上雄信内駅

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上雄信内駅
上雄信内駅[1]、1998年7月5日(日)
上雄信内駅[1]、1998年7月5日(日)
かみおのっぷない
Kami-Onoppunai
糠南 (3.5km)
(2.2km) 雄信内
所在地 北海道天塩郡幌延町大字雄興小字雄信内
所属事業者 JR logo (hokkaido).svg北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 181.5km(旭川起点)
電報略号 ミオ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1956年(昭和31年)5月1日
廃止年月日 2001年(平成13年)7月1日
備考 利用者僅少に伴い廃駅
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1977年の上雄信内仮乗降場の状況。周囲約500m範囲。左が稚内方面。ホームのすぐ左下に待合室。ホームへは民家の私道と畑の畦道を通らなければ行けない状況が見て取れる。ホームの対面(写真ではすぐ上)には防風雪柵が設置されている。また、雄信内側(左側)へ本線から真っ直ぐ伸びる白い線は、トンネルが出来る以前に天塩川河岸の崖を通っていた頃の旧線跡。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

上雄信内駅(かみおのっぷないえき)は、北海道留萌支庁・現在は宗谷総合振興局天塩郡幌延町大字雄興小字雄信内にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線廃駅)である。電報略号ミオ。利用者僅少に伴い2001年(平成13年)7月1日に、下中川駅芦川駅と共に廃駅となった。

廃止直前は普通列車が2往復しか停車しなかった。また、秘境駅の1つとされていた[2]

歴史[編集]

駅構造[編集]

廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の南側(稚内方面に向かって左手側)に存在した。分岐器を持たない棒線駅となっていた[3]

仮乗降場に出自を持つ無人駅となっており、駅舎は無いがホーム出入口附近に待合所を有していた。ホームは稚内方(西側)にスロープを有し[3]駅施設外に連絡していた。駅と集落の間は歩道、車道ともに通じておらず、牧場の私有地を通らなければ往来できなかった[2]

駅名の由来[編集]

当駅の所在する地(雄信内)において、より天塩川の上流に位置するため、「上」を冠する[4]

利用状況[編集]

  • 1992年度(平成4年度)の1日乗降客数は0人[3]
  • 2000年度(平成12年度)の1日乗降客数は3人[5]

駅跡周辺[編集]

廃駅後はすべての施設が撤去され、現在は跡形もなくなっている。

  • 天塩川 - 駅の南[6]
  • 下平橋 - 1965年(昭和40年)に雄信内駅 - 当駅間の線路が付け替えた際の旧線を町道として転用したもの(付け替えに関しては雄信内駅を参照)。
    • 駅跡周辺へ到達する現状唯一の道路であるが、下平橋の老朽化から2017年現在、駅跡周辺の居住者移転も視野に代替路線が検討されており、今後橋梁点検の結果から方針を検討していくこととなっている[7][8]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
宗谷本線
糠南駅 - 上雄信内駅 - 雄信内駅

脚注[編集]

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  1. ^ ホーム全体が写っている写真が、牛山隆信『秘境駅へ行こう!』(小学館、2001年、p39)に掲載されている。1999年12月10日、積雪時期の撮影である。この写真には待合室は写っていない。
  2. ^ a b 書籍『秘境駅へ行こう!』(著:牛山隆信、小学館文庫2001年8月発行)37-38ページより。
  3. ^ a b c 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)149ページより。
  4. ^ 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、2004年2月発行)124ページより。
  5. ^ 書籍『時刻表の謎』(著:三宅俊彦新人物往来社2003年6月発行)59ページより。
  6. ^ 書籍『北海道道路地図 改訂版』(地勢堂、1980年3月発行)16ページより。
  7. ^ ほろのべ議会だより 第99号”. 広報誌 ほろのべの窓 2017年11月号. 幌延町. p. p.3 (2017年11月). 2017年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月3日閲覧。
  8. ^ 第6回まちづくり常任委員会報告(議会だより 第99号)”. 広報誌 ほろのべの窓 2017年11月号. 幌延町. p. p.8 (2017年11月). 2017年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月3日閲覧。

関連項目[編集]