに配置されていた車両に合わせて変更された[91][注 20]ほか、方向転換を順次実施して車両の向きを揃えた[91]。編成番号は転属後も変更されていない[92]。このダイヤ改正以後、OM編成とB編成は共通運用されるようになった[91]。このダイヤ改正では、朝方に東海道線で残っていた185系の伊東行き普通列車の運用が途中の熱海までE231系に置き換えられ[93]、普通列車運用は熱海-伊東間に縮小された[92]。同センター東大宮センターとの間の車両の回送ルートに武蔵野線が使用されるようになった[94]が、上野東京ライン開業後は同ラインを経由して251系とともに東大宮センターとの間を回送するようになった。

このダイヤ改正の前後から編成の組み替えが頻繁に行われている。まずOM編成では前述の方向転換の他に、湘南色となっていたOM03編成がB編成と同様の塗装デザインに変更されると同時に、グリーン車を抜き取り6両編成となった[92][95]。B編成では、B1編成を除いて全ての編成からグリーン車が抜き取られ、このうちB2編成はB7編成からモハ185・184-231のユニットを加えて8両編成となり、B7編成は4両編成となった[95]。C編成では、C7編成がサハ185-7を抜き取って4両編成となった。サハ185-7は長野総合車両センターへ配給回送された[94]後、2013年4月1日付で廃車となり[96]、本系列で初の廃車車両となった[95]ほか、B編成から外されたグリーン車は同年7月24日付・10月9日付の2回に分けて廃車となった[96]。これらの動きは各種団体列車や波動輸送に使用されている同社の183系を置き換えるものと一部雑誌等で報じられており、実際に快速「ムーンライトながら」は2013-2014年冬期から185系で運用されるようになった[4]。2014年4月にA8編成・C1編成に続いてB7編成がストライプ塗装に復元された[97]

2012年6月末時点では置き換え計画は未定とされていた[98]185系であるが、2014年3月15日のダイヤ改正では、高崎線系統の特急が新宿発着の1往復を除いて651系に置き換えられた[99]ことにより、7両編成の特急運用が消滅した[100]ほか、最後まで残っていた伊東線の普通列車運用も消滅した[101]。これを受けて編成単位で廃車が開始され[4]、2014年5月13日付でB1編成が廃車になったことによって、グリーン車を組み込んだB編成は消滅した[102]。一方、同年8月1日からは同年度末に開業した上野東京ライン試運転に185系も使用され[103]、同年8月2日・3日の試運転においてはOM06編成の編成の一部を組み込んで10両編成としたOM07編成が使用された[103]。このOM07編成は編成中4両が2015年5月26日付で廃車となり[104]、残る6両も同年6月5日付で廃車になった[105]。さらに157系塗装だった大宮総合車両センターOM08編成も、2015年3月に元田町車と同じ斜めストライプ塗装となった。当初から大宮配置のOM編成でこの塗装は初めてとなる。

一方、「踊り子」は、2013年3月1日の共同通信社のサイトで、JR東日本役員のコメントとして「羽田空港の国際線拡大によって利用者が減少した『成田エクスプレス』を減便して、余剰となるE259系への置き換えの検討」が報じられたが、E259系は臨時列車の『マリンエクスプレス踊り子』への導入に留まっている[106]。その後、2013年9月16日のスポーツニッポンでは、「中央本線に導入されるE353系によって捻出されたE257系の転用先として『踊り子』などが候補に挙がっている」と報じられた[107]。2017年4月8日に、185系をE257系で置き換える方針である事が明らかになり、これにより、JR東日本管内で定期運用される特急列車はJR発足後の車両に統一される予定[108][109]

2016年のダイヤ改正により、高崎線の特急列車から185系が淘汰され、651系1000番台に統一。定期運転としては東海道線の特急踊り子、湘南ライナー、ホームライナー小田原のみの運用となる。

保有状況 [編集]

0番台(踊り子用)

登場時

  • 10両編成(A編成)×8本 80両 (A1 - A8)
  • 5両編成(C編成)×7本  35両 (C1 - C7)  計115両

2016年現在

  • 10両編成×6本 60両 (A1, A3, A5 - A8)
  • 5両編成×6本  30両 (C1 - C6)
  • 4両編成×1本  4両 (C7)

        計94両  残存率81%


200番台(草津・水上・あかぎ用)

登場時      

  • 7両編成(B,OM編成)×16本  112両(B1 - B7, OM1 - OM9)

2016年現在

  • 8両編成×1本  8両 (B2)

          

  • 7両編成×3本  21両 (OM4, OM8, OM9)
  • 6両編成×5本   30両 (B3 - B6, OM3)
  • 4両編成×1本  4両 (B7) 

        計63両 残存率56%

  • 合計 157/227両  残存率69%

編成表[編集]

下記の編成表では、「シュプール号」に運用される際にグリーン車をはずした6両編成で運行した事例など、臨時列車に運用する際に行われる編成変更の詳細は記載しない。

凡例 
Tc …制御車、M …電動車、T…付随車、Ts…グリーン車、CON…制御装置、MG…電動発電機、CP…電動空気圧縮機、PT…パンタグラフ
乗…乗務員室、販…車内販売準備室、WC…トイレ洗面所

0番台[編集]

0番台は全て田町電車区→田町車両センターに配置されていたが、2013年3月のダイヤ改正で大宮総合車両センターに移籍した[90]。下記の編成表は2013年3月16日時点のものである。

10両編成(基本編成)[編集]

 
備考
号車 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 編成記号[110] 特記事項
形式 クハ185 モハ185 モハ184 モハ185 モハ184 サロ185 サロ185 モハ185 モハ184 クハ185
区分 Tc M M' M M' Ts Ts M M' Tc'
車両番号[110] 101 1 1 2 2 1 2 3 3 1 A1 斜めストライプ塗装 
103 5 5 6 6 3 4 7 7 3 A2 2015年7月(サロ185-4は同年4月)に廃車[111]
105 9 9 10 10 5 6 11 11 5 A3 斜めストライプ塗装 
107 13 13 14 14 7 8 15 15 7 A4 2016年10月に廃車[112]
108 16 16 17 17 9 10 18 18 8 A5 斜めストライプ塗装 
111 21 21 22 22 11 12 23 23 11 A6 斜めストライプ塗装、サロ185-11は一部固定窓[77][注 21]
114 26 26 27 27 13 14 28 28 14 A7 斜めストライプ塗装、列車巡回ビデオ装備編成[48]
115 29 29 30 30 15 16 31 31 15 A8 斜めストライプ塗装[注 22]
搭載機器   CON,PT MG,CP CON,PT MG,CP     CON,PT MG,CP    
自重[48]
()内は新製当時
36.6t
[注 23]
(36.2t)
43.7t
(43.2t)
44.6t
(44.1t)
43.7t
(43.2t)
44.6t
(44.1t)
34.0t
[注 24]
34.0t
[注 24]
43.7t
(43.2t)
44.6t
(44.1t)
36.6t
[注 23]
(36.2t)
 
車内設備 乗,WC   WC   WC 乗,販,WC 乗,販,WC   WC 乗,WC  
定員[48] 56 68 64 68 64 48 48 68 64 56  

5両編成(付属編成)[編集]

 
備考
号車 15 14 13 12 11 編成記号[110] 特記事項
形式 クハ185 モハ185 モハ184 サハ185 クハ185
区分 Tc M M' T T'c
車両番号[110] 102 4 4 1 2 C1 斜めストライプ塗装[注 25]
104 8 8 2 4 C2 斜めストライプ塗装
106 12 12 3 6 C3  
109 19 19 4 9 C4 斜めストライプ塗装
110 20 20 5 10 C5  
112 24 24 6 12 C6 斜めストライプ塗装
113 25 25 7 13 C7 サハ185-7は2013年4月1日付で廃車[96]
搭載機器   CON,PT MG,CP CP    
自重[48]
()内は新製当時
36.6t
(36.2t)
43.7t
(43.2t)
44.6t
(44.1t)
34.1t
(33.6t)
36.6t
(36.2t)
 
車内設備 乗,WC   WC   乗,WC  
定員[48] 56 68 64 68 56  

200番台[編集]

2013年3月15日までの編成[編集]

新前橋→大宮配置[編集]
 
備考
号車 1
(8)
2
(9)
3
(10)
4
(11)
5
(12)
6
(13)
7
(14)
編成記号
(新前橋)
[注 26]
編成記号
(大宮)
[注 26]
特記事項
形式 クハ185 モハ185 モハ184 モハ185 モハ184 サロ185 クハ185
区分 Tc M M' M M' Ts T'c
車両番号 301 201 201 202 202 201 201 S201+S202 OM01 フルフル[注 27]
302 203 203 204 204 202 202 S203+S204 OM02  
303 205 205 206 206 203 203 S205+S206 田町へ転属[注 28]
304 207 207 208 208 204 204 S207+S208 田町へ転属[注 29]
305 209 209 210 210 205 205 S209+S210 田町へ転属[注 30]
306 211 211 212 212 206 206 S211+S212 OM03 元湘南色
307 213 213 214 214 207 207 S213+S214 田町へ転属[注 31]
308 215 215 216 216 208 208 S215+S216 OM04 フルフル[注 32]
列車巡回ビデオ装備編成[48]
サロ185-208は一部固定窓[113][注 33]
309 217 217 218 218 209 209 S217+S218 OM05  
310 219 219 220 220 210 210 S219+S220 田町へ転属[注 34]
311 221 221 222 222 211 211 S221+S222 OM06  
312 223 223 224 224 212 212 S223+S224 田町へ転属[注 31]
313 225 225 226 226 213 213 S225+S226 OM07  
314 227 227 228 228 214 214 S227+S228 OM08 元157系色[注 35]
315 229 229 230 230 215 215 S229+S230 OM09  
316 231 231 232 232 216 216 S231+S232 田町へ転属[注 30]
搭載機器   CON,PT MG,CP CON,PT MG,CP CP    
自重[48]
()内は新製当時
37.0t
[注 36]
(36.2t)
43.8t
(43.3t)
44.7t
(44.2t)
43.8t
(43.3t)
44.7t
(44.2t)
34.0t 37.0t
[注 36]
(36.2t)
 
車内設備 乗,WC   WC   WC 乗,販,WC 乗,WC  
定員[48] 56 68 64 68 64 48 56  
田町配置[編集]

下記の編成はすべて2013年3月のダイヤ改正で大宮総合車両センターに移籍した[90]

 
備考
号車 7 6 5 4 3 2 1 編成記号 特記事項
形式 クハ185 モハ185 モハ184 サロ185 モハ185 モハ184 クハ185
区分 Tc M M' Ts M M' T'c
車両番号 303 205 205 203 206 206 203 B1 新前橋から転属[注 28]
サロ185-203は一部固定窓[77][注 21]
304 207 207 204 208 208 204 B2 新前橋から転属[注 29]
305 209 209 205 210 210 205 B3 新前橋から転属[注 30]
ATC搭載[注 37]
307 213 213 207 214 214 207 B4 新前橋から転属[注 31]
ATC搭載[注 38]
310 219 219 210 220 220 210 B5 新前橋から転属[注 34]
ATC搭載[注 39]
312 223 223 212 224 224 212 B6 新前橋から転属[注 31]
316 231 231 216 232 232 216 B7 新前橋から転属[注 30]
クロ157-1連結対応[77]
搭載機器   CON,PT MG,CP CP CON,PT MG,CP    
自重[48]
()内は新製当時
36.6t
[注 40]
(36.2t)
43.8t
(43.3t)
44.7t
(44.2t)
34.0t 43.8t
(43.3t)
44.7t
(44.2t)
36.6t
[注 40]
(36.2t)
 
車内設備 乗,WC   WC 乗,販,WC   WC 乗,WC  
定員[48] 56
[注 41]
68 64 48 68 64 56
[注 41]
 

2013年3月16日以降の編成[編集]

全編成、大宮総合車両センター配置[90]。本表では車両番号・編成番号のみ記述する。

 
備考
号車 8 7 6 5 4 3 2 1 編成記号 特記事項
形式 クハ185 モハ185 モハ184 モハ185 モハ184 モハ185 モハ184 クハ185
区分 Tc M M' M M' M M' T'c
車両番号 304 207 207 208 208 231 231 204 B2 2013年6月5日付でB7編成の電動車ユニット231を組み込み
抜き取ったサロ185-204は2013年7月24日付で廃車[96]
斜めストライプ塗装
 
備考
号車 7 6 5 4 3 2 1 編成記号 特記事項
形式 クハ185 モハ185 モハ184 サロ185 モハ185 モハ184 クハ185
区分 Tc M M' Ts M M' T'c
車両番号 301 201 201 201 202 202 201 OM01 2014年6月26日付で廃車[114]
302 203 203 202 204 204 202 OM02 2014年5月29日付で廃車[115]
303 205 205 203 206 206 203 B1 サロ185-203は一部固定窓[77][注 21]
2014年5月13日付で廃車[115]
305 209 209 205 210 210 205 B3 ATC搭載[注 37]
サロ185-205は2013年7月24日付で廃車[96]
斜めストライプ塗装
306 211 211 206 212 212 206 OM03 グリーン車を除いて2013年初頭に湘南色からB編成と同じ塗装に変更[92]
サロ185-206は2013年10月9日付で廃車[96]
2016年11月より斜めストライプ塗装
307 213 213 207 214 214 207 B4 ATC搭載[注 38]
サロ185-207は2013年7月24日付で廃車[96]
斜めストライプ塗装
308 215 215 208 216 216 208 OM04 サロ185-208は一部固定窓[113][注 33]
斜めストライプ塗装
309 217 217 209 218 218 209 OM05 2014年5月22日付で廃車[115]
310 219 219 210 220 220 210 B5 ATC搭載[注 39]
サロ185-210は2013年10月9日付で廃車[96]
311 221 221 211 222 222 211 OM06 クハ185-211・クハ185-311・モハ184-222・モハ185-222の4両は2014年6月20日付で廃車[114]
モハ184-221・モハ185-221・サロ185-211はOM07編成に組成された[103]後、2015年6月5日付で廃車[105]
312 223 223 212 224 224 212 B6 サロ185-212は2013年10月9日付で廃車[96]
斜めストライプ塗装
313 225 225 213 226 226 213 OM07 クハ185-213・クハ185-313・モハ184-226・モハ185-226の4両は2015年5月26日付で廃車[104]
モハ184-225・モハ185-225・サロ185-213は2015年6月5日付で廃車[105]
314 227 227 214 228 228 214 OM08 157系色→斜めストライプ塗装
315 229 229 215 230 230 215 OM09  
316 216 232 232 216 B7 クロ157-1連結対応[77]
2013年5月15日付で電動車ユニット231を抜き取り
サロ185-216は2013年7月24日付で廃車[96]
斜めストライプ塗装[注 42]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ a b c 伊藤 (1981) p.41に掲載の当時の153系の運用図表から、『国鉄監修 交通公社の時刻表』1981年8月号 pp.77-82で153系使用の列車を確認すると、平日ダイヤにおいて東京発の153系使用列車は22本設定されている中で急行「伊豆」は4本だけ、土曜ダイヤでは24本中急行は10本、休日ダイヤでは20本中急行は4本しかない(不定期運行の列車を除く)。このような事情から、本項では、当時東海道線で運用されていた153系に関しては「間合い運用」という語句を使用しない。
  2. ^ a b c d 信越本線横川軽井沢の間を通過するために、車両側に対して講じられた対策のこと。ただし185系の場合、169系489系のようにEF63形と協調運転を行うものではなく、同区間はEF63形の推進のみを動力とする。
  3. ^ 189系電車でも、側面窓の一部は開閉可能とされたが、あくまで冷房故障などに備えた非常用のものである。
  4. ^ 側面方向幕直下の窓のみ最大開口部寸法は150mm[24]
  5. ^ 東海道線では東京寄り、高崎線では上野寄り。
  6. ^ 新前橋電車区に新製配置された、S219+S220編成以降が該当する[31]
  7. ^ 165系のKE64形は153系のKE57A形の後継機種で互換性がある。
  8. ^ 小榑 (2010) p.14に掲載の運用表によれば、1981年10月1日ダイヤ改正時点で東海道線において185系で運用される普通列車は以下の通りである。時刻は『国鉄監修 交通公社の時刻表』1981年8月号による。
    下り…品川4:32発沼津行き、東京6:04発熱海行き、東京7:22発伊東行き、東京8:29発平塚行き、東京17:05発国府津行き、東京18:04発熱海行き、東京18:40発伊豆急下田行き、東京20:10発国府津行き、東京23:19発平塚行き、東京23:53発小田原行き
    上り…小田原4:24発東京行き、平塚5:56発東京行き、小田原5:51発東京行き、国府津6:25発東京行き、沼津6:54発東京行き、熱海8:10発東京行き、平塚9:35発東京行き、伊東15:32発熱海行き、伊東17:39発東京行き、熱海21:18発東京行き
  9. ^ ただし置き換えられた165系は全車が用途廃止とはならず、「伊豆」の「踊り子」格上げ後も東海道本線東京口に153系のままとなっていた急行「東海」に転用され153系が廃車となった。所謂“突き出し配転”だが、東北線系統の余剰車が東海道線系統に転用されるという、JR化以前では非常に珍しい事例である。
  10. ^ 小榑 (2010) p.18に掲載の運用表によれば、1982年11月15日ダイヤ改正時点で高崎線系統において185系で運用される普通列車は、特急列車の末端区間を除くと以下の通りである。時刻は『国鉄監修 交通公社の時刻表』1982年11月号による。
    下り…高崎20:58発軽井沢行き、新前橋9:16発前橋行き、新前橋6:32発水上行き、新前橋7:55発水上行き、長野原6:34発万座・鹿沢口行き
    上り…中軽井沢6:37発高崎行き、桐生18:55発高崎行き、水上7:30発新前橋行き、万座・鹿沢口20:02発長野原行き
  11. ^ a b 側面の車両番号の表記位置は0番台がストライプを避けて中央より左側にずらしているのに対し、モハ184形を除く200番台では中央に表記される関係で、田町へ転出した編成が斜めストライプに変更されると、車両番号表記とストライプが重なることとなった。特にモハ185形は車両番号表記が完全にストライプにかかっていた。
  12. ^ 特急「モントレー踊り子」は土曜日の前橋発伊豆急下田行きと日曜日の伊東発前橋行きで運行された[52]
  13. ^ 奥山 (1991) p.18によれば、1991年3月16日ダイヤ改正時点で高崎線系統において185系で運用される普通列車は、新特急の末端区間を除くと以下の通りである。特記のないものは7両編成でグリーン車は普通車扱い。
    下り…長野原6:36発万座・鹿沢口行き(グリーン車は通路扱い)、高崎6:20発桐生行き、高崎8:00発新前橋行き、高崎9:02発前橋行き(グリーン車は通路扱い)、高崎21:54発長野行き快速「信州リレー号」
    上り…長野5:25発高崎行き快速「信州リレー号」、籠原5:27発上野行き(14両編成)、桐生7:12発高崎行き、前橋21:10発高崎行き
  14. ^ 奥山 (1991) pp.10-11によれば、1991年3月16日ダイヤ改正時点で東海道線において185系で運用される普通列車は以下の通りである。
    下り…東京6:07発熱海行き(15両編成)、東京6:18発小田原行き(15両編成)、平塚7:56発熱海行き(5両編成)、東京7:24発伊東行き(東京→熱海間15両編成・熱海→伊東間10両編成)、小田原10:13発熱海行き(5両編成)、小田原12:38発熱海行き(5両編成)
    上り…熱海8:10発東京行き(熱海→品川間15両編成・品川→東京間10両編成)、熱海9:08発小田原行き(5両編成)、熱海11:52発小田原行き(5両編成)
  15. ^ この列車は品川経由で運行され、その際に進行方法が変わるため、通常は逆向きとなる田町電車区配置車と新前橋電車区配置車の向きが揃う。
  16. ^ 碓氷峠を越えた最後の普通列車となったのは、軽井沢発高崎行き臨時普通列車の165系である[75]
  17. ^ 2005年12月10日に新前橋電車区から改称[39]
  18. ^ 2004年6月1日に田町電車区から改称[39]
  19. ^ クリーム4号をベースカラーとして赤2号の帯が入るが、正面上下に廻り込んだ赤帯などの意匠が183系や485系などと大きく異なる。
  20. ^ 田町所属編成と同じ位置の4号車(11号車)となった。
  21. ^ a b c 中央部の5列分(4列 - 8列)の窓が固定窓となっている[77]
  22. ^ 2011年7月の全般検査において塗装変更[85]
  23. ^ a b 列車巡回ビデオ装備のクハ185は36.7t[48]
  24. ^ a b サロ185-11・12の現車標記は34.1t[48]
  25. ^ 2012年6月に塗装変更[89]
  26. ^ a b 2006年3月18日付で高崎車両センターに配置されていた車両は全車両が大宮総合車両センターに転属[13]
  27. ^ 1994年12月27日から1995年5月25日までサロ185を除いて「フルフル」色に変更[66]
  28. ^ a b 1985年3月13日付で新前橋電車区から田町電車区に転属[13]
  29. ^ a b 1985年3月10日付で新前橋電車区から田町電車区に転属[13]
  30. ^ a b c d 1985年3月15日付で新前橋電車区から田町電車区に転属[13]
  31. ^ a b c d 1990年3月10日付で新前橋電車区から田町電車区に転属[13]
  32. ^ 1994年12月26日から1995年6月23日まで「フルフル」色に変更[66]
  33. ^ a b 中央部の5列分の窓が固定窓となっている[113]
  34. ^ a b 1988年3月11日付で新前橋電車区から田町電車区に転属[13]
  35. ^ 2012年3月3日から運用開始[88]
  36. ^ a b 列車巡回ビデオ装備のクハ185は37.1t[48]
  37. ^ a b 1996年8月24日付でATC取付[15]、2006年1月から2007年3月の間にD-ATCに交換[78]
  38. ^ a b 1996年3月27日付でATC取付[15]、2006年1月から2007年3月の間にD-ATCに交換[78]
  39. ^ a b 1996年6月11日付でATC取付[15]、2006年1月から2007年3月の間にD-ATCに交換[78]
  40. ^ a b ATC装備のクハ185は37.9t[48]
  41. ^ a b ATC装備のクハ185は定員52名[48]
  42. ^ 2014年4月の全般検査において塗装変更[97]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 藤田 (1981) p.21
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 p.51
  3. ^ a b 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 p.50
  4. ^ a b c 『鉄道ファン』通巻639号 p.30
  5. ^ 伊藤 (1981) p.39
  6. ^ 伊藤 (1981) p.41
  7. ^ a b 小榑 (2010) p.10
  8. ^ a b c d 大熊 (2008) p.14
  9. ^ a b c d e f g h 藤田 (1981) p.15
  10. ^ 客室の居住性を高める目的で、車両の乗降扉から客室前にかけて設けた区画を指す。
  11. ^ a b c 大熊 (2008) p.15
  12. ^ a b c 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 p.23
  13. ^ a b c d e f g h 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 pp.23-24
  14. ^ a b 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 pp.22-23
  15. ^ a b c d e 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 p.24
  16. ^ a b c d e 藤田 (1981) p.16
  17. ^ a b c d e f g h i j k 藤田 (1981) p.17
  18. ^ a b c 関 (1983) p.119
  19. ^ a b c d e f g h i j k 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 p.54
  20. ^ 『N(エヌ)』通巻22号 p.73
  21. ^ a b c 奥山 (1994) p.16
  22. ^ a b 関 (1983) p.118
  23. ^ a b c d e f g h i 藤田 (1981) p.20
  24. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 p.52
  25. ^ 藤田 (1981) pp.17-18
  26. ^ a b c d e 藤田 (1981) p.18
  27. ^ a b c d e 藤田 (1981) p.19
  28. ^ 『鉄道ジャーナル』通巻170号 p.12
  29. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 p.44
  30. ^ a b c d e f g 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 p.53
  31. ^ a b 小榑 (2010) p.12
  32. ^ 大熊 (2008) p.16
  33. ^ 日向 (2010) p.73
  34. ^ 田町車両センター、現東京総合車両センター田町センター
  35. ^ a b c d 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 p.35
  36. ^ 小榑 (2010) p.14
  37. ^ 小榑 (2010) pp.13-14
  38. ^ 小榑 (2010) p.13
  39. ^ a b c 『鉄道ダイヤ情報』通巻314号 p.24
  40. ^ a b c d e f 小榑 (2010) p.15
  41. ^ a b c 南 (2012) p.59
  42. ^ a b c 奥山 (1994) p.18
  43. ^ a b 小榑 (2010) p.16
  44. ^ a b c d e f g 小榑 (2010) p.17
  45. ^ 『鉄道ダイヤ情報』通巻286号 p.46
  46. ^ 奥山 (1994) pp.18-19
  47. ^ 奥山 (1994) p.19
  48. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 日向 (2010) p.68
  49. ^ a b 小榑 (2010) p.19
  50. ^ a b c 『鉄道ダイヤ情報』通巻286号 p.45
  51. ^ 『鉄道ダイヤ情報』通巻286号 p.47
  52. ^ a b c d 奥山 (1994) p.20
  53. ^ 奥山 (1991) p.11
  54. ^ 『鉄道ダイヤ情報』通巻46号 p.81
  55. ^ a b c 『鉄道ダイヤ情報』通巻46号 p.86
  56. ^ a b 『鉄道ジャーナル』通巻286号 p.97
  57. ^ a b c d e f g h i 奥山 (1994) p.21
  58. ^ a b c d 奥山 (1994) p.28
  59. ^ a b c d e f 奥山 (1994) p.23
  60. ^ a b c d e 奥山 (1994) p.29
  61. ^ 奥山 (1994) p.22
  62. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 p.55
  63. ^ a b c 『鉄道ジャーナル』通巻340号 p.108
  64. ^ a b c d e 『鉄道ジャーナル』通巻342号 p.93
  65. ^ 通常の特急運用を考慮して編成単位で施されていた(『鉄道ファン』1995年3月号)。
  66. ^ a b c d e f g 日向 (2010) p.72
  67. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻614号 p.76
  68. ^ 『鉄道ジャーナル』通巻350号 p.84
  69. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻838号 p.7
  70. ^ a b c d e 『鉄道ジャーナル』通巻350号 p.103
  71. ^ 『鉄道ジャーナル』通巻350号 p.101
  72. ^ a b 坂 (2008) p.20
  73. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻646号 p.5
  74. ^ 『レイルマガジン』通巻171号 p.10
  75. ^ 『鉄道ジャーナル』通巻374号 p.24
  76. ^ 『レイルマガジン』通巻171号 p.11
  77. ^ a b c d e f g h 日向 (2010) p.70
  78. ^ a b c d e f g 日向 (2010) p.69
  79. ^ a b 坂 (2008) p.21
  80. ^ 坂 (2008) p.22
  81. ^ a b 『鉄道ジャーナル』通巻477号 p.109
  82. ^ 坂 (2008) p.24
  83. ^ 『鉄道ダイヤ情報』通巻286号 p.44
  84. ^ a b 南 (2012) p.60
  85. ^ a b 岡田 (2011) p.21
  86. ^ a b c 岡野 (2012) p.93
  87. ^ 『鉄道ファン』通巻614号 p.180
  88. ^ a b 『鉄道ファン』通巻613号 p.194
  89. ^ a b c 『鉄道ファン』通巻617号 p.170
  90. ^ a b c d 『鉄道ジャーナル』通巻561号 p.89
  91. ^ a b c 『鉄道ジャーナル』通巻561号 p.92
  92. ^ a b c d 『鉄道ジャーナル』通巻561号 p.91
  93. ^ 『鉄道ジャーナル』通巻557号 p.82
  94. ^ a b 『鉄道ジャーナル』通巻561号 p.93
  95. ^ a b c 『鉄道ダイヤ情報』通巻353号 p.14
  96. ^ a b c d e f g h i j 『鉄道ファン』通巻639号付録 p.39
  97. ^ a b 185系復元塗装編成が日光線に入線 railf.jp 2014年5月17日配信
  98. ^ 南 (2012) p.63
  99. ^ 『鉄道ファン』通巻639号 p.20
  100. ^ 『鉄道ファン』通巻639号 p.22
  101. ^ 『鉄道ファン』通巻639号 p.21
  102. ^ 『鉄道ジャーナル』通巻575号 p.115
  103. ^ a b c 『鉄道ジャーナル』通巻576号 p.114
  104. ^ a b 『鉄道ジャーナル』通巻587号 p.107
  105. ^ a b c 『鉄道ジャーナル』通巻588号 p.109
  106. ^ 国鉄型特急車の絶滅危惧種はこれだ!
  107. ^ JR東日本 富士山観光見込み、中央線特急に新型車両(2013年9月18日時点のアーカイブ)
  108. ^ JR東日本 旧国鉄時代の185系「踊り子」から引退へ 毎日新聞 2017年4月8日配信(同年4月9日時点のアーカイブ)
  109. ^ 来年3月に現行車両「E351系」引退 スーパーあずさ、新型に - 産経フォト 2017年10月29日
  110. ^ a b c d 『国鉄電車編成表 86年版』 p.30
  111. ^ 『JR電車編成表』2016冬 ジェー・アール・アール 交通新聞社 2015年 p.356-357 ISBN 9784330623153
  112. ^ 『JR電車編成表』2017夏 ジェー・アール・アール 交通新聞社 2017年 p.356 ISBN 9784330787176
  113. ^ a b c 日向 (2010) p.74
  114. ^ a b 『鉄道ジャーナル』通巻576号 p.113
  115. ^ a b c 『鉄道ジャーナル』通巻575号 p.114

参考文献[編集]

書籍[編集]

  • 関崇博、松本典久 『国鉄の車両10 東海道線I』 保育社1983年ISBN 4586530103
  • 『国鉄電車編成表 86年版』 ジェー・アール・アール、1986年

雑誌記事[編集]

  • 伊藤東作、塚本雅啓「いで湯の里へ<伊豆9号>は走る」、『鉄道ジャーナル』第170号、鉄道ジャーナル社、1981年4月、 31-41頁。
  • 大熊孝夫「当時の関係者に聞く 185系電車の登場の背景とそのメカニズム」、『鉄道ダイヤ情報』第286号、交通新聞社、2008年2月、 12-17頁。
  • 岡田誠一「特集:JNR COLOR」、『鉄道ファン』第606号、交友社、2011年10月、 10-27頁。
  • 岡野靖史「157系風になった185系」、『鉄道ファン』第614号、交友社、2012年6月、 92-93頁。
  • 奥山敬志、松村寛「首都圏 変わりダネ列車大集合!」、『鉄道ダイヤ情報』第87号、弘済出版社、1991年7月、 10-35頁。
  • 奥山敬志、松村寛「185系電車最前線」、『鉄道ダイヤ情報』第117号、弘済出版社、1994年1月、 10-33頁。
  • 小榑宏明「185系「踊り子」「新幹線リレー号」の時代」、『鉄道ピクトリアル』第838号、電気車研究会、2010年9月、 10-19頁。
  • 坂正博「185系・117系 車両ガイド」、『鉄道ダイヤ情報』第286号、交通新聞社、2008年2月、 18-31頁。
  • 中井精也「フォトドキュメント さらば碓氷峠」、『レイルマガジン』第171号、ネコ・パブリッシング、1997年12月、 3-15頁。
  • 日向旭「117系・185系電車の現況」、『鉄道ピクトリアル』第838号、電気車研究会、2010年9月、 56-74頁。
  • 藤田邦隆「185系特急形直流電車の概要」、『鉄道ジャーナル』第170号、鉄道ジャーナル社、1981年4月、 15-21頁。
  • 南謙治「185系電車の軌跡」、『鉄道ジャーナル』第551号、鉄道ジャーナル社、2012年9月、 56-63頁。
  • 「185系特急形直流電車」、『鉄道ジャーナル』第170号、鉄道ジャーナル社、1981年4月、 7-14頁。
  • 「JR63.3ダイヤ改正の概要」、『鉄道ダイヤ情報』第46号、弘済出版社、1988年2月、 78-87頁。
  • 「RAILWAY TOPICS」、『鉄道ジャーナル』第286号、鉄道ジャーナル社、1990年8月、 91-99頁。
  • 「RAILWAY TOPICS」、『鉄道ジャーナル』第340号、鉄道ジャーナル社、1995年2月、 104-113頁。
  • 「RAILWAY TOPICS」、『鉄道ジャーナル』第342号、鉄道ジャーナル社、1995年4月、 90-97頁。
  • 「鉄道車両リニューアルの実際」、『鉄道ジャーナル』第350号、電気車研究会、1995年12月、 78-86頁。
  • 「RAILWAY TOPICS」、『鉄道ジャーナル』第350号、鉄道ジャーナル社、1995年12月、 96-107頁。
  • 「JR東日本185系リニューアル車」、『鉄道ピクトリアル』第614号、電気車研究会、1995年12月、 76頁。
  • 「1997.10.1 JRダイヤ改正 新幹線長野開業」、『鉄道ピクトリアル』第646号、電気車研究会、1997年12月、 1-8頁。
  • 「考察 117/185系」、『N(エヌ)』第22号、イカロス出版、2005年5月、 62-75頁。
  • 「RAILWAY TOPICS」、『鉄道ジャーナル』第477号、鉄道ジャーナル社、2006年7月、 106-111頁。
  • 「185系の稀少列車」、『鉄道ダイヤ情報』第286号、交通新聞社、2008年2月、 44-46頁。
  • 「クロ157形のディテール」、『鉄道ダイヤ情報』第286号、交通新聞社、2008年2月、 47頁。
  • 「DJ編集部特選!全国の早朝おもしろ列車」、『鉄道ダイヤ情報』第314号、交通新聞社、2010年6月、 10-22頁。
  • 「朝の”ライナー列車”総覧」、『鉄道ダイヤ情報』第314号、交通新聞社、2010年6月、 23-29頁。
  • 「国鉄形クロスシート車 西vs東」、『鉄道ピクトリアル』第838号、電気車研究会、2010年9月、 1-7頁。
  • 「117系電車 185系電車 履歴表」、『鉄道ピクトリアル』第838号、電気車研究会、2010年9月、 20-24頁。
  • 「「いでゆ」から「踊り子」まで 湘南優等列車の足跡」、『鉄道ピクトリアル』第838号、電気車研究会、2010年9月、 32-35頁。
  • 「117系・185系電車のプロフィール」、『鉄道ピクトリアル』第838号、電気車研究会、2010年9月、 42-55頁。
  • 「POST」、『鉄道ファン』第613号、交友社、2012年5月、 178-194頁。
  • 「POST」、『鉄道ファン』第614号、交友社、2012年6月、 178-194頁。
  • 「POST」、『鉄道ファン』第617号、交友社、2012年9月、 154-170頁。
  • 「2013年3月16日ダイヤ改正の概要」、『鉄道ジャーナル』第557号、鉄道ジャーナル社、2013年3月、 76-83頁。
  • 「JR車両ファイル2014」、『鉄道ファン』第639号、交友社、2014年7月、 10-40頁。
  • 「JR車両のデータバンク」、『鉄道ファン639号付録』、交友社、2014年7月、 35-48頁。
  • 「車両基地」、『鉄道ジャーナル』第575号、鉄道ジャーナル社、2014年9月、 114-115頁。
  • 「車両基地」、『鉄道ジャーナル』第576号、鉄道ジャーナル社、2014年10月、 112-113頁。
  • 「RAILWAY TOPICS」、『鉄道ジャーナル』第576号、鉄道ジャーナル社、2014年10月、 114-122頁。
  • 「車両基地」、『鉄道ジャーナル』第587号、鉄道ジャーナル社、2015年9月、 107-108頁。
  • 「車両基地」、『鉄道ジャーナル』第588号、鉄道ジャーナル社、2015年10月、 108-109頁。

時刻表[編集]

  • 『国鉄監修 交通公社の時刻表』 日本交通公社、1981年8月。
  • 『国鉄監修 交通公社の時刻表』 日本交通公社、1982年11月。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]