芦川駅 (北海道)

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芦川駅
跡地。機器室は残っている(2005年5月)
跡地。機器室は残っている(2005年5月)
あしかわ
Ashikawa
徳満 (5.7km)
(4.3km) 兜沼
所在地 北海道天塩郡豊富町字芦川
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 226.6km(旭川起点)
電報略号 シハ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1926年(大正15年)9月25日
廃止年月日 2001年(平成13年)7月1日
備考 利用者僅少に伴い廃駅
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1977年の芦川駅と周囲約500m範囲の状況。上が稚内方面。千鳥式ホームに駅舎とその横に貨物積卸場の建家及び引込線を有する一般駅で、駅を建設した当初のサロベツ原野開拓拠点としての意気込みが伺える。しかしこの写真の時点では、周辺の民家は殆どなく、積むべき貨物も見当たらない。駅の右上に職員官舎が二棟見える。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

芦川駅(あしかわえき)は、北海道宗谷支庁天塩郡豊富町字芦川にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線廃駅)である。電報略号シハ。利用者僅少のため2001年(平成13年)7月1日に廃駅となった。

歴史[編集]

駅名の由来[編集]

当駅の所在する地名より。現在のサロベツ川を指すアイヌ語の「サㇻオマペッ(sar-oma-pet)」(原・にある・川)を意訳したもの、とされる[1][3][4]

駅構造[編集]

地上駅。廃止時点で南稚内駅管理の無人駅となっていた。

かつてはホームが千鳥式に配置された相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であったが[5]、廃止時点で交換設備が廃止され、線路の東側(駅舎側)に単式ホーム1面1線を有する分岐器を持たない棒線駅となっていた[3]

交換設備が設置されていたころは駅舎側(東側)ホーム(1番線)南側と対向ホーム(2番線)北側を結ぶ構内踏切が設置されていた[5]。そのほか1番線の旭川方から分岐し駅舎南側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線有していた[5]。交換設備運用廃止後は、使われなくなった2番線の線路は撤去されたが、ホーム前後の線路は分岐器の名残で湾曲していた[3]

駅舎は末期はヨ3500形車掌車[6]を改造した貨車駅舎となっていた[3]。ホームの有効長は1番線、廃止された2番線共に50mであった[5]

利用状況[編集]

  • 1981年度(昭和56年度)の1日乗降客数は5人[5]
  • 1992年度(平成4年度)の1日乗降客数は0人[3]
  • 2000年度(平成12年度)の1日乗降客数は1人[7]

駅周辺[編集]

附近一帯はサロベツ原野の一部でほとんど何もなかった。駅前に芦川会館という集会所があったが、集会所より先に集落が消滅してしまい、使われないまま放置されていた。

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
宗谷本線
徳満駅 - 芦川駅 - 兜沼駅

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『北海道 駅名の起源』日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、第1版、182頁。
  2. ^ a b c 曽根悟(監修)『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』20号・宗谷本線/留萌本線、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集)、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年11月2日、14-17頁。
  3. ^ a b c d e 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)150-151ページより。
  4. ^ アイヌ語地名リスト ア~イチ P1-10”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2017年10月20日閲覧。
  5. ^ a b c d e 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館、1983年7月発行)186ページより。
  6. ^ 書籍『ダルマ駅へ行こう!』(著:笹田昌宏、小学館文庫2007年5月発行)19ページより。
  7. ^ 書籍『時刻表の謎』(著:三宅俊彦新人物往来社2003年6月発行)59ページより。
  8. ^ 書籍『北海道道路地図 改訂版』(地勢堂、1980年3月発行)17ページより。

関連項目[編集]