伊豆箱根鉄道5000系電車

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伊豆箱根鉄道5000系電車
5000系第1編成、大雄山駅にて
5000系第1編成、大雄山駅にて
基本情報
製造所 東急車輛製造
主要諸元
編成 3両編成(MT比2:1)
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高運転速度 70 km/h
起動加速度 (高加速SW未投入時)2.5km/h/s
(高加速SW投入時)3.0 km/h/s
減速度(常用) 3.5 km/h/s
減速度(非常) 4.5 km/h/s
車両定員 140名(座席48名)※Mc・Tc車
150名(座席56名)※M車
車両重量 39t(Mc・M)/29t(Tc)
全長 18,000 mm
全幅 2,850 mm
全高 4,226 mm
台車 住友金属工業FS372N(Mc・M車)
         FS072N(Tc車)
主電動機 直巻電動機
日立製作所HS-836-Krb
日立製作所HS-836-Frb
主電動機出力 120 kW/個
駆動方式 中空軸平行カルダン
歯車比 86:15=1:5.73
編成出力 960kw
制御装置 発電制動併用抵抗制御
三菱電機ABFM-168-15MDHA
〔三菱電機ABFM-168-15MDHC〕
制動装置 発電制動併用電気指令式空気制動
(HRD-1)
保安装置 伊豆箱根式ATS
備考 第1編成の諸元[1]
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伊豆箱根鉄道5000系電車(いずはこねてつどう5000けいでんしゃ)は、伊豆箱根鉄道大雄山線用の1984年昭和59年)3月18日[1]から運転を開始した通勤形電車である。

概要[編集]

追設された車内案内表示器

それまで大雄山線の主力であった旧形国電相模鉄道からの譲受車を置き換える目的で、1984年(昭和59年)から1996年平成8年)にかけて3両編成7本(21両)が東急車輛製造で落成した。

駿豆線用の3000系をモデルに製造され、電装品やブレーキシステムは3000系と共通だが、車両限界が異なるため車体幅は2,800mm(最大幅は2,850mm)で裾絞りなしの形状となっている。従来大雄山線の車両が17m車であったのは、緑町駅近くに半径100mの急曲線があり車両の大型化が難しかったためであったが、この5000系では連結面間隔を広げて対処し、18m車とされた。

発電ブレーキ装備の抵抗制御車としては珍しく、駿豆線3000系2次車以降と同様に付随車遅れ込め制御を有する。また、編成中の補助電源装置は電動発電機 (MG) もしくは静止形インバータ (SIV) を1基のみ搭載していることから、これが停止してもバッテリー電源により自力運転できるよう、小容量のインバータを別途有している。

つり革2005年(平成17年)から変更されているほか、一部車両には車内案内表示器が設置されている。

第5編成以降は、関東地方では数少ない転換クロスシートを装備している。

伊豆箱根鉄道5000系編成表
 
形式 クモハ5000形
(Mc)
モハ5000形
(M')
クハ5000形
(Tc)
車両番号 5001
(奇数)
5013
5002
(偶数)
5014
5501

5507

増備による変遷[編集]

第1編成[編集]

昭和59年(1984年)製造。車体は普通鋼製である。大雄山線は小田原行きか大雄山行きしかないため、前面行先表示器は字幕式ではなく「バイナリー・ヘッドマーク (Binary Head Mark) 」と称される装置を採用した。「小田原」と「大雄山」の表示を固定掲示して裏から電灯で照らすものである。光線の具合によっては点灯していない方の表示を読み取ることができる。

第2 - 第4編成[編集]

第2編成 第2編成の車内
第2編成
第2編成の車内

昭和61年(1986年) - 平成元年(1989年)にかけて製造。第2編成からは、ステンレス製軽量車体に変更された。第2編成は当初第1編成と同様、先頭車の連結側に貫通扉があり妻窓は2段式であったが、扉はのちに撤去されている。これは第1編成も同様である。抵抗制御による制御装置モーターがこの時期にはすでに日本の鉄道車両において主流ではなくなりつつあったものの(すでに多数がチョッパ制御からVVVF制御への過渡期)、引き続き採用された(後の第5 - 7編成も同様)。補助電源は第1編成がブラシレスMG (BL-MG) なのに対し、第2編成以降はSIVに変更されている。第3編成と第4編成はほぼ同じものであるが、第4編成は当初側面の社紋が赤で塗られていた。当初から貫通扉がなく妻窓が下降式になり、ドアエンジンが静音形の同時期製造小田急8000形電車同様のものへ変更されたのが主な変更点である。

第5編成[編集]

平成2年(1990年)製造。中間車の扉間の座席は転換クロスシートとされた。また各車両の側面に小型のLED式行先表示器が設置された。

第6・第7編成[編集]

第6編成 第7編成の車内
第6編成
第7編成の車内

第6編成は平成6年(1994年)、第7編成は平成8年(1996年)製造。前面に排障器(スカート)が装着され、パンタグラフは菱形から下枠交差形に変更された。また、行先表示器は「バイナリー・ヘッドマーク」からLED式に変更された。内装についても、全車両の扉間の座席が転換クロスシートとされた。

空気圧縮機 (CP) はHB2000から低騒音形のHS20に変更されている。第7編成には落成時から車椅子スペースが設置されている。ドアエンジンが再び変更され、第2 - 5編成よりさらに静音形のものになっている。

その他の更新[編集]

「オールドカラー復刻バージョン」に塗り替えが行われた5501編成
  • 1999年にそれまでの1984年デビュー当初より15年使用されていた全テープ方式による自動放送装置(車内放送)を全編成において現行の新自動放送装置システムのコンピュータ(半導体メモリ)への一斉更新がされている(特に最終編成の5507Fはテープ式自動放送装置の使用はデビュー当初のわずか3年ほどのみとなった)。それに伴い、一部の放送内容言い回しの変更(「お忘れ物のないよう、ご支度願います」→「お忘れ物のないよう、ご注意ください」、「まいどご乗車ありがとうございます」→「ご乗車ありがとうございます」など)と声の主(女性)の交代が行われた。
  • そのほか2007年には、1999年以後の放送内容の中で大雄山行き下り電車で五百羅漢駅発車後の「これより先止まる駅は、穴部・飯田岡・相模沼田の順です」、両方向とも「乗車券をお持ちでない方・お手持ちの乗車券で乗り越し精算をされる方は車掌にお知らせください」が全編成、放送から削除された。
  • 2005年から先述通り、それまでのいわゆる「おにぎり型」とも称された線路方向に沿った三角形のつり革を現行の枕木方向の三角形つり革へ順次交換し、現在はすべての編成で交換終了している。
  • その他にも時期不明なものの、一部編成のシートのバケットシートへの交換がされている。
  • 2010年頃からドアチャイムの設置を開始した。現在は全7編成への設置を完了している。3000系同様、新幹線700系電車などで使われている音色のドアチャイムを採用している。
  • 2016年には大雄山線開業90周年を記念するイベントの一環で、5501編成については「オールドカラー復刻バージョン」に塗り替えが行われた[2]。同年10月1日より運行開始となる[2]

た。

  • 2019年3月に大場工場を出場した5504編成は、従来塗装が青色だった部分を黄色にした状態で出場した。

運用[編集]

大雄山線の営業列車は、当系列のみの運行となっている。全般検査等の重要な検査を実施する際は、東海道本線小田原 - 三島間で甲種鉄道車両輸送列車が運行され、駿豆線大場駅に所在する大場工場に入場する。

脚注[編集]

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  1. ^ a b [交通新聞社「鉄道ファン 第278号 1984年6月号」(1984年6月1日発行)新車ガイド:伊豆箱根5000系]
  2. ^ a b “大雄山線開業90周年ファイナル・イベント開催のお知らせ” (日本語) (プレスリリース), 伊豆箱根鉄道, (2013年6月5日), http://www.izuhakone.co.jp/railway/news/12561/index.html/ 2016年9月30日閲覧。