幌延駅

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幌延駅
駅舎(2005年5月)
駅舎(2005年5月)
ほろのべ
Horonobe
W71 上幌延 (4.8km)
(7.8km) 下沼 W73
所在地 北海道天塩郡幌延町1条南1丁目
駅番号 W72
所属事業者 JR logo (hokkaido).svg北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 199.4km(旭川起点)
電報略号 ノヘ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1925年(大正14年)7月20日
備考 社員配置駅
みどりの窓口 有
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幌延駅
ほろのべ
Horonobe
所属事業者 Japanese National Railway logo.svg日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 羽幌線
キロ程 141.1km(留萠起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1935年昭和10年)6月30日
廃止年月日 1987年(昭和62年)3月30日
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幌延駅(ほろのべえき)は、北海道天塩郡幌延町1条南1丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線駅番号W72事務管コードは▲121842[1]特急「宗谷」・「サロベツ」が停車する。

かつては留萌駅から日本海沿いに北上していた羽幌線の終着駅だった。また、稚内方線路沿いには国鉄職員の官舎が軒を連ねていた。

歴史[編集]

1977年の幌延駅と周囲約500m範囲。左上の上側が宗谷本線稚内方面。下側が廃止前の羽幌線。国鉄型配線の2面3線で、駅舎横の名寄寄りに貨物積卸場と引込み線がある。ホーム外側に多くの側線と羽幌線用の機関区を持つ。駅裏に広いストックヤードがあり、木材が野積みされている。また、開業間もない1930年(昭和5年)から1950年頃(昭和20年代半ば)にかけて、北にある下エベコロベツ川上流近くの北澤地区まで、馬力線の殖民軌道幌延線が運行されていた。この殖民軌道は、後に開業した日曹炭鉱天塩鉱業所専用鉄道と、平面交差する事で知られていた。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

駅名の由来[編集]

所在地町名より。アイヌ語の「ポロ・ヌプ(大きい・平原)」に由来。なお、開業当時は当時の町名の読みと同様「幌延」を「ほろのぶ」と読んでいた。

駅構造[編集]

単式ホーム島式ホーム(片面使用)複合型2面2線を有する交換駅。ホーム間の移動は跨線橋を使う。1番線・2番線とも名寄・旭川方面、稚内方面の両方向に出発信号機が設置されている。島式ホーム外側の3番線はかつて羽幌線が発着していたが(線路は稚内方で分岐していた)、廃止後は現在定期列車の発着が無く側線扱いとなっている。また、駅裏側に転車台や車庫を有していたが現在は撤去されている。

夜の最終は南稚内駅まで回送される。

社員配置駅。みどりの窓口の営業時間は07:40~15:50で、それ以外の時間帯は無人になる。

駅周辺[編集]

バス路線[編集]

沿岸バスが以下の路線を運行している。

1987年(昭和62年)3月から2013年(平成25年)2月16日まで駅舎内に「沿岸バス幌延出張所」を併設していた。出張所内では定期券回数券、特急はぼろ号の予約・発券、記念グッズなどを取り扱っていた。

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
宗谷本線
普通
上幌延駅 (W71) - 幌延駅 (W72) - 下沼駅 (W73)
かつて当駅と下沼駅との間に南下沼駅が存在した(2006年3月18日廃駅)。

かつて存在した路線[編集]

日本国有鉄道(国鉄)
羽幌線
作返仮乗降場 - 幌延駅

脚注[編集]

  1. ^ 日本国有鉄道旅客局(1984)『鉄道・航路旅客運賃・料金算出表 昭和59年4月20日現行』。
  2. ^ a b c d e 曽根悟(監修) 『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』20号・宗谷本線/留萌本線、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集)、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年11月2日、14-17・25。
  3. ^ 『鉄道省年報. 昭和11年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]