勇知駅

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勇知駅
駅舎(2005年5月)
駅舎(2005年5月)
ゆうち
Yūchi
W76 兜沼 (5.8km)
(8.3km) 抜海 W78
所在地 北海道稚内市抜海村上ユーチ
駅番号 W77
所属事業者 JR logo (hokkaido).svg北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 236.7km(旭川起点)
電報略号 ユチ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1924年(大正13年)6月25日
備考 無人駅
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1977年の勇知駅と周囲約500m範囲。左上が稚内方面。相対式ホーム2面2線と駅舎横名寄側に貨物積卸場と引込み線がある。外側の稚内側にも引込み線がある。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

勇知駅(ゆうちえき)は、北海道稚内市抜海村上ユーチにある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線である。駅番号W77電報略号ユチ

歴史[編集]

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームは線路の東側(稚内方面に向かって右手側、旧2番線)に存在する[2]。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能駅で、駅舎側(東側)が上りの2番線、対向ホームが下りの1番線となっていた。ほかに1番線側に稚内方から分岐した側線を1本有していた[3]。当時は互いのホームは駅舎側ホーム中央と対向ホーム北側を結んだ構内踏切で連絡した[3]

無人駅となっている。開業時からの駅舎は改築され、ヨ3500形[4]車掌車を改造した貨車駅舎となっている。駅舎は構内の東側に位置し、ホームに接している。駅舎内にトイレを有する[5]

駅名の由来[編集]

当駅の所在する地域名(名)より。地域名は、アイヌ語の「イオチ」(蛇の多いところ)に由来する。

利用状況[編集]

  • 1981年度(昭和56年度)の1日乗降客数は56人[3]
  • 1992年度(平成4年度)の1日乗降客数は44人[2]

駅周辺[編集]

小さな集落が広がる。

  • 稚内警察署勇知駐在所
  • 勇知郵便局
  • 稚内市立上勇知小・中学校
  • 悠遊ファーム(観光農園)
  • あとりえ華 画家高橋英生のアトリエ・カフェ
  • 六花丘茶寮(レストラン・ギャラリー)
  • 勇知川


隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
宗谷本線
兜沼駅 (W76) - 勇知駅 (W77) - 抜海駅 (W78)

簡易軌道勇知線[編集]

かつて当駅裏から勇知川河口の下勇知地区へ、簡易軌道勇知線が運行されていた。勇知駅前 - 下勇知間9.8km。動力は馬力で、農業開発が目的であった[6]

歴史[編集]

  • 1944年(昭和19年) - 勇知駅前 - 下勇知七線間工事着工(第一期)[6]
  • 1947年(昭和22年) - 勇知駅前 - 下勇知間開通(全線開通)[6][注 1]
  • 1955年(昭和30年)頃 - 運行休止[6]
  • 1958年(昭和33年) - 廃止[6][注 2]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 別説として1949年(昭和24年)全線開通説あり(今尾恵介 監修 『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線』1、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年5月、49頁。ISBN 9784107900197
  2. ^ 別説として1957年(昭和32年)全線廃止説あり(今尾恵介 監修 『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線』1、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年5月、49頁。ISBN 9784107900197

出典[編集]

  1. ^ a b c d 曽根悟(監修) 『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』20号・宗谷本線/留萌本線、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集)、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年11月2日、14-17頁。
  2. ^ a b 宮脇俊三 『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』 原田勝正小学館1993年6月、151頁。ISBN 4093954011
  3. ^ a b c 宮脇俊三 『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』 原田勝正、小学館、1983年7月、186頁。ISBN 4093951012
  4. ^ 笹田昌宏 『ダルマ駅へ行こう!』 小学館〈小学館文庫〉、2007年5月、19頁。ISBN 9784094116519
  5. ^ 本久公洋 『北海道鉄道駅大図鑑』 北海道新聞社2008年8月、225頁。ISBN 9784894534643
  6. ^ a b c d e 田中和夫 『北海道の鉄道』 北海道新聞社、2001年2月、273頁。ISBN 4894531364

関連項目[編集]

外部リンク[編集]