宗谷 (列車)

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宗谷
サロベツ
キハ261系「スーパー宗谷」(2006年3月16日 雄信内駅)
キハ261系「スーパー宗谷
2006年3月16日 雄信内駅
概要
日本の旗 日本
種類 特急列車
現況 運行中
地域 北海道
前身 特急「スーパー宗谷」・「サロベツ」
運行開始 2017年3月4日
運営者 JR logo (hokkaido).svg 北海道旅客鉄道(JR北海道)
路線
起点 札幌駅(宗谷)
旭川駅(サロベツ)
終点 稚内駅
営業距離 396.2 km(宗谷)
259.4 km(サロベツ)
平均所要時間 平均5時間04分(宗谷)
運行間隔 1往復(宗谷)
2往復(サロベツ)
列車番号 51D・52D(宗谷)
60D+号数(サロベツ)
使用路線 函館本線宗谷本線
車内サービス
クラス グリーン車普通車
座席 グリーン車指定席:1号車(半室)
普通車指定席:1 - 3号車(1号車半室)
普通車自由席:4号車
技術
車両 キハ261系気動車苗穂運転所
軌間 1,067 mm狭軌
電化 非電化
最高速度 120 km/h[注 1]
路線図

運行経路

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宗谷(そうや)は、北海道旅客鉄道(JR北海道)が札幌駅 - 稚内駅間を函館本線宗谷本線経由で運行している特別急行列車

本項目では、同じく宗谷本線で運行されている特急「サロベツ」とともに、宗谷本線、天北線で運行されていた優等列車の沿革についても記述する。

概要[編集]

宗谷[編集]

1960年(昭和35年)7月1日に準急宗谷」として札幌駅 - 稚内駅間で運転開始し、札幌駅 - 旭川駅間では「オホーツク」を併結していた。1961年(昭和36年)10月1日には急行列車格上げと同時に、室蘭本線・千歳線を経由して函館駅発着で運行されるようになり、1964年(昭和39年)10月1日には経由を東室蘭経由から小樽経由に変更し単独運転を開始した。

1981年(昭和56年)10月1日には札幌駅発着に戻され、1989年(平成元年)5月1日には天北線廃止に伴い、札幌駅 - 浜頓別駅 - 稚内駅間で運行されていた「天北」を経路変更を行ったうえで編入し2往復化されたが、1992年(平成4年)7月1日には上下の2便目を別愛称の「サロベツ」として分離し1往復となった。

その後、JR北海道と北海道名寄市などが出資する第三セクター北海道高速鉄道開発を主体とする、宗谷本線旭川駅 - 名寄駅間の高速化改良事業が完成し、2000年(平成12年)3月11日ダイヤ改正よりキハ261系気動車(基本番台)を投入した特急列車2往復が運転を開始することとなった。これに当たって「スーパー宗谷」の愛称が起用されることとなった。これにより、札幌駅 - 稚内駅間の所要時間は急行時代の最速列車から52分(うち、札幌駅 - 名寄駅間は38分)[1]もの大幅な短縮が図られた。

2017年(平成29年)3月4日のダイヤ改正では、それまで札幌駅 - 稚内駅間に3往復運転されていた特急のうち2往復を旭川駅 - 稚内駅間に短縮・再編したことに伴い、引き続き札幌駅 - 稚内駅間で運転される1往復を「宗谷」の愛称で運転している。

列車名は北見国宗谷郡稚内市にある宗谷岬宗谷支庁および宗谷本線に由来する。なお、宗谷本線特急列車運転開始時の愛称の一般公募でも「スーパー宗谷」が最多得票であった[1]ヘッドマークは「スーパー宗谷」運転開始時に制定されたもので、急行時代のヘッドマークをもとに道北地域の地図を図案化したものとしている[注 2]。なお、2017年(平成29年)の特急列車再編以降は文字を抜いて引き続き使用している[1]

特急「宗谷」の走行距離は396.2kmに及び、これは2017年3月4日現在、日本で運行されている気動車特急で一番長いものである。

サロベツ[編集]

1992年(平成4年)7月1日に「宗谷」2往復のうち、上下の2便目に当たる1往復を別愛称の「サロベツ」に変更し登場した。この時点では「宗谷」と愛称以外の違いは特段存在しなかった。

2000年(平成12年)3月11日の宗谷本線高速化完成に伴うダイヤ改正では、夜行の「利尻」(2006年定期運転終了)と共通の専用の改造を施されたキハ183系気動車が使用される札幌駅 - 稚内駅間特急列車の愛称とされた。

2017年(平成29年)3月4日のダイヤ改正では、宗谷本線で旭川駅 - 稚内駅間に短縮された特急2往復の愛称に「サロベツ」が転用され、同時に「宗谷」と共通のキハ261系基本番台での運転となった。

列車名は豊富町幌延町の海岸線沿いに広がる湿原サロベツ原野にちなんだ命名である。ヘッドマークは2017年(平成29年)の特急列車再編以降は「宗谷」と共通としているが、それ以前はサロベツ原野と利尻山エゾカンゾウを描いたものを使用していた。

運行概況[編集]

2017年3月4日現在、「宗谷」は午前に下り1本、午後に上り1本の計1往復が運転され、所要時間は平均5時間10分である[2]。「サロベツ」は1日2往復(1 - 4号)が運転されており、全列車が旭川駅で札幌駅 - 旭川駅間の特急「ライラック」の特定列車と対面乗り換えで接続する[注 3]。「宗谷」「サロベツ」両列車ともに、車内販売は行われていない。

  • なお、冬季間(例年11月下旬から翌春の雪解け時期まで)は、車両に付着した雪氷が走行中に落下して線路のバラストを跳ね上げる事故を防ぐため、函館本線内の一部の通過駅で減速運転を実施するため、定刻ダイヤから数分程度の遅延が生じる。

停車駅[編集]

列車名 札幌駅 岩見沢駅 美唄駅 砂川駅 滝川駅 深川駅 旭川駅 和寒駅 士別駅 名寄駅 美深駅 音威子府駅 天塩中川駅 幌延駅 豊富駅 南稚内駅 稚内駅
宗谷
サロベツ
  • 旭川 - 稚内間の停車駅は「宗谷」「サロベツ」で共通である。
  • 「宗谷」の函館本線内は「カムイ」「ライラック」「オホーツク」と共通の停車駅であるが、美唄駅、砂川駅は下り列車(稚内行き)のみ停車する[注 4]
  • 「サロベツ」は全列車が旭川駅で札幌駅 - 旭川駅間の特急「ライラック」と接続。

使用車両・編成[編集]

2017年3月4日現在の編成図
宗谷・サロベツ
← 稚内
旭川・札幌 →
宗谷・サロベツ
1 2 3 4
G
  • 全車禁煙
凡例
G=グリーン車座席指定席
指=普通車指定席
自=普通車自由席

「宗谷」「サロベツ」ともにキハ261系気動車基本番台苗穂運転所所属)が使用される。4両編成で運行され、1号車の半室(9席)がグリーン車となっている。 なお、前身の「スーパー宗谷」「サロベツ」時代の、2006年(平成18年)3月18日に道内特急全面禁煙化に伴い、全列車が禁煙車(喫煙ルームなし)となっている。

多客期には6両編成に増結される場合があり、通常1・2号車となる2両が21・22号車として稚内方に連結される場合と、通常3・4号車となる2両が5・6号車として札幌方に連結される場合がある(キハ261系の項も参照)。また、宗谷本線内の一部駅では増結になった場合進行方向後ろ寄りの1~2両がプラットホームからはみ出すため、一部号車のドアカットを行う。

宗谷本線・天北線優等列車概説[編集]

利尻[編集]

特急「利尻」 (2006年8月1日 / 稚内駅) 特急「利尻」にも充当されたスハネフ14-502(2008年3月3日 / 札幌駅)
特急「利尻」 (2006年8月1日 / 稚内駅)
特急「利尻」にも充当されたスハネフ14-502(2008年3月3日 / 札幌駅)

1958年(昭和33年)10月1日、札幌駅 - 稚内駅間の夜行準急列車として運行を開始し、1966年(昭和41年)3月5日に急行列車となった。1968年(昭和43年)10月1日には昼行の「礼文」を統合して2往復となるが、1970年(昭和45年)10月1日に再度分離し、再び夜行1往復のみの体制となった。

1982年(昭和57年)11月15日からは14系客車(座席車)が投入され、1983年(昭和58年)4月25日から寝台車も14系に置き換えられた。

1991年(平成3年)3月16日からは、「宗谷」と共通のキハ400形・キハ480形気動車に14系寝台客車を併結する編成を初めて投入し[3]、のちにこのスタイルは特急「オホーツク」・「おおぞら(→「まりも」)」にも拡大されることとなった。

2000年(平成12年)3月11日の宗谷本線高速化竣工に伴うダイヤ改正では、特急列車化され、座席車を「サロベツ」と共通のキハ183系に変更したが、引き続き14系寝台車を混結していた[3]

2006年(平成18年)3月のダイヤ改正では臨時列車化され、同年6月から夏季に特急「はなたび利尻」として運転されるようになった。しかし、なおも利用が減少傾向にあることから、2008年(平成20年)4月にJR北海道が廃止を発表し、事実上2007年9月30日の運行を最後に廃止された[4]

列車名は、稚内市の西方の日本海に浮かぶ利尻島が由来となっている。ヘッドマークは急行時代より、海上に浮かぶ利尻島利尻山)を描いたものを使用していた。

定期列車廃止時の停車駅
札幌駅 - 江別駅 - 岩見沢駅 - 美唄駅 - 砂川駅 - 滝川駅 - 深川駅 - 旭川駅 - 和寒駅 - 士別駅 - 名寄駅 - 美深駅 - 音威子府駅 - 天塩中川駅 - 幌延駅 - 豊富駅 - 南稚内駅 - 稚内駅
  • 昼行列車と異なり、急行時代から江別駅・美唄駅・砂川駅にも停車していた。

天北[編集]

上り急行「天北」 (1986年 名寄駅) マヤ34を機関車次位に連結した上り急行「天北」(1988年7月 音威子府駅)
上り急行「天北」 (1986年 名寄駅)
マヤ34を機関車次位に連結した上り急行「天北」
(1988年7月 音威子府駅)

1961年(昭和36年)10月1日、札幌駅 - 稚内駅間を函館本線・宗谷本線・天北線経由で運行する急行列車として運行を開始した。1989年(平成元年)5月1日の天北線廃止に伴い、経路変更を行ったうえで「宗谷」に編入された。

列車名は経由路線である天北線(沿線地域の国名「天塩国」と「北見国」から命名)が由来となっている。ヘッドマーク・テールマークは北斗七星を描いたものであった。

なお、旅客営業取扱基準規程110条および154条(列車特定区間制度)の対象であったため、「天北」札幌駅 - 音威子府駅間各駅と南稚内駅・稚内駅相互間を乗車し、天北線内で途中下車しない場合は幌延駅経由で運賃・料金を計算するものとされていた。

廃止時の停車駅
札幌駅 - 岩見沢駅 - 滝川駅 - 深川駅 - 旭川駅 - 和寒駅 - 士別駅 - 名寄駅 - 美深駅 - 音威子府駅 - 小頓別駅 - 中頓別駅 - 浜頓別駅 - 鬼志別駅 - 南稚内駅 - 稚内駅
  • 14系客車導入前は江別駅・美唄駅・砂川駅にも停車していた。

礼文[編集]

急行「礼文」 (1990年 / 旭川駅)

1961年(昭和36年)10月1日に旭川駅 - 稚内駅間を宗谷本線経由で運行する準急列車として運行を開始し、1966年(昭和41年)3月5日に急行列車となった。1968年(昭和43年)10月1日に急行「利尻」に改称・統合され一旦愛称が消滅するが、1970年(昭和45年)10月1日に再分離されて復活した。2000年(平成12年)3月11日ダイヤ改正で特急「スーパー宗谷」に編入されて廃止された。

一貫して気動車で運転されており、1986年(昭和61年)12月7日にはキハ54形500番台のうち、急行仕様で落成した車両 (527 - 529) が投入された。なお、運行開始から廃止に至るまで一貫して冷房非搭載車で運行されたため、「礼文」は国鉄・JRの定期急行列車としては史上最後の非冷房列車となった。

列車名は稚内沖合に浮かぶ礼文島が由来となっている。ヘッドマークは礼文島の元地海岸の地蔵岩を描いたものとされる。

なお、末期には旭川駅で特急「スーパーホワイトアロー」(最高速度130 km/h)に接続していたため、両列車を乗り継いだ場合の札幌駅 - 稚内駅間の所要時間は改正直前の時点で最速5時間21分と「宗谷」「サロベツ」より早かった[報道 1]

廃止時の停車駅
旭川駅 - 士別駅 - 名寄駅 - 美深駅 - 音威子府駅 - 天塩中川駅 - 幌延駅 - 豊富駅 - 南稚内駅 - 稚内駅
  • 「宗谷」「サロベツ」と異なり、和寒駅を通過していた。

なよろ[編集]

1965年(昭和40年)10月1日に札幌駅 - 名寄駅間の急行列車として運行を開始した。以後、一部列車が小樽駅発着で運行されるなどして存続したが、1984年(昭和59年)2月1日に廃止された。

列車名は名寄市に由来する。なお、「なよろ」の列車名は1990年平成2年)9月1日から旭川駅 - 名寄駅間の快速列車として現在も使用されている(なよろ (列車)を参照)。

廃止時の停車駅(急行列車区間のみ)
札幌駅 - 江別駅 - 岩見沢駅 - 美唄駅 - 砂川駅 - 滝川駅 - 深川駅 - 旭川駅 - 和寒駅 - 士別駅 - 名寄駅

紋別・旭川[編集]

いずれも、名寄本線に直通した列車であり、「紋別」は札幌駅 - 名寄駅 - 遠軽駅間(末期は興部駅 - 遠軽駅間普通列車)の列車、「旭川」は旭川駅 - 遠軽駅 - 名寄駅 - 旭川駅間の循環列車であった。

「紋別」廃止時の停車駅(急行列車区間のみ)[5]

札幌駅 - 岩見沢駅 - 美唄駅 - 砂川駅 - 滝川駅 - 深川駅 - 旭川駅 - 和寒駅 - 士別駅 - 名寄駅 - 下川駅 - 西興部駅 - 興部駅

過去の使用車両(客車・気動車)[編集]

14系500番台
座席車
「利尻」の座席車として投入され、のちにキハ56系からのサービスアップ・冷房化を目的に「宗谷」「天北」にも投入され、キハ400系への置換えまで運用された。
寝台車
14系座席車との組成
座席車につづき、1983年(昭和58年)に「利尻」に投入された。1985年(昭和60年)に「利尻」と編成が共通化された上り「宗谷」・下り「天北」に投入された際にはオハネ14 501 - 503の寝台1区画を改造し、昼行運用時のみグリーン席として翌年まで運用した。
キハ400系・キハ183系との組成
1991年(平成3年)の「利尻」気動車化にあたり、気動車と併結する改造を行ったスハネフ14-501・505・508が投入された[3][6]。後年「オホーツク」「おおぞら(→まりも)」に投入されたスハネフ14形(502 - 504・506・507)とは塗装のほか給電装置の切替スイッチを装備しないなどの差異があり、運用が分けられていたが、「利尻」の特急化・キハ183系使用開始に伴い、後年仕様の統一が行われている[3][注 5]


キハ56系
14系客車投入前の「宗谷」「天北」、キハ54形投入前の「礼文」で定期運用された。その後も、キハ400系の増結車などで起用されることがあった。
キハ54形500番台
急行仕様で落成した車両 (527 - 529) が「礼文」で定期運用された。
キハ400形・キハ480形(キハ400系)
14系客車の置き換え用として、キハ40形100番台・キハ48形300番台・同1300番台を冷房化・高出力化・アコモデーション改造し、1988年(昭和63年)に急行「宗谷」「天北」に投入された。のちに、14系客車(寝台車)との混結により「利尻」、愛称変更により「サロベツ」にも投入された。2000年(平成12年)3月11日の格上げ・高速化まで使用されたのち、一部を除き札沼線(学園都市線)用として格下げ・転用された。
キハ183系気動車
キハ182形(36 - 38)
老朽化したお座敷車キロ29形・キロ59形の取替え用としてキハ400形3両をお座敷車に改造・ねん出するため、キハ182形3両を1997年(平成9年)に改造・投入した。キハ400系と混結され「宗谷」「サロベツ」「利尻」の指定席車として、2000年(平成12年)3月11日の格上げ・高速化まで使用された。
特急「サロベツ」「利尻」用N183系・NN183系
2000年(平成12年)3月11日の高速化に伴い、専用の改造を施された普通車のみの3両編成札幌運転所に配属(2012年度に苗穂運転所に転属)され、特急「サロベツ」・「利尻」に投入された。2006年(平成18年)3月17日の「利尻」定期運転終了までは14系寝台客車を列車に応じて増解結することで共通運用が組まれていた。
専用車が使用されない場合や増結となる場合でも、120km/h運転を行うためN183系・NN183系の使用を基本としていたが、2016年以降は3号車にいわゆる初期車にあたる、キハ183形200番台(最高速度110 km/h)の充当が所定となっていた[7][注 6]
キハ261系への置き換え完了後も同形式の故障・事故時には代走で運用に入る場合が見られる。

宗谷本線・天北線優等列車沿革[編集]

宗谷本線では、樺太が日本の統治下だった時代に、東京方面との速達のために函館駅と稚内駅を結ぶ急行列車が運行されていた。全国的に急行列車が希少であった時代の1本である。しかし、太平洋戦争後に樺太が日本の施政を離れたため、戦後、優等列車の運行が再開されるまでには13年を要した。

国鉄時代(戦前)[編集]

  • 1924年大正13年)6月1日函館駅 - 稚内駅(現在の南稚内駅)間の急行1・2列車の急行区間を従来の函館駅 - 滝川駅間から函館駅 - 名寄駅間に延長する形で[8]、宗谷本線初の優等列車が運転開始。当時は浜頓別駅(のちの天北線ルート)経由で、名寄駅 - 稚内駅間は普通列車として運転された。
  • 1926年(大正15年)9月25日:天塩線(現在の宗谷本線)音威子府駅 - 幌延駅 - 稚内駅(現在の南稚内駅)間の全通[9][10]に伴い、それまで浜頓別経由だった急行1・2列車が幌延経由に変更[10]。夏季は全区間を急行列車として運転[11]
  • 1928年昭和3年)9月10日:急行1・2列車が通年で全区間急行として運転開始。同時に時間短縮を優先させるため、札幌駅を経由せず室蘭本線経由に変更[11]
  • 1937年(昭和12年)6月1日:急行1・2列車が再び札幌経由に変更[11]

国鉄時代(戦後)[編集]

  • 1958年(昭和33年)10月1日:札幌駅 - 稚内駅間で夜行準急利尻」(りしり)が函館本線・宗谷本線経由で運転開始[10]。同列車に三等寝台車を連結[10]
  • 1960年(昭和35年)7月1日:札幌駅 - 稚内駅間で準急「宗谷」(そうや)が函館本線・宗谷本線経由で運転開始[12]。札幌駅 - 旭川駅間は準急「オホーツク」(札幌駅 - 網走駅間)と併結していた。
  • 1961年(昭和36年)10月1日:準急「宗谷」が急行列車に昇格し、運行区間を函館駅 - 稚内駅間(室蘭本線・千歳線経由)に変更[12]。同時に、札幌駅 - 浜頓別駅 - 稚内駅間(函館本線・宗谷本線・天北線経由)の急行「天北」(てんぽく)[13]、さらに旭川駅 - 稚内駅間(宗谷本線経由)の準急「礼文」(れぶん)が運行開始。
    • 「宗谷」は函館駅 - 滝川駅間で急行「摩周」(函館駅 - 釧路駅間)、函館駅 - 旭川駅間で急行「オホーツク」(函館駅 - 網走駅間)をそれぞれ併結。ただし、「摩周」「オホーツク」に一等車が連結されていたのに対し、「宗谷」は二等車のみだった。
    • 「天北」は札幌駅 - 滝川駅間で急行「狩勝」(札幌駅 - 釧路駅間)を、札幌駅 - 旭川駅間で急行「はまなす」(札幌駅 - 網走駅間)をそれぞれ併結。
  • 1962年(昭和37年)
    • 5月1日札幌駅 - 名寄駅 - 遠軽駅間の急行紋別」(もんべつ)、旭川駅 - 遠軽駅 - 名寄駅 - 旭川駅間の循環準急旭川」(あさひかわ)運転開始[14]
      • 「紋別」は、札幌駅 - 深川駅間で急行「はぼろ」(札幌駅 - 留萌駅 - 幌延駅)を併結。
    • 10月1日:「天北」が「狩勝」との併結を解消し、併結相手が「はまなす」のみとなる。「はまなす」の編成には一等車が連結されていたが、「天北」は二等車のみだった。
  • 1963年(昭和38年)6月1日:急行「紋別」紋別 - 遠軽間を普通列車[15]
  • 1964年(昭和39年)10月1日:「宗谷」が単独運転となり、長万部駅 - 札幌駅間を函館本線経由に変更。同時に一等車の連結を開始。
  • 1965年(昭和40年)10月1日:この日のダイヤ改正で、札幌駅 - 名寄駅間の急行「なよろ」が運行開始[8]。2両編成で、1日1往復。当初は札幌駅 - 旭川駅間で急行「大雪」(札幌駅 - 網走駅間)を併結。
札幌行き急行「利尻」に連結されたオロハネ10 504(厚別駅付近 1977年8月7日)
  • 1966年(昭和41年)
    • 3月5日:準急列車制度改変に伴い、「利尻」「礼文」「旭川」が急行列車に昇格。準急「かむい」を延長・格上げする形で急行「なよろ」が1往復増発され、2往復となる。「なよろ」1本に一等車の連結を開始。
    • 10月1日:「利尻」の寝台車をマロネロ38形(1等寝台・1等座席合造車)からオロハネ10形(1等寝台・2等寝台合造車)に置き換え。これによりマロネロ38形が形式消滅。
  • 1968年(昭和43年)10月1日:ヨンサントオのダイヤ改正。以下のとおり変更。
    • 「なよろ」下り1本を札幌発から小樽発に延長。一等車連結列車を1往復に拡大。
    • 旭川駅 - 稚内駅間の昼行急行「礼文」を夜行急行「利尻」と統合。昼行は「(上り/下り)利尻1号」、従来の夜行は「(上り/下り)利尻2号」とする[注 7]
    • 「天北」が単独運転を開始。この時点でも二等車のみ。
    • 下り「紋別」の普通列車区間を興部→遠軽間とする[15]。また、「旭川」を廃止し、旭川 - 遠軽 - 興部 - 名寄間は急行「オホーツク」とする[16]
  • 1969年(昭和44年)5月10日等級制度が廃止され、モノクラス制に移行。一等車をグリーン車、二等車を普通車に変更。
  • 1970年(昭和45年)10月1日:この日のダイヤ改正で、「なよろ」の小樽始発列車を手稲始発に短縮。「利尻」1号を急行「礼文」に再分離。「礼文」の列車名称が復活。また、「天北」にグリーン車の連結を開始。
  • 1972年(昭和47年)
    • 3月15日:ダイヤ改正に伴い、「天北」が小樽駅発着となる。ただし、小樽駅 - 札幌駅間は快速列車として運転。
    • 10月2日:ダイヤ改正に伴い、急行「なよろ」のうち1往復を旭川駅 - 名寄駅間に短縮。手稲始発列車も札幌始発に短縮。
  • 1975年(昭和50年)7月18日ダイヤ改正に伴い、「なよろ」2往復すべてにグリーン車が連結される。また、「天北」の小樽駅発着を終了。
  • 1977年(昭和52年)11月1日:「利尻」にオロハネ10形(A寝台B寝台合造車)の連結を取り止め。これ以降、A寝台の連結はなくなる。
  • 1978年(昭和53年)10月2日:ゴーサントオのダイヤ改正。「なよろ」の札幌発着列車を小樽発着に延長。ただし、札幌駅 - 小樽駅間は普通列車として運転。
  • 1980年(昭和55年)10月1日:ダイヤ改正に伴い、「なよろ」のグリーン車連結を終了。また、「なよろ」の小樽発着列車を札幌発着に再び短縮。上り「紋別」の普通列車区間を遠軽→興部間とする[17]
  • 1981年(昭和56年)10月1日:急行「宗谷」の運行区間を札幌駅 - 稚内駅間に短縮(函館駅 - 小樽駅 - 札幌駅間は特急「北海」に系統分離。これにより「北海」は1往復増の2往復となる)[12]。「なよろ」の上り札幌終着列車を小樽終着に延長。ただし、札幌駅 - 小樽駅間は普通列車として運転。
14系急行「利尻」
(札幌駅 1986年)
1983年(昭和58年)4月25日:「利尻」の寝台車も14系500番台となる。
  • 1984年(昭和59年)2月1日:急行「なよろ」廃止。
14系化後の急行「宗谷」(稚内駅 1986年) 札幌駅に停車中の14系急行「天北」(1987年9月10日)。
14系化後の急行「宗谷」(稚内駅 1986年)
札幌駅に停車中の14系急行「天北」(1987年9月10日)。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:「宗谷」・「天北」を14系客車に置き換え。
    • キハ56系気動車が老朽化したことに加え、利用者サービス向上(全車冷房化[注 8]・簡易リクライニングシート化)の一環から当時の定期昼行列車としては珍しく客車による運転となった。また、夜行列車である「利尻」と共用することで、経費節減を図ったのも変更の理由とされる。
    • 「利尻」との共用編成となる上り「宗谷」、下り「天北」では寝台車を一部グリーン席扱いのコンパートメント席として運転。下り「宗谷」、上り「天北」は14系座席車のみの編成だった。牽引機関車は「利尻」と同じく幹線用大型機・DD51形が用いられたが、軌道が脆弱な天北線経由の「天北」は名寄駅 - 稚内駅間を軽量中型のDE10形DE15形牽引で運行、これも異例の措置であった。
  • 1986年(昭和61年)
    • 8月:「宗谷」「天北」のコンパートメントグリーン席扱いを廃止。これにより、定期列車で道内の急行列車のグリーン車取り扱い終了。ただし、「利尻」との共用編成となる上り「宗谷」、下り「天北」の寝台車についてはキハ400形・キハ480形気動車への置き換えまで、普通車自由席扱いとして開放していた。
    • 11月1日:急行「紋別」廃止[18]
    • 12月7日:「礼文」に新型車両キハ54形を投入。通常2両編成で運行された。

民営化から宗谷本線高速化以前まで[編集]

キハ400系 + キハ182形(2両目)+ 14系寝台車(3両目)による、急行「利尻」(札幌駅)
キハ400-141先頭の急行「サロベツ」(札幌駅) (1998年7月 糠南駅)
キハ400-141先頭の急行「サロベツ」(札幌駅
(1998年7月 糠南駅
  • 1988年(昭和63年)11月3日:「宗谷」・「天北」にキハ40形気動車を急行形改造したキハ400形・キハ480形気動車を導入。
    • 車両が13両と少ないため、多客期にはキハ56系気動車を増結用として使用。これにより、不定期ながら再びキハ56系が宗谷本線の急行列車で使用されるようになった。
    • これにより、上り「宗谷」、下り「天北」の「利尻」との編成共用も終了し、寝台車両の座席扱いも終了した。
  • 1989年平成元年)5月1日:天北線廃止により「天北」を経路変更を行ったうえで「宗谷」1・4号として編入。従来の「宗谷」は2・3号となる。
  • 1991年(平成3年)3月16日:「利尻」に寝台客車(14系)を併結したキハ400形・キハ480形気動車を投入。以降、「利尻」は気動車と客車の混結編成として運行。
  • 1992年(平成4年)7月1日:「宗谷」3・4号を「サロベツ」として分離。
  • 1997年(平成7年):キハ400系のうち3両をお座敷車に転用する代替として、改造を実施したキハ182形を運用開始。
  • 1996年(平成8年)5月18日 - 8月9日:函館本線納内駅 - 伊納駅間の神居トンネル内の軌道修繕工事のため、下り「利尻」の滝川駅 - 旭川駅間を根室本線及び富良野線に迂回運行。通過する深川駅の利用者は列車代行バスで輸送。上り「利尻」は通常のルートで運行したが、工事終了の時刻に合わせ運行[19]

宗谷本線高速化後[編集]

特急「サロベツ」(2005年5月10日 稚内駅)
  • 2000年(平成12年)
    • 3月11日ダイヤ改正に伴い、宗谷本線急行列車をすべて特急に格上げ。これに伴い以下の通り変更[報道 1][新聞 1][新聞 2]
      • 上り「宗谷」、下り「サロベツ」はキハ261系気動車(基本番台)を導入し、特急「スーパー宗谷」(2・3号)に変更。名寄以南の最高速度を130 km/hに変更。
      • 「礼文」は札幌駅 - 旭川駅間を延長し、特急「スーパー宗谷」(1・4号)に変更。
      • 下り「宗谷」、上り「サロベツ」は専用の改造を行ったキハ183系気動車(N183系)を導入し、特急「サロベツ」に変更。名寄以南の最高速度を120 km/h に変更。
      • 「利尻」は、座席車両を「サロベツ」と共通のキハ183系気動車に変更。引き続き14系寝台客車(最高速度95 km/h)を混結。
      • 停車駅について、「礼文」が通過していた和寒駅に全列車を停車。上り「宗谷」が停車していた佐久駅は通過に変更。
        • なお、同日稚内着の最終下り急行「利尻」に充当された編成の返却回送を利用した、団体臨時列車「さよなら急行利尻」が同日の日中に運転された[3]
    • 6月 - 8月:「利尻」・「サロベツ」に期間限定で「ゴロ寝カー」としてお座敷車両(キハ183系6000番台)の連結を開始[注 9]
スーパー宗谷・サロベツ・利尻
← 稚内
札幌 →
スーパー宗谷
1 2 3 4
G
サロベツ
1 2 3
利尻
1 2 3 4
B
  • 「利尻」は2006年3月18日着で定期運転終了
  • 2006年3月18日から全車禁煙
  • 2009年10月1日から
    「スーパー宗谷」1号の2号車は自由席
凡例
G=グリーン車座席指定席
指=普通車指定席
B=B寝台
自=普通車自由席
  • 2006年(平成18年)3月18日ダイヤ改正により、以下の通り変更[20]
    • 「利尻」が臨時列車化され、6月から臨時特急「はなたび利尻」として運転開始。江別駅・美唄駅・砂川駅は通過。
    • 「スーパー宗谷」2号の稚内発車時刻を7時台後半から前半に繰上げ。3号の札幌発車時刻を17時台前半から後半、4号の稚内発車時刻を16時台から18時台にそれぞれ繰下げ。
    • 「スーパー宗谷」・「サロベツ」が全車禁煙化。
  • 2007年(平成19年)
    • 9月30日:稚内発の「はなたび利尻」を最後に宗谷本線の夜行列車が事実上の廃止[21]
    • 10月1日:ダイヤ改正で「スーパー宗谷」4号の運転時刻を18時から16時台に繰り上げ。
  • 2008年(平成20年)4月18日:JR北海道が「はなたび利尻」の運行終了を発表[4]
  • 2009年(平成21年)10月1日:ダイヤ改正で「スーパー宗谷」1号の停車駅に美唄駅・砂川駅を追加し、運転時刻を約40分繰上げ。また2号車を自由席に変更[報道 2]。車内公衆電話のサービスを終了[報道 3]
  • 2010年(平成22年)12月4日:日中の「スーパーカムイ」減便の代替で、下り「サロベツ」の停車駅に美唄駅・砂川駅を追加[22]
  • 2011年(平成23年)7月5日:11時46分頃 岩見沢駅を定時発車後の「スーパー宗谷」2号が、二度のアラーム鳴動・モニタ画面に異常表示。幌向駅にて点検の際、4号車エンジン下部より潤滑油漏れと補機駆動軸の脱落を確認[23]
  • 2012年(平成24年)6月・9月:特急「まんぷくサロベツ号」が運行。土曜日(6月2・30日除く)に下り列車、日曜日(6月3日除く)に上り列車を通常の特急「サロベツ」に代えてノースレインボーエクスプレスで運転。
臨時快速列車
(2013年8月 - 2014年7月)
← 稚内
旭川 →
1 2
凡例
自=普通車自由席
  • 2013年(平成25年)
    • 2月12日:函館線の伊納駅 - 納内駅間を走行中の「スーパー宗谷」2号の先頭車両付近で発煙。ドアの開閉などに使う空気圧縮機のゴム製ベルトがローラーとの摩擦で発熱したのが原因[24][25]
    • 6月:特急「まんぷくサロベツ号」が運行。2012年と同様に通常の特急「サロベツ」に代わり、ノースレインボーエクスプレスを投入するが、下り列車は火曜日と金曜日(28日除く)、上り列車は水曜日と土曜日(29日除く)の運転となる。
    • 7月7日:6日15時45分頃に発生した「北斗」14号の出火事故を受け、183系の一部車両[注 10]が使用停止となった影響で、当面の間「サロベツ」が全区間運休となる[26]
    • 8月1日:「サロベツ」の代替として旭川駅 - 稚内駅間に臨時の快速列車(特急「スーパーカムイ」と接続)が運行される[27][28][29]
    • 11月1日:ダイヤ修正で一部道内特急列車の最高速度が引き下げられたが、「スーパー宗谷」は車体傾斜装置の使用を終了したのみで、最高速度は据え置き。「サロベツ」は運休を継続[2][30][31]
  • 2014年(平成26年)
    • 3月15日:ダイヤ改正に伴い、特急「スーパー宗谷」の最高速度を120km/hに引き下げ[報道 4]
    • 8月1日:運休となっていた「サロベツ」の運行を再開[32]
    • 8月30日:ダイヤ改正。「スーパー宗谷」に使用するキハ261系気動車(基本番台)の車体傾斜装置を全区間で停止[報道 5][33]
  • 2015年(平成27年)4月1日:「スーパー宗谷」の車内販売を廃止[34]
  • 2016年(平成28年)
    • 3月26日:ダイヤ改正に伴い「サロベツ」の3号車にキハ183形200番台(いわゆる「スラントノーズ」の初期車。最高速度110km/h)を充当開始。
      • 先行して前年5月ごろから所定編成が変更となっていた[35][7][注 6]
    • 11月11日:札幌発稚内行き特急「スーパー宗谷1号」が納内駅 - 伊納駅間を走行中、乗降用のドアが閉まっていることを示す運転席の表示が一瞬消えるトラブルが発生。伊納駅で1号車のドアが約5センチ開いているのを車掌が確認したため、全てのドアを手動で施錠して運転を再開したが、旭川駅で運転打ち切りとなり、旭川駅 - 稚内駅間はバスで代行輸送した。この影響で、折り返しの特急「スーパー宗谷4号」も運休となった[新聞 3]
  • 2017年(平成29年)3月4日ダイヤ改正に伴い、宗谷本線の特急列車の運行体系を以下の通りに再編[報道 6][新聞 4][新聞 5]
    • 「スーパー宗谷」2・3号および上下「サロベツ」の運転区間を旭川駅 - 稚内駅間に短縮、特急「サロベツ」2往復(1 - 4号)とする。
      • 旭川駅で、札幌駅 - 旭川駅間の特急「ライラック」と同一ホームで接続。
    • 「スーパー宗谷」1・4号は、運転区間をそのまま、特急「宗谷」に改称、1往復運転(号数なし)。
    • 車両は「宗谷」・「サロベツ」とも全てキハ261系気動車(基本番台)による4両編成とする。
    • 札幌駅 - 稚内駅間の特急列車を旭川駅で途中下車せずに乗り継ぐ場合に限り、通しの料金で乗車できる乗り継ぎ料金制度を新設。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 名寄 - 稚内間は線路が未改良のため最高速度95km/h。
  2. ^ 急行時代はデフォルメされた道北地域の地形に、宗谷岬にある「日本最北端の地の碑」のシルエットを描いていた。
  3. ^ このため、2017年(平成29年)3月4日より、旭川駅で改札を出ずに特急列車同士を乗り継ぐ場合に限り、札幌 - 旭川 - 稚内間各駅相互間の特急料金を通しで計算する特例が設けられている。
  4. ^ この2駅は、2009年(平成29年)に下り「宗谷」の前身にあたる「スーパー宗谷1号」の停車を始めるまで停車はなく、急行「宗谷」「サロベツ」についても末期は通過していた。 なお、札幌駅 - 稚内駅間運転時代の特急「サロベツ」については、2010年から上下列車とも停車としていた。
  5. ^ キハ400系併結時はサービス電源を自車の発電エンジンでまかなうが、キハ183系との併結時はキハ183系側から給電されるため。
  6. ^ a b 2015年5月7日版のアーカイブ以降、座席表の列数が減少し、非貫通型の充当が分かる。
  7. ^ 列車愛称の号数が下り=奇数、上り=偶数となるのは1978年(昭和53年)10月1日から。
  8. ^ キハ56系はグリーン車を除き冷房を搭載していなかった
  9. ^ ただし、「サロベツ」での運用時にお座敷車両は自由席で使用されていた。
  10. ^ 事故車両と同種のDML30HSJ・DML30HZ形12気筒エンジンを搭載する車両(N・NN183系)の36両。

出典[編集]

  1. ^ a b c 『鉄道ファン』通巻467号 pp.71-78
  2. ^ a b “安全性向上に向けた輸送サービス抑制へのご理解について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2013年9月4日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2013/130904-1.pdf 2013年9月5日閲覧。 
  3. ^ a b c d e 『鉄道ファン』通巻677号 pp.88-93
  4. ^ a b “道内夜行特急列車の運転終了について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2008年4月18日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2008/080418-1.pdf 
  5. ^ 『交通公社の時刻表』1986年3月号、日本交通公社、pp.429,433,444-447
  6. ^ Rail Magazine 2000-9月号増刊 「JR全車両ハンドブック」p.453
  7. ^ a b “列車ガイド 特急サロベツ(183系) 列車編成” (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, オリジナル2015年5月7日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20150507004555/http://www.jrhokkaido.co.jp:80/train/tr011_03.html 2017年10月7日閲覧。 
  8. ^ a b 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 88-89頁
  9. ^ 宗谷線の線路敷設の歩み” (日本語). 北海道高速鉄道開発 (1998年2月1日). 1998年2月6日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年9月5日閲覧。
  10. ^ a b c d 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 90-91頁
  11. ^ a b c 大久保邦彦・三宅俊彦編『鉄道運輸年表』(『時刻表復刻版<戦後編>』付録)日本交通公社、1977年。
  12. ^ a b c 『日本鉄道旅行歴史地図帳―全線・全駅・全優等列車―』 1号・北海道 51頁
  13. ^ 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 266-267頁
  14. ^ 名寄本線代替バス運営協議会 『名寄本線』 北海民友新聞社、1990年2月28日、54-55頁。
  15. ^ a b 今尾恵介・原武史監修『日本鉄道旅行歴史地図帳』1号 北海道、新潮社、2010年、p.52
  16. ^ 今尾恵介・原武史監修『日本鉄道旅行歴史地図帳』1号 北海道、新潮社、2010年、pp.48-49
  17. ^ 今尾恵介・原武史監修『日本鉄道旅行歴史地図帳』1号 北海道、新潮社、2010年、p.52
  18. ^ 今尾恵介・原武史監修『日本鉄道旅行歴史地図帳』1号 北海道、新潮社、2010年、p.52
  19. ^ 『鉄道ファン』通巻423号 p.167
  20. ^ “平成18年3月ダイヤ改正について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2005年12月22日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2005/051222.pdf 2010年7月23日閲覧。 
  21. ^ “道内夜行特急列車の運転終了について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2008年4月18日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2008/080418-1.pdf 2014年7月5日閲覧。 
  22. ^ “平成22年12月ダイヤ改正について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2010年9月24日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2010/100924-1.pdf 2014年6月19日閲覧。 
  23. ^ “特急スーパー宗谷2号の補機駆動軸の脱落について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2011年7月6日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2011/110706-1.pdf 2014年7月6日閲覧。 
  24. ^ 特急車両から煙=緊急停止、けが人なし-JR北海道 - 時事ドットコム 2013年2月12日
  25. ^ JR北海道 特急から潤滑油漏れ、白煙情報も - スポニチ 2013年7月22日
  26. ^ “特急「スーパー北斗」「北斗」「サロベツ」号の運休について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2013年7月11日), http://www.jrhokkaido.co.jp/pdf/130711.pdf 2014年7月5日閲覧。 
  27. ^ “8月の特急列車等運転計画について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2013年7月24日), http://www.jrhokkaido.co.jp/pdf/130724.pdf 2014年7月5日閲覧。 
  28. ^ “9月の特急列車等運転計画について(臨時列車を追加します)” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2013年8月6日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2013/130806-1.pdf 2014年7月5日閲覧。 
  29. ^ “10月の特急列車運転計画について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2013年8月28日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2013/130828-1.pdf 2014年7月5日閲覧。 
  30. ^ “11月以降のダイヤについて” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2013年9月20日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2013/130920-1.pdf 2014年7月5日閲覧。 
  31. ^ JR北海道:一部特急を減速・減便 11月ダイヤ改正発表 Archived 2013年11月3日, at the Wayback Machine. - 毎日新聞 2013年9月20日
  32. ^ “183系特急気動車のエンジン付近から出火したインシデントに対する原因と対策及び使用再開について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2014年6月6日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2014/140606-1.pdf 2014年7月5日閲覧。 
  33. ^ “JR北海道、快速エアポート減速 来月ダイヤ改正、スーパーとかちも”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2014年7月4日). http://www.hokkaido-np.co.jp/news/economic/549202.html 
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報道発表資料[編集]

  1. ^ a b “平成12年3月ダイヤ改正について” (日本語) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2000年2月28日), オリジナル2000年5月11日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20000511205659/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/pressdaiya.html 2000年5月11日閲覧。 
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  6. ^ “平成29年3月ダイヤ改正について” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2016年12月16日), オリジナル2016年12月16日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20161216091740/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2016/161216-3.pdf 2016年12月16日閲覧。 

新聞記事[編集]

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  2. ^ “<特急北へ 宗谷線に登場>中*悲願*自治体が団結し要請*廃線や対立乗り越えて” (日本語). 北海道新聞 (北海道新聞社). (2000年3月10日) 
  3. ^ “特急スーパー宗谷、走行中ドア閉じず 300人に影響” (日本語). 北海道新聞. どうしんウェブ/電子版(社会) (北海道新聞社). (2016年11月11日). オリジナル2016年11月12日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20161112073123/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/society/society/1-0337021.html 2016年11月12日閲覧。 
  4. ^ “JR利用者「不便」「路線の将来不安」 ダイヤ改正” (日本語). 北海道新聞. どうしんウェブ/電子版(社会) (北海道新聞社). (2016年12月17日). オリジナル2016年12月17日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20161217090143/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/society/society/1-0349372.html 2016年12月17日閲覧。 
  5. ^ “一部特急、区間を短縮 来春ダイヤ、10無人駅廃止” (日本語). 北海道新聞. どうしんウェブ/電子版(経済) (北海道新聞社). (2016年12月17日). オリジナル2016年12月17日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20161217025046/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/economy/economy/1-0349373.html 2016年12月17日閲覧。 

参考文献[編集]

  • 「函館本線で夜行列車を一部う回運転(RAIL NEWS)」、『鉄道ファン』第36巻第7号(通巻423号)、交友社1996年7月1日
  • 泉原裕司「新車ガイド:JR北海道キハ261系量産車」、『鉄道ファン』第40巻第3号(通巻467号)、交友社、2000年3月1日
  • 加藤 勝「北海道特有だった運転形態 気動車+客車 道内夜行回想」、『鉄道ファン』第57巻第9号(通巻677号)、交友社2017年9月1日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]