蘭留駅

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蘭留駅
Ranru-STA.jpg
駅舎(2021年9月)
らんる
Ranru
W34 比布 (5.7 km)
(5.6 km) 塩狩 W37
所在地 北海道上川郡比布町北9線14号
北緯43度55分30秒 東経142度28分25秒 / 北緯43.92500度 東経142.47361度 / 43.92500; 142.47361
駅番号 W36
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 22.8 km(旭川起点)
電報略号 ラン
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
2人/日
-2014年-
開業年月日 1898年(明治31年)11月25日
備考 無人駅
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蘭留駅(らんるえき)は、北海道上川郡比布町北9線14号にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線である。事務管理コードは▲121808[1]駅番号W36電報略号ラン

歴史[編集]

1977年の蘭留駅と周囲約750m範囲。上が名寄方面。千鳥状にずれた相対式ホーム2面2線と、駅舎横の旭川側に貨物積卸場と引込み線を有している。駅裏はストックヤードに使用されてはおらず、かつて塩狩峠越えの補機用機関車が配備されていたために、機回し線が敷かれ、旭川側の駅裏に待機線と転車台を持っていた。写真下側に転車台跡が残っている。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成
  • 1898年明治31年)11月25日北海道官設鉄道天塩線永山駅 - 当駅間延伸開業にともない設置[2][3]一般駅[4]
  • 1899年(明治32年)11月15日:当駅 - 和寒駅間延伸開業[3]
  • 1905年(明治38年)4月1日鉄道作業局に移管[3]
  • 1912年大正元年)9月21日:宗谷線に線名を改称[3]
  • 1919年(大正8年)10月20日:宗谷本線に線名を改称[3]
  • 1949年昭和24年)6月1日公共企業体である日本国有鉄道に移管。
  • 1961年(昭和36年)
    • 8月:上下乗降場昇降段をコンクリート舗装[5]
    • 12月:構内改良工事[5]
  • 1962年(昭和37年)
    • 3月:地元農協・森林組合・木材業者他で組織される「蘭留駅貨物取扱運動期成会」から当駅の貨物取扱存続の陳情[5]
    • 11月:車扱貨物を比布駅に集約[5]
  • 1966年(昭和41年)2月:構内信号機を腕木式から色灯式に変更[5]
  • 1968年(昭和43年)1月:通票閉塞から連鎖閉塞に変更[5]
  • 1972年(昭和47年):小口貨物を比布駅に集約[5]
  • 1974年(昭和49年)10月1日:貨物取扱い廃止[4]
  • 1975年(昭和50年):当駅での補助機関車連結が終了[6]
  • 1980年(昭和55年)11月:構内転轍機・信号関係を電動化[5]
  • 1984年(昭和59年)
  • 1986年(昭和61年)11月1日:電子閉塞化により無人化[新聞 2]
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる[7]
  • 1989年(平成元年)10月:駅舎改築[6]
  • 1999年(平成11年):同年までに高速化工事に伴い構内改良。分岐器を両開きから片開き弾性分岐器に変更し、1線スルー化[8]
  • 2019年(令和元年)12月3日:JR北海道が沿線自治体に対し、宗谷本線活性化推進協議会を通じて当駅含む29駅[注釈 1]について、自治体による維持管理もしくは費用負担による存続か、2021年(令和3年)3月での廃止かの方針を2020年3月までに報告するよう要請[新聞 3]
  • 2020年(令和2年)
    • 2月22日:当駅の存廃について住民説明会[9]。当駅の廃止について反対意見が多かったことによるもので、席上で比布町長の村中一徳は町の費用での存続検討を表明[9]
    • 3月9日:同日招集の令和2年度第1回比布町議会定例会にて示された町政執行方針にて、「今後も通学利用などが想定される」として当駅の比布町による維持管理を表明[10]
  • 2021年(令和3年)4月:比布町による維持管理に移行[新聞 4]

駅名の由来[編集]

地名より。アイヌ語で「下る・道」を意味する「ランル(ran-ru)」に由来する[11][2]。今の塩狩峠から峠道が下ってくることから名付けられた[11]

駅構造[編集]

構内踏切で結ばれた2面2線の相対式ホームを持つ。1993年(平成5年)時点では、駅舎のある稚内方に向かって右手(1番線)が上り本線、対向(2番線)が下り本線であったが[12]、遅くとも1999年(平成11年)6月までには高速化工事に伴い旧下り本線を本線とした一線スルー構造となっている[8]駅舎1989年(平成元年)10月改築のものが使われ[6]比布町が管理する。無人駅

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先
1 宗谷本線 上り 旭川方面
1・2 下り 名寄音威子府方面
  • 2番線は列車交換時のみ使用

利用状況[編集]

乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。

また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。

年度 乗車人員 出典 備考
年間 1日平均 JR調査
1962年(昭和37年) 175 [13] 同年12月末現在の数値
1970年(昭和45年) 62,026 (169.9) [5]
1971年(昭和46年) 56,115 (153.3)
1972年(昭和47年) 56,652 (155.2)
1973年(昭和48年) 52,629 (144.2)
1974年(昭和49年) 49,287 (135.0)
1975年(昭和50年) 45,937 (125.5)
1976年(昭和51年) 41,260 (113.0)
1977年(昭和52年) 38,405 (105.2)
1978年(昭和53年) 33,209 (91.0)
1979年(昭和54年) 30,748 (84.0)
1980年(昭和55年) 26,439 (72.4)
1981年(昭和56年) 25,707 (70.4)
1982年(昭和57年) 24,642 (67.5)
1983年(昭和58年) 21,181 (57.9)
1992年(平成04年) (28.0) [12] 一日平均乗降客数:58
2015年(平成27年) 「10名以下」 [JR北 1]
2017年(平成29年) 2.4 [JR北 2]
2018年(平成30年) 「3名以下」 [JR北 3]
2019年(令和元年) 2.2 [JR北 4] [注釈 2]
2020年(令和2年) 「3名以下」 [JR北 5]

駅周辺[編集]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
宗谷本線
快速「なよろ」(2・5号のみ停車)・普通
比布駅 (W34) - *北比布駅 (W35) - 蘭留駅 (W36) - 塩狩駅 (W37)
*:打消線は廃駅

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 2013年 - 2018年の1日当たりの平均乗車人員が3人以下の駅
  2. ^ 比布町が当駅の存続検討のため2019年(令和元年)12月16日 - 20日(いずれも平日)に実施した調査では、学生の利用が見られ計16人(日平均3.2人)が乗車した[新聞 5]。なお、土日は利用の減少が見込まれることから、比布町では実際の1日乗車人員平均はJR北海道が示した2.2人とほぼ同じであると見込んでいる[新聞 5]

出典[編集]

  1. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編(日本語) 『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、238頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362022年12月10日閲覧 
  2. ^ a b 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、174頁。ASIN B000J9RBUY 
  3. ^ a b c d e 『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 通巻20号 宗谷本線/留萌本線 14頁
  4. ^ a b c d 石野哲(編) 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、897頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  5. ^ a b c d e f g h i (日本語) 『比布町史』 2巻、比布町、1985年、744-747, 754-757頁。doi:10.11501/3018864https://doi.org/10.11501/30188642023年1月7日閲覧 
  6. ^ a b c (日本語) 『比布町史』 3巻、比布町、1997年9月30日、984-988頁。doi:10.11501/3021486https://doi.org/10.11501/30214862023年1月7日閲覧 
  7. ^ 『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 通巻20号 宗谷本線/留萌本線 17頁
  8. ^ a b 鶴, 通孝、中井, 精也「北辺に生きる鉄路 2000年春の高速化を待望する宗谷本線」『鉄道ジャーナル』第33巻第9(通巻395)号、鉄道ジャーナル社、1999年9月1日、 pp.47-57、 ISSN 0288-2337
  9. ^ a b 蘭留駅の存続を 蘭留地区で住民説明会 (PDF) 」 『広報ぴっぷ』第738号、比布町、2020年3月4日、 17頁、2023年1月12日閲覧。
  10. ^ 令和2年度 町政執行方針 (PDF) 」 『広報ぴっぷ』第739号、比布町、2020年4月1日、 2-9頁、2023年1月12日閲覧。
  11. ^ a b 山田秀三 (2018-11-30). 北海道の地名. アイヌ語地名の研究 山田秀三著作集 別巻 (2 ed.). 浦安市: 草風館. p. 100. ISBN 978-4-88323-114-0 
  12. ^ a b 宮脇俊三原田勝正 著、二見康生 編 『北海道630駅』小学館〈JR・私鉄各駅停車〉、1993年6月20日、142頁。ISBN 4-09-395401-1 
  13. ^ 比布町史刊行委員会 編 『比布町史』比布町、1964年、870頁。doi:10.11501/3018824https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3018824 

JR北海道[編集]

  1. ^ 極端にご利用の少ない駅(3月26日現在) (PDF)”. 平成28年度事業運営の最重点事項. 北海道旅客鉄道. p. 6 (2016年3月28日). 2017年9月25日閲覧。
  2. ^ 駅別乗車人員(【別添資料】(2)宗谷本線(旭川・稚内間)の状況) (PDF)”. 宗谷線(旭川~稚内間)事業計画(アクションプラン). 北海道旅客鉄道. pp. 11-12 (2019年4月). 2019年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月18日閲覧。
  3. ^ 駅別乗車人員 (PDF)”. 全線区のご利用状況(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. 2020年1月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月20日閲覧。
  4. ^ 駅別乗車人員(【別添資料】(2)宗谷本線(旭川・稚内間)の状況) (PDF)”. 宗谷線(旭川~稚内間)第2期事業計画(アクションプラン). p. 10 (2021年4月16日). 2021年4月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月29日閲覧。
  5. ^ 駅別乗車人員 (PDF)”. 地域交通を持続的に維持するために > 全線区のご利用状況. 北海道旅客鉄道 (2021年9月30日). 2022年1月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年1月1日閲覧。

新聞記事[編集]

  1. ^ “「通報」●函館本線江部乙駅ほか49駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報 (日本国有鉄道総裁室文書課): p. 1. (1984年11月9日) 
  2. ^ “宗谷線、20駅無人化へ 特殊自動閉そく装置導入工事進む”. 交通新聞 (交通協力会): p. 2. (1986年9月17日) 
  3. ^ “宗谷線の無人駅管理 自治体に要請 JR「負担か廃止」 3月期限、悩む沿線”. 北海道新聞. (2019年12月12日). オリジナルの2019年12月12日時点におけるアーカイブ。. https://archive.vn/rLCSB 2020年3月28日閲覧。 
  4. ^ “無人18駅、自治体管理へ JR北海道 経営難で急拡大”. 北海道新聞. (2021年2月5日). オリジナルの2021年2月6日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/QVPN7 2021年2月6日閲覧。 
  5. ^ a b “蘭留駅 平日乗車3.2人 比布町が調査 学生や高齢者利用”. 北海道新聞. (2019年12月29日). オリジナルの2020年1月2日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/2BS99 2020年1月2日閲覧。 

参考文献[編集]

  • 本久公洋 『北海道鉄道駅大図鑑』 北海道新聞社2008年
  • 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編 『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 20号・宗谷本線/留萌本線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年11月2日、5-17頁。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]