抜海駅

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抜海駅
JR Soya-Main-Line Bakkai Station building.jpg
駅舎(2017年10月)
ばっかい
Bakkai
W77 勇知 (8.3 km)
(11.7 km) 南稚内 W79
所在地 北海道稚内市抜海村クトネベツ
北緯45度19分0.7秒 東経141度38分40.4秒 / 北緯45.316861度 東経141.644556度 / 45.316861; 141.644556 (抜海駅)座標: 北緯45度19分0.7秒 東経141度38分40.4秒 / 北緯45.316861度 東経141.644556度 / 45.316861; 141.644556 (抜海駅)
駅番号 W78
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 245.0 km(旭川起点)
電報略号 ハツ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
2人/日
-2012年-
開業年月日 1924年大正13年)6月25日[1]
備考 無人駅
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抜海駅(ばっかいえき)は、北海道宗谷総合振興局稚内市抜海村クトネベツにある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線である。駅番号W78電報略号ハツ。2021年時点、無人駅としては日本最北に位置する[新聞 1]

歴史[編集]

1977年の抜海駅と周囲約500m範囲。上が稚内方面。隣の勇知駅を180度向きを変えた様な駅で、相対式ホーム2面2線と駅舎横の稚内側に貨物積卸場と引込線がある。外側の名寄側にも引込線がある。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。

駅名の由来[編集]

当駅の所在する地名より。地名は、アイヌ語の「パッカイぺ(pakkai-pe)」(子を背負う・もの)[9]、あるいは「パッカイスマ(pakkai-suma)[注釈 1]」(子を背負う・石)[3][10][11][12][13]に由来する。

抜海市街の外れにある抜海岩に由来する地名で、それが子供を背負った様に見えるために付けられた[3][9][10][11][12]

存廃問題[編集]

2019年度にJR北海道が、宗谷本線沿線自治体で構成される宗谷本線活性化推進協議会に対し、当駅を含む29駅[注釈 2]を自治体負担で維持管理または廃止するかを2020年3月までに判断するように求めた[新聞 6]

その後、宗谷本線活性化推進協議会が当駅の廃止を容認し、2021年3月のダイヤ改正時での廃止が予定されていた[新聞 3]。しかし、2020年6月3日付『北海道新聞』では、稚内市と当駅住民との協議が続いているとの報道がなされ[新聞 7]、同年7月28日に稚内市が地元住民に対して説明会を実施した[新聞 8]。同日の説明会で、稚内市は廃駅になっても駅舎は残る見通しやスクールバスや乗り合いタクシーでの運行による代替案を示した。これに対して、地元住民は「スクールバスは買い物などとの時間があわず現実的でない」「相乗りも予約が必要で不便だ」といった反発や観光への打撃を懸念する声があがった[新聞 8]。同年8月12日に行われた地元のクトネベツ町内会と稚内市との意見交換会では、稚内市は駅の利用状況や代替交通手段などを示したが、町内会側は「宗谷線が存続する限り廃止は賛成できない」といった廃止を反対する声が挙がった[新聞 9]

2020年9月24日に開かれた稚内市の定例市議会では、市長の工藤広が「合意がなければ何も決められないということはない」「どの道を選択するかは私に与えられた使命」と存廃の判断は地元住民の合意がなくても可能であるとの考えを示した[新聞 10]

上記の市長発言後も地元住民や鉄道ファンによる存続を求める運動は続き、2020年10月10日には、稚内駅からの普通列車で同駅を訪れた20人が、地元産食材でつくった「抜海駅弁」を食べて駅存続をアピールするイベントが開かれた[新聞 1][新聞 11]。JR北海道は駅を存続させる場合の維持費を年間約126万円と提示しており、存続となった場合の駅舎修繕費などに充てることをめざす募金活動も「宗谷北線もりあげ隊」などにより行われた[新聞 12]。同年11月21日には、当駅の存続に向けてアピールした動画を「宗谷北線もりあげ隊」がYouTube上で公開した。なお、同日は地元有志団体によるシンポジウムが稚内駅にて開催され、同駅からの普通列車で当駅の視察ツアーなどが実施される予定であった[新聞 13]が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の急増や大雨による列車の運休により、中止となった[新聞 14]。また、地元有志団体は当駅の駅舎維持費に充てる寄付金集めや署名活動などを実施している[新聞 13]。2020年12月7日の稚内市定例議会の開催前には、地元の抜海、クトネベツの両町内会が、市長の工藤に対して、当駅存続の要望書や観光への利活用に関する提案を提出した[新聞 15]。また、宗谷本線存続を願う地元市民団体は、全国から寄せられた100人を超すオンライン署名を提出した[新聞 15]

2020年12月7日に開催された稚内市定例議会の一般質問に対して、工藤は「そう遠くないうちに判断する」と述べ、近いうちに当駅の存廃を判断する考えを示した[新聞 15]。また、工藤は「駅を残したいがゆえに無理をして何かをするということでは長続きしない」「お互いに可能な限りの時間をこの問題に費やしたい」と述べ、存廃の判断時期の明言を避けた[新聞 15]。定例議会は同月10日に閉会したが、前述の通り当駅存続に向けた提案や署名が提出されたことから、稚内市は存続の可能性を探るために地元との協議を始め、2021年明けには2回目の会合を開催した[新聞 15]

2020年12月9日、JR北海道は、2021年度より当駅を含む18駅を地元自治体による維持管理に移行することを発表した[JR 1][新聞 4]。また、稚内市は「地元住民との協議の継続が必要で、当面維持管理費を負担せざるを得ない」として、2021年度の維持管理費を負担することを決めた[14]。これにより、2021年度は現状維持で存続することが決まった。稚内市は2021年度当初予算案に、抜海駅の維持管理費として約101万円を計上した[新聞 16]

2022年度以降の存廃については現在決定しておらず、地元住民と協議を続けることとなっている[14]。2021年6月時点で、稚内市は来年度以降の維持費を負担する予定はなく、「2021年度の地元の駅存続への取り組みを評価した上で判断する」との姿勢を示している[新聞 17]

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、列車交換が可能な交換駅となっているが、2021年(令和3年)3月現在のダイヤでは定期列車の交換は無い。過去には臨時列車が当駅で列車交換を行ったことがある。互いのホームは駅舎側ホーム南側と対向ホーム南側を結んだ構内踏切で連絡している[10]。駅舎側(東側)が下りの1番線、対向側ホームが上りの2番線となっている[10]。そのほか1983年(昭和58年)4月時点では2番線の旭川方から分岐し対向側ホーム横までの行き止まりの側線を1線有していた[11]。この側線は1993年(平成5年)3月までには撤去された[10]。ホーム上のは、約30年前から地元住民が世話して飾られている[新聞 8][新聞 18]

稚内市管理の無人駅となっている。駅舎は構内の西側に位置し1番線ホーム中央部分に接している[10]。数年前に海側の外装を修復したものの開業時に建築された木造駅舎が現在もそのまま使用されている[15]が、木製板張りの劣化が激しく一部がサイディング張りに改修されている[13]。また修繕時期により材料が違い、パッチワークのようになっている[13]。正面出入口部分の形状は改築され[13]、雪が入らないように「雪切り室」と呼ばれる二重扉になっている[16]。駅舎内には駅ノートが置かれている。ホーム側には貝殻を貼り付けた文字を利用した駅銘板が掲示され[13]、冬季間の地吹雪が激しいため厳重な覆いで囲まれている。トイレを有する[13]

当駅は日本最北の無人駅、かつ最北の木造駅舎がある駅でもある。また最北の秘境駅でもある[新聞 8]が、車でのアクセスも容易なため地元住民以外にレンタカーなどで訪れる観光客もいる。なお、最北の列車交換可能な駅は隣の南稚内駅である(2021年3月時点。但し南稚内駅でも定期列車の交換は無い)。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先
1 宗谷本線 下り 稚内方面
2 上り 幌延名寄方面

利用状況[編集]

  • 1981年度(昭和56年度)の1日乗降客数は35人[11]
  • 1992年度(平成4年度)の1日乗降客数は22人[10]
  • 2011 - 2015年(平成23 - 27年)の乗車人員査(11月の調査日)平均は「10名以下」[JR 2]
  • 2012 - 2016年(平成24 - 28年)の乗車人員(特定の平日の調査日)平均は1.6人[JR 3]
  • 2013 - 2017年(平成25 - 29年)の乗車人員(特定の平日の調査日)平均は1.4人[JR 4]
  • 2014 - 2018年(平成26 - 30年)の乗車人員(特定の平日の調査日)平均は1.4人[JR 5]
  • 2015 - 2019年(平成27 - 令和元年)の乗車人員(特定の平日の調査日)平均は1.8人[JR 6]、乗降人員調査(11月の調査日)平均は「3名以下」[JR 7]

1日の平均乗降人員は以下の通りである[17]

乗降人員推移
年度 1日平均人数
2011 2
2012 2

駅周辺[編集]

「抜海」の由来となった抜海岩(稚内市抜海村字バッカイ)。道道106号稚内天塩線の沿線にある。

当駅は海岸沿いの抜海市街(旧抜海村バッカイ)から離れた内陸の丘陵上のクトネベツ地区に所在する。駅前には道路以外は雑草が生い茂り、数戸の朽ちた住宅や小屋などがあるだけで店舗などは無い。駅付近には北海道道510号抜海兜沼停車場線が通過しており、県道まで出ると牧草地が広がっていて、南下すると勇知市街、西進すると海岸沿いを走行する北海道道106号稚内天塩線日本海オロロンライン)に通じている。抜海の市街地は道道106号を天塩町方面に2.0kmほど下った抜海漁港付近にある[18]。駅には5月 - 10月のみ地元町内会が運営するレンタサイクルがある[7][8]

  • 抜海郵便局(約2.1km)
  • 稚内市立抜海小中学校(約1.7km) - 2007年3月に廃校
  • 抜海市街地(約2km)
  • 抜海漁港・稚内漁業協同組合抜海支所(約2.4km)
  • 旅人宿ばっかす(約2.1km)
  • 抜海岩(約2.5km) - 前述の地名の由来となっている重ね岩。稚内市指定文化財
  • 抜海原生花園(約1km)
  • 稚内西海岸原生花園 - 駅から西に約6km[11]
  • 抜海岬(約2.7km)

その他[編集]

当駅はしばしば映像作品のロケーション撮影に用いられている[新聞 8]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
宗谷本線
勇知駅 (W77) - 抜海駅 (W78) - 南稚内駅 (W79)

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ アイヌ語では、日本語でのサ行とシャ行にあたる発音の差が曖昧であり、"suma"も「シュマ」と表記されることがある。本節では、サ行での表記で統一する。
  2. ^ 2013年 - 2018年の1日当たりの平均乗車人員が3人以下の駅。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、903頁。ISBN 978-4-533-02980-6
  2. ^ 大蔵省印刷局, ed (1924-06-21). “鉄道省告示 第120号”. 官報 (国立国会図書館デジタルコレクション) (3548). https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2955696/2. 
  3. ^ a b c 『北海道 駅名の起源』日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、第1版、182頁。
  4. ^ a b c 『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』宮脇俊三原田勝正小学館、1983年7月、179-180頁。ISBN 978-4093951012
  5. ^ 『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 1 北海道』今尾恵介新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年5月、47頁。ISBN 978-4-10-790019-7
  6. ^ 『無人駅探訪』全国停留場を歩く会、西崎さいき、文芸社、2010年3月、149頁。ISBN 978-4533078583
  7. ^ a b 【日本最北木造駅舎抜海駅】開業100周年記念事業を成功させたい!”. ACT NOW. 2021年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月6日閲覧。
  8. ^ a b 抜海駅レンタサイクルを予約する”. 予約システム RESERVA. 2021年6月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月6日閲覧。
  9. ^ a b アイヌ語地名リスト ノブト~ヒラキ P101-110”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2017年10月20日閲覧。
  10. ^ a b c d e f g 『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』宮脇俊三、原田勝正、小学館、1983年7月、151頁。ISBN 978-4093951012
  11. ^ a b c d e 『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』宮脇俊三、原田勝正、小学館、1983年7月、186頁。ISBN 978-4093951012
  12. ^ a b 太田幸夫『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』富士コンテム、2004年2月、125頁。ISBN 978-4893915498
  13. ^ a b c d e f g 本久公洋『北海道鉄道駅大図鑑』北海道新聞社、2008年7月、225頁。ISBN 978-4894534643
  14. ^ a b 日本放送協会. “稚内市 抜海駅来年度費用負担へ|NHK 北海道のニュース”. NHK NEWS WEB. 2020年12月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月12日閲覧。
  15. ^ 交通新聞. (2011年4月18日) 
  16. ^ 横見浩彦牛山隆信『すごい駅』メディアファクトリー〈メディアファクトリー新書〉、2011年9月、16-17頁。ISBN 978-4840135399
  17. ^ 国土数値情報 駅別乗降客数データ - 国土交通省、2020年9月21日閲覧
  18. ^ a b 抜海駅”. 旭川支社管内駅紹介. 北海道旅客鉄道 (2007年). 2012年11月7日閲覧。
  19. ^ 映画「北の桜守」ロケ地を訪ねよう”. 日本旅行. 2020年5月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月30日閲覧。

JR北海道[編集]

  1. ^ a b “来春のダイヤ見直しについて” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2020年12月9日), オリジナルの2020年12月9日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20201209060401/https://www.jrhokkaido.co.jp/CM/Info/press/pdf/20201209_KO_kaisei.pdf 2020年12月9日閲覧。 
  2. ^ 極端にご利用の少ない駅(3月26日現在) (PDF)”. 平成28年度事業運営の最重点事項. 北海道旅客鉄道. p. 6 (2016年3月28日). 2017年9月25日閲覧。
  3. ^ 宗谷線(名寄・稚内間) (PDF)” (日本語). 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区). 北海道旅客鉄道 (2017年12月8日). 2017年12月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月30日閲覧。
  4. ^ 宗谷線(名寄・稚内間) (PDF)” (日本語). 北海道旅客鉄道 (2017年7月2日). 2017年12月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年7月13日閲覧。
  5. ^ 宗谷線(名寄・稚内間) (PDF)”. 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. p. 4 (2019年10月18日). 2019年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月18日閲覧。
  6. ^ 宗谷線(名寄・稚内間) (PDF)”. 地域交通を持続的に維持するために > 輸送密度200人以上2,000人未満の線区(「黄色」8線区). 北海道旅客鉄道. p. 3・4 (2020年10月30日). 2020年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月3日閲覧。
  7. ^ 駅別乗車人員 (PDF)”. 地域交通を持続的に維持するために > 全線区のご利用状況. 北海道旅客鉄道 (2020年10月30日). 2020年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月3日閲覧。

新聞記事[編集]

  1. ^ a b “「抜海駅弁」味わい、存続アピール 市内外から20人参加 稚内”. 『北海道新聞』. (2020年10月12日). オリジナルの2020年10月12日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/Rysmf 2020年10月12日閲覧。 
  2. ^ “「通報」●函館本線江部乙駅ほか49駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報 (日本国有鉄道総裁室文書課): p. 1. (1984年11月9日) 
  3. ^ a b “宗谷線13無人駅 来年3月廃止へ”. 『北海道新聞』. (2020年3月28日). オリジナルの2020年3月28日時点におけるアーカイブ。. http://archive.is/yCtYZ 2020年3月28日閲覧。 
  4. ^ a b “JR北海道、過去最多の18駅を来春廃止 抜海駅は存続”. 『朝日新聞』. (2020年12月10日). https://www.asahi.com/articles/ASND974K5ND9IIPE00R.html 2020年12月10日閲覧。 
  5. ^ “無人18駅、自治体管理へ JR北海道 経営難で急拡大”. 『北海道新聞』. (2021年2月5日). オリジナルの2021年2月6日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/QVPN7 2021年2月9日閲覧。 
  6. ^ “宗谷線の無人駅管理 自治体に要請 JR「負担か廃止」 3月期限、悩む沿線”. 『北海道新聞』. (2019年12月12日). オリジナルの2019年12月12日時点におけるアーカイブ。. http://archive.vn/rLCSB 2020年3月28日閲覧。 
  7. ^ “抜海駅舎に旅情ノート 稚内の浜田さん、管理し続け18冊目 「心の充電に」「天国の妹に見せたい」 広がる人生模様”. 『北海道新聞』. (2020年6月3日). オリジナルの2020年6月6日時点におけるアーカイブ。. https://archive.vn/xsRfA 2020年6月4日閲覧。 
  8. ^ a b c d e “築100年「最北の秘境駅」が廃止危機 全国からメール”. 朝日新聞. (2020年7月29日). オリジナルの2020年7月29日時点におけるアーカイブ。. http://archive.is/BUpAt 2020年7月29日閲覧。 
  9. ^ “抜海駅廃止「賛成できぬ」 稚内 クトネベツ町会、市と会合”. 『北海道新聞』. (2020年8月13日). オリジナルの2020年8月13日時点におけるアーカイブ。. http://archive.vn/9iqc4 2020年8月13日閲覧。 
  10. ^ “抜海駅の廃駅「地元合意なくても可能」 稚内市長が答弁”. 『朝日新聞』北海道面. (2020年9月25日). オリジナルの2020年9月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200929151557/https://www.asahi.com/articles/ASN9S75WRN9SIIPE013.html 2020年9月30日閲覧。 
  11. ^ “山海の幸、鉄道旅で楽しむ 稚内「抜海駅弁」食べよう会、存続へ住民アピール”. 『北海道新聞』. (2020年10月12日). オリジナルの2020年10月13日時点におけるアーカイブ。. https://archive.vn/9cWRm 2020年10月13日閲覧。 
  12. ^ “抜海駅存続へ寄付金募集スタート 稚内市民有志ら”. 『朝日新聞』. (2020年10月10日). オリジナルの2020年10月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20201022051703/https://www.asahi.com/articles/ASNB975T4NB8IIPE014.html 2020年10月23日閲覧。 
  13. ^ a b “抜海駅存続へ11月シンポ 稚内の市民団体 現地視察やパネル討論 「寄付、署名あり全国も関心」”. 『北海道新聞』. (2020年10月28日). オリジナルの2020年10月28日時点におけるアーカイブ。. https://archive.vn/ilZHf 2020年10月28日閲覧。 
  14. ^ “大好きな抜海駅を残して 稚内の視察ツアー雨で中止 動画配信で訴え”. 『北海道新聞』. (2020年11月22日). オリジナルの2020年11月24日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/rkUjq 2020年11月24日閲覧。 
  15. ^ a b c d e “稚内市長、抜海駅存廃「近く判断」 住民は継続期待”. 『朝日新聞』. (2020年12月8日). オリジナルの2020年12月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20201208075307/https://www.asahi.com/articles/ASND77D8BND7IIPE015.html 2020年12月8日閲覧。 
  16. ^ 「抜海駅の維持費 稚内市が101万円」『朝日新聞』朝刊2021年2月20日(北海道面)
  17. ^ “石碑に名前刻めます 「最北の秘境駅」支援金の見返りに”. 朝日新聞. (2021年6月3日). オリジナルの2021年6月3日時点におけるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20210603193058/https://www.asahi.com/articles/ASP6271MQP61IIPE00K.html 2021年6月6日閲覧。 
  18. ^ “北海道)存廃に揺れる抜海駅、花を手入れ 地元婦人会”. 『朝日新聞』. (2020年7月20日). オリジナルの2020年7月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200720183446/https://www.asahi.com/articles/ASN7M6HTHN7MIIPE00C.html 2020年12月10日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]