篠山鉄道

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篠山鉄道
篠山町駅で出発を待つ列車 1934年頃
篠山町駅で出発を待つ列車
1934年頃
概要
現況 廃止
起終点 起点:篠山駅
終点:篠山町駅
駅数 5駅
運営
開業 1915年9月12日 (1915-09-12)
廃止 1944年3月21日 (1944-3-21)
所有者 篠山鉄道
使用車両 車両の節を参照
路線諸元
路線総延長 4.9 km (3.0 mi)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 全線非電化
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線(廃止当時)
国鉄福知山線
STRq
篠山口
exSTRlg
0.0 篠山
exBHF
 ? 弁天 -1925
exBHF
2.5 東吹
exBHF
3.1 岡野
exSTRrg exABZrf
exSTR exKBHFe
3.9 篠山町 (I) -1921
exBHF
3.9 西町
exBHF
4.3 魚の棚
exKBHFe
4.9 篠山町 (II) 1921-

篠山鉄道(ささやまてつどう)は、かつて兵庫県多紀郡味間村丹南町を経て、現在の篠山市)と同郡篠山町(同)の間を結んでいた鉄道路線、およびその運営会社である。

国鉄篠山駅(現在の篠山口駅)が、篠山町の中心市街地から遠く離れた場所に位置したため、同駅と中心市街地を結ぶ交通機関として建設、1915年(大正4年)に開通した。しかし戦時中の1944年(昭和19年)、同じく篠山口駅を起点として篠山町を通る国鉄篠山線が開通したのと同時に廃止された。

路線データ[編集]

運行形態[編集]

1942年11月15日改正当時

  • 列車本数:篠山 - 篠山町間11往復半
  • 所要時間:全線13分

歴史[編集]

  • 1911年(明治44年)6月12日 坊ケ内安治郎ほか6人に鉄道免許状下付(篠山-大澤間)[1]
  • 1913年(大正2年)4月27日 篠山軽便鉄道として会社設立[2][3][4]
  • 1915年(大正4年)9月12日 弁天 - 篠山町間開業[5][6][7]。同年度中に国鉄との連帯運輸を開始[8]
  • 1919年(大正8年)5月 伊藤英一の株買占めにより伊藤の親戚にあたる末正盛治[9]が社長に就任[10]
  • 1921年(大正10年)2月15日 篠山町駅を町中心部に移転し路線延長。西町駅開業[6][11]
  • 1923年(大正12年)2月17日 鉄道免許状下付(多紀郡篠山町-同郡福住村間)[12]
  • 1925年(大正14年)
  • 1926年(大正15年)4月24日 鉄道免許失効(多紀郡日置村-同郡福住村間 指定ノ期限マテニ工事施行認可申請ヲ為ササルタメ)[16]
  • 1935年(昭和10年)1月16日 瓦斯倫動力併用実施[3]
  • 1935年(昭和10年)2月15日 魚の棚駅開業[6]
  • 1937年(昭和12年)10月13日 鉄道免許失効(多紀郡篠山町-同郡日置村 工事施行ノ認可ヲ受ケサルタメ)[17]
  • 1944年(昭和19年)

駅一覧[編集]

1915年時点
弁天駅 - 東吹駅 - 岡野駅 - 篠山町駅
1944年時点
篠山駅 - 東吹駅 - 岡野駅 - 西町駅 - 魚の棚駅 - 篠山町駅

接続路線[編集]

※開業当初の起点であった弁天駅は、篠山駅から徒歩圏内であったが、少し離れていた。

輸送・収支実績[編集]

年度 乗客(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円) 政府補助金(円)
1915 50,392 138 4,533 4,958 ▲ 425 検査結果改算78,862 2,631
1916 102,412 1,313 8,457 10,605 ▲ 2,148 3,118 4,542
1917 130,658 1,111 10,604 14,260 ▲ 3,656 雑損99 2,932 5,546
1918 167,213 942 20,136 18,078 2,058 2,748 1,982
1919 189,463 1,290 31,755 20,711 11,044 会計検査改算45 2,836
1920 205,435 1,260 47,230 35,041 12,189 13,119 3,545
1921 221,908 3,593 48,342 35,473 12,869 4,716
1922 228,541 4,150 54,564 37,503 17,061 2,024
1923 234,665 4,970 59,736 37,725 22,011 雑損439 9,788 1,901
1924 161,648 5,239 45,853 39,169 6,684 27,166 雑損27,211 7,540 12,353
1925 176,570 6,327 50,146 31,996 18,150 7,289 4,634
1926 186,433 11,330 51,837 37,143 14,694 10,493
1927 179,573 20,091 57,749 34,303 23,446 自動車1,050 16,351
1928 151,092 29,554 58,495 33,876 24,619 損失補助金1,539 償却金1,539 15,740
1929 152,003 34,943 62,578 34,545 28,033 自動車2,459 15,846
1930 141,159 27,889 52,936 38,926 14,010 損失補填金5,790 雑損償却金9,904自動車1,775 14,307
1931 148,917 20,035 46,817 26,871 19,946 雑損816償却金12,922自動車688 14,054
1932 145,629 23,010 44,902 24,604 20,298 雑損償却金2,333自動車1,826 13,194
1933 145,399 33,063 48,356 27,991 20,365 雑損3,313自動車169 12,856
1934 160,182 28,993 45,786 30,981 14,805 雑損1,881自動車53 11,332
1935 175,196 27,087 47,115 30,416 16,699 償却金1,600自動車834 8,172
1936 199,011 25,658 47,664 36,344 11,320 償却金2,400自動車1,236 7,236
1937 277,372 23,201 57,793 35,509 22,284 雑損償却金9,240自動車5,860 5,531
1939 469,562 44,022
1941 467,877 51,796
1943 694,328 53,293
  • 鉄道院年報、鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計、国有鉄道陸運統計各年度版

車両[編集]

蒸気機関車[編集]

客車[編集]

  • ハフ1・2 
    1915年梅鉢鉄工所製(定員34名)1945年湊鉄道に譲渡。
  • ハ4 
    1923年大阪鉄道 より購入した1900年東京月島車両製造所製の木製2軸客車ハ6(定員50名)。1945年湊鉄道に譲渡。
  • ロハ5 
    1923年大阪鉄道より購入した1900年東京月島車両製造所製の木製2軸客車ロハ3(定員二等14、三等30名)。後に二等は廃止されてハ5に変更された。1945年に上信電気鉄道に譲渡。
  • ハブ6・7 
    1926年に南海より購入した木製2軸客車(定員50名)。1945年に上信電気鉄道に譲渡。高野鉄道が出自で1899年日本車輌製南海ろブ16←は16、1898年井上製南海ろブ11←は11

バス事業[編集]

1934年時点で1路線、使用車両(常用1予備1)[19]

脚注[編集]

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  1. ^ 「軽便鉄道免許状下付」『官報』1911年6月1日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ a b 『篠山町75年史』
  3. ^ a b 『地方鉄道及軌道一覧 : 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第23回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ a b c 和久田『私鉄史ハンドブック』p. 139
  6. ^ a b c d e f 今尾『日本鉄道旅行地図帳』p. 46
  7. ^ 「軽便鉄道運輸開始」『官報』1915年9月17日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 『大正四年度鉄道院年報』p. 10
  9. ^ 『人事興信録. 6版』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第27回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  11. ^ 「地方鉄道運輸開始並停留場設置」『官報』1921年2月17日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1923年2月19日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  13. ^ 11月26日登記『鉄道省鉄道統計資料. 大正14年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  14. ^ 弁天から篠山へ改称扱い「地方鉄道駅名改称」『官報』1926年2月22日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  15. ^ 国鉄篠山駅への乗り入れは『篠山町75年史』では1918年となっているが、篠山町駅移転時の1921年の『大正十年兵庫県統計書』ではまだ「篠山町辨天間」となっている。
  16. ^ 「鉄道免許失効」『官報』1926年4月24日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  17. ^ 「鉄道免許失効」『官報』1937年10月13日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  18. ^ 「鉄道運輸営業廃止」『官報』1944年6月7日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  19. ^ 『全国乗合自動車総覧』1934

参考文献[編集]

  • 安保彰夫「篠山鉄道始末記」『鉄道ファン』No.250
  • 「交通・通信」『篠山町75年史』 篠山町役場、1955年2010年6月6日閲覧。
  • 中川浩一「失われた鉄道・軌道を訪ねて〔5〕失われた鉄道・軌道を調べるには」、『鉄道ピクトリアル』140号、電気車研究会、1963年1月
  • 和久田康雄 『私鉄史ハンドブック』 電気車研究会、1993年
  • 沖田祐作 編 『機関車表 私設企業』 滄茫会、1993年
  • 小川功「地方公益企業の乗取失敗と関与銀行家の苦悩--篠山軽便鉄道を事例として」、『彦根論叢』第321号。
  • 鉄道院 『大正四年度鉄道院年報』国有鉄道之部。国立国会図書館デジタルコレクション)
  • 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳』9 関西2、新潮社2009年
  • 大正十年兵庫県統計書』第13・14編。(国立国会図書館デジタルコレクション)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]