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国鉄ED14形電気機関車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
国鉄ED14形電気機関車
近江鉄道へ譲渡されたED14 4
近江鉄道へ譲渡されたED14 4
基本情報
運用者 日本国有鉄道
近江鉄道
製造所 ゼネラル・エレクトリック
種車 近江鉄道ED14形
製造数 4両
消滅 2019年3月
主要諸元
軸配置 B+B
電気方式 直流1500 V架空電車線方式
全長 11,200 mm
全幅 2,740 mm
全高 3,912 mm
運転整備重量 59.97 t
台車 イコライザ付板台枠
軸重 15 t
動力伝達方式 歯車1段減速、吊り掛け式
主電動機 MT8形(244 kW)×4基
歯車比 16:69=1:4.31
制御方式 非重連、抵抗制御、2段組み合わせ制御、弱め界磁制御
制御装置 電磁空気単位スイッチ式
制動装置 EL14A空気ブレーキ手ブレーキ
最高運転速度 65 km/h
定格速度 30 km/h
定格出力 975 kW
定格引張力 11,600 kg
備考 制御回路電圧:100 V
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国鉄ED14形電気機関車(こくてつED14がたでんききかんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省アメリカ合衆国から輸入した直流電気機関車である。輸入当初は1060形と称した。

概要

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ED11形に続いて輸入された米国ゼネラル・エレクトリック(GE)社製の電気機関車である。電気部分・機械部分ともにGE社による一貫製造である。

4両が1926年(大正15年)に輸入された。

2019年3月までに全車解体され現存しない。

構造

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車体形状はED11形とよく似ており、箱型車体の両端に乗務員出入用のデッキを配している。多数のリベットで接合された車体と、十字の桟のある「田の字形」の側窓が特徴である。この窓は後に横桟を撤去したものや、窓桟自体を取り去ったものがあり、各車両にバラつきが出ている。ED11形と同様、製造当初は前面中央の出入口と左右の前面窓の間に砂箱と短い梯子が設けられており、前面窓は横幅が狭く細長となっていたが、のちに砂箱が台車部分に移設されて梯子も撤去され、前面窓も横幅が広げられた。

台車の構造はED11形と異なり、2つの台車を中間連結器で連結し、台枠や車体を経ずに両端の連結器と台車のみで牽引力を伝達する方式が採用されている。このためED11形では連結器が車体部分に取り付けられているのに対して、ED14形では連結器が台車に取り付けられているという相違点がある。

形式図

運用

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国鉄時代

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製造当初は、ED15形などと共に東京機関区に配置され、まず東海道本線貨物列車に投入された。

1930年(昭和5年)に大型機の登場で甲府機関区に移り、中央本線八王子駅 - 甲府駅間で運用される。戦後は一時豊橋機関区に移り飯田線で、1950年(昭和25年)に作並機関区に移り、仙山線作並駅 - 山寺駅間で運用された。

1960年(昭和35年)、転属配置されたED17形と新製配置されたED60形に置き換えられ、4両とも休車となった。2・3号機はこの時点で除籍され、近江鉄道へ譲渡された。3号機については、近江鉄道を傘下にもつ西武鉄道へ一旦貸し出された後、近江鉄道へ譲渡された。1・4号機は仙山線の変電所容量不足によりED60形が転出したため休車を解除され、再び仙山線で使用されたが、1966年(昭和41年)に除籍され、2・3号機と同様、近江鉄道へ譲渡された。

近江鉄道時代

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近江鉄道色の2号機(現存せず)

近江鉄道では石灰石石油貨物列車などに使用されたが、軸重が15 tもあるため重量制限の関係で高宮駅 - 尼子駅間の犬上川橋梁を渡れず、運用区間は多賀大社前駅 - 米原駅間に限定されていた。主に多賀大社前駅 - 彦根駅間の石灰石輸送に使用されていたが、1988年(昭和63年)までに貨物列車が廃止されたため本来の目的を失った上、ATSの装備が困難、部品調達の問題、車体重量の問題、電気機関車の運転に必要な資格を有する同社在職者の減少などの事情から、事実上本線走行は困難な状態となっていた。その後も1・4号機はイベント、あるいは豪雪時の除雪作業や構内の入れ替えなどの事業用として時折使用され、2012年時点で車籍を保持していたが、4号機は故障のため休車状態となった。2・3号機は使用されることなく彦根工場内で長期休車となっていたが、2004年(平成16年)7月1日付けで除籍された。なお塗色は、1 - 3号機は同社の標準である水色塗装、4号機は国鉄時代の茶色塗装に復元された。

2007年(平成19年)3月からは全車が彦根駅に整備された近江鉄道ミュージアムに展示されていたが、2018年12月8日の八日市駅への移転による閉館に伴い、2019年1月28日の夜から29日未明にかけて2号機が[1]、同29日の夜から30日未明にかけて4号機が奈良県の解体場へと陸送され[2]、最後まで残った1・3号機も同年3月12日から14日にかけて解体場に陸送の上解体され、ED14形は形式消滅となった[3]

脚注

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出典

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参考文献

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